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151.ヒメ 珍しく平穏な日


 マイムの町からまっすぐ白と黒の森を抜け、山にぶつかる。

 その中腹にわたしたちはいた。

 木々が少なくなって、やや平地が広がっている。座って休むには丁度いい場所。眼下には森の木々。その向こうには、マイムの町の家が米粒のように並ぶ。そしてさらに彼方には海が見える、眺望を望むには格好の場所・・・ただし暖かければ・・・


 「寒!」

 麓ではそうでもなかったけど、ここまで登ってくると結構寒い。

 木を集めて焚き火。ファリナとわたしは、景色そっちのけで火にあたる。

 ミヤは寒さをさほど感じないのか、ちょっと離れた岩の上に座り、流れる雲を眺めていた。

 「もう10の月も終わり、来週には11の月に入るんだもの。山の上の方じゃいつ雪が降ってもおかしくない時期よ。」

 ファリナが体を縮みあがらせて火にあたっている。

 「防寒服、持ってこなかったなぁ。春に<ポケット>から出して虫干しして、タンスにしまっちゃったもんね。<ポケット>に入れておけばよかった。」

 まさかこんなに寒いとは思わなかったもんなぁ。


 傷心を癒すために山に登ろうと思った。

 新人たちの面倒を見てやったはずなのに、なぜかわたしは心無い酷い罵声を浴びせられたのだ・・・

 「いや、だから悪かったって。」

 ファリナ、誠意が足りません。

 「普段の行いが悪すぎる。」

 岩の上からボソッと声がする。ギロリと睨むと視線を逸らすミヤ。

 「って、魔人族が最近出没しすぎるから、調査に来たんじゃなかったの?」

 「んーん。なんでわたしが。」

 確かにそんな話もしたけど、ぶっちゃけどうでもいい。なぜわたしが率先してやらなければいけないんだ。

 ギルドでノエルさんを問い詰めた後、最近の町の近くの話を聞いた。オークやオーガはそこそこ出現するけど、それ以上の魔獣の報告はないとのことだった。

 おかげで、ルイザたちからブラッドメタルベアに出会ったのはわたしたちのせいだみたいに言われたけど、出会ったのはあんたたちで、わたしたちは助けに行っただけだという話になって、平謝りのルイザたちがスカート捲るのを認めるとか言い出して、また場が散々荒れたのは今となってはいい思い出だ。

 「いや、昨日の事だから。過去にしないでね。ついでに誰彼構わずスカート捲らせろって言うのもやめなさい。」

 言ってないからね。勝手に言われてるんだからね。もう構っていられません。


 「フーンだ。色物じゃない女性ハンターのおかげでハンターも増えるっていうなら、そいつらにやらせればいいのよ。フーン、フーン、フーンだ。」

 「大人げなさすぎ。」

 ファリナがジトッとした目で見る。いいの。わたしはまだ15歳。子どもといってもいい年頃ですもの。

 「まぁどうでもいいが、お客さんはどうする?」

 ミヤが視線を、木が鬱蒼としている山頂方向に向ける。

 「どのくらいいるの?」

 何かに囲まれている。いきなり襲ってくる様子はなかったので無視してたけど、ミヤの様子からそろそろ顔を出しそう。

 「オークが5。灰色狼が2。」

 大した数ではないよね。

 「火が怖いのかな。様子見が長いよね。」

 「ヒメがいるから怖がってるんじゃないの?」

 いや、ファリナ。わたしはこれでもリリーサから、魔獣を呼ぶ女、と呼ばれているのよ。近づいてこられる事はあっても、逃げられるなんて事はないの。

 「認めちゃうんだ。」

 「認めてないからね!だからといって、怖がられてるってのを認める気もないし。」

 「そろそろ来るぞ。」

 ミヤが岩から降りる。

 「えー、寒くて動きたくない。」

 立ち上がりかけて、わたしの声にこちらをジロリと見るファリナ。

 「あのね・・・」

 「・・・わかったわよ。」


 10分後。オークと灰色狼を<ポケット>に収納して、焚き火の元に戻ってくる。

 「オークで暖取っちゃったけどいいよね。1匹だけだし。」

 「おかげでオーク1匹逃げ出しちゃったけどね。」

 真横で火柱が上がったくらいで逃げ出すなんて根性ないよね、最近のオークって。

 「動けば温まるかと思ったけど、オーク4,5匹じゃ準備運動にもならなかったわね。」

 ファリナも焚き火の前に座り直す。で、ミヤは・・・また岩に上るんだ。

 「まぁ、何か狩れたし、帰ろうか。」

 「ここまで来たんだから、魔人族の領地に行く道がないか確かめましょうよ。」

 「だから、それは・・・」

 「マイムのハンターがやられたら、結局わたしたちに依頼がくるわよ。」

 ロイドさんか。燃やしとこうか。とはいえ・・・

 「寒くて動きたくない。」

 「あぁ、役に立たない。ミヤ、何かなさそう?」

 「さすがに地形まではくわしく探査できない。谷のようなものは近くにはなさそう・・・たぶん・・・」

 「この近くじゃないのかしら。」

 ベアが現れたのはこの下に降りたところの黒の森だけど、人魔が現れたのはロクローサの町の向こうの街道途中の森だからね。結構距離あるよ。

 「そうなのよね。万が一ここと人魔が現れた森との間のどこかに魔人族の領地に行ける道があると仮定しても、調べる範囲は直線にして10キロ以上あるのよね。」

 「ついでに言うけど、山頂から麓まで調べなきゃならないからね。」

 ファリナが両手を上げる。

 「無理でした。すいません。」

 でしょ。

 「第一、見つけてどうするの。道をふさぐ?」

 「そうなのよね。でも報告くらいは・・・」

 「したところで誰が対処できる。魔人族が進行する気なら、そのうち魔獣が集まってきたらわかる。」

 ミヤが再度雲の観察を始めてる。封印を解いてもらえそうもないので、すでにこの件に興味をなくしているようだ。

 「え?じゃ何しに来たの?」

 だから、ファリナ。わたしの傷心を慰めにだよ。

 「景色を眺めて傷を癒すって、ずっと焚き火の前から離れないじゃない。だったら、ほら、もっと端まで行ってじっくり景色を眺めなさい。」

 「寒いんだよ。」

 「何しに来たのよ。」

 まったくだよ。


 傷心の傷は癒えないままマイムの町に帰ってくる。

 昨日の今日だけど、何か新しい情報はないかギルドに顔を出す。

 「ろくでなしのノエルさん。何か変わった話はない?」

 「何もしてないのに悪口雑言の限りを尽くされています。」

 酷いやつもいるもんだね。

 「鏡貸しましょうか?」

 いりません。


 「そういえばヒメさん!昨日は『青い天使の調べ』がオークを狩ってきたって大喜びしていてすっかり気にもしなかったのですが、その前に彼女らが襲われていた魔獣の熊って何なんですか?」

 あ、覚えてたか。何も言わないから終わったものと考えていたのに。

 「獣の熊だよ。あの娘たち急に襲われたから気が動転していたんだね。」

 「逃げてきた他のハンターからも報告を受けています。魔獣だったと。倒したんですか?倒してないなら領主様に報告して領都から勇者を派遣していただかないと。」

 倒したと言っても倒してないと言っても面倒事か。あぁめんどくさい。ファリナと顔を合わせる。

 「どう言えば面倒じゃなくなるかな。」

 「記憶にないって言い通すのが1番じゃないかしら。」

 「ごまかす気なら聞こえないようにやっていただけませんか。」

 ノエルさんが眉間にしわを寄せてこちらを睨む。しわがとれなくなっちゃうよ。

 「誰のせいですか!?で、どっちなんですか?」

 「倒したよ。」

 「・・・でしょうね。あの娘たちが無事なんですから。で、どこにあるんですか?」

 「燃やしちゃった。」

 唖然とした表情でわたしを見るノエルさん。

 「え・・・と、燃やした?」

 「魔獣だよ。普通に倒せるわけないじゃん。」

 ウソです。<ポケット>に入ってます。

 「いや、その、それでは確認ができないんですけど・・・」

 「え?まさかわたしたちやルイザたちが死ぬ目にあっても、形を残せっていうわけ?」

 「あ、いや、そういう・・・」

 段々尻つぼみに声が小さくなっていく。

 「うぅ・・・マイムの町久々の勇者が・・・」

 かわいそうだけど仕方ない。今更わたしたちは勇者にはなれない。なる気がない。

 「そんな事より昨日も言ったけど、最近魔人族が出現するようになったけど、他に何か報告はないんだよね。」

 「ありません。先日のロクローサ近くの森と昨日の熊の魔獣らしきもの以外は聞いてません。」

 「一応、ギルドマスターに他のハンターにも注意するよう呼びかけてもらって。大げさに心配しなくても大丈夫とは思うけど、黒の森に入る時は気をつけるようにって。」

 「わかりました。領主様にも報告するよう伝えておきます。」

 い、いや、ロイドさんにはいいんじゃないかな・・・

 「何かあった時は動いてもらわねばなりません。現状はきちんと報告しておかないと。」

 うぅ、下手したらこっちに回ってくるかもしれない。

 「ロクローサにはしばらく行かないようにしないと。」

 ファリナが耳元で囁く。うん、そうだね。


 ギルド裏の解体所に行ってオークを解体してもらう。燃やしたのと逃がしたの以外の3匹。灰色狼は持っていよう。リリーサが欲しがるかもしれないし、一応言っておかないと後から何を言われるか。

 「わたしたちが何を狩ろうと、リリーサには関係ないんだけどね。」

 言いたいことはわかるけど、国王絡みでけっこう大きな借りをつくっちゃったからね。

 「1週間は覚えていてあげないと。」

 「みじかっ!」

 「薄情というよりヒメ様の記憶の限界。やむを得ない。」

 人をボケてるみたいに言うな!


 家に帰り、解体してもらったオークの肉で晩ご飯。お風呂に入り、今日も1日が終わりを告げようとしている。

 「さて、明日も傷心の旅に出ようかな。」

 「今度はどこよ。」

 「傷心の旅なら北。さらに海岸。」

 物語によくありそうだね。でも寒そうだな、海沿いは。


 ベッドに3人で横になり、そんなとりとめの無い事を話しているうちに瞼が落ちてくる。おやすみ・・・


 そして朝。今日もミヤのボディプレスで目を覚ます。わたしってタフだなぁ。

 「おはよう。今日は雨よ。」

 キッチンに入るとファリナが、かまどでスープをかき回しながら背中越しに言う。窓から表を見ると確かに。

 「今日は家でゆっくりか。」

 「雨、北、海、傷心にはいいシチュエーション。」

 全部寒そうなんだけど、ミヤ。凍死しちゃうよ。

 「癒された。癒されたから、今日は家にいる。」

 「はいはい」

 ファリナが笑いながらスープをお皿に盛ってくれる。ミヤは隣でスプーン片手に待っている。久々にのんびりした気分だよ。






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