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153.ヒメ まだまだ平穏な日


 フレイラの日記より・・・


 10の月 第5の週 1の日


 昨日お父様が戻られた。それは当たり前のことなのでどうでもいいです。それよりもファリナお姉様のお顔を10日ぶりに見られたことが幸せです。

 お父様はお疲れのようでしたが、お母様に大喜びで港がどうこう言ってました。大人のお話はよくわかりません。

 久しぶりだったので、ファリナお姉様とゆっくり過ごしたかったのですが、お姉様はお疲れとのことなので、聞き分けの良いいい子のわたしは、悲しいのを我慢してお別れを言います。まぁ近々遊びに行けばいい事ですし。

 ファリナお姉様は王都のお土産と言って、かわいいペンダントをくれました。これはもう家宝です。孫の代まで引き継がせます。

 期待はしてなかったヒメさん、ミヤさんですが、ミヤさんはなにもくれないどころか、相変わらずわたしは眼中に入れてももらえません。あの人どこかおかしいです。

 そして、驚いた事にヒメさんからもお土産をいただきました・・・王都まんじゅうでした・・・あの人もかなりおかしいです。今どきおまんじゅう貰って喜ぶ子どもがどこにいますか!大人なわたしは、もちろんにこやかにお礼を言いました。わたしって淑女ですから。いえ、怒ってはいけません。あの人はああいう人なんですから。

 みんなが帰ってきて、また今日からいつも通りの日々が始まりました。

 昨夜から、お母様と一緒に眠れなくなったのはちょっと・・・ほんのちょっと残念ですけど、大人なわたしは平気です。

 さぁ、今日1日お休みしましたし、明日は起きたらファリナお姉様のところに遊びに行かなくちゃ。



 ペンを置いて、フレイラは机の上のおまんじゅうに手を伸ばす。

 「ほんっと、おバカですね、ヒメさんは。」

 嬉しそうに1個手に取り、口に運ぶ。


 パーソンズ家の夜は更けていった・・・





 王都から戻って、2日後にはフレイラの強襲を受けたこと以外、特に大きな出来事もないまま数日が過ぎた。

 世間的にはマイムの町近くの黒の森に、魔獣の熊が現れたと言って大騒ぎしたようだけど、まぁ魔獣くらいは日常ご飯時なわたしたちからすれば、何もないような日々だった。あ、変な夢見ちゃったけどね。

 「そろそろ、『日常茶飯事』を『日常ご飯時』と言い換えるのはやめたら。おバカの極みよ。」

 極めてないよ。意味だって大して違わないじゃない。なぜそんなに責められるの?

 「ファリナ、最近ヒメ様は批判に敏感だから、せめて厚紙位に包んでやった方がいい。」

 包むならオブラートにして。最近繊細なんだから。


 「町に買い物でも行ってみる?」

 「ゴボルさんのところに1回顔出しに行ってみようか。」

 「ゴボル?あのアイテムショップをやっている天人族か。」

 ミヤがなぜか身構える。

 「何かあるの?あの人。」

 「ない・・・」

 ならいいけど・・・

 「何か欲しいものあるの?」

 「ズールスさんが話をしたい相手だって言ってたでしょ。ズールスさんより年上だって言うし、いろいろ知ってそうなんだよね。もしかしたら、わたしの剣の事も何か知っているかもしれない。まぁいきなり核心突いたりはしないで、少しずつ・・・ね。」

 何か言いたげな目で、わたしを見る2人。

 ごめん、わかってるんだ。今更過去の事を聞いてもどうしょうもないって。でも・・・

 「ヒメ様の望むようにすればいい。ミヤはヒメ様について行くだけ。」

 「そうね。そうだよね。」

 ごめん・・・ありがとう・・・


 「で、申し訳ないっすけど店長はいないっす。」

 ゴボルさんのお店では店員のリーラーしかいなかった。あぁ、こういうパターンもありだったね。

 なんか決意を秘めて家を出たのに、肩透かしを食らった感じだよ。

 「感じ、じゃなく完全に肩透かしなの。」

 ファリナ、わたしに怒らないでよ。

 リーラーはゴボルさんの事知らないはずだよね。この間席を外させてたし。

 「店長に何か用っすか?あ、クレームっすね。買った商品のクレームっすね。ダメっすよ。もう10日以上使った商品の返品は受け付けないっす。」

 「いや、そうじゃなくて。ゴボルさんからたまにでいいから顔を出して話がしたいって言われてたもんでね。」

 リーラーが驚愕の顔。

 「あんな年寄りが好みっすか?渋い趣味っすね。その前にあのジジイ、なに年端もいかぬ少女に粉かけてるっすか。やっぱ危ない奴っすか?あれ?あっしも危ないっすか?言うなれば、あっしもうら若い乙女っすよね。まずいっす。貞操の危機っす。」

 えーと、ごめん、ゴボルさん。いろいろ誤解が生じたようだけど、説明するのがめんどくさいんで、ご自分で何とかしてください・・・

 お店を後にする。


 「いいの?放っておいて。」

 「ファリナ説明してきてよ。」

 「いやよ、めんどくさい。」

 「でしょ。」

 「ミヤは関知しない。」

 今度行ったら潰れてなきゃいいな。

 なんか気を張って出てきたのに、急に気が抜けてしまった。どうしよう。何か燃やしに行くべきかな。

 これからの予定を決めかねて、一度家に帰る。


 「お昼ご飯なんにしよう。」

 「え?この期に及んで出るセリフ?」

 ファリナが驚いてるけど、1日最低3食のご飯は生きる糧なんだから、すべてに優先するんだよ。

 「ミヤはおにぎりを作ってみたい。」

 おにぎりか・・・待って、食べたいじゃなくて作ってみたいってどういう意味?

 「米を握ればいいのだろう。中の具はお好みで。面白そう。」

 「いや、嫌な予感しかしないから。」

 ファリナ、まぁまぁ。確かに面白そうだよね。

 「最初に言っておくけど、お米無駄にしたら許さないからね!」

 

 レギュレーションを決める。形は球形、直径は5センチ程度の大きさで作る事。これをそろえておかないと、誰が握ったものか一目でわかってしまうからね。余らせるわけにはいかないので、握る個数は1人4個まで。そして、肝心の中の具は食べられるものなら自由。うーん、闇鍋ならぬ闇おにぎりか・・・

 ご飯を炊いて、その間に1人ずつ具材を冷蔵庫から選ぶ。全部持ち出すと持っていったものがばれるから、小瓶に分けて持ち出す。わたしは<ポケット>に、ファリナは収納ポシェットに、ミヤは・・・公然の秘密であるミヤの収納に隠して。まぁ、ユイに教えた時点で、ミヤが収納魔法を使えることはわかってるし、以前も服のポケットからとても入らないような財布を出し入れしてたけど、今更尋ねるのもあれだしなぁ。


 「いい、しつこいようだけど食べられるもの以外はNG。食べられるといってもゲテモノも禁止。守れなかった人は1品につき1食、今後の肉食を禁じます。」

 ファリナからの最後の禁止事項を確認しあって、わたしたちは部屋の隅に散らばる。さぁ何から握ろうかな・・・

 「フフフ・・・」

 笑い声に振り向く。ファリナも振り向いていた。何だかミヤが楽しそうな笑い顔を見せていた・・・しまったかな、これは・・・嫌な予感を胸に、わたしとファリナは不安げな顔を見合わせた。


 おにぎりの具といえば・・・焼き魚、海藻の塩漬け、やっぱり海産物が主になるかな。ならば、山の物を入れてみようか・・・


 「さて、できたようだね。じゃあ大きな皿に移して、誰が作ったのかわからなくしてから食べようか。」

 冷や汗が流れる。

 よーく考えてみたら、わたしがとんでもない物を握ったとする。ファリナもそうだろう。ミヤは言わずもがな。つまり、まともに食べられるおにぎりって存在しないんじゃないか・・・どれを食べてもハズレは回避したい。

 ならばと、わたしはあえてまともなおにぎりを握った。そう、自分が握ったおにぎりを食べればいいのだ。

 問題は1つ。あからさまに自分が作ったとわからないようにしないと。

 ここからは記憶力の問題だ。わたしが作ったおにぎりの位置を、どんなに移動させても目で追い続けるしかない。記憶力にはあまり自信はないけど、やるよ!命がかかっているからね!


 大皿を出そうとしたら、ミヤがじぶんの皿を差し出す。

 「食べて。ミヤが初めて全部作った。」

 驚きで言葉を失った・・・

 「今までファリナの手伝いだけで、ご飯を全部ミヤが作った事はない。おにぎりなら作れそうだと思った。料理といっていいのかわからないが、ミヤの手作り。ヒメ様とファリナに食べてほしい。」

 頬を軽く赤らめて、照れくさそうにわたしを見るミヤを見て、わたしはガックリと膝をつく。

 ミヤは何かイタズラしたいんじゃないのか、そう思った自分が恥ずかしい・・・情けない・・・本気でそう思った。見ると、ファリナも崩れ落ちていた。


 「うん、食べるよ。ミヤ、ありがとう」

 手に持っていた皿を置いて、ファリナと2人、ミヤの皿からおにぎりをとる。

 具は焼き魚だった。ちょっと塩味が薄いけど、いつしか目から溢れていた涙と合わさって丁度いい塩加減だった。

 「泣いているのか?」

 「うん、おいしくて、うれしくて涙がでちゃった。ありがとう、ミヤ。」

 「ほんと、おいしいわ。」

 「てれてれ。」

 嬉しそうに体をよじる。

 「ヒメ様とファリナの作ったおにぎり食べていいか?」

 「うん、食べて。」

 よかった。食べられるものを作ってよかった・・・

 「ちょっと辛い。山わさびか?」

 「ワサビをすりおろして、ちょっとだけ魚のソースを入れてみたの。」

 「うん、辛味もさほどじゃないし、さっぱりしていいかも。」

 「ファリナのは?」

 「わたしは魚の卵の塩漬けよ。ちょっとしょっぱいかもしれないから、具は少なめになっているけど。」

 「米を多めに食べたらちょうどいいね。うん、おいしいよ。」

 「うん、おいしい。」

 どうやらファリナも同じ考えでいたようだ。闇おにぎりにならなくてよかった。


 「結局、みんな味付けは1種類だったわね」

 ファリナがお茶を淹れながら不思議そうにする。1人4個まで作れるのだから、いろんな味のおにぎりがあると思っていた。

 「ミヤは何が合うのかわからなかったから、ありきたりにした。初めて食べてもらうからおかしなものにはしたくなかった。だから、いろんな味にするのではなく1つに絞った。」

 「わ、わたしもそうかな。」

 ごまかす。実際は、いろいろ考えすぎておかしな具をいれてしまいそうになったので、あえて同じものにしただけなんだけどね。

 「ヒメ様とファリナに食べてもらうことを考えていたら、ずっとニヤニヤが止まらなかった。ミヤはうれしい。」

 あぁ、ミヤに比べ、わたしたちってなんて心が汚れているんだろう・・・眩しすぎてミヤが見えない・・・


 久々に心洗われるいい話だった・・・ここで終わっておけば。


 「ヒメ様、ファリナ、おにぎりができたぞ。」

 それから3日間、毎食ミヤが作ったおにぎりがご飯時の食卓にあがった・・・

 いや、何日かおきとかならまだしも、毎食はつらいんですけど・・・

 うれしそうなミヤに、わたしたちは何も言えずに3日が経った。

 「すまない。おにぎり飽きた。ファリナ、ミヤは肉を希望する。」

 わたしとファリナが、陰でホッと息をついたのは秘密だ。






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