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132.ヒメ 王都の街へ


 「王都の散策は命がけです。最大の敵は人ごみ。1度はぐれてしまったら2度と会いまみえることはないでしょう。そして、迷子になってしまったら、もうこの家には戻ることは叶わないと思ってください。」

 リーアの言葉に一同冷や汗。

 「それを避けるためにはこれです。」

 リーアの手には長いロープ。

 「これを前の人から順番に腰に巻いてください。そして、先頭のわたしが引いて歩きます。絶対にはぐれることはありません。」

 「なるほど、これなら絶対はぐれないね・・・って、そんなわけないでしょ!」

 ロープを床に叩きつける。

 「いいツッコミだ。」

 「そう、ベタすぎない?」

 いや、ミヤとファリナ、論ずるところはそこじゃないでしょ。

 「やるよ。本当にやっちゃうよ。リーアにちゃんと引っ張って行ってもらうからね。」

 「そんな羞恥プレイはちょっと・・・」

 燃やすよ、マジで。

 「でも、こちらなら引けると思います。」

 手にするのは首輪。

 「うん、燃やすね。短い再会だったけどお別れだね。」

 「キャー、ヒメさんご無体な。」

 何で楽しそうなんだよ。マジで燃やそうかな。

 「首輪・・・ヒメに首輪・・・」

 「つないでおけば逃げない。」

 ファリナとミヤが異様な視線で首輪を凝視してる。

 「いや、逃げるよ。」

 わたしを何だと思っているんだ。

 「うちなら放し飼いOKですよ。」

 「ですから飼えませんって。」

 いつまでも人を捨て犬扱いするんじゃない!


 「魔獣は飼うのは無理ですか。」

 リーアがあきらめきれないように首輪とわたしを順にチラチラ見る。

 誰が魔獣で、さらにその飼うっていうのはなんなのよ!


 コンコン。ドアがノックされる。

 「お嬢様、お茶をお持ちしました。」

 メイドさんではなくエミリアがいつものごとくお茶を持ってくる。

 護衛のくせに何やってるんだかと思いながら隣を見ると、リリーサがお茶を見て満面の笑み。どれだけお茶が好きなんだろう。

 (うちでも飼えませんからね。)

 わたしに耳打ちするエミリア。誰が飼ってくれって言ってるのよ!


 「中央広場ってここから遠いの?」

 「歩いて10分。馬車なら15分ってところかしら。」

 なぜ馬車の方が遅い。

 「駐車場が広場の向こうにあるの。通り過ぎてから歩いて戻らなきゃいけないから。」

 面倒だな。広場まで馬車で行って、馬車には駐車場で待ってもらうというのはどうなのかな。

 「中央広場近くの駐車場は結構な数があるの。広場の奥が王宮、官庁でみんな停めるから。預けた場所がわからないと探すの大変よ。」

 それはめんどくさい。

 「どうしよう。リーアを歩かしちゃまずいよね。」

 貴族が歩いてお買い物なんてありえないよね。

 「歩きますよ。大体学校まで徒歩ですし。」

 歩くんだ。学校なんか特に馬車だと思ってた。

 「3学年合わせて100人以上が通ってます。馬車がそれだけ集まったら学校前は大混乱です。」

 あぁ、確かに。登下校の時間は大体決まってるから、馬車も集中しちゃうよね。それは実現したら壮絶だろうなぁ。

 「貴族の学校って何歳からなんですか?フレイラも通うんですよね。」

 ファリナが尋ねる。そういえば知らないな。まぁわたしたちには縁のない世界だもんね。

 「13歳になった翌年の4の月からですから、1の月から3の月生まれでなければ、実質14歳から3年間ですね。フレイラは来年の5の月が13歳の誕生日なので、再来年の4の月から通うことになります。ヒメさんが燃やさなければ。」

 いや、さすがに幼女は燃やさないよ。その分のつけは親であるロイドさんに払ってもらうけど。

 「再来年・・・あと1年半かぁ・・・」

 ファリナがため息。あぁ、学校に通うためにフレイラが王都に来てしまえば、もう纏わりつかれる心配なくなるもんね。

 「そういえば、学校に馬車で通う方がおひとりいらっしゃいますよ。」

 「いるの?みんなから文句言われないの?」

 「文句など言えませんわ。誰あろう、エルリオーラ王国王女殿下ライザリア・エルリオーラ様ですもの。」

 「王女も通ってるの?あ、いや、王女様もだった・・・」

 リーアがコロコロ笑う。

 王族なんて殿上人でしょ。いくら貴族とはいえ下々の者と一緒にいていいものなの?

 「国民に開かれた王室ですから。」

 開かれてるのかな。サムザス領にいたときはわたしたちが隔離されてたから仕方ないけど、パーソンズ領でも王家の話なんか聞いた事ないよ。大体、王女の名前すら初めて聞いた。

 「リーアさんは王女殿下にお会いしたことあるんですか?」

 リリーサがカップ片手に尋ねる。

 「遠くからお見かけしたことはありますよ。最上級生ですので、こちらからお声をかけることはさすがにはばかられますけど。」

 14歳から3年間通う学校で最上級生ってことは16歳か。

 「ということは、リーアは今2年目で、来年はまだ王都にいるんだね。」

 「はい。あと1年半です。わたしの帰りを待っていてくださいね。」

 いや、待たないけど。

 「ということは、リーアが卒業と同時にフレイラが入学するんだ。寂しいね、すれ違いみたいで。」

 「そうですね。でも、卒業した後ならわたしはいつでも王都に来れますから。それでも寂しくなったらヒメさん、優しく慰めてくださいね。」

 「優しく殴ればいいのか。」

 「そのネタ、相手を問わないんですね。」

 ミヤのセリフにリリーサがちょっと呆れた顔。

 「仮にも相手は貴族のお嬢様ですよ。」

 「誰だろうとミヤはあまねく公平。」

 「つまり、わたしとヒメさんを平等に扱うってことですね。」

 ミヤがグッと言葉に詰まる。勝ち誇った顔のリリーサ。

 「た、ただし、ヒメ様とファリナは除く。」

 「何ですか?そのダイエット茶の効能の説明文に読めるか読めないかの小さい文字で書いてある『すべての人に効用を保証するものではございません』みたいな言い訳は!」

 何、その具体的な例の上げ方は。この怒り様と詳しさ。さては買ったな、リリーサ。

 「た、たまたま買ったお茶がそうだっただけです!それが目的で買ったわけじゃないです!」

 「ヒメが隠れて買ったダイエット薬みたいなものか。あんなのよく本気にしたわよね。」

 ファリナ、溺れる者は藁どころかミジンコでも掴むの!


 「さて、暴露話がこれ以上加熱しないうちに出かけましょうか。」

 リーアがいかにも関わり合いたくなさそうに立ち上がる。

 「逃げようとするってことは、何かあるんだね、リーア。」

 リーアの肩を掴む。逃がさないから。

 「あ、ありません。わたし、お母様の遺伝で食べても太らないんです。」

 「なんですって?あの妖怪、若作りの上にそんなスキルまで持っているんですか?もう無敵じゃないですか・・・」

 リリーサがガックリ膝をつく。

 「ウソね。」

 ファリナが何かを計測する目でリーアを見る。

 「最近ママ連中に流行の体形を見せない服を、この若さで着てるあたり何かを隠してるはず。確かめちゃおうか・・・」

 ファリナは自分の体重を正当化するために、他人の粗を探すのが日課となりつつある。リーアがそれに引っかかってしまったようだ。

 「日課って何よ。ヒメも調べようか・・・」

 「ごめんなさい。それだけは許してください。」 

 「じゃ、リーア・・・」

 「ごめんなさい。嘘をつきました。本当は冬期休暇前のテスト勉強のせいで、体を動かさなかったから150グラム太りました。」

 それを聞いて溜飲を下げるかと思ったファリナが思わず膝から崩れ落ちる。さらにリリーサも。

 「ひ、150グラム・・・」

 「150グラムって何キロですか!?」

 「え?えーと・・・0.・・・」

 「言わないで!」

 じゃ。聞くなよ。

 「酷い。太ったというなら、せめてキロになってから言って欲しい。」

 「うぅ、貴族だからってやっていい事と悪い事があると思うの。」

 「え・・・と、もうすでに何が何だかわからないけど、ごめんなさい。」

 気持ちはわからないでもないけど、このグダグダ感はどうするんだ。

 あれ、そういえばリーアが酷い目にあわされそうになっていたというのに、護衛のエミリアはどうした?お茶を持ってきてから、この部屋のドア前にいたよね。

 ドアが開き、しずしずと入ってきたエミリアが頭を下げる。

 「申し訳ございません。体重の話になって我を忘れていました。護衛として失格です。」

 女心は大変だよね。


 「なぜこんな不毛な話になってしまったのでしょうか。」

 グッタリとしたリリーサが冷めたお茶を口に含む。

 「冷めてもおいしいです。さすがいい茶葉は違います。生き返りました。」

 急に元気になる。単純な奴は気楽でいいな。

 「疲れたけれど、どうします?出かけますか?」

 「行くよ。もう意地だね。」

 頷く面々。

 「時間はかかりますけど、歩く時間の少ない馬車にしましょうか。」

 「歩くよ。運動は大切だからね。」

 「わたしも歩きます!」

 なまくらなリリーサでさえ歩くと宣言。

 「だから体重の話はタブーなんです。」

 リルフィーナがげっそりとした顔で呟く。


 さすが貴族の住宅街。人通りがほとんどない。

 「朝夕に学生とお城勤務の方々が歩いてるくらいで、後は馬車が多いですからね。」

 「ふん、ブクブクと肥え太るがいい。」

 リリーサがちょっと凶暴だ。まだ引っ張ってるのかい。

 「お母さまが悪いのです。まぁ、食が細い方ですから、太らないのは当然として、いつまでも若作りなもんで、エルフだの妖怪だの言われてしまって。」

 妖怪って言ったのはリリーサだけどね。

 「エルフなんて空想上の生き物でしょう。天人族みたいなものです。羽の生えた人間なんているはずないのに。」

 「「生えてないよ。」」

 リーアのつぶやきに、わたしとリリーサがつい反論してしまう。そういえば、民間伝承じゃ天人族って、髪から肌まで真っ白で翼が生えているとか言われてるんだっけ。

 「え?見たことあるんですか?」

 しまった。余計なこと言った。

 「いや、ないけど。羽はちょっと話盛り過ぎかなって思っただけ。」

 「そうですよね。」

 冷や汗混じりでごまかすわたしとリリーサ。世間の伝承がそうなのだから、無理に本当のことを教える必要はない。実は天人族ってその辺にゴロゴロしてるなんてことは知らない方が幸せだよね。

 「夢があっていいじゃありませんか。エルフやペガサス、後は・・・」

 「あれはペガサスじゃない!」

 ミヤが怒りだす。

 「何ですか?」

 リーアビックリ。

 「あぁ、ちょっとトラウマがあるんだ、気にしないで。」

 わたしとファリナが慌てて間に入ってごまかす。


 魔人族の領地に角の生えた馬は存在する。馬の魔獣だ。ホーンホースという。

 『鎧騎士』シリーズを愛読するミヤは、それを初めて見た時、ペガサスだと喜んだ。憧れの空想上の生き物が目の前にいるのだ。喜ばないはずがない。

 だが、所詮魔獣。元々色は茶色から始まり、その気性は荒く、蹴るは踏みつけようとするはあげくに噛みつこうとされてミヤがキレた。

 ホーンホースを一撃に葬った後、ミヤは家に着くまで一言も口をきかなかった。

 人生、あまり夢見ちゃいけないよ、というお話だった。

 「夢は夢として大事に胸にしまっておきなさい。」

 そう言うファリナに抱きついてふてくされていたミヤの姿を思い出す。


 「まぁ人生思い通りにいかないよね。」

 「エルフからどうしてそういう話になったかはわかりませんけど、人生の坂道を転げ落ちてきたヒメさんが言うのならそうなんでしょうね。」

 人生の崖から落ちてるあんたに言われたくないからね、リリーサ。






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