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16.森の中の少女たち


 馬車を降りた草原から森に入り、まっすぐ山を目指し、麓の手前でUターンして草原を目指す。ミヤが普通に探知できる分だけ進路を横にずらして、また草原に戻ってくる。そして、Uターン、山を目指す。これを繰り返す。

 獣では狼、魔獣はオークとホーンラビットくらいしかいなかった。

 ミヤには周囲の探知だけで遠くまで探さなくてもいい、その上でパープルウルフが近くにいれば教えてもらうことにする。まぁ、この辺の森にはいないのは織り込み済みなので、ひたすら森の中を歩いて出会った獣を狩るだけになる予定。

 魔獣が人の目につきやすいところにいたら大騒ぎになる。今日まで騒ぎになっていないってことは、いるとしたら黒の森の奥か山脈のどこかの可能性が高い。まぁ、いないという可能性もあるんだけどね。

 

 「まぁ、オークならまだしも、ただでさえ珍しい魔獣がそんな簡単に見つかるわけないか。」

 「今日のところは見つける気もないけどね。」

 ファリナが飛びかかってきたホーンラビットの首を刎ねながら答える。

 探索初日から見つけると、わたしたちの能力の異常さが際立ってしまう。今日のところはアリバイ作りのようなもので、見つけるのは明日以降。そう、明日から本気出す。

 「ヒメ様が異常なのみんな知ってる。」

 精神的な異常じゃない。って、誰が異常だ。

 静かにゆっくり暮らしたいわたしは、なるべく目立ちたくない。しかも、今回は領主様直々の依頼なのだ。より慎重に事を運ばないと。

 「慎重って意味わかってる?」

 「人にはできないことがある。」

 やろうと思えばできるもん。やらないだけで。

 そして、獣、魔獣合わせて、20数匹を狩って、その日の探索は終わった。


 テント設置予定地に向かう。

 馬車と簡易テントが見える。もう来てるようだ。

 支柱に屋根だけがついた簡易テントでは、調理人が料理を作っており、その横には・・・なんで、フレイラがいるの?横にはマリシアとエミリアまでいる。


 「どういうことかな?」

 冷ややかなわたしの視線を、目をそらして見ないふりのフレイラ。

 「申し訳ありません。家人総動員で見張っておりましたが、どうやってか脱走が3回。なんとか町の中で抑えられましたが、このままでは見張りが休むこともできず、倒れる人間がでること必至。やむなく、旦那様が草原までという条件で外出を許可されたわけで。」

 周りを囲まれた部屋から脱走って、もはや特技だよね。恐るべしフレイラ。

 「安全のために、わたしとマリシアが付き添うことが約束ですけど。」

 「あんたも大変だね。」

 思わず、エミリアに同情してしまう。

 「これも仕事ですから。」

 そう言いつつ、笑顔が引きつってるよ、エミリア。

 「そ、それで、どうでしたか?パープルウルフはいましたか?」

 必死に話を逸らそうとするフレイラ。

 「さすがに、初日からは無理かな。」

 「そうですか。ミヤさんの能力を持ってしてもダメでしたか。」

  いや、今日はミヤには何もさせてないから。ミヤが怒るぞ、そんなこと言うと。

  チラと見ると、まったく気にした素振りもないミヤが、火にかけられた鍋を凝視していた。まぁ、ミヤは他人からの評価は気にしない。というか、聞く気もない。わたしやファリナに言われるとむきになるけど。


 「なにか連絡することはありますか?」

 マリシアが手帳片手に聞いてくる。メモ取るんかい。真面目だな。

 「今日のところはなにもないかな。今日は発見できずとだけ伝えて。」

 「わかりました。」

 「食事の準備ができるまで、わたしたちはテントを設営しましょう。」

 ファリナが、まわりを見回して、街道から見えにくい木の陰で、地面の平らな場所を探す。まさか草原のど真ん中にテントを張るなどという不用心な真似はできない。

 わたしは<ポケット>から組みあがったままのテントを出す。ファリナが地面に固定している間に、簡易ベッド、寝具一式、テーブル等、寝るために必要な物をテントの中に<ポケット>から出していき、ミヤが中に並べる。重い物は置く位置を定めて<ポケット>から出す。

 「あいかわらずでたらめね。」

 目を細めてわたしを睨むエミリア。

 あまり人には見られたくない。なにせ、普通の行動というものがよくわからない。わたしたちはずっとこうやってきた。他人に違うとかおかしいと言われるのが一番困る。

 「あんたの常識が世間の常識じゃないんだよ。」

 「それは認めます。わたしも人の事は言えない。」

 ちょっと、悲しそうにする。

 あ、言い過ぎたかな。エミリアは護衛とはいえ、どう見ても普通のハンター上がりとは思えない。彼女も違うやり方をしてきた人間だろう。

 ほんのり悪くなった空気を立て直そうと、ファリナかミヤをネタにしようと思ったら、向こうも同じことを考えていたようで、悪い目をしたファリナと視線が合う。ミヤは相変わらず我関せず。

 ファリナと膠着状態のまま睨みあっていたら、調理師が、夕食ができたと知らせてくれる。

 よかった。無駄な血が流れずにすんだ。


 「で、みんなここで食べるわけ。」

 簡易型のテーブルには、わたしたち3人の他、フレイラ、マリシア、エミリアが席に着いていた。皿の数が多かったから、嫌な予感はしてたんだ。調理師は、続けて明日の朝と昼の分を作り始めている。

 「すみません。」

 頭を下げるのはマリシアだけで、残る2人は当然といった顔で座っている。

 「人数分は作らせてます。なぜ、頭を下げるのですか?」

 頭を下げるマリシアを不思議そうに見るエミリア。

 「いや、お嬢様をここで食べさせていいの?」

 「わたしは構いませんよ。むしろみんなと食事ができて楽しいです。」

 本当に楽しそうなフレイラ。

 「時間もないし、早く食べましょう。わたしたち以外は、食べ終わったら片付けて町まで戻らなきゃいけないんだから。」

 ファリナの言う通りか。揉めてるとフレイラ達が帰る頃には暗くなってしまう。護衛が2人いるとしても物騒だしね。


 人数が多いわりに会話が盛り上がらない。というか、話すことがない。

 明日の打ち合わせは、たとえ調理師でも聞かれたくないので、パーソンズ家関係が帰った後にする予定だったからこの場で出ることもない。

 フレイラは、今日の狩りの様子を聞きたがったけど、ただ歩いて獣とかに出会ったら切り捨てただけで、話せることなんかほとんどない。

 マリシアは居心地が悪そうで、黙ったまま。

 エミリアは、表面は笑みを浮かべているけど、こちらを窺っているのが見え見えの無言を貫いている。

 ミヤは当然この状況に関心はなく、黙々と食べ続けている。

 わたしとファリナは、エミリアをまね、笑いの仮面をつけてフレイラの相手をしている。なるべく刺激しないように。大人しくしていてくれますように。

 今わたしがするべきは、エミリアに余計な情報は与えない、フレイラにおかしな考えをおこさせない、これだけ。

 特にフレイラには気を遣う。この娘のやることは予測不能だ。わたしも大概だけど、この娘かなりおかしいよね。

 わたしが他人に気を遣うなんて・・・明日雨かな。


 食事が終わり、食器の片づけをしていると、ファリナがそばに来る。

 「珍しいわね。ヒメが気を遣うなんて。雨でも降らなきゃいいんだけど。」

 「わたしだってそのくらいするよ。ってか、何?その言いぐさ。」

 違うかな。人に気を遣ってるんじゃなくて、ちょっとナーバスになってるのかも。

 最初から目標が魔人族に連なるものなのは久々だ。今回は魔獣相手で、人魔、いわゆる人型はいないけど、それでも半年ぶりになるのかな。あ、オークとかオーガは魔獣だけど、扱い的には獣に近いし、たまたま出会った時は相手をするけど、最初から狩りの目的にすることは滅多にない。

 

 「それで、大きなテントですけど、何人くらい寝れますか?」

 うん。そうくるかなと思っていたので、食後ほんっとーに嫌々ながらエミリアと打ち合わせておいた。

 「3人かなぁ。」

 ファリナが笑顔で答える。

 「えー、これだけ大きければもう少し入りますよー。」

 作り笑顔の会話が続く中、フレイラの後ろにそっと近づくミヤ。ロープを取り出すと、あっという間にフレイラを縛り上げる。

 「な、なにをするですか?さすがにこれは許しませんよ!って、ミヤさんいつの間に?」

 ミヤが気配を消したら、一般人が感づくことは不可能だ。

 ジタバタ暴れるフレイラ。

 「ほどきなさい!ほどくのです!」

 「申し訳ございません、お嬢様。旦那様から縛り上げてでも連れて帰るようご命令されています。このまま馬車に乗っていただきます。」

 エミリアがフレイラに頭を下げる。

 マリシアはさすがにフレイラ付きなので、後々フレイラからの印象が悪くならないよう、この件に関わらせないで、黙って見ているよう言ってある。本人はハラハラ、おどおどして様子を見ている。

 「お父様?横暴です!非道です!」

 「約束したよね。マリアさんを助ける条件はわたしたち3人に任せることって。守れないなら、わたしたちもこの馬車で帰るよ。契約違反だからね。」

 「ひ、ヒメさん・・・そんな・・・」

 顔を真っ赤にして怒っていたフレイラが、一転涙目になる。

 「今日は帰りなさい。魔獣はあなたが思っているほど弱くないのよ。」

 あやすように言ったけど、わかってくれたのかどうか。

 

 明日の朝食と昼食を作り終え、調理用の器具や家具を馬車に積む。

 それと同程度の扱いで、縛られたフレイラを馬車に積むと、わたしたち3人を残し、馬車は走り去っていった。

 いや、最後はおとなしくなっていたんだから、ロープはほどいてもよかったんじゃ・・・え?油断大敵?フレイラ信用ないなぁ。

 「まさか、ヒメと同レベルが存在するなんて。世界って広いわよねぇ。」

 ファリナ、しみじみと言うな。


 「さて、どうしよう。 明日見つける?」

 わたしはテーブルの上の、持参した果樹水の入ったカップを指で弾きながら2人を見る。まぁ、ミヤは話に入ってこないだろうから主にファリナに向けてだ。

 「まだ早いような気もするけど、フレイラがね。いつまで大人しくしているか。」

 それなんだよね。本当なら3,4日かけて見つけましたがいいんだけど、3日もフレイラを放置するのは危険度が増していくだけだろう。

 「仕方ないか。ミヤが本気出したってことにして、明日フレイラが来る前になんとかしちゃおうか。」

 「パープルウルフを狩った後は、しばらくパーソンズ家には近寄らなきゃいいんだから、そうした方がいいと思うよ」

 「ミヤはそれでいい?」

 「ミヤはヒメ様に従う。」

 じゃ、そういう方向で。

 「問題は明日の天気か。ヒメが他人に気を使ったからなぁ。」

 「それは雪が降る。」

 2人とも黙れ。


 「山の中腹くらいかな。いるとしたら。」

 ファリナがカップの果樹水を飲み干すと、カップをこちらに差し出してくる。

 手をカップの上にかざす。手のひらとカップの真ん中くらいの空中に水の塊が出現する。それを凍らせてカップに落とす。氷魔法だ。

 ファリナは氷の入ったカップに果樹水を注いで飲み始めると、今度はミヤがカップを差し出してきた。同様に氷を作る。ついでに自分の分も氷を入れる。

 「平地にいるとは思えないよね。」

 「足場があればいいんだけどね。」

 山の中腹になると、開けた場所はあまりない。斜面で戦うのはちょっと大変。それが急な坂だったりしたらもっと大変。まぁ、住処があるはずだから、多少は平坦な場所があるはずなんだけど。

 「いざとなったらミヤが下まで突き落とす。」

 珍しくミヤが参加する。大変そうな雰囲気が伝わったのかな。

 確かにミヤなら、斜面での戦闘も苦にしないだろう。

 「その時はお願いね。」

 「ん。」


 そして、夜が明けた。

 ほんとに雨だよ。何で2人でわたしを睨む?




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