150.新人ハンター オークと戦う
「出てきていいよ。」
倒したブラッドメタルベアを<ポケット>に収納して、わたしたちはルイザたち4人の元へ。
4人がいるはずの木の洞を覗きこんでみたら、4人が膝を抱えてどんよりしていた。
「どうしたの?」
「いえ、なんでも・・・」
そう答えるルイザはこちらを見ようとしない。
「いや、何でもないって顔じゃないでしょ。」
「ヒメさんたちって、やっぱり強いんですね・・・わたしたち、そんなに強くなれる自信ないです・・・」
振り向いてファリナを見る。どうしよう、これ。
「あなたたち、勇者になりたいの?」
ファリナがわたしと入れ替わり、洞を覗きこむ。
「いえ。そこまで望んでいません。」
「じゃ、魔獣と戦う必要ないでしょ。」
「でも、出会ってしまったら戦わないと・・・今日みたいに・・・」
「前にも言ったでしょ。ハンターに近道はないって。少しずつ進んでいくしかないって。あなたたち、まだ1ヶ月しかハンターやってないのよ。わたしたちは、これでも5年・・・もとい、結構長くやってきてるの。同じことができるわけないでしょ。」
あー、勇者の村時代を入れたら5年ぐらいになるか。まぁギルドに登録してなかったけどね。
「何年か経てば同じようにできると思いますか?」
「そんなのわからないわよ。10年やってもわたしたちより弱いハンターだっているもの。」
わたしたちより強いハンターを探す方が難しいかもね。
「できる事を一歩ずつやっていくしかないの。それとも諦める?」
「諦めません!」
ナターシャが立ち上がる。けど、この中そんなに高くないから気をつけないと・・・ほら、頭ぶつけた。
「いたーい・・・コブできたぁ・・・」
「出てきなさい。こんなところにいたら、また何か出てこないとも限らないから。」
「そうだね。せっかく助かったんだ。わたしたちはまだやれる。がんばろう。」
ルイザが3人を見回して励ます。
「うん。」
「やるぞー。」
4人は洞から元気に出てくる。
「とりあえず、黒の森から出よう。」
わたしたちは歩き出す。
「熊は・・・どうしたんですか?」
「あぁ・・・燃やした。」
最悪リリーサが欲しがるかもしれないから、持ってるとは言いづらい。この娘たちの口からギルドには報告が行くだろうから、この世にはない、という事にしなくては。
「あれって燃やせるものなんですか?」
ルイザがしつこい。
「この世に燃やせないものなんてないでしょ。しかもたかが熊。」
「あぁ、そうですか・・・」
4人が急に黙りこくる。何か変なこと言ったかな・・・
「この辺っていきなり魔獣が現れるような場所じゃないわよね。」
ファリナがわたしに近づいてくる。ミヤも負けじと寄ってきて、わたしの腰にしがみつく。
「人魔がでてきたのは、隣町の向こうの森でしょ。」
「どの人魔だっけ。」
最近人魔と出会う確率高すぎ。
「パーソンズ家の一件の。その後にもログルスに会ったのもそこの森だったし。」
あれは、パーソンズの一件の人魔を探していたから、まぁおいておくとしても確かに魔人族と出会いすぎか。
「人魔が現れるし、ブラッドメタルベアも出てくるってことは、この近くの山脈のどこかに向こうへの経路があるんじゃないかしら。」
なるほど。つまりこの辺は魔人族に会いやすいってことか。うわ、めんどくさい。でも、この辺ってマイムの町近くだよね。今まで魔獣ってそんなに出現したことないって話じゃなかったかな。
「ミヤ、何かわかる?」
「ここからじゃ山脈の状態まではわからない。せめて第1門を開放しないと。」
そこまでしなくてもいいか。正直何かがわかったところで、わたしたちにできる事なんてないだろうし。
「たまに門を開いてもいいのではないか。ちゃんと封印されているか確認すべきとミヤは考える。」
「必要以外で封印は解かない約束でしょ。」
そう言ってミヤの肩を抱いてあげる。不服そうな顔をしながらも、さらにきつく腰に抱きついてくるミヤ。
「ヒメ様はつがいに対する配慮が欠如しすぎる。」
結構甘やかしてるつもりなんだけどなぁ。ファリナがすごい顔でこっち睨んでるよ。
「ん。」
ミヤが急に進行方向に目をやる。
「何かいるの?」
「オーク。1匹。まだ距離がある。回避は可能。」
オークか。うーん・・・ちょっと考える。
「ルイザ、ちょっと。」
「はい?」
おしゃべりしながら、わたしたちの先を歩いていたルイザがこちらに戻ってくる。
「この先にオークがいるみたい。1匹だから戦ってみる?」
「え?」
4人が集まって相談。
「あんな事があったばかりよ。無理させない方が。」
ファリナが心配そうに4人を見る。
「今ならわたしたちが見てやれるじゃん。ま、やらないならそれでもいいし。決めるのはあの娘たちだから。」
見た感じ、ナターシャとオトーヌは乗り気ではなさそう。死にそうな目にあったばかりだもんね。
「今日じゃなくてもいいと思う。あんな事があったばかりで・・・わたし・・・」
ナターシャが俯いたまま、3人を見ようとしないで呟くように言う。
「わたしは・・・やりたい。このままずっと魔獣に怯えながらじゃ、ハンターなんてやっていけない。」
エーヴが泣きそうな顔に決意を込めて言う。
「怖くないの?」
「怖いよ。でも、怖いままじゃもう2度と森に行けなくなりそうでもっと怖い。」
エーヴの言葉にようやく顔をあげるナターシャ。
「これからずっと、草原で薬草やウサギだけを狩っていくのなら無理する必要はない。さっきヒメさんにも言ったけど、別に勇者になりたいわけじゃないから。でも、自分たちが弱いから仕方ないって生きていくのは嫌。」
ルイザが3人を見回す。
「でも、無理する必要もないわ。また今度でもいいんだし。」
「えーい!」
ナターシャが立ち上がり、両手で自分のほっぺたを叩く。
「今ならヒメさんたちがいるんだもん、安心して戦えるよね。今度じゃ4人だけでやることになるんでしょ。だったら今の方が安全だよね。」
「そうか、そうだね。」
オトーヌも頷く。
「弱いからって逃げたくない。」
そう言いつつも涙目のナターシャ。手が震えている。
「本当に無理しなくていいんだよ。」
ルイザがナターシャの手を握る。
「無理してない!っていうか、ちょっとくらい無理しなきゃ、わたしたちに魔獣なんて倒せない!」
「どっちなのよ。」
苦笑いのルイザ。
「ヒメさん!」
ナターシャがこっちを見て叫ぶ。
「守ってくださいね。」
「・・・いいよ。」
無理してるのがわかるから何となくおかしい。
「ファリナ、邪魔にならない程度に近くにいてあげて。ミヤは何かあったら突っこんで。死なせたらダメだよ。」
「わかった。死なせない。」
ファリナがクスリと笑う。
「オーク1匹なんだけどね。何?この大袈裟な展開は。」
まったくだよ。
「来るよ。正面やや右側。」
待ち構える態勢をとる。オークもこっちに獲物がいると感づいているようだ。
わたしは離れたところの岩の上に座って4人を見てる。声は届く距離だから、今回はわたしの指示通り動くよう4人には言ってある。
「ナターシャ、矢の3斉射。動いてる相手は当てづらいんだから、頭を狙わないで胴体に確実に当てて。」
現れたオークにナターシャが矢を放つ。言われた通り、胸に3発当たる。
「エーヴ、回り込んで。相手の数が少ない時は、槍だからってバカ正直に正面から当たる必要ないからね。後ろからできれば心臓、無理ならどこでもいいから急所近くを突いて。ルイザとオトーヌはエーヴの牽制を。自分たちの方に引き付けて。無理に距離を詰めちゃダメよ。あんたたちの方がリーチ短いんだから。あくまで牽制だよ。」
オークの腕などに斬りかかって、自分たちの方に注意を引くルイザたち。その隙に、エーヴが後ろに回り込んで、オークに槍を突き刺す。心臓は外したね。けど、オークの動きが鈍くなる。
エーヴは一度槍を引き抜くと、さらに回り込んで胴体に槍を突き刺す。オークは体を捻ってエーヴの方に向き直ろうとする。
「ルイザ、死角から剣で攻撃。動きが鈍ったら全員離れて。ナターシャ、頭を狙って。」
ルイザとオトーヌが剣で胴に斬りかかる。そちらにオークの注意が向いたところでエーヴが再度槍を突き立てる。
膝から崩れるオーク。まだ元気そうだけどね。オークが跪いたところで、全員その場を離れる。
ナターシャが矢でオークの頭を狙う。2斉射。1本は外れ、もう1本は額に当たるけど、ナターシャの力じゃ頭蓋骨を貫通はしなかった。
「えーい!」
さらに動きが鈍ったところで、エーヴがオークの後ろから槍を突き立てる。跪いて態勢が低くなっていたから、心臓を狙うことができた。
オークはその場に倒れた。
「や、やった・・・」
エーヴが槍を引き抜くと、その場に座り込む。
「やったよー!」
ナターシャが跳ねるように3人の元に駆けてくる。
ルイザもオトーヌもへなへなとしゃがみこむ。
「オーク1匹で大騒ぎね。」
ファリナがわたしのそばにやってくる。
「あの娘たちにすれば、第1歩だからね。いいんじゃない。」
「しかし奇襲にすぎないか。今のやり方がいいとは言い難い。」
ミヤもやってくる。その後に4人も。
「真正面からだけが戦い方じゃないってこと。今のは結構邪道だけど、自分より強い相手にはいかに死角から攻撃できるかも考えなきゃね。」
「わかりました。ヒメさんが強いのは、いかに悪辣に敵を倒すかを考えているからなんですね。」
ナターシャ、ちょっと座りなさい。頷いているそこの3人も。あれ?なんでファリナやミヤまで頷いてるかな?
オークを<ポケット>に収納して、森を出る。さぁ帰ろうか。
「『青い天使の調べ』がオークを狩ったんですか?」
ギルドに着いて、ノエルさんに報告。あぁ、そんな名前だっけ、この娘たちのパーティー。
「いえ、あの、ヒメさんに指示していただいて・・・」
「狩ったのはあんたたちなんだから、返事は『はい』でいいの。」
ギルドの窓口でオークを確認してもらい、裏で解体をお願いする。
「売るなり食べるなり好きにしていいからね。」
「でも・・・」
4人が困ったようにお互いの顔を見合わせる。
「ヒメさんは見てただけなら、みなさんが狩ったってことでいいじゃないですか。」
ノエルさんが間に入ってくれる。
「今回の狩猟が認められれば、みなさんはEクラスです。早くランクを上げて、我がギルドの看板娘になってくださいね。」
看板娘って何?ギルドにそんなの必要?
「かわいい女の子パーティーです。色物じゃないパーティーです。きっとハンター登録も増えます。やっと色物じゃない女性パーティーの誕生なんです。」
「待って、今までの色物パーティーって誰の事?」
「え?」
思ったことをダダ漏れでしゃべってしまったノエルさんの顔色が変わる。
「ねぇ、誰の事?」
「さ、さぁ・・・そんなこと言いました?」
あたしの視線を冷や汗をかきながら逸らす。
「テーブル燃やしてこよう。」
「あぁ!ごめんなさい!そんなつもりじゃなかったんです!ごめんなさい!スカート捲ってもいいから!テーブルだけは!」
それを青ざめながら見るルイザたち。
「どうしよう。借りをつくっていいのかな?」
「でも断ったら、どんな目にあわされるか・・・」
「え?わたしたちもスカート捲られるの?」
こいつらは・・・
何なんだろう・・・せっかく人助けしたのに、全然スッキリしないんだけど。
「柄にもない事をするからだ。」
「明日吹雪かなきゃいいけど。」
ミヤとファリナまでもが・・・もう何もしない!引きこもってやる!




