129.ヒメ お風呂に入る
タオルと着替えを持ってわたしたちの家へ。エミリアがいるので、空間魔法を使えないことになっているわたしではなく、リリーサにマイムの町近くの森に門を開いてもらう。
「これが空間移動魔法ですか。すごいものですね。」
初めて移動するエミリアが感嘆の声をあげる。少し歩いてわたしたちの家へ到着。
「じゃお湯入れちゃうから、エミリア先に入っていいよ。」
「わたしは最後でいいです。お世話になるのですから。」
「最後だとリリーサが眠たくなって、待ちきれずに帰っちゃう可能性があるから、悪いんだけど先に入って待っていてくれないかな。なので、リリーサが最後でいい?」
「ヒメさんと一緒でもかまいませんよ。」
「「却下。」」
ファリナとミヤが一刀両断。
「うー、一番に入って帰っちゃいます!」
リリーサが暴れるけど無視。
浴槽に水を入れて、火魔法でお湯にする。シャワー用のタンクにも水とお湯を用意してエミリアを呼ぶ。
「石鹸はここの新しいやつを使っていいから。何か問題あったら呼んで。」
「お世話になっておいてこういうのもなんですけど、気味が悪いんですけど。親切すぎて。」
「言うと思った。今だけだよ。しばらくは顔を突き合わさなきゃいけないんだ。その間だけでもケンカはしたくないかなと思ったの。わたしたちだけがお風呂に入ったってなったら気がひけるじゃない。」
「今だけ、なんですね。」
「旅行の間だけだよ。わたしたちがギスギスするとロイドさんが気を使って、正直ウザいから。」
「旦那様のためというならわかりました。お風呂、いただきます。」
エミリアが笑う。
「ところで仲良くって、まさか一緒にお風呂に入って、スカートを捲る以上の不埒な行為をわたしにしようとか考えているわけではないでしょうね。」
いや、みんなそこにいるから。バレたら切り刻まれるよ。
「反撃はしますけどね。」
「全裸で大立ち回りはいやだなぁ。」
「それは・・・確かに。」
「じゃ、ごゆっくり。」
わたしはエミリアを残して居間へ向かう。
「お風呂に入るんだから果樹水の方がいいんじゃないの?」
「それはそれ。お茶はお茶です。両方いただきます。」
居間では、リリーサがテーブルにカップを並べていた。相変わらずだな。
お茶を飲んでいるとエミリアがお風呂からあがってくる。
「早かったね。」
「時間も時間ですし、ゆっくりはさすがに。体と髪を洗えただけで十分です。」
それもそうか。寝る時間が減っちゃうね。
「じゃ、わたしたちもさっさと入っちゃおうか。テーブルに果樹水とお菓子あるからそれ食べて待っていて。」
立ち上がり、浴室へ向かうわたし、ファリナ、ミヤ、そしてリリーサ。
「座ってなさい。」
ファリナがリリーサを押し戻す。
「チッ!もう少しだったのに。」
舌打ちするんじゃない。それに全然もう少しじゃないからね。
「ふぁー、生き返るー。」
湯船につかり体を伸ばす。馬車の中は椅子に座ってなくちゃいけないから、体がバキバキだよ。そして、ミヤは相変わらず湯船の中で正座して瞑想している。
「昼からは毛布を敷いた床で、横になりっぱなしだったよね。」
昔のことは忘れました。
「このまま家で寝ちゃおうか。」
「お金払って宿の部屋を借りてるんだから、さすがに非道すぎないかな。」
「ヒメ様鬼畜。」
そこまで言われるのか。いや、自分でもちょっとないかな、とは思ったけど、鬼畜扱いとは・・・
お風呂から出ると、居間ではリリーサが布団を持ち出してふて寝していた。
「フンです。わたしは利用されるだけの都合のいい女なんです。いいんです。ヒメさんなんかに引っかかったわたしが悪いんです。」
一緒にお風呂に入らないだけで酷い言われ様なんだけど。
「っていうか、その布団どこから出してきたの?」
「勝手知ったるヒメさん家です。寝室から持ってきました。」
人の家でやりたい放題だな。
リリーサとリルフィーナがお風呂に入っている間、エミリアと4人になる。そういえばリリーサ、よく知らないエミリアと一緒で平気だったのかな。
「あなたたちがお風呂に行くなり、部屋から布団を引っ張り出してきて、頭からかぶった後、隙間からジッとこっちを見てました。話はできません。人馴れしてない猫かと思いました。」
「猫言うな!殺すぞ!」
「・・・え、と、笑うとこですか?」
ごめん。聞き流してくれるとうれしいな。
「王都って結構遠いんだね。」
昔は歩いてあちこちの領地に行っていたけど、目的は魔人族討伐という目的があったから何日かかろうと気にならなかった。こうやって旅行気分で移動すると、この国って結構広いんだね。最近じゃ<ゲート>で移動してたから、なおさら距離感がわからなくなっていたよ。
「パーソンズ領は、正直この国じゃ辺境といってもいい位置です。ガルムザフト王国との国境近くの最北端の領地ですから。だからこそ、旦那様は中央に負けない領地にしようとがんばっておいでなのです。」
そうなんだよね。この国の一番端だからこそ、わたしたちはそこを新しい住処に決めたんだ。ここまで僻地とは思わなかったけど。
「上がりました。喉を潤すので帰るのはもう少し待ってください。」
リリーサとリルフィーナが湯上りホッカホカで居間にやってくる。
「お風呂場洗っておきました。明日も入れます。」
ありがとう、リルフィーナ。明日のために、洗ってから帰ろうと思ってたから助かったよ。
「わたしも手伝いましたからね。あれだけひどい仕打ちを受けても尽くす健気なわたしをヒメさんはもっと優遇すべきです。」
「どうしろと。」
「とりあえず、この一件が終わったらなんか狩りに行きましょう。北の方がいいですね。珍しい魔獣がいそうです。もう冬ですね。ヒメさんと2人きりで遭難したらどうしましょう。もう都市伝説でも構いませんから人肌で温め合うしかないですね。そして永遠の愛を誓うのです。2人の新居には1家に1台のミヤ、ファリナが常備です。完璧です。これで老後も安心です。って、聞いてます?あれ?リルフィーナすら無視ですか?」
他人の妄想を大人しく聞いてるほど暇じゃありません。みんなは、果樹水片手にお菓子をつまんでいた。
「なんなんでしょう、ファリナさんやミヤさんが斬りかかってくることもなく、只々無視って、凄く寂しいんですけど。」
「終わったか?なら帰るぞ。」
「いちいち構うから図に乗るのよね。放置が一番。」
「言うだけなら好きにしてください。」
みんなが冷たい。
「もう少し現実味のある計画にはならないんですか?」
いや、エミリア。妄想だから。あなたは物事をリアルだけで考えすぎです。
「放置してくれるなら、明日の朝はヒメさんをキスで起こせますね、って、なんでここで刃物がでますか?」
ファリナとミヤがリリーサの首筋に武器を押し当てる。
「言うのは放置だけど行動は命がかかっていると思っていてね。」
「やったら切り刻む。」
「嘘つきです!嘘つきばっかりです!」
なんか騒がしいけど無視。
「このお菓子おいしいね。ガルムザフトのだよね。」
「ここのは有名ですよ。なにせ村はずれのえ・・・」
リルフィーナが何か言いかけるけどさせないよ。
「うん!それはいいかな。ちなみに今は寝る前だから出せないけど、我がマイムの町自慢のケーキも持ってきてるから、明日のお昼ご飯の後にでも食べようか。」
「「ケーキ!?」」
わたしとリルフィーナの会話に食いつくリリーサ・・・とエミリア。
「い、いえ。何でもありません・・・」
慌てて平静を装っているけど顔が赤いよ、エミリア。
「いっぱいあるからね。そっちの馬車にもお裾分けするよ。」
一瞬だけ笑顔になるけど、慌てていつもの作り笑顔に戻るエミリア。ケーキに食いつくとは意外に子供っぽいな。
「な、何があるのですか?果実と生クリームのケーキは当然あるのでしょうね。木の実のケーキは?も、もしやチョコのケーキなんかあったりしませんよね。あぁどうしましょう、選びきれません。」
リリーサがケーキに食いつきまくって離れない。多めに買っておいてよかった。リリーサ1人で半分は食べそうだな。
家を出て森に入り、リリーサに宿への門を開けてもらう。出たのはわたしたちの大部屋。
「お世話になりました。それではまた明日。」
エミリアが軽く頭を下げて部屋を去る。
「けっこうな時間ですけど、寝るには早いですね。どこかに飲みにでも出ます?お茶を。」
この世界では13歳で成人ではあるけれども、この場合の成人の意味は仕事に自由に就けるという意味での成人だ。結婚は両者の合意があれば認められるけど、飲酒は別だ。お酒は15歳になってから。
つまり、13歳になったら、被保護から離れて一人前の人間だと認められたことになる、というだけで、何でも自由になるわけではない。
何が言いたいかといえば、現状、14歳のミヤ(自称)とリルフィーナ以外はお酒が飲める、ということだ。飲まないけどね。
「この時間じゃ酒場しか空いてないでしょ。果樹水を注文したら、物語みたいに『ここは子どもの来るところじゃないぜ』なんて言われたら、間違いなく燃やすわね。お店ごと全部。」
「ではダメですね。わたしも消しちゃいますし。お部屋で大人しくしてましょうか。」
というか、表に出なくたってお茶も果樹水も売るほど収納に入ってるんじゃないの。
「家で飲むのとお店で飲むのとではこう・・・雰囲気が、何となく、わずかばかり、ほんのちょっと、違いません?」
よくわかりません。まぁでも知らない町だし、ぶらついてみたい気がするのはわかる。
「不許可です。この面子でこの時間。この町の全滅エンド以外の展開が見えません。」
いや、ファリナ。実はわたしもそうは思うんだ。思うんだけど・・・
「場所は覚えました。今度明るい時間に来ましょう。わたしたちの我儘でこの町を滅ぼすわけにはいきません。」
なんだろう、町をぶらつくだけで町が滅びる可能性があるなんて。リリーサ、恐ろしい娘。
「ヒメさんですからね。」
「ヒメが問題なんだからね。」
「ヒメ様だな。」
「どうでもいいです。」
よってたかってそれかい。っていうか、リルフィーナ最近あきらめ早いな。
ひとしきり騒いだら、部屋の空いたスペースに布団を持ち寄って、いつものごとく雑魚寝。わたしたちにはこれが一番落ち着くなぁ。




