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135.ヒメ 誘拐犯と戦う


 先を急いでいると、後ろから言い合う声が聞こえる。

 「な、なんですか、あなたたち!?」

 「ガリアウス家のお嬢様とそのご友人たちだな。ここでは人目につく。そこの建物の裏に来てもらおうか。おっと。」

 「ぐゎっ!」

 「剣を捨てろ。お嬢様たちに傷がつくぞ。」

 何かが起こっているようだけど無視。関係ないし。

 「いや、ヒメさん・・・それはさすがに・・・」

 リーアが困った笑顔でこちらを見るから、仕方なく振り向く。

 サリーたちが数人の男たちに囲まれていて、サリーたちの護衛はその男たちに取り押さえられているか武器を奪われようとしていた。

 「うん、大変そうだね。」

 「まぁよくあることですから。」

 エミリアも、サリーのリーアへの対応に腹を立てていたのだろう。無視することに賛成のようだ。

 「ヒメ様外道。」

 「いいんですか?」

 何を驚いてるのよリルフィーナ。

 「敵は敵。敵の敵も敵。わたしたちにケンカを売る奴は敵。ついでに気に入らない奴も敵。ならあれは全員敵。」

 「ヒメさん、私情が入りすぎです。」

 人は私情で生きているのよ、リルフィーナ。


 8人いるサリーを襲っている男たちの中から、3人がこちらに来る。

 「待て、お前ら。見られたからには逃がすわけにはいかない。こっちに来てもらおうか。」

 剣を前に突き出しながら近づいてくる。

 その後ろからは、護衛たちに猿ぐつわを噛ませ、手足を縛って広場にある建物の横に隠し終わった残り5人の男たちが、捕まえたサリーたちの喉元に剣をつきつけながらこちらに来る。


 「ガリアウスのお嬢様とお話していたということは、そちらのお嬢様も貴族の娘ってことだよな。運が悪かったと思って一緒に来てもらおうか。何、親御さんから金さえもらえれば手荒なことはしない。」

 なるほど、こいつらが最近出没しているという誘拐犯か。

 先に来ていた3人が、わたしたちの武器を奪おうと手を伸ばす・・・ので、これはもうセクハラ案件に間違いないと、わたしは剣を抜き、剣の腹で男を殴り倒す。肋骨いったかな、これ。

 同時にファリナも剣で殴り倒す。ミヤも両手の鉤爪で残った1人を切り裂く。

 「「「ぐゎっ!」」」

 悲鳴を上げ3人が倒れ伏す。近づく男たちを憎々しげに睨んでいたエミリアとどうしようと不安そうにしていたリーアが唖然。

 「き、貴様ら!こちらには貴様らの友人が人質になっているんだぞ!こいつらがどうなってもいいのか!?」

 後からこちらに向かっていた男たちが慌てて叫ぶ。

 「あ、大丈夫。知らない人だから。どうぞご自由に。行こうか。」

 「ヒメ様超外道。」

 「いや、さすがに・・・」

 あれ、ミヤとファリナが非難してくる。あんたたちも今、こいつらぶちのめしたよね。

 「あの、ヒメさん、さすがに見捨てるのは・・・その・・・」

 リーアが控えめにわたしの方を上目づかいで見る。

 「そうは言っても、わたしの知らない人のために働くのは乙女の矜持に反すると思うの。」

 「ハンターの矜持じゃないんですか。でも、わたしは知ってる人なので・・・ヒメさんがどうしてもいやだっていうなら諦めますけど・・・」

 「ぱ、パーソンズさん!助けなさい!いえ、助けて!今までのことは水に流しましょう!わたしたちお友達ですよね!」

 聞こえないなぁ。

 「リリーサはどう思う?」

 「あれ売ったらお金になりますかね。」

 あ、そういう判断基準なんだ。誘拐犯は警吏に差し出せば、いくらかは報奨もらえるんじゃないかな。

 「見捨てるのは忍びないだろう!武器を捨てて手をあげろ。身代金が手に入るまでは危害は加えない。」

 口ではそう言ってるけど、態度がそうは言ってない。お金になる貴族の子女様たちはそうだろうけど、護衛のわたしたちは邪魔そう。すぐに殺されるか、乱暴されて殺されるかだよね。

 「ヒメ様、そろそろ晩ご飯の時間。犠牲はやむを得ない。帰ろう。」

 ミヤが子女たちよりご飯を優先してきた。遊んでる時間はなさそうだ。ところであんた、さっき見捨てようとしたわたしを外道あつかいしてたよね。

 「やるなら殺さないで。確認しなきゃいけないことがあるから。」

 ファリナ、時間がないって言ってるのに面倒増やすのやめて。


 残った誘拐犯5人のうち4人が、サリーたちを1人づつ抱えて、剣をつきつけていて、残った首領と見られる男が、こちらを睨んでさっきからわめいている。

 「こういう状況だから人質が燃えてしまうのは仕方ないと思うの。運命だと思ってあきらめて。」

 「な、何を言ってるんだ?その女は?」

 「ぱ、パーソンズさん、止めなさい!わたしがいるのです!その頭のおかしい女を何とかしなさい!」

 誘拐犯とサリーが何かわめいている。とりあえず、知らない人間を指して頭がおかしいとかいうおバカさんは燃えてもいいよね。

 「あぁ、かわいそうなガリアウスさん。」

 「ま、待って!何を言ってますか?パーソンズさん、わたしたち友達ですよね!?」

 「うるさい!黙れ!早く剣を捨てろ!殺さなきゃいいんだ、こいつの顔に傷がついちまうぞ。」

 「ヒー!顔はやめて!」

 「黙れと言っている!本当にやるぞ!」

 うるさい。やっぱり燃やすべきだ。

 「兄貴!急がないと!」

 広場の外、街の通り側から声がする。

 街路樹の向こうに馬車があり、何人か別の男たちがその周りにいるようだ。道理で街の中だというのに他に人がいないと思った。通りの方は別の男たちがにらみを利かせて、人を近づけないようにしてたんだね。馬車は攫った子どもを載せる為の物か。

 なんにせよ、横から声がかかった事で、人質を抱えていた男たち全員の気がそちらに向いた。チャンス。

 「ミヤ、行って!」

 「ん。」

 わたしの横からミヤの姿が消える。と、同時に、サリーの目の前に現れるミヤ。

 「へ?」

 奇妙な声をあげるサリーの顔を霞めるようにミヤの鉤爪が下から上へ走る。サリーを後ろから押さえていた男が持っていた剣が弾きとび、その衝撃で、男はサリーを離してしまう。

 男の肩口をさらに鉤爪が襲う。

 「ぐゎ!」

 肩を貫かれて、男がもんどりうって倒れる。

 サリーは・・・ミヤの剣撃の速さのショックで、目を開けたまま気を失ってしまったようで、その場に倒れる。もちろんミヤは支えるどころか倒れてくるサリーを躱して避ける。顔からもろに前に倒れたけど大丈夫かな・・・


 「な、何だ?何が起こった!?」

 残りの男たちが突然のことに大慌て。人質を押さえる手が緩む。

 「<着火>」

 薪などを燃やす程度の魔法。それで、人質を押さえている男たちの頭頂に火をつける。

 「あ?お、おい!お前の頭!燃えてるぞ!」

 「お、お前だろう!燃えてるのは!うゎチャチャ、熱い!燃えてる!俺の頭が燃えてる!」

 人質どころではない。男たちは持っていた剣を放り投げ、自分の頭を叩いて必死に火を消す。

 「な、なんだ?何が起こっているんだ?」

 一人残された誘拐犯の首領が、あまりのことに狼狽しまくりで辺りを見回す。

 「<大火球>」

 首領の手が、持っていた剣ごと炎に包まれる。

 「うゎゎー!俺の手!俺の手が!?」

 地面に転がり必死に火を消す首領。

 「手ー!手が!手が!」

 うるさい。気が向いたら直してやらないこともないから静かにしなさい。

 あれ?ミヤは?

 ミヤがいない。通りの方を見ると、男を2人引きずってくるミヤの姿。

 ポイと倒れている男たちの中に投げ入れる。

 「見張り。馬車の馬は可哀想だからヤってない。」

 うん、馬までヤらなくていいからね。こいつらか、通りで見張りをしてたのは。


 「何もすることがありませんでした。」

 リリーサがちょっと不満そう。

 「殺しちゃダメだって言われたからね。リリーサが分解しちゃったら、戻せないでしょ。」

 「まぁ確かに<バラバラ>使った人を戻すのはちょっと考えてしまいます。」


 「この程度の誘拐犯なら、ほとんど動くことなく制圧ですか。ほんと、いいかげんですね。」

 エミリアがリーアを後ろに庇いながら、こちらを笑顔を消して睨んでくる。

 「バーガーさん、ガリアウスさんの手当を。ロンデリさんとドッドランさんも手伝ってあげて。わたしが触れるのは嫌でしょうから。」

 リーアが、呆然と座り込んでいるご学友たちに声をかける。

 「だ、大丈夫、です・・・」

 のっそりと起き上がるサリー。

 「それより、アイムは護衛たちの縄を。こいつらを地獄に送って差し上げないと。」

 地に伏している誘拐犯たちをものすごい形相で睨むサリー。

 あちこち焼かれたり、刺されたりした誘拐犯は、さらなる攻撃を恐れて震えながら地面に座り込んでいた。唯一、首領だけが黒こげになって炭になってしまった右手を抱えながら大声で悲鳴を上げている。

 「リリーサ、うるさいから治してあげてくれないかな。」

 「え?でも、よく言いますよね。罪を憎んで人を肉塊にしてしまえって。とどめをさすべきでは?」

 あれ、そういう言い回しだっけ?間違ってはいないような・・・ちょっとグロいけど。

 「とどめはちょっと待って。」

 ファリナが首領の騒ぎっぷりに嫌な顔をしながらも止める。

 「なぜですの?わたしを攫おうなどとした報いは受けてもらわないと。」

 「お嬢様、私刑は法で禁じられております。お父様にも迷惑がかかります故。」

 縛られていた護衛たちが合流して、サリーの護衛と思われる男がサリーを説得しようとする。

 「そんなことかまいません!わたしの屈辱の代価です。この場で切り刻んでやりなさい。」

 あんな目にあったからね。まぁ気持ちはわかるけどファリナが待てと言ってるんだから待ちなさいよ。

 「ガリアウスさん、お願いですからちょっとお待ちいただけませんか?」

 リーアが声をかける。貴族のお嬢様だからね、わたしやファリナが直接説得するわけにもいかない。いや、するのは構わないんだけど、リーアへの心証がさらに悪化しかねないからなぁ。

 「あ、あなたがそう言うのなら待ちますわ。」

 チラとリーアを頬を染めながら見るサリー。

 「あなたはわたしの命の恩人ですから。」

 「わたしは何も・・・」

 「あなたの家の使用人に助けられました。なら、あなたの手柄です。わたしが感謝しているのです。素直に受けなさい。」

 ミヤには死にそうな目にあわされたような気がするけど、本人がそう思ってるならいいか。デレるのが早いな。

 護衛たちとエミリア、それにわたしたちで誘拐犯たちを縛り上げる。首領だけは手が痛いとか喚くから、足だけ縛ることになった。


 「うるさくて話ができないな。リリーサ・・・じゃやりすぎね。ミヤ、せめて手の形にしてあげて。あぁ完治させちゃだめよ。悪行の報いなんだから。」

 ファリナが優しいのか厳しいのかわからない処置をミヤに頼む。そういえば、貴族ばかりのこの場でリリーサが力を見せるのはまずいのかな。再生は使えなくなったといって教会を出てきてるのだから、使える様を世間に示すのはいろいろもめ事になりそう。

 「もめ事になんてなりませんよ。向こうもウソは承知でしょうから。あぁ、新たに囲おうとされるのは勘弁願いたいから、わたしがやらない方がいいのは確かですけど、それを理由にやらないということはあり得ません。わたしはいつだってやりたいことをします。」

 貴族の方々には聞こえないようにわたしに説明するリリーサ。そういえば、あんたはそういうやつだったよね。

 ミヤが首領の手を取る。金色の光が手を包み、ミヤが離すと、首領の手は炭から人間の手に戻った。ただし、かなりの火傷で指を動かすのがやっと。でも、ちゃんと治療すれば元通り近くまでは治るだろう。

 「治癒魔法なのか?」

 サリーたちの護衛の1人が驚きで絞り出すような声を出す。

 「俺の手、俺の手だ・・・」

 首領が痛みに耐えながらも、喜びの声をあげる。

 「ちゃんとした病院に行けば治るでしょう。さぁ、ここまでやってあげたんだから、質問に答えなさい。拒むなら、ヒメ。」

 わたしを呼ぶ。

 「左手も焼いて。今度は治してあげないけど。」

 「こ、答えます!なんでも答えます!だから、左手は勘弁して!」

 大慌てで右手に添えていた左手を背中に隠す。

 「では聞きます。誘拐を計画したのは今回が初めてじゃないわよね。最近何件もあったらしいし。それは、あなた方のやった事?」

 「そ、それは・・・」

 「ミヤ、よく見ていて。ウソをついたら教えて。左手を焼くから。」

 「ヒィー・・・」

 後ずさる首領の顔を、ミヤが感情の読めない・・・いつもの・・・表情でジッと見る。

 「は、はい、全部俺たちがやりました。誘拐は成功すれば金になるけど、失敗すると死刑だから、地方ならともかく警備の厳しい王都ではほとんど割に合わないからって誰もやらなかった、です。でも、だからこそ安心しきった貴族たちの隙をつけると思って・・・現にこれまで成功してきて・・・くそっ、あんな頭のおかしい女にさえ会わなけりゃ、今回だってうまくいったはずなのに・・・」

 なぜ、わたしを見る?






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