146.ヒメ ライザリアと食事に行く
乗ってきたパーソンズ家の馬車を返すと、空で走ってきた、いかにも王族専用と思われる装飾バリバリの大型の馬車の扉を開けるライザリア。
「さ、どうぞ。」
どうぞじゃないわ!後ろに控える騎士たちの視線がバチバチ刺さって痛いんだけど。
困惑するみんなの中で、平気そうなのは2人。こいつバカだろ、という視線でライザリアを見るリリーサと、トコトコ馬車に駆け寄り、中をのぞき込んで『おぉ。』と歓声を上げているミヤだけ。
バカだろうと思っているのは、わたしやファリナも同じだけど、わたしたちは騎士たちの無言のプレッシャーに頭を抱えてる。
「遅くなっちゃうわ。行きましょ。」
緊張する空気をまったく読む気もないライザリアと、すでに馬車に乗って手招きしてるミヤを見てめまいしかしない。
ロイドさんは今にも卒倒しそうだ。リーアは開き直ったのか、落ち着いて微笑んでる。顔色悪いけどね。
「あぁ、もういいや。乗るよ。こんなとこに騎士団がいつまでも集まったままじゃ、邪魔でしょうがない。」
「でしょ。邪魔よね。やっぱり黙っていたほうがよかったよね。」
いや、それだとこちらの責任になるじゃない。現状は王女の我儘ってことになるわけでしょ。だからと言って、騎士団がこっち見る目が優しくなるわけじゃないけど。
「どこ行く?お薦めある?」
「初めて王都に来たわたしたちにわかるわけないでしょ。王家御用達以外のライザリアのお薦めってないの?」
「そうね・・・」
顎に人差し指を当て考えるライザリア。黙ってればかわいい王女様で通るんだけどなぁ。
「あ、あの・・・わたしが同席してもかまわないんでしょうか?」
ロイドさんが馬車の入口で、こちらと騎士団をキョロキョロ見ながら尋ねる。なにせ単独では他人と食事をしないことで有名なライザリアと同席なんて、ロイドさんからしたら来るなと言われても文句言えない事態よね。
「今日は特別ね。わたし機嫌がいいので。あら、そうするとわたしの初めての男性ってパーソンズ卿ということになるのかしら。」
言い方、言い方!リーアが何か言いたそうだけど言えなくて口をパクパクさせてるよ。
当のロイドさんは、もう顔色青いなんてもんじゃないよ。もうじき倒れるな、これは。
「冗談よ。人と会食しないってよく言われますけど、学校じゃ男性の友人も込みでお昼食べてますのにね。」
学校でみんなで輪になってとは違うと思うよ、こういうのって。
「それで王都のおいしいご飯はどこがお薦めだ?」
ミヤだけが屈託がない。本気で楽しみのようだ。
「東側のガイザップ食堂は・・・だめね、あそこはわたしのとっておきの場所。こんなにいっぱいで行ったら、2度と行けなくなっちゃう。」
いや、そこにしよう。そして、もう2度と抜け出すな。
「あんまり意地悪なこと言うと食虫専門店に行っちゃうぞ。」
ごめんなさい。それだけは勘弁を。というか、そこにいる全員が頭を下げる。無理だよね、虫は。
「ところで、騎士さんたちも一緒にご飯食べるの?」
「まさか、鬱陶しい。店の前で待っていてもらいます。中にも何人か入ってきちゃうかな。ね、だから黙っていればよかったでしょ。」
段々そんな気がしてきたよ。ごっつい護衛に囲まれてご飯か・・・味わかるかな。
「それほどナイーブじゃないでしょ。」
ファリナ、何言ってるかな。この繊細乙女と言われているわたしに向かって。
「自称、というやつだな。」
ミヤまでもが・・・
「どうでもいいですけど早くしてください。」
リリーサは平常運行だ。
結局、東地区にある食堂に向かうことにする。ライザリアの2番目のお薦め店で、しかも大衆食堂らしい・・・って、いいの?そんな場所に王女様が行っても・・・
「貴族がよく行くお店なんて、どこの領地でも出てくるものがさほど変わらなくておもしろくないじゃない。普通の食堂にこそその土地ならではの味があるの。味の探求者たるわたしに任せなさい。」
うん、食堂めぐりができるくらい、しょっちゅう王城を抜け出してるんだ。なんか、国王と大臣が可哀想になってきた。
「仰る通りです!食堂を回るあの楽しさ。大抵はハズレなんですけど、当たりを見つけた時のあの高揚感。あれは素晴らしいものです。」
「わかる?リリーサさん。」
なぜか、リリーサがライザリアと意気投合してる。めんどくさい同士、気が合うのかな。
わたしたちだけが騒いでいるなと後ろの席を見ると、笑みを浮かべてるリーアとすでに魂が抜けてるロイドさんが寄り添うように座っていた。
「王女殿下と酒池肉林ですか・・・あぁ、背徳感で萌えます・・・」
緊張のあまりか、変なゾーンに入ってしまったリーアがわけのわからないこと言ってるけど無視だ。
「で、何の嫌がらせ?」
「ヒメひどーい。明日は学校があってその後は公務なの。明後日も。明後日帰るんでしょ。見送りはできそうもないから、時間のある今日のうちにお別れを言おうと思って無理して来たのに。」
「明日以降は来ないんだね。」
「ヒメひどーい。来るなって言いたいの?」
「来るなって言ってんのよ。」
あぁ言ってたけど、明日も来そうな予感しかしない。下手したら学校くらい休んで。
「本当に来れないの。こうやってわがまま言わせてもらってる代わりに王族の仕事はきちんとこなさなきゃいけないしね。今回、あなたたちを呼ぶのに行事の日程をかなり変更させたから、明日から大忙しよ。」
「普通に開いた日程の日に呼べばよかったじゃない。」
「それだと、来月の後半になっちゃってたの。せっかく・・・」
それ以上はリリーサたちがいるからか、口を閉ざす。言いたいことはわかる。
『せっかく再会できるんだもの。早く会いたかった。』
個人としての意見なのか、王女として国のためを思っての事なのかはわからないけどね。
せめて、リーアみたいに普通の貴族だったなら・・・ううん、たらればは言ってもしょうがない。
王族専用の馬車で乗り付け、騎士が先に護衛として店内を確認して王女来店。この時点で、それまで店にいたお客は全員逃げ出した。あ、もちろん代金は払ってからね。
コック兼任の店主とウェイトレス役の奥さんと思われる2名が真っ青な顔で注文を取りに来る。何で2人とも来るのかな。
一度王宮に帰ったライザリアは、騎士団を引き連れてきた時には、普通のワンピース姿から宝石をちりばめたドレスに着替えていて、もう王族の雰囲気バリバリ出している。
「何で着替えてきたのよ。」
「この格好ならドレスに気をとられてわたしの顔なんか覚えてないでしょ。今度来る時にばれないためによ。」
いや、逆に今までよくばれなかったと思うよ。お店の人だって王都に住んでるんだから、国王や王女の顔くらい見たことあるでしょう。
「普通の格好してれば意外とばれないものなのよ。たまに似てるって言われるけどね。」
あぁそうですか。
「貴様、口の利き方に気をつけろ!」
ライザリアの後ろに控えていた騎士の1人が、わたしを睨みつける。
「あぁ、もう、せっかくの楽しい時間が台無し。騎士団は表で控えていなさい!」
振り向いて、厳しい口調で告げるライザリア。
「し、しかし、我々は護衛として・・・」
「聞こえませんでしたか?そう、聞こえませんか・・・」
「い、いえ!建物外部の警護に回ります!」
大慌てでライザリアの後ろにいた騎士3人が表に飛び出して行く。
「無粋でいやね。」
こっちに振り返った時には元の笑顔。相変わらず性格悪いな。
ライザリアが注文をしたメニューはどれもおいしかった。さすが王女お薦め。
テーブルは一番大きなものが6人掛けだったから、ロイドさんは隣のテーブルで食事。残念そうなホッとしたような顔で運ばれてきた料理を無言で食べている。
「そういえば、貰ったパープルウルフ、とてもおいしかったわ。ありがとうね。」
「お礼はロイド・・・パーソンズさんに言ってよ。わたしたちは王宮にあげるとは思ってなかったから。」
「そうね、感謝するわ。パーソンズ卿。」
「エグっ・・・い、いえ、とんでもございません。」
いきなり声をかけられて、料理をのどに詰まらせそうになりながら必死に答える。
「なにかお礼を考えなきゃね。何がいいかしら。」
「とんでもございません。国王陛下、王女殿下に喜んでいただけたのなら臣下としてこれ以上の喜びはございません。」
「もっとズルくやらなきゃダメよ。王宮は魔物が棲んでいるのですから。」
うん、あんたがね。
「おぉ、さすが王宮。権謀渦巻いているのか?」
ミヤがなんかうれしそう。
「渦巻いてる、渦巻いてる。もうグルグルよ。」
ライザリアもうれしそう。意味が分からないけど。
「仮面の騎士や黒ローブかぶった暗黒魔術師はいないのか?」
「残念、いないのよ。ファリナ、仮面つけてみない?ヒメに黒ローブは似合いすぎてまずいわね。いかにも悪いこと考えていそう。」
「つけません。」
ファリナが一刀両断。ついでに言っておくけど、あんた以上に悪いこと考えてそうなのはいないからね。
料理は、海に面した領地から運んだばかりのお魚料理がメインだった。普段干し魚でしかお魚食べないからおいしかった。うん、これは水産業やりたいというロイドさんや、漁師の手助けになりたいというリリーサの考えもわかるわ。
「喜んでくれたならうれしいな。」
ライザリアが屈託なく笑う。ライザリア推薦だったから身構えたけど、おいしい物はおいしい。仕方ないのであきらめて素直に喜んでおく。
「最初からわたしたちが払うという話で来たんだから、わたしたちが払います。」
会計になって、自分たちのおごりで外食すると言ったから自分たちが払うと言い張るファリナと、立場上おごってもらうわけにはいかないから自分が払うというライザリアとの間で言い合いになり、お店の店長ご夫婦とロイドさんが、口を出せずただただ青ざめている。
「王女様を招待したつもりはないからさ。友達と来たんだ。だから、ここはわたしたちに払わせてよ。」
終わりそうもないので、わたしが口を挟む。
「ヒメもズルい言い方するようになったのね。そう言われたらおごってもらうしかないじゃない。」
プンと怒った顔。が、すぐに笑いだし・・・
「じゃ、ファリナ、ご馳走になるわね。」
そう言うとわたしと腕を組んで歩き出す。
「あ、ちょっと、こら!」
それを見て慌てるファリナだけど、会計は自分が払うと言った手前レジ前から動けない。
「たまには遊びに来てよ。あまり顔を出さないと、わたしが行くからね。」
ロイドさんが心労で寝込むなぁ。こいつが来ると絶対何かしら問題を起こすだろうから。
わたしの左で腕を組み、頭をわたしの肩に乗せながら歩くライザリア。負けじとミヤが右側で腕を組む。何か、わたし連行されてる気分なんだけど。
「どうしましょう。わたしはおぶさればいいですか?それとも抱っこでしょうか。」
リリーサがわたしの周りをまわりながら訳のわからないことを言っている。
「重いからどっちも却下。」
「消しますよ!本気で消しますからね!」
リリーサ、プンプン。
「こんな馬車が家の前に何回も乗りつけたら、面倒な噂が立ちそうだからわたしたちは歩いて帰るよ。いいよね、ロイドさん。」
「も、もちろんです!」
直立不動、気をつけの体勢でロイドさんが叫ぶ。そろそろ状況に慣れようよ。
「わかりました。じゃ、そのうちにまた会いましょう。リーアは明日学校でね。パーソンズ卿ご苦労様。では。」
わたしたちを残し馬車と騎士団が走り去る。騎士の人がいまだにこちらを睨んでるのは、ちょっと鬱陶しい。後ろの何人か燃やしてやろうか・・・それやったらライザリアが喜びそうだからやめよう。
「あ、明日・・・学校で話しかけられたらどうしよう。あぁ、なるべく目立たないようにしてきたわたしの平穏な学園生活が・・・」
リーアがガッカリ。
「私だって明日から上級の貴族からどれだけ嫌味を言われるか・・・あぁ、次回の領主会議は休もうか・・・」
パーソンズ家大変そうだね。まぁそういうわたしも、明日以降リリーサ、フレイラに続いてライザリアの家への強襲に警戒しなきゃいけないという面倒をしょい込んでしまったんだけど。あぁ、めんどくさいわ・・・
再度しばらくお休みします。
病院にいる間はログインできないので、問題があれば、対応はすべて退院後か週末の外泊時ということになります。もっとも外泊は時間がなくて何もできないのですが・・・
申し訳ありませんがよろしくお願いします。




