145.ヒメ 来訪者に困る
馬車は王宮の門を抜け、官庁街に入る。王都は王宮と行政の官庁の建物が、街の真ん中に存在する。さらにそれを取り囲むように中央広場があり、その外側に市街地や商店が並んでいる。
「で、そっちはどういう事話したの?」
「取り留めも無い事です。灰色狼の料理がガルムザフトの大臣たちに好評だったとか、パープルウルフの肉がおいしくて、さっき言っていた王子様が大変喜んでいたとか、そんな感じですね。あ、あと褒美だと金貨500枚頂きました。後で分けますね。」
「それはリリーサに渡すって約束だからいいよ。面倒かけてごめんね。」
「構いません。お友達の頼みですから。なので,もらったものも半分です。」
それなりに和やかに会話してるのに、ロイドさんだけが渋い顔。
「何のために呼ばれたのかわからない。確かに灰色狼やパープルウルフの礼がしたかったのかもしれんが、こんな急な呼び出し方をしておいて、なんてことのない礼の言葉だけ。一体国王様は何がしたかったのだ?」
まぁ、王女がわたしたちに会いたかっただけみたいだからね。こちらとしては一生会いたくなかったけど。変な約束までさせられてしまったし。
あの程度じゃわたしたちを縛る鎖にもならないけど、最大の問題は、あいつに居場所がばれてしまったことだよね。
(まさか、遊びに来ないよね。)
(言わないで。ありうるから。)
ファリナと2人ため息。
「とにかく。」
みんなを見回す。
「これで、当面の懸案事項は解決しました。後は帰るだけなんだけど、いつ帰る予定なの?」
「後処理もないようだから、とりあえず明日王宮に行って確認しておく。だから明日の昼からかあさっての朝には帰れるが、お前たちの都合は?」
「ないよ。ロイドさんこそリーアとゆっくりしなくていいの?数日ならいてもいいよ。」
ファリナが横で顔をしかめてる。ファリナ的にはさっさと引き上げたいんだね。
「リーアもあと1月ちょっとで冬季休暇で領地に帰ってくる。ゆっくりするのはその時でもかまわないんだが・・・」
そう言うことは話を聞いてから言いなさい。ロイドさんはそうでもリーアは甘えたいかもしれないでしょ。
「あぁ、それはないです。どちらかというとヒメさんたちと離れる方が辛いです。」
家に戻ると、すでに学校から帰っていたリーアにそのことを尋ねたら、あっさりだった。
「冬期休暇まで1ヶ月以上あるなんて・・・学校やめてしまおうかしら。」
「いや、一時の感情に流されない方がいいよ。」
遊びたいから学校やめるなんて言ったらロイドさんやマリアさんが何と言うか・・・マリアさんならあっさりいいと言いそうだな。
「じゃ、みんなは何かやりたいことある?」
ファリナたちに尋ねるが、みんなうーんとうなったきり。ファリナは迂闊に外出しないで、さっさと帰りたいようだ。リリーサとリルフィーナは何も思いつかないよう。
来てみて気がついたけど、王都はこの国の中心の街で、行政の街なのであって、観光都市ではない。要するに見るものがそんなにないんだよ、ここ。
「ミヤはおいしものが食べたい。王都のおいしいもの。」
目を輝かせ手をあげるミヤ。
「屋台でけっこう食べたじゃない。」
「屋台もよかったが、普通のでいいのでお店にも入ってみたい。」
あぁ、食堂で食べてみたいってことね。
「なら、リリーサから分けてもらったお金があるから大盤振る舞いよ。好きなとこ行きましょう。そして、明日にも帰りましょう。」
ファリナが乗り気だ。
(王宮から貰ったお金なんか手元に残したくないのよ。リリーサの手前、受け取りたくないなんて言えないけど。)
耳元で囁く。あぁ、なるほどね。それには賛成だよ。
「まぁ、使わなかった分は資金に入れるけどね。お金に罪はないし。」
その辺はしっかりしてるんだね。
「せめて明日1日ゆっくりしていって、明後日帰ったらどう?」
リーアがちょっと寂しそう。
「そうだね。明日はロイドさんも王宮で最終の打ち合わせって言ってたし、変な所で宿をとるくらいなら、明後日の朝出た方がいいかな。」
「あぁ、言われてみればそうね。」
ファリナも頷く。明日、夕刻になってここを出るなんてことになったら、最初の宿はまたしても、ここから近くて領地が広いサムザス領内って可能性が出てくる。それはできれば避けたい。
「わたしは構いませんよ。ミロロミには2週間くらいは帰らないと伝えてあります。もう2,3日くらいならここでのんびりしても問題ありません。」
リリーサがお茶を飲みながら、のほほーんとしてる。お茶は帰るなりメイドさんが持って来た。居間で火を焚かれる恐れがあるので、リリーサにお茶を切らすなという指示が出ているようだ。
「なら、ロイドさんに確認をとって、帰るのは明後日。で、これからおいしいもの食べに表に行くということでいいかな。」
「いいわね。それでいきましょう。」
いきなり後ろから声。全員が振り向くと・・・
「え、エルリオーラ王女殿下?」
リーアが慌てて立ち上がって気をつけの体勢。
そう、そこには満面の笑みを浮かべたライザリアと青ざめて直立不動のロイドさんの姿があった。
「いつも殿下と呼ぶなって言ってるでしょ、リーアさん。」
「ひゃい、でも、ここは学校ではないので・・・」
リーアが慌てふためく姿は珍しい。いつもはマリアさんよろしく捉えどころがいまいちよくわからないのに。
「何しに来たの?」
「遊びに来ちゃったー、てへ。」
てへ、じゃないわ愚か者。これじゃ、わたしたちと特別な何かがあるって思われちゃうじゃない。
「功績のあったパーソンズ家に遊びに来たのよ。そしたら、たまたまあなたたちがいるんですものビックリしちゃったー。えへ。」
えへ、でもないからね。一緒に来てるって知ってるくせに何がビックリしちゃったんだよ!
「む、娘の名前をご存じで。」
ロイドさんがようやく口を開く。聞くのはそんな事かい。
「学校の生徒はみんな覚えてますよ。あ、リーアさん。わたしも名前で呼ぶからわたしの事はライザリアと呼んで。」
「そ、そんな、恐れ多い・・・」
顔から汗が滴り落ちる。相手は王女様だもんね。そうなるよね。というか、わたしたちはともかく、リリーサが何この女、と訝しげなのは大したものだという他はない。あ、リルフィーナは緊張して椅子から立ち上がってるよ。
「ひ、ヒメ、ファリナ、ミヤ、リリーサ、お客様だ。王女殿下だ。立って挨拶しろ。」
ようやくそのことに気がついたロイドさんが、慌ててわたしたちに立てと手で合図をする。
「かまわないわ。非公式の無礼講です。遊びに来ただけだから。ね、ヒメ。」
「帰れ、放蕩娘が。」
「ヒメ!」
真っ青になってわたしを睨むロイドさん。
「いいの、いいの。言ったでしょ、無礼講。」
そう言うと部屋に入ってきて、わたしの隣に無理やり座ろうとする。嫌な顔をしながらもファリナがスペースを開ける。
「ありがと、ファリナ。大好きよ。」
右手を震わせながら上げ下げしている。ソファー脇の剣をとるべきか悩んでるようだ。
「ご飯食べに行くんでしょ。わたしも連れていって。」
「市井の者が行くようなところにお姫様は連れていけないかなぁ。」
「大丈夫。昔から、あちこちの食堂にもぐりこんだりしてたから。」
それは王宮の人たち大騒ぎだな。あぁ、リズの名前でそれ以外にもいろいろやらかしてたわけか。それだもの大臣の2人や3人倒れるかもね。
「あ、あの、エルリオーラ様・・・」
「ライザリアと呼んでと言ったでしょ、リーアさん。んー、さん付けも他人行儀ね。呼び捨てにするからリーアもわたしをライザリアとだけで呼んで。」
「学校で殺されてしまいます・・・」
一地方領主の娘が王女殿下を呼び捨てにしたら、そりゃ大事件になるわよね。
「明日学校でわたしが宣言してもいいわよ。」
「勘弁してください・・・」
リーアが泣きそう。
「しょうがないわね。何となら呼んでくれるの?」
「最大限譲歩して、ライザリア様と。」
「んー、まぁいいでしょう。わたしはリーアって呼ぶわよ。」
「うぅ、それもちょっとなんですけど・・・いえ、ライザリア様のお好きなようにお呼びください。」
さすがにこれ以上は文句言えないか。わたしが何か言ってやってもいいけど、こいつ、わたしが口出したら面白がって悪ノリしそうだしなぁ。でも一応は釘はさしておくか。
(あまりリーアをいじめたら怒るよ。)
(あーら、そう言われたら・・・って、わかったわよ。あなたとケンカはしたくないからね。せっかく再会できたお友達ですものね。)
わたしの肩に頭をのせる。
カチャ。
見るとファリナの手が剣に柄を握っていた。ミヤもそろそろ剣呑としてきたし。
「明後日には帰るんでしょ。明日は学校だし、今晩くらいみんなで仲良く食事しようよ。パーソンズ卿も構わないわよね。」
「は?はい、もちろんであります。しかし、我々の行く店は王女殿下には・・・」
「言ったでしょ。わたし大衆食堂なるところも行ったことあります。あれはあれでなかなかでした。あ、虫はダメです。ヒメに食べさせてみたいけど、人が食べるのを見るのもダメなんで諦めます。」
何サラッと人にゲテモノ食べさせようとしてるのよ。やったら間違いなく燃やすからね。というか、なんでもいけそうなライザリアでもやっぱりアレはダメか。
「ところで、どうやって来たの?王宮の馬車?だったら家の周り大騒ぎだね。」
王宮の派手な馬車がいきなり横付けされたら、まわりの家もビックリでしょ。
「朝から何回も来てるもの。いまさらでしょ。」
そう言われればそうか。わたしたちの送り迎えに往復してるんだもんね。
「むふ、歩いてきちゃった。」
・・・・・・全員絶句。
「お、王宮には?ここに行くって言ってきてるんだよね!?」
「えへ、内緒。」
バカなの!?こいつ・・・いや、バカなんだっけ・・・
「王宮大騒ぎじゃん!」
今頃、王女行方不明で大変な事になってるよ。
「いーの、いーの。よくあることだから。」
燃やすぞ、こいつ!って、よくあるの?こんなことが?
「一度帰って言ってきなさい!あぁロイドさん、歩かすと何をしでかすかわからないから、馬車借りてもいいかな?」
「い、いや、しかし、我が家の貧相な馬車にお乗りいただくのは・・・」
「歩かす方が問題でしょ!」
というか、目を離したらどこに行くかわからないからな、こいつ。
「そ、それもそうだな。申し訳ございません。王女殿下にお乗りいただくような馬車ではございませんが、ご勘弁のほどを。」
「えー。めんどくさい。」
「あんたね!あんたの・・・」
周りをチラと見ると、みんなこっちを見てる。事にロイドさんは真っ青な顔で。わたしが暴言を吐くのではないかと心配しているようだけど、今更だよね。
(村にいた時、あんたの後始末でわたしたちがどれだけ怒られたか知ってるの?あんたはよくても周りは迷惑なんだからね。)
「うぅ・・・」
しょんぼりとわたしを見る。
「申し訳ありません、パーソンズ卿。あなたに迷惑をかけるつもりはなかったの。馬車を借りられますか?一度王宮に戻って、再度訪問させていただきます。ヒメたちも、しばらく待ってもらえる?」
急に殊勝になったな。まぁ、素直にそうしてくれるならこっちだって騒ぎにする気はないし。
「いいよ。待ってる。いいよね。」
みんな頷いてくれる。
「じゃ、ちょっと行ってくるね。」
ライザリアは、馬車に乗って王宮へ向かった。
この時、無理を言っても追い返すべきだった・・・すぐにわたしは後悔することになる。
1時間も経たずにライザリアは戻ってきた。乗っていったパーソンズ家の馬車に乗って。ただ、その後に護衛の騎士1個小隊を引き連れて・・・
「だーから、黙って行っとけばよかったのに。」
ライザリアは悪びれもせずに笑いながらそう言った。
「これを連れて、どこのレストランに行こうって言うんだ?」
ロイドさんの顔色はさらに悪化していた。
「全部燃やせ。」
ミヤが心なしか怒ってる。
「すごいですね。護衛を引き連れて晩ご飯ですか。楽しそうです。」
楽しくないからね、リリーサ。
「もうどうでもいいです。」
リルフィーナは、もう諦めきった顔。
「もう学校に行けない・・・」
リーアが泣きそう。
そして、わたしとファリナはどれからヤるべきか考え込んでいた・・・ライザリアか?騎士団か?あぁ、めんどくさい・・・
何とか外泊許可取れました。
とりあえず、作品ストックから投稿できるよう修正した145話を今日、3月8日。146話を3月10日に予約投稿して、病院に戻ります。
次回はまた間が空きそうです。
感想で指摘していただきましたが、ライザリアの偽名である『ルイザ』が、マイムの町の新人ハンターの1人の名前と被っていました。
完璧にミスです。たいして登場人物多くないのになぁ・・・
今回の145話もそのままで掲載しています。
入院中のため、修正してる時間がありません。今回も7日の晩に帰宅して8日の昼には戻らないといけないもので。
おそらくライザリアの偽名のほうが変更となると思われます。何せ偽名なんで、今後その名前が出てくるかもわからないですし・・・
なるべく早く戻れるようがんばります・・・ってケガだから根性でどうにかなるものでもないですけど。




