128.ヒメ 旅の途中にて
「こんなものか。あまり運動にならなかったね。」
リリーサがちゃんと起きていたこともあり、狼7匹にわたしたち5人じゃ物足りないにもほどがある。お腹ごなしの運動にもなりはしない。
「狼どうします?」
「ロイドさんが必要なら渡した方がいいのかな。いらないのなら、非常食に貰っておこうか。」
馬車の方に向かう。
喧騒が終わったのを見て、ロイドさんがエミリアともう1人の護衛であるバイルさんをつれて馬車を降りてくる。
「お前たちがいれば護衛いらずだな。」
そのセリフにちょっと悲し気になるエミリア。
「わたしたちがいてもロイドさんを直接守る気無いから、護衛がいないと大変な事になるよ。狼くらいならいいけど、盗賊だったら、みんなヤっちゃうのに忙しくて、その隙にロイドさん斬られるね。」
「あぁそうかい。」
「だって、今回は、わたしたちが来賓扱いで、別に護衛として契約してるわけじゃないからね。わたしたちは、食後の運動はするけど、護衛はしないよ。」
「これが食後の運動か。」
運動にもならなかったけどね。
「あ、狼いる?いらなかったら、わたしたちが貰うけど。」
「持っていけるはずもない。好きにしろ。」
そうかな。ロイドさんの隣に積んでおいて、何なら捌いて明日のお昼ご飯にしてもいいんじゃないかな。
「野原で獣を焼くのはちょっとな。町で食堂を探すから大丈夫だ。」
変なとこで貴族ぶるよね。どうでもいいけど。
「じゃ、わたし3のリリーサ4でいい?」
「いいんですか?わたしが多くて。」
「非常食にするからそんなにはいらないよ。売るつもりもないし。リリーサはお店に出せるでしょ。傷の少ない売りやすそうなの持っていって。」
「ありがとうございます。じゃ、これと・・・」
それぞれに分けて収納にしまう。
「よくあの距離で見つけたな。」
「うちにはミヤがいるからね。」
狼をしまって馬車に戻ると、ロイドさんが感心そうにわたしたちを見ていた。
「そういえば、パープルウルフの時にそんなこと言っていたな。」
「いらない時間使ったね。早く出発しよう。」
「そうだな。行くか。」
それぞれの馬車に戻り、出発する。
しばらく走ると、客車部の小窓がノックされる。
「ありがとうな、嬢ちゃんたち。」
御者さんにお礼を言われる。
「狼やなんかだと俺たちか馬が狙われる。嬢ちゃんたちのおかげで命拾いしたよ。」
「どういたしまして。」
これが盗賊だったりすれば、狙いは客車にのってる人や物になるから、御者さんが狙われることはない。盗賊は、基本人殺しはしない。人を殺す凶悪な盗賊となると、その土地の領主が領地の治安維持のため、本気で盗賊退治に乗り出してくるから。まぁ、窃盗だって十分治安がいいとは言えないんだけど。
そこからは、カードゲームで遊ぶ。運動不足解消にと、最下位は罰ゲームとして腹筋30回か腕立て20回が課せられる。
おかげで、みんなマジになる。
「疲れました。」
休憩になった途端、リリーサが敷いていた毛布に倒れ込む。
相変わらずリリーサの体力がない。魔獣と戦うとなったら散々跳ねまわっているのに、普段は山どころか坂すら上れないとか、腹筋も10回くらいで音を上げていた。
「かわいいですよね。」
リルフィーナの感想が理解できない。
夕刻になり、今日泊まる町に着く。馬車を駐車場に置き、御者さんを残し町へ。
荷物などを守るという理由で、御者さんたちは馬車で寝るのだそうだけど、実際はそれにプラスして、雇われている御者さんが領主様と同じ宿に泊まるのは身分がどうたらこうたらで、要するにめんどくさい。わたしたちも馬車で寝てもいいんだけど。
「お前たちを表に置いておくと、騒ぎを起こしそうで心配でゆっくり眠ることもできん。」
「宿の中でも騒ぐかもしれないよ。」
「騒ぐな。それでも目の届くところに置いておけば文句くらいは言えるだろう。」
「え?この領主、乙女の部屋に乱入する気満々なんですけどー。」
「しないわ!エミリアをフル装備で突入させる。」
そのエミリアは、部屋を借りる際に一揉めあった。
「か、彼女たちと同じ部屋でも構いません。」
顔を引きつらせそう言うエミリア。
護衛とはいえ女性を同じ部屋に、とはできないと、ロイドさんが自分ともう1人の護衛バイルさんで1部屋、エミリアに1部屋借りると言い出したのだ。
わたしたちは、ハンターパーティーごとに2部屋と言われたけど、リリーサの猛烈な反対で大部屋1部屋を借りることになった。むろん、2人3人用より大部屋の方が安いので、ロイドさんとしては、特にリリーサに気を使って個室にしたのだろうけど、当のリリーサが嫌がった -最後には帰って寝て、明日の朝合流するとまで言い出した- ので結局大部屋になったのだけど、そうすると、エミリアが1人で1室というのが、彼女としては贅沢に思えたんだろう。先の発言になった。
「明日も護衛を頑張ってもらわねばならない。休める時は休め。こいつらと一緒では気が休まらないだろう。」
いや、ロイドさん。それは事実だろうから文句は言わないけど、面と向かって言わないくらいの気遣いは欲しいな。
「でも・・・」
それでも渋るエミリア。
「エミリアは護衛なんだから、守るべき対象から遠い部屋で寝てどうするの。仕事をちゃんとしなさい。」
わたしが厳しめに言ってやる。
個室と大部屋は料金の違い等もあって離れている。同じ建物の中とはいえ、ロイドさんに万が一何かあった時にすぐにどうこうできる距離ではない。
「ま、わたしたちと騒ぎたいのかもしれないけど。」
「誰が・・・コホン、あなたに言われるのは心外ですし、言いたいことは山のようにありますが、仰る通りです。わたしの仕事は旦那様の護衛でした。旦那様、お言葉に甘えさせていただきます。」
「うむ。そうしてくれると、俺も安心して休める。」
ロイドさんが、エミリアから見えないほうの目でウインク。わたしによくやったと言いたいんだろうけど、キモイ。こっちだって、エミリアと同じ部屋はご免だ。見張られてるようなものなんだもの。夜休む時くらいのんびりしたい。
「昼、移動中ものんびりしてますよね。」
リルフィーナ、うるさい。あんたはエミリアの部屋で寝なさい。
晩ご飯は食堂でとり、各々の部屋へ。入るなりベッドの上で大の字になる。
「疲れたー。」
「1日何もしてないけどね。」
大人しくしているのも疲れるのよ、ファリナ。
「馬車の中で、ずっと騒いでましたけどね。」
リリーサ、あんただってそうだったじゃない。
「ここって8人部屋なんですね。貸し切ったってことは8人分の料金を払ったってことなんでしょうけど、2,3人用2部屋とどっちが高くつくんでしょう。」
リルフィーナ、お金のことで細かく言わないの。どうせ貴族様が払うんだからいいのよ、そんなこと気にしなくったって。
とはいえ、大部屋は相部屋扱いだから、1人当たりの料金は安いんだけど、8人分か。結構かかっちゃったかな。
「なんか気になりますね。聞いてきましょうか。」
根が商人のリリーサは、お金のことになると結構うるさいようだけど、こうなった原因はそもそもあんたなんだから、話を蒸し返すようなまねはよしなさい。
「そうでした。だったら部屋を分けるなんて言われたら大変です。ウサギは寂しかったら死んでしまいます。」
「あんたは狼クラスだからそんな心配はいらないでしょ。」
「猿のヒメさんには言われたくありません。」
誰が猿なの?
「ここお風呂ないのよね。」
ファリナがボソッと言う。不特定多数が、それも日に何人泊まるのかわからない普通の宿にはお風呂はない。お客の数がはっきりしないから、大きなお風呂じゃお風呂に入る人数分の料金よりお風呂を沸かす費用の方がかかりすぎたり、小さいとお客が多かったら対応しきれないなど、メリットより面倒の方が大きいのだ。宿の近くには公衆浴場があるはずだけど、知らない人と大勢で入るのは気恥ずかしい。
もちろん、それなりに大きなホテルとかになればお風呂はあるんだけど、今回みたいな旅でそこまで贅沢はできない。
「お湯沸かして、体だけでも拭こうか。」
そう言って、ベッドから起き上がると、リリーサが腕を組んで考え込んでいた。
「<あちこち扉>で帰りましょうか。」
いや、それは考えなかったわけじゃないけど、旅の前提を覆してしまういけない考えだと、わたしでさえ言い出さなかったのに。
「もちろん、ここに泊まりますよ。宿に泊まるのは旅行の醍醐味ですからね。料金も払ってますし。とはいえ、お風呂に入らないで体を拭くだけなのは乙女の矜持に反します。いえ、無理強いはしません。ヒメさんはここで体を拭いていてください。わたしとリルフィーナは家に帰ってお風呂に入ってきます。」
こ、この卑怯者。そこは無理にでも誘うべきでしょ。そうすれば、わたしだって『しょうがないなぁ』という流れになるものを・・・
「はいはい、行くんでしょ。着替え用意しなきゃね。」
ファリナ、そこはわたしにも意地というものが・・・
「行かないの?」
「・・・行きます。」
「あ、待って。エミリアも誘うから。」
着替えを用意して、リリーサにはわたしの家に門を開いてもらうことにする。わたしの家の方がお風呂大きいから、何人かずつ入れて時間が短縮できる。
「珍しいわね。あまり話したくないと思ってたのに。」
「エミリアだって、女の子・・・ではないけど乙女だもの。お風呂に入りたいでしょ。明日も旦那様のそばにいなきゃいけないし。」
「気を使ってあげるんだ。」
「面白そうでしょ。血みどろの愛憎劇。」
「あぁ、うん、まぁいいや。早く呼んできて。」
なぜあきれた顔をする?ファリナ。
エミリアの部屋をノック。
「はい。どなたですか?」
「あ、わたし。」
葛藤があったのだろう。ドアを開けるのにやや時間があった。
「何でしょう。」
いつもと違い、笑っていない、ちょっと嫌そうな顔で出てくる。
「開けないかと思った。」
「開けないとあなたが廊下で大騒ぎするでしょう。旦那様にご迷惑をおかけします。いいんです、わたし1人が犠牲になれば。」
あれ、なにそのわたしがあくどい事をしに来たみたいな展開は。
「その旦那様には内緒だよ、うるさいから。リリーサが遠くへ一瞬で行けることは知ってるよね。立ち聞きしてただろうから。」
「失礼ですね。廊下にいたらたまたま聞こえてきただけです。」
その辺は言い争っても仕方ないからスルー。
「で、わたしの家に行って、お風呂に入ろうかと思うんだけど行かない?」
「は?馬鹿ですか。そんな好き勝手な事していいと・・・」
「明日も旦那様のそばにいなきゃいけないんだよね。旦那様としては、そばにいるのが体をタオルで拭いただけの女と、石鹸で体も髪も洗った女のどちらが嬉しいかな。」
「・・・」
言いかけのまま口を開いて固まるエミリア。
「行かないならいいよ。わたしたちだけで行くから。」
部屋に戻ろうとする。
「ま、待ちなさい・・・」
慌てて呼び止めるエミリア。
「どうする?」
眉間にしわを寄せ握りこぶしを震わせながら葛藤するエミリア。本音と建前がせめぎ合っているのだろう。
「わ、わかりました。あなたたちだけだと何をするかわかりません。見張りということでついて行きます。」
妥協点を見つけ出したようだ。めんどくさい女だけど、やっぱり乙女なんだよね。




