134.ヒメ 中央広場へ
「学友なんです。恥ずかしながら。」
毒薬を何とかあきらめさせた帰り道、歩きながらリーアがさっき会った少女たちのことを説明してくれる。
「根は悪い娘なんです。鬱陶しいですし。」
ボロクソだな。
「まぁ風景の一部分と思えば気になりませんし、話もハイハイ言っておけば終わりますし、どうでもいいんですけど。」
いいのかな、それで。一生解決しないよね、それ。
「王国の南側の領地の娘ですし、パーソンズ領には、彼女に合う年齢の貴族の男性はいないので、うちの領地に嫁いでくることもないでしょうから、卒業したら年に何度かの王都での貴族会議で顔を合わせるかどうかです。もう2度と会わないかもしれません。なのでどうでもいいです。」
貴族の事に首を突っこむことも口を挟むこともする気はないから、わたしもどうでもいいんだけどね。
「リーアさんがあの娘の領地の貴族と結婚する可能性は?」
愕然とした顔で、そう言ってきたリリーサを見るリーア。考えてなかったね。
「死にます。」
「落ち着いてください、お嬢様。大丈夫です。旦那様に相談しておけば、きっとなんとかしてくれますから。」
「お母さまに相談しておきます。」
相変わらずロイドさん、娘に信用無いなぁ。
「というか、わたし長女ですので、家督のためには婿を取る事になります。えぇ大丈夫です。パーソンズ領から出ることはありません。」
「フレイラさんがお嫁に行く可能性は?」
「・・・死にます・・・」
リリーサ、よけいな事言わないで。いや、もう好きにしてよ・・・
「あの4人全員貴族なんだよね。」
「全員同じクラスなんです。リーダーのガリアウスさんがあの調子ですから、残りの3人もクラスで、ちょっと・・・それなりに、浮いていて・・・」
言い直すってことはかなり浮いてるんだね・・・
「・・・なのに、あの男子のバーガーさんが、かわいい女の子なら誰彼構わず声をかけるから、ガリアウスさんが、声をかけられた娘たちをさらに目の敵にして、もう大変です。」
あぁ、リーアも声かけられたんだ。
「お断りしたんですけどね。『照れてるんだね。素直になった時にちゃんとした返事を聞かせてよ』と言い残されて現状に至っています。その場では呆れてしまってあの世に送る事すら忘れてしまいました。さらにその後、別の女の子にも声をかけているという軽薄っぷり。あぁ、やっぱり毒薬が必要です。」
送るんじゃない。あと毒殺はやめなさい。証拠が残らないようにヤらないと。
「唯一の救いは先ほど言った通り、わたしは長女ですからパーソンズの血を残すために、他家の次男か三男くらいを婿に迎えなければいけませんけど、あいつは長男だということです。神様ありがとう。」
そこまで嫌ですか。貴族って大変だね。
「ガリアウス様の領地は町5つだったはずだな。6つ目が欲しいのだが、国王様がなかなか許可してくれなくて焦っているのだろう。逆にうちが5つ目の町をつくる許可をいただけるのが早いかもしれないからな。」
家に帰り、エミリアがロイドさんにリーアが絡まれたことを報告しちゃうから、わたしたちもみんな呼ばれて状況の報告をしろと言われてしまう。
子どものケンカなんか放っておけばいいんだよ。
「夕日の河原で殴りあってダブルノック・・・」
「そのネタはもういいから。」
「うぅ、ヒメさんが冷たいです。」
リリーサのワンパターンなネタは放っておく。わたしたちは、あと数日しか王都にいないんだから、わたしたちにできることなんて・・・あいつらの家を焼き討ちにすることくらいしかないんだよ・・・
「やる?」
「・・・まだいいです。」
リーア否定するけど、今の間って・・・
「だから燃やすな。」
ロイドさんがため息。いつもの様子で一安心。
「いつもこうなんだ。」
リーアが困った顔でわたしを見る。いつもこうだよ。
「国王様に面会できるのは予定通り、明日からの3日後。明日、明後日の2日間は、その準備の予定だったのだが、特に支度はいらないようだ。ヒメたちもそのままの恰好でいいそうだ。」
「・・・え?ひょっとして着替えさせようとか考えていた?」
「当たり前だ。国王様にお会いするんだぞ。せめてドレスでもと考えていたが、国王様は、ハンターならその恰好で構わないと仰られたそうだ。」
「いやいやいやいや、ドレスなんか着ろなんて言われたら、今頃大惨事だよ。ロイドさんはもちろん国王様も込みで王都が炎上しちゃうよね。」
「えー、ドレス着てみましょうよ、ヒメさん。そして、スカート捲らせてください。」
あのねリーア。燃やすよ。
「あぁ、それと面会の際の帯剣は許可されない。当たり前だがな。」
「え?じゃどうやって斬るの?」
ファリナが素っ頓狂な声をあげる。それはファリナにとって死活問題だよ。
「斬るな。燃やすのも消すのもダメだ。」
「「「ブーブーブー。」」」
わたしとファリナ、さらにリリーサが不満の声をあげる。
「ダメなものはダメだ!」
まぁロイドさんがどう言おうと、後の祭りという言葉がある。そう、ヤってしまった後はお祭りをするんだ。
「「「「「違う!」」」」」
ミヤを除くほぼ全員に否定されてしまった。
「ヒメさんの方がワンパターンです。」
え、ギャグで言ったつもりは・・・
晩ご飯を食べお風呂。
寝室は、パーティーごとに用意してくれたのに、リリーサが一緒じゃなきゃ家を消すとわめき出して、いつものごとく一室に布団を持ち込み雑魚寝になる。
「わたしも混ぜてください!」
リーアも騒ぎ出し、6人で眠ることになった。リーアが来ると、エミリアが見張りに隣の部屋に来るので拒否したかったのだけど、どうしてもというリーアの熱意には勝てなかった。
「フフフ、酒池肉林ですよ、酒池肉林・・・」
嫌な笑みを浮かべるリーアに、嫌な予感を抱えつつわたしたちは布団に入る。
「何もないのは納得できません。」
起きるなりリーアが訳のわからないことを言い出す。無視だ。
昨夜は、リーアの『コイバナしましょう、コイバナ。』とかいうあおりに乗せられて、リリーサがギャラルーナ帝国で見たという錦鯉の話で盛り上がってしまった。鯉って、西方諸国じゃなきゃ見られないって聞いてたから、みんな興味津々。リーアが能面みたいな顔して聞いてたけど、気にしない。
「広場に行く。今日は1周する。」
ミヤが朝からやる気だ。反面、リリーサがやる気なさげだ。
「おぶってください。お尻までなら触るのを許可します。」
リリーサがわたしに手を伸ばす。
「お、お姉様!わ、わたしが・・・」
「リルフィーナは目的が不純なので不許可です。」
「おかしいです。わたしはお姉様に楽していただこうと思って・・・」
「では、お尻を触ったら殴ります。」
「あ、急に腰が・・・す、すみません、お姉様。」
おもしろいからやらせておこう。
歩きたくなさそうなリリーサをなだめつつ広場へ。休日だけあって人も屋台も昨日以上に多い。
「ヒメさん、ヒメさん、あれ!おいしそうです!」
到着までの渋り様とは裏腹に、広場に着くなりリリーサの目の色が変わる。
休日用なのだろう、屋台も子どもや女性受けを狙って、お菓子や飲み物の屋台が多く、料理でも見栄えのいいものがいっぱいだ。まぁ屋台がいっぱいとはいえ、そこはこの無駄に長い広場。立ち並ぶということはなく、あちこちに点在しているんだけどね。
紙カップに入った一口サイズのお菓子を買って、昨日に引き続き、食べながら歩く。
「そういえば今さらだけど、リーアは外で食べ歩きはいいの?貴族のお嬢様がって言われない?」
「わたしだって、友達と学校の帰りにそのくらいはします。なにせ、ここにはいつもはお父様もお母様もいません。あ、エミリア、今のはお父様には内緒ですよ。」
「わかっています。そのかわり、わたしのことも内緒にお願いしますね。」
エミリアが作ってない笑顔で答える。エミリアの手にも、わたしたちと同じお菓子があるわけで。
何かあった時にはリーアを守るってことに関しては、リリーサ以外は暗黙の了解でわかっている。ミヤもきっとわかっている・・・わかっているよね・・・なので、エミリアも少しだけ気を緩めて、わたしたちと同じように行動している。問題は何かあった時に、リリーサが暴走して1人で暴れそうな点だけが危惧されるけど、まぁ王都だし、人通りの多い広場だし、滅多なことはないでしょう。万が一の時は、リリーサ込みでわたしが燃やしちゃえばいいし。
最初はみんな1人1個で食べ物を買っていたけど、さすがに3軒めくらいで先の長さを考えて、シェアしようということになる。つまり1個買ってみんなで食べようということ。1人それを拒否していたリリーサが食べ過ぎで昼前にダウン。広場の芝生で休憩になる。何やってんだか。
「大丈夫?リリーサ。」
「大丈夫です。ウルフはあと3匹です。ヒメさんに噛みついてる隙に消しちゃいます。」
何を言ってるんだ?と見ると・・・熟睡していた。
「ウニャウニャ・・・あぁ、ヒメさんの頭が・・・」
頭がどうなったのよ?え?ウルフに食べられたの?
「天気はいいけど、もう寒いわね。」
ファリナがそう言い訳して、わたしの腕にしがみつくようにくっついてくる。
反対側からミヤが腰に抱きついてくる。
もうすっかり秋も終わりだね。あと2ヶ月で今年も終わりか。
「何か温かい飲み物でも買ってきましょうか。」
エミリアがリーアに声をかけている。
のどかだなぁ。って、リルフィーナ、何リリーサに寄り添って寝ようとしてますか。起こすならともかく、一緒になって眠ってどうするの。
「仕方ない、起こすか。」
指をワキワキ。さぁ引っ張りますよ。
「大変です!」
リリーサのほっぺたを引っ張ろうと思った途端、リリーサがガバッと起き上がる。運のいい奴め。
「首だけになったヒメさんがウルフを追いかけまわしています。もう収拾がつきません!」
あんたの話だよ。収拾がついてないのは・・・
「夢でしたか。あんな姿になっても魔獣を虐待しまくるなんて、さすがヒメさんだと思ってたのに・・・」
どこに、さすがと思わせる要素があるんだよ。ドン引きだよ。
「眠ったらお腹が空きました。何か食べましょう。」
さらにドン引きだよ。30分も寝てなかったからね。
食べ歩き再開。
おいしい物や珍しいものがいっぱいでわたしたちには嬉しいけど、お店に並べるには客層が違いすぎると、リリーサが気にいる物は見つからない。あのお店、頭がすこしおかしいお客がメインだもんね。
結局1日かけて1周しきれないまま、屋台の営業時間切れ。屋台は片づけを始める。
「明日はこの辺りからですね。」
「わたしは、明日学校なので朝からはつきあえませんけど、帰ってからなら一緒に回れますよ。」
リーアが少し残念そう。
「この辺から向こう歩いてるよ。」
「わかりました。では・・・」
視線を前にやると、急に口ごもるリーア。
視線を追ってみると、前から昨日の女の子が昨日と同じメンツをつれてこちらに向かって歩いていた。あぁ、めんどくさい。
「燃やす?」
「いえ、まだ。」
まだ、なんだ。
「あら、パーソンズさん。こんにちは。せっかくの休みの最後のひとときだというのに、急に気が滅入ってきましたわ。」
サリー・・・だったよね、が先制攻撃。周囲を確認する。屋台は引き上げ人影もほとんどない。今なら燃やしても目撃者がいないから大丈夫だよ、リーア。
「お邪魔してしまったのならごめんなさい。これ以上お邪魔にならないように、わたしたちは行きますね。」
サリーたちの脇を通って通り過ぎるリーア。
「フン、行きましょう。」
後ろから憎々し気な声が聞こえるけど振り向かない。目が合ったら飛びかかってくるかもしれない。
「どこの猛獣ですか。」
あれは、そんなかわいいもんじゃないよ、リルフィーナ。




