130.ヒメ 旅の途中にて 2
いつものごとくミヤに潰されて起きる。向こうではリリーサがリルフィーナに揺すられて転がっていた。
「もう少しゆっくり寝かせてあげたかったんだけど、じきにエミリアが朝ご飯だと起こしに来るわ。ロイドさんはついてこないだろうけど、あまり無様な恰好は見せられないからね。」
何気にヒドイ言われ様だな。誰が無様な格好よ。
「無様というのはああいうのを言うのよ。」
部屋の奥を指さす。揺すっても起きないリリーサをリルフィーナが転がしだして、今や部屋の壁際まで転がっている。
「どんぐりの背比べというのを知っているか?」
知ってるよミヤ。どんぐりが動くわけないから、背比べするなんてそんなこと有り得ないって意味だよね。
「・・・ヒメ様が幸せならそれでいい。」
あれ?なんかわからないけど傷つくなぁ。なんでだろ。
ドアがノックされる。
「起きてる?朝食の時間なんだけど。」
「ご飯ですか!?」
ガバッとリリーサが起き上がる。これで目が覚めるのか・・・
「食事の支度はお姉様がやってわたしはさせてもらえませんでしたから、まさかご飯で釣れるとは知りませんでした。」
「釣れるとは何ですか、失礼な。元から起きていて返事をしただけです。」
誰も本気にしていない。
パンにサラダ、目玉焼きと果樹水。ロイドさんたちはコーヒーという軽めの朝ご飯。サラダの野菜がおいしい。生野菜がおいしいと思ったのは久々。
「ここガーナイル領は農業に力を入れているからな。品種改良でそこいらの野菜では出せない味を出している。参考にしなければな。」
朝くらい仕事のことなんて忘れればいいのに。エミリア視線ではかっこいいのかもしれないけど、朝ご飯中に聞かされるこっちにはウザったい。
朝ご飯を食べて、支度をしたら出発する。行程2日目だ。
町を出てしまえば、後は変わらぬ草原がどこまでも続く。たまに海らしきものも見えるけど、遠くて感動には至らない。要するに暇だ。
馬車は歩くよりは楽であり、荷物も運べるから便利だけど、実際は人が駆け足するよりは早い程度の速度だ。いい揺れ具合で眠くなることこの上ない。
「早くお昼になりませんかね。」
リリーサが興奮気味に話しかけてくる。
「そうしたら馬車降りれるもんね。」
「何言ってるんですか。ケーキですよケーキ。」
あぁ、そんな話したっけ。
「お姉様は自分でケーキを買うと、お店で選びきれなくていっぱい買ってきてしまうのです。そして、もったいないからといっぺんに食べてしまうので、最近は体重を気にして自分でケーキを買うことがなくなりました。つまり、ケーキに飢えているのです。」
「いや、収納にしまっておけばいつでも食べられるんだから、いっぺんに食べなくてもいいじゃない。」
「ケーキがそこにあるのです。逃げられますか?」
言われてみればそうかな。うん、何となく理解できるよ。
「だから太る。」
「「「うぅぅ・・・」」」
ミヤのセリフに崩れ落ちるわたし、リリーサ、そしてファリナ。さらに聞こえないふりで窓から外を見ながらも、何となくお腹の辺りを気にするリルフィーナ。いいんだよ。女の子だもん。
名前すら覚えられず、どこだかわからない町でお昼ご飯。何かを難しそうにバイルさんと話している横で、こちらをチラチラ気にするエミリア。ケーキが気になるんだね。エミリアもやっぱり女の子か・・・子という歳でもないか。
ロイドさんたちが乗る馬車に顔を出し、ケーキを差し入れ。使い捨ての紙皿と竹のフォークを人数分渡し、ケーキを選んでもらう。
「野郎は1個ずつ、女の子は2個だよ。」
「すまない。だが野郎とか言うな。」
エミリアもなんだかうれしそうにケーキを選ぶ。わたしがニヤニヤ見ていることに気がつき慌てて作り笑顔に戻すけど、あえて文句は言ってこない。
「これなら片手でも大丈夫でしょ。」
御者さんにシュークリームを渡す。
「あぁ、ありがとう。」
わたしたちの馬車の御者さんにもシュークリームを渡し、馬車に乗り込む。
さぁ、戦いの始まりだ。
「ケーキは10個。つまり1人2個ずつだけど、ケーキは全部別種類。ゲームをして勝った人から1つずつ、好きなものを選ぶ。敗者には残り物を。さぁ、命がけの勝負よ。」
もう同じパーティーも関係ない。ここにいるのはすべて敵。生き残るのは誰だ。
「ギャー!負けたぁ!」
ゲーム1回につき1個選べる。つまり2回やったんだけど、2回とも大負けだった。
食べ物がかかると本気になるミヤには勝てないとは思ったけど、リルフィーナが涼しい顔をして割とムキになるのは予想外だったし、ポヤポヤしていて絶対勝てると思ったリリーサに負けたのはショックが大きかった。
「ヒメ様どっちかいるか?」
2回ともに勝利したミヤが、自分の皿を差し出す。
「ありがと。でもいいの。これは勝負なの。ミヤの優しさだけもらっておくわ。」
「焼肉強食ですね。即ち、焼肉は強い者しか食べられない、という。」
「「なるほど。」」
ミヤとわたしが唸る。そっちにボケが行けたか。
正直、どれもおいしいケーキだったから、どれを選んでも後悔はないのよね。ただ、ゲームで騒ぎたかっただけで。
ただ1人を除いては・・・
「ファリナさんのやつの方がおいしかったでしょうか・・・でも、それを言うなら、最後に残ったヒメさんのも・・・」
食べ終わってもまだ、どのケーキがよかったか考え込むリリーサ。今度買うことがあったら、全部同じやつにしないとダメだな。
「夕方には王都に一番近い何とかという領地に入って、そこで1泊になるのでしょうか。」
リリーサの言葉に一瞬空気が凍る。わたしたちの間でだけ。
この方向で王都に一番近い領地、かつて、わたしたちが暮らした村があった・・・サムザス領。
正直いい思い出はない。けど、生まれ育った村、何の感慨もないわけではない。せめてもの救いは、村は一番山側にあったから、ここ街道からは遠く離れていて、その跡地を目にすることはないってことかな。
今ではもうない村を出てから、すでに8ヶ月。冬の終わりに起こったサムザス事変から月日は流れて、季節はまた冬を迎えようとしている。
馬車が遅れれば、サムザス領に入る手前の、別の領地の町に泊まると言う可能性もあったんだけど、叶わず馬車はサムザス領に入る。
大抵の領地は、入ってしばらく草原なんだけど、さすがこの国有数の大きさを誇るサムザス領。すぐに最初の町が見えてくる。
手前の草原で馬車を止め、打ち合わせ。
「あそこに見えるゴリューン小領ロクレラの町で今日は泊まる。」
「ロイド様、今はリーンツ小領です。」
エミリアが小声でロイドさんをたしなめるように言う。
小領というのはこの国の呼び方で、大きな領地は、領主1人で取り仕切るのは大変なので、その下に領内のいくつかの町を仕切る町領主という貴族を置いている。その町領主が仕切っている土地が小領と呼ばれている。ここでは、領地全体を管理しているのがサムザスで、その中のいくつかの町を管理しているのが、今言ったリーンツだっけ、そういうことになる。
「気をつける。サムザス様に聞かれたら大変な事になるな。」
今の話の内容だと、この辺の町領主がゴリューンからリーンツに変わったってことか。ロイドさんが言い間違えるってことは、それも最近。
そういえば、この前のファリナの話じゃ、サムザス事変の時、魔人族に対する勇者の配置の仕方が悪くて領地に被害を与えたとかで、町領主が死罪になったって言ってたよね。ここのことなのかな。
再度馬車に乗り、町に入る。
まだ夕暮れまでには時間があるけれど、日が暮れる前に次の町まで行けるほどの余裕があるわけではないので、今日はこの町泊まりだ。
馬車を駐車場に置いて、わたしたちは宿に向かう。駐車場の管理のおじさんから、貴族が泊まれる程度のいい宿の情報を聞いてあり、そこに向かう。
「とりあえず、サムザス領には入れた。この調子なら明日の昼頃には王都に到着できるな。」
歩きながらロイドさんが、エミリアやバイルさんと話している。
わたしたちは廻りを見回すので忙しい。
さすが、王国最大級の領地。一番はずれの町なのにすごく大きくて人がいっぱい。
「いつかは俺だって・・・」
ロイドさんのつぶやきがかすかに聞こえた。
「夕食まで時間がありますね。町を探索でもします?」
昨日と同じ部屋割りで自室に入ってすぐに、リリーサが部屋の窓から外を眺めてウキウキしだす。
「うーん、いいや。まだ往路だからね。いらないもの買っちゃったりしたら面倒だし。」
この領地じゃあまり表を歩きたくないなぁ。
「<なんでもボックス>に入れておけばいいじゃないですか。」
「王都に近いこんな大きな町じゃ、わたしたちみたいなかわいい女の子は、すぐ絡まれちゃうでしょ。騒ぎを起こしたら面倒そうだからね。」
ファリナが加勢してくれる・・・のはいいけど、自分でかわいいとか言う?
「なるほど。これだけ人が多いと、何かあった時に消すのが大変ですね。」
リリーサが納得してくれたのはいいけど、納得する方向性がおかしくない?何、その何かしでかすのが前程って。
「どうしてもと言うなら、リリーサたちだけ行って来ればいいよ。あたしたちに付き合う必要はないからさ。」
「ヒメさんたちが行かないのなら、わたしたちも行かないです。」
リルフィーナも頷く。
「わたし1人じゃ消すのが大変です。」
「いや、消さないようにしなさいよ。」
「お姉様に問題起こすななんて、ヒメさんに呼吸をするなと言っているようなものですよ。まぁ、ヒメさんにも同じことが言えるんですけど。」
わたしは問題をおこすんじゃない。問題が起きるんだ。
「ヒメ様ご迷惑。」
「魔獣だけでなく問題も呼ぶ女ですか。大変ですね。」
わたし自身は大変だった記憶はないんだけどね・・・全部あんたたちのせいだったと思うよ。
「何にもしてないのに疲れたね。」
ベッドに倒れ込んだ体が動かない。
リリーサとリルフィーナは、外出はしないかわりに宿の中を見てくると言って出ていった。そう、見に行くと言いたくなるくらい広いのよ、この宿。面積もさることながら4階建て。どうやって強度保ってるのかしら。
「ドンっと跳んだら壊れないかな。」
「いや、さすがにそれはないでしょ。」
ここは3階。わたしのセリフにミヤがウズウズと床を見てる。
「うるさくすると下の階に迷惑だからね。こっちおいで、ミヤ。」
座っているベッドから、全体重をかけて飛び降りそうな雰囲気を醸し出しているミヤを呼ぶと、トコトコやってきて、わたしの腕枕で横になる。
「わたしも飛んでみようかな。」
「わかったから!ファリナもおいで。」
シングルのベッドに3人は厳しいって。仕方ないけど・・・
バンッとドアが開く。リリーサたちが帰ってきたようだ。
「迷惑だよ。静かにしなさい。」
「さすが貴族様用の宿です。ここって大浴場があるんですね。」
「泳げるのか?」
いや、ミヤ。ダメだからね、泳いだら。




