140.ヒメ パーソンズ邸へ帰る
「き、き、き、協力感謝する。」
突入部隊の指揮官が、顔を引きつらせて何とか言葉を絞り出す。
「頼まれたからそれはいいんだけど、あの熊・・・牛か、手に負えそうもなかったら、今のうちに手足の5,6本折っておいた方がいいよ。」
気を失ってるやつに対しての暴行はちょっと気が進まなかったから、騎士団に投げる。
「気を失っている隙に、顔に落書きくらいしそうな感じなんですけどね。ヒメさんの性格からして。」
人を何だと思っている、リリーサ。気色悪いオヤジの顔なんか触りたくないよ。
「意識のない者に危害を加えるのは騎士道に反する。そんな真似はできん。」
態度だけは立派だけど、後はもう知らないからね。目を覚ましたら暴れ出して逃げられました、とか言っても面倒は見ないよ。
「シュラナ!」
表から誰かを呼ぶ声がする。穴から覗くと、攫われていた姉ちゃんが、涙を流しながら初老の男に抱きついていった。
「恋人でしょうか。」
「お父さんでしょ。」
顔を赤らめて、ニマニマとその様子を見るリリーサにファリナがツッコむ。
男はこちらに気がつくと、ツカツカとやってくる。目には涙を浮かべている。
「娘に聞いた。君たちが助けてくれたとか。ありがとう。本当にありがとう。一時はもうだめかとあきらめていた。君たちのおかげだ。国王陛下にはよろしく伝えておく。本当にありがとう。」
「ありがとうございました。」
お姉ちゃんも隣に立ち、頭を下げる。お父さんはさすがに頭を下げるようなまねはしないけど、しつこく握手してくる。
「早く帰って、ゆっくり休んだ方がいいよ。あ、あと、国王様には特に何も言わなくていいよ・・・です。お嬢様が無事で何よりでした。」
「そうさせてもらう。なんにせよ、礼はいずれ必ず。」
そう言って、2人は寄り添うように通りのけっこう立派な馬車に乗り込む。
終わったという連絡が行ったのだろう、お父様の他に、他の騎士たちも駆け付けていた。そこには作戦部隊と別れ、倉庫に残っていた大隊長の姿も見えた。
大隊長は、気の抜けたような顔をした指揮官から話を聞いていたけど、こちらを一瞥すると、やや考えこんだ後こちらにやってくる。
「作戦隊長のルッソから話は聞いた。いや、聞いたのだが、にわかには信じられん・・・いや、君たちの功績にケチをつけるわけじゃないんだ。だが、あの警吏数十人をあっという間に倒したという伝説さえあるドードーが、そこの・・・幼女・・・いや、幼く見える少女に一撃で倒されたとか・・・しかも素手で・・・あ、いや、信じてない訳じゃないんだ。だが、何と言うか・・・その・・・」
何も言わなくていいよ。
「騎士団が倒したことにしていいよ。わたしたちは、お嬢様を助けただけにしておけばいい。」
「しかし、嘘は・・・」
「隊長さんが信じられない話を国王様にするつもり?怒られるよ。」
「う・・・確かに・・・だが・・・」
「みんなでやりました。お嬢様を助けることを優先したため、戦況は乱戦となってしまい、詳しい状況は不明、とでも言っておけばいいです。」
リリーサがそれっぽい言い訳を考えてくれる。どうしたんだろう、なんか頭がよさそうに見えないこともない。
「フッ、言い訳ならお姉様は誰にも負けませんよ。」
自慢げだけど、リルフィーナ、それ全然誉めてないからね。
「嘘は言えんが、ある程度オブラートに包んで報告はする。とにかく、協力感謝する。」
ビっと背筋を伸ばして、大隊長がお礼を言う。わたしとしては、早く帰りたい。
「熊を逃がさないでよ。めんどくさいから。」
「わかっている。君たちに報復するようなまねは絶対させない。」
報復が怖いわけじゃないんだよ。今度来たら間違いなく燃やすけど、2度手間になるのがめんどくさいんだよ。
「今度来たらミヤがヤる。ミヤはあいつを許してない。」
「わたしもやりますよ。壁に穴開けることしかできないなんて、フラストレーション溜まりっぱなしです。」
リリーサが何やら不満そうだ。
騎士団の方は大騒ぎだったみたいだけど、わたしたち的には魔獣を狩るよりすることがなかったという、手持無沙汰感が満載すぎる。
「帰って晩ご飯だね。」
サンドイッチを食べた?あれはおやつだよ。
王都内、とある建物のとある1室。
「討伐は終わったようです。詳しい状況はわかっていませんが、あの少女たちがそれなりの活躍を見せたようです。」
「そう。」
「見張ってなくてよかったのですか?状況を把握しておいたほうがよかったのでは。」
「見ても見なくても、彼女たちなら何とかしてくれる・・・というより、どうとでもできるでしょう事はわかっていました。方法はどうでもいいのです。これで騎士団も一目置かざるを得ないことでしょう。下がっていいですよ。あとは待つだけ。フフフ・・・」
報告をした男の顔には困惑の想い。
『あの少女たちが何だというのだ・・・』
口には出せずに、男は部屋を後にした。
「ただいまー。」
騎士団の馬車に送ってもらって、ようやくパーソンズ家に到着。付き添いで馬車に乗っていた騎士の人との気まずい空間から解放されて、やっとゆったりできる。
「大丈夫でしたか?ヒメさん?」
リーアが駆け寄ってくる。ロイドさんはついてきた騎士から報告を受けていて、玄関で話し込んでいる。
「パープルウルフヤるより簡単だった。というか、ミヤが一撃でやっちゃったし。」
「え?ミヤさんが何ですか?」
誘拐団をやっつけに行くとしか聞いてないリーアにすれば、ミヤが一撃でやっつけたというのは意味が分からないだろう。
「少し休んだら、ご飯が食べたい。あるかな?」
「もちろん、用意してあります。すぐに準備しますから、とりあえずお部屋で休んでいてください。詳しい話は食事の時にお願いしますね。」
ニコニコとリーアが奥へ走っていく。
「私も詳しく聞きたいな。報告に来た騎士殿の話ではまるっきりわからん。」
ロイドさんが玄関の方からやってくる。
「大して話すことないよ。本当に何もしなかったもの。」
みんなが頷く。
「消したかったです。ファリナさんもリルフィーナも斬りたかったですよね。」
「え?いや、どっちでもいいけど、わたしは。」
「わたしもそうですね。ヒメさんやお姉様みたいに血に飢えていないですし。」
は?何を言ってますか?平和と穏便にがモットーのわたしを何だと思ってますか。
「嘘つきだと思ってます。」
あれ、一刀ですか。
「で、裏に回り込んだわたしたちは、壁に穴を開けてそこから侵入、お嬢様を救い出したわけ。表の状況は見えなかったからよくわからない。こんなところかな。説明しろったって。」
晩ご飯の席。食べながら、事のあらましを説明する。
リーアが顔を上気させた笑顔で、『素敵ですわ。』とか呟いているのは無視するとして、ロイドさんが疑いのまなざしで見てくるのは鬱陶しい。
「騎士の話では、幼女が・・・つまりミヤのことだと思うんだが・・・」
なぜ幼女でミヤになる。
「ロリコンだ。」
「ロリコンね。」
「さすがあんな奥さんを持つ男。」
こちら側の評価は散々だ。
「そんな話はしていない!一番背の小さい幼女と報告を受けたから、ミヤだなと判断しただけだ。」
「確かにミヤは幼く見えるけど、幼女じゃない。14歳の成人なの。そんな目で見ないで。」
ミヤを抱きしめる。
「ヒメ様、あいつ怖い。」
わたしを抱き返す。うん、村から自由になってもうじき9ヶ月。ミヤも腹芸ができるようになってきたなぁ。というか、だいぶ感情豊かになってきたよね。
「だから、そんな目でなど見ていない!話をごまかそうとするな!何をやったんだ?」
「ポンと1発殴っただけだよ。」
「1撃であの凶悪と言われたドードーがやられるのか?」
「正確には2撃入れた。殺すなと言われたから加減しすぎた。失策だった。間違えたふりをして初手で頭を吹き飛ばすべきだった。ミヤはあいつを許してない。」
ロイドさんの顔から冷や汗が落ちる。ミヤが殴っただけで、ドードーがやられたなどという話が信じられないのに、あれは加減していて本当なら1発であの世へ誘うこともできた、なんて言われたらねぇ。
「あの、あまり生々しい話は・・・ご飯の後にしませんか。」
リーアがちょっと青ざめた顔。生々しいかな。話の展開の中で、血も流れてなければ、内臓も飛び散ってないよね。まだ。
「頭吹き飛びましたけどね。」
その程度なら大したことないよ、リルフィーナ。
話をやめて、晩ご飯を食べてしまう。リーアがちょっと食欲が、と言って肉を残す。
「わたしもあんな場面を見たあとでは・・・パン残しますね。」
リリーサが、パンの乗った皿を脇によける。あんたは馬車の中で、サンドイッチを食べ過ぎだ。
「明日、騎士団からという名目で、王宮からの事情聴取があるそうだな。」
「え?聞いてないよ。」
ロイドさんがいきなりとんでもないことを言い始めた。
「そうなのか?そういえば、連絡に来た騎士が、伝えておいてくれと言っていたのか。」
早く言ってよ。もしくは言わないでよ。どうする?失踪するか、それとも燃やすか。
「誰を?誰から話を聞かれるかもわからないわ。騎士の隊長かもしれないし、あの大臣かもしれない。まぁ、国王様が直接聞くことはないから、逆に対象が絞りにくいのは確かね。」
いや、ファリナ、悠長なこと言ってないでよ。
「そうは言ってもヒメさん、お嬢様を助け出して、さらに部屋に入ってきた男を小突いただけですから、それ以上のことは説明しようもないですし。向こうもそれはわかっているでしょう。」
リリーサが肉にかぶりつきながらこちらを見る。食欲云々はどうした?
「だよね。だったら、騎士団が口裏合わせしておきたいのかな。上の方に報告する内容の。」
報告か。昔から苦手なんだよね。昔、村にいた頃は、報告しろと言われて、『出てきた相手をボンと全部燃やしました。』とか言ったら村長にえらく怒られたっけ。
「ま、話をしてみてめんどくさかったら燃やして逃走かな。」
「燃やすな。逃げるな。」
後は任せたよ、ロイドさん。
晩ご飯食べ終わって、お風呂に入って、部屋に戻り、リーアも入って6人でカードゲーム。
「あさってには王宮に行かなきゃいけないのに。自由時間は明日しかないのに。あぁ、めんどくさい。話し合いなんて30分で終わらせてすぐに広場の探索を再開するよ。」
「わたしは学校ですから、終わったら合流しますね。」
リーアは明日は学校か。
「なので、今晩もわたしもここで寝ます。フフ、何日もみんなで集まって寝るなんて初めてです。学校の合宿でも2人部屋でしたから。ワイワイ言いながら寝るの楽しみです。そして、今日こそコイバナです。」
鯉の話はもうないよ。あ、朝寝坊すると、ほっぺた引っ張られるか潰されるからね。
「それは1人で寝ていても同じ。」
そういえばそうだね、ミヤ。いや、起きようって気概はあるんだよ。起きれないだけで。
「明日は負けません。」
こちらのセリフだね、リリーサ。起きれたためしはないけど・・・
そして、朝・・・
目を覚ますと、リーアがそれはそれは嬉しそうに、わたしとリリーサのほっぺたを引っ張っていた。




