141.ヒメ 騎士団隊長と打ち合わせする
騒ぎの翌日。
「ご足労願って申し訳ない。」
騎士団の隊長が軽く頭を下げる。逃げるわけにもいかないので、呼び出しに応じてやってきた。
場所は官庁街の一角にある騎士団の第2駐屯本部。王宮内の第1本部に来てくれと言われたけど、明日と続けて2日も王宮には行きたくないとごねた結果、この場所となった。ちなみに保護者としてロイドさんも来ている。ところで、なんで本部が第1、第2と2つもあるんだろう。謎だ。
「わたしは、騎士団の王都方面の部隊を指揮する大隊長のバグニクス・ファンブルだ。昨日は世話になった。」
わたしたちもそれぞれ名のる。まぁ、パーティー名と名前だけだけど。昨日のうちにお互い名乗ってなかったのかと言えば、名乗ってなかったわけで、国王の訳のわからない依頼と時間の無さにそれどころではなかったんだ。
「それで、今日来てもらったのは昨日の救出作戦の報告書を確認してもらいたかったからだ。」
うん、遠回しに言ってるけど、要は報告書通りに口裏を合わせてくれってことだよね。
目を通しておかないとならないので、斜め読みで次に回す。正直、ファリナが理解しておいてくれればことは足りる。ミヤは表紙を見ただけでリリーサに渡してるし。
「ミヤさんが倒したことは正直に報告するんですね。」
リルフィーナが読み終わって一言。
「ドードーの証言もある。嘘は書けん。」
「あいつ、大人しくしてる?」
「よう・・・少女に負けたショックからか、もう大人しいどころか、借りてきた猫のようだ。こちらの質問にも素直に答えてくれている。」
チラリとミヤを見て言い直す。幼女言おうとしてたな。どいつもこいつも・・・
「猫言うな!殺すぞ!」
「い、いや、なんかすまん。」
そして、突然のミヤのツッコミどころが意外すぎて、隊長が焦って謝る。
「だが幼女はヒメ様の大好物。考えようによってはラッキー。」
誰が幼女好きなのよ。
「フレイラといいアリアンヌといい・・・」
ファリナがむくれる。
「アリアンヌ?」
驚きの声が響く。見るとロイドさんと隊長が訝し気にわたしたちを見ている。あぁ、これまずいな。
「アリアンヌを知っているの?」
言ってしまった以上ごまかせない。確認してみる。
「あ・・・い、いや。ちょっと知り合いにな。」
ロイドさんの目が泳いでる。隊長もチラチラ視線を動かし、こちらをしっかり見ようとしない。
「ロイドさんの知り合いなら、わたしの知ってる人とは名前が同じ別人だね。なにせこっちはバリバリのハンターだし。」
年恰好の話はしない。
「ハンターか。なら違う人物だな。わたしが知っているのは、とあるお嬢様だ。ハンターなんかできる娘じゃない。」
ホッとした顔になる。隊長も普通の様子に戻る。ここはごまかしておいて、後でロイドさんを問い詰めだな。
「あれ・・・」
リルフィーナが口を開きかける。何を言う気かな、こいつは。
「・・・アビャ!」
リリーサがリルフィーナのほっぺたを叩く。
「な、何をしますか?」
「虫がいましたよ、リルフィーナ。」
鈍いリリーサにしては上出来だ。さすがに不穏な空気を感じたんだろう。
「いえ、虫って・・・」
「虫がいましたよ。」
「・・・はい。」
リリーサの作り笑顔に押し黙るリルフィーナ。
「この通りの事件だと覚えておけばいいんですね。」
ファリナが話を無理やり戻す。
「まぁそうだ。」
ザックリ言えば、表と裏から同時に突入して、騎士団は賊の排除、わたしたちはお嬢様の救出を試みた。ドードーが騎士団の包囲を抜け出してお嬢様を人質に逃げ出そうとしたけど、ミヤの協力で騎士団全員でドードーを押さえた、という話。
「これでいいなら、わたしたちに異存はないよ。なにせ、なんで国王様はわたしたちを使おうなんて思ったのかわからないから、どういった結果がお望みだったのかもわからない。みんなでうまくやりましたってできるのなら、それに越したことはないよ。」
「うむ。こちらも真意がつかめない。が、結果的には、君たちに手伝ってもらって正解だったわけだが。」
隊長も苦い顔で頷く。
「多分だが、ヒメたちはリリーサが行った魔獣討伐には協力しかしていない。だから、誘拐団壊滅と言う箔をつけて、ヒメたちを勇者に推薦したいんじゃないのか。この国は今大変な状況だからな。」
ロイドさんが足元を見て、考えをひねり出すようにそう言う。ロイドさんなりの考えうる解釈なんだろう。
「なるほど。それならわかります。そちらの方はガルムザフト王国の方ですからな。自国のハンターを勇者にするいい口実になりますか。」
隊長も頷く。わたしやリリーサの事はわかっているんだ。まぁ、でもなけりゃ、ポッと出のハンターを騎士団に協力させるなんて無茶を納得するわけないか。
わたしたちは納得してないけどね。なにせ、わたしたちが参加せざるを得なくなったのは、国王の命令だからじゃなく、謎の手紙のせいなんだから。
大臣は誰から預かったのか知らないと言っていたけど、そもそもそんな出所も疑わしい手紙が大臣に届く自体ありえない。
『敵は王宮の中にいるのかもね。』
ファリナが昨夜寝る前に出した結論だ。まぁ敵かどうかもわからないというのが本当のところなんだけど。
「ファー、疲れた。」
騎士団の第2本部を出て、大きく伸びをする。気疲れだよ、まったく。
ミヤにそっと近づいて確認。
「誰か聞き耳立てていた?」
「いない。いくつかの部屋にはオスが数匹いたが、すべて何らかの作業中。こちらをうかがう者はいなかった。」
昨日の事件現場にも怪しい人はいないという。わたしたちの力が見たいのかと思ったけど、探ってる様子もないなんて、何がしたいんだろう。わたしたちに何をさせたいんだろう。
「私はこれから明日の最終の打ち合わせに王宮に行かなければいけないが、お前たちはどうする?」
「決まってます。中央広場に特攻をかけます。今日こそあいつのしっぽを掴んでやります!」
リリーサが拳を強く握りしめる。うん、昨日も途中までしか回れなかった上にあの騒ぎだもんね。今日は続きから回れば、何とか一番最初のスタート地点までいけるかな。
「場合によっては明日王都を去らなくてはいけませんし。」
「ヒメさんかお姉様が何かしでかして、逃げ出すんですね。」
リルフィーナ、有り得るからよけいな事言うんじゃない。
「面会が終わったらすぐ帰ることになるかもと言ってるのです。」
リリーサがリルフィーナを睨みつける。
「気をつけるんだぞ。明日までは追放になるようなことはするなよ。」
したいわけじゃないんだけどね。
「結果的になってしまうのよね。」
「運命。」
ファリナとミヤがじっとりとわたしを見る。いや、そう毎日毎日もめ事起こしてるわけじゃないからね。そもそも2人も連帯責任だからね。
「昨日は確かこの辺まで来たのよね。」
中央広場に着く。この辺で屋台の開店時間が終わってしまって、リーアの知り合いの貴族のお嬢さんと出会ったんだよね。
「というか、屋台の配列が変わっています。昨日はあんなお店ありませんでした。」
「毎日、出店する人が変わるんじゃないかな。」
「やっぱりエンドレスです。いつまでも広場を回り続けなきゃいけないのです。」
いや、もうめぼしいもの見たらいい事にしようよ、めんどくさい。
王都とはいえ、見たことない食べ物はそんなにはなかった。みんないろいろ工夫して面白いけど、こんな食材があるんだ、というほどのものはいくつもない。いろんな地方の屋台があるかと思ったけど、他の国の屋台やなんとか領特産みたいな屋台なんかはいくつかしかない。
「王都はたぶん、出店料が高いのでしょう。大きな領地のお店しか屋台を出せないのではないでしょうか。王都に出店できる大きな領地だから、地方の領地にも品物を売りだしていて、だから珍しいものがないのではないかと思います。」
さすが、リリーサ。商人としての読みだね。
「まぁ、多分ですけどね。わたしたちも王都に行ったことも、王都に店を出そうとしたこともないので予想です。」
まぁどうでもいいことだよね、ここで暮らすわけじゃないし。
「屋台見るだけなら、そっと<あちこち扉>で来ても大丈夫でしょう。見つかったら逃げればいいだけですし。」
それもそうか。でも、魔窟としか思えない王都に来たいとは思わないかなぁ。
あちこち見て、いろいろ食べていたら昼もかなり過ぎたところで、向こうから見た事のある人影がやってくる。
「ヒメさーん。」
手を振りながらリーアが近づいてくる・・・のはいいけど、一緒にサリーとかいっていたお嬢様ご一行がついてきている。
「ヒメさんとおっしゃるのですね。わたしはサリーといいます。ご一緒させていただいて構いませんか。たとえたかだかハンターでも、リーアさんのお客様ならば、友人たるわたしにとってもお客様。精一杯ご案内させていただきますわ。」
いや、何か誠意があるようにも見えるけど、たかだか呼ばわりの段階で燃やされても文句言えないよね。
(なんか懐かれちゃった。)
リーアが苦笑い。あぁ、昨日助けられてリーアを友達とか言ってたもんね。
(リーアがいいのなら我慢するよ。)
(ありがとう。助かる。)
「何2人だけの世界を作ってますか。わたしも混ぜなさい。友人たるわたしも。」
デレ期のツンか。わたしたちはリーアのついでだろうから、わたしたちにとっては鬱陶しい状態だな。
「ここのフルーツはおいしいですわよ。」
サリーが屋台を指しながら講釈を垂れる。基本興味ない情報なんだけど、リリーサが妙に食いついている。お店をやっている差なのかな。
「ファリナさんというのかい。こんなにかわいいのにハンターなんだ。凛々しくてかっこいいね。どう?僕の護衛として契約しないかい?」
サリーの連れの唯一の男子、アイムとかいうのがいきなりファリナを口説いている。その後ろで泣きそうな顔をしている男は、アイムの護衛なんだろう。
そのアイムを苦々しく睨む2人の少女。確かミカーナとカナと名乗ってたっけ。サリーのボーイフレンドの言動に言いたいことがあるのか。それとも、2人も口説かれたことあるのかな。先日の話じゃけっこう軽い性格だそうだから。
「わたしはパーティーを組んでますので。単独で仕事を受けるつもりはありません。」
引きつった笑顔で対応するファリナ。手が剣の辺りでブラブラしている。そのうち抜くな、あれは。
アイムを押さえるべきサリーは、みんなに説明している体でリーアにベッタリだ。そしてリーアは、後ろの男女の軽い修羅場をチラチラ見て幸せそうに(愛憎渦巻いてますわ)とか呟いてる。つまり状況は鬱陶しい。
あの男、ファリナに本気で手を出すようなら燃やしてやるからね。
わたしが軽く睨んでいることに気づいたファリナが、アイムを置き去りにしてわたしのそばに来る。
「何?やきもち?」
ニヤニヤとわたしを見るファリナ。クソ、こいつも燃やしてやろうか。
のべ3日かかったけど、何とか広場を1周する。夕方には初日の晩にスタートした場所に到着したのだ。
あれから、アイムはファリナに振られたと思ったのか、わたしやミヤにまで声をかけてきて、リーアがさすがに危険を感じてサリーに忠告。アイムは護衛の男たちに囲まれて歩くことになったりしたけど、特に大きな問題はなかったよ。
「ありがとうございますサリーさん。助かりました。」
リーアがサリーにお礼を言う。何が助かったのか知らないし、はっきり言って邪魔だったけど、これも人付き合い。リーアのためになるなら我慢した甲斐があったよ。
「いいのですわリーアさん。わたしとあなたの仲じゃないですか。困った事があったらいつでも相談してくださいね。」
聞いていて白々しい会話が続くけど我慢だよ。
ようやく挨拶も終わり、わたしたちは帰る。リーアの家へ。
さて、ロイドさんを尋問だな。




