118.ヒメ ボアを解体する
当然のことだけど、夜寝てしまえば必然的に朝は来る。
「らから、ちはふふぉーふぉーれおきょひにゃふぁいよ。」
わたしのほっぺたを引っ張るリリーサを睨みつける。ふと見ると、その後ろでファリナとミヤが剣と鉤爪を構えているのも、ここしばらくの朝の景色だ。
「嫌な景色ですね。」
だったらやめろとリリーサに言いたい。
「朝ご飯食べてゴルグさんのところに行くわよ。」
剣を鞘に納めながら、ファリナが部屋を出ようとする。
ガシャーン!
何かが割れる音。
「そういえば、今日もリルフィーナが朝ご飯の手伝いをしてくれてたんだっけ。」
「なぜ、いまだに懲りずに、そんな暴挙を許しているのですか?3日で家中の食器が無くなりますよ。」
頭を掻くファリナに青ざめるリリーサ。うん、止めなよ。
「手伝いたいって気持ちに答えてあげようかなって。」
「いいんですか?最終的にはお皿が無くなって、手づかみできるパンだけの食事になりますよ。」
「待て、それは非常事態。せめてミルクは欲しい。」
「コップがないので無理です。」
「止める。」
ミヤが大慌てで部屋を飛び出す。
ガシャーン。
またやったか・・・
この国では、成型の上防水、防腐など木の加工には手が掛かるため、食器は土を焼いたものが一般的で、値段も安い。
「値が張るけど、木の食器に変えようか。」
テーブルで朝ご飯を頬張るわたしの提案に会計担当のファリナは渋い顔。
「無駄です。リルフィーナを甘く見ています。」
「何が?」
「たとえ、木の食器でも、リルフィーナにかかれば一発です。落ちた時に木目がキチンと合うのでしょう。リルフィーナが落とした木の食器は木目に沿って割れます。必ず。」
それもう特技だよね。わざとなの?わざとやってるの?
「そんなにすごいですかね。」
照れるな!褒めてないから!
物置で相変わらずの大騒ぎをやって、ゴルグさんのところへ。
っていうか、この物置、塀で囲まれた裏庭にあるんだから、直接裏庭に出ればいいんじゃないの?
「ヒメさん、お約束ってわかりますか?」
知らないよ、そんなの!
「おはようございます。」
「ブラウンヘア―ボアだって?最近北の方で見かけるって話だが、この辺じゃ珍しいな。」
「北に行ってきました。」
「あっちは国境線が騒がしいって話だったが、問題なかったか?」
「向こうの国の警備のハンターにナンパされたけど、リリーサを見たら逃げていったよ。」
「それはその通りですけど、もう少し言い方というものを考えてくれませんか?」
リリーサの視線が痛い。
「白聖女の威光はまだ通用したか。」
ゴルグさんが苦笑い。
「リリーサってそんなに有名なんだ。みんな知ってるっていうけど、わたしたち知らなかったんだよね。」
「この国ではな。もっとも、顔を見たことある人間は金持ちだけで、俺たちは白聖女って偉い人がいるくらいしか知らなかったが。」
「お恥ずかしい限りです。」
リリーサが顔を真っ赤にして俯く。
「でも、リリーサが白聖女だって知ってたよね。」
「こいつの親父がな、リリーサをここに連れて来た時に自慢していったんだ。『俺の娘は、あの有名な白聖女だ。』ってな。」
「へー。」
わたしのあげた声に、さらに顔を真っ赤にするリリーサ。体がプルプル震えてる。
「初めて聞きました・・・あの男は・・・今度会ったら消してやります。」
かろうじて聞こえる声でリリーサが呟く。
「よし、やることは山済みだ。さっさと作業に入るぞ。」
ボアの解体。肉の切り分け。毛皮の乾燥。さらに以前解体だけやってもらったレッドウルフの肉の切り分け。これを今日と明日でやらなくてはいけない。あさってからは、リリーサのお店でスーパー何とか販売日なのだ。
「スーパーウルトラ販売ディです。」
「お姉様、この間はスーパーグレート販売日と言ってました。」
言った方が覚えてないとか適当にも程がある。
解体自体はスムーズに進む。ゴルグさんが毛皮を剥いでいる間に、リャリャさんがレッドウルフの肉を切り分けてくれるから、わたしたちは、それを袋詰め。あさってには売りに出すから、リリーサの収納にしまっておく。2匹分、合わせて48人前。
ボアは、ウルフより小さいから、1匹の肉は16人前だった。わたしたちの分を合わせて4匹、64人前になった。持っていた魔石は土の魔石。これは売れそうにないので、収納の奥で眠っていてもらう。
当然ボアの毛皮は4枚。それに、以前乾燥しておいた、リリーサの持つレッドウルフの毛皮が3枚。わたしが持っているレビウルフとパープルウルフの毛皮がそれぞれ1枚ずつ。以上の肉と毛皮が、あさってのリリーサのお店での目玉商品になる。
「解体したばかりのブラウンヘアーボアの毛皮は、今日1日自然乾燥させて、明日来た時に熱で乾燥させます。ちなみにファリナさん、ボアの肝とかは使えるかどうか知りませんか?」
「ボアはちょっとわからない。特に使える部分はなかったはずだけど。」
「ファリナが知らないなら、特別な使い方はしないんだと思うよ。」
「ゴルグさんもそう言ってました。ファリナさんも知らないのなら廃棄ですね。」
こと魔獣の知識に関しては、ファリナは勇者の村時代、専門教育を受けている。解体のプロのゴルグさんにだって引けをとらないだろう。
「あなたも同じ事を習ってるはずなんだけどね。」
ファリナ、過去はもう捨てたんだ。って、睨まないでよ。
「後は毛皮の乾燥だけだから、今日はここまでだな。」
ゴルグさんが、腰を伸ばす。解体の間は屈んでる格好だから、腰が辛いよね。
昼過ぎに、今日の分の作業が終わる。
「リャリャに何か作らせる。昼食まだだからな。食べていけ。」
「なら、味見でボアの肉食べてみようか。わたしたちの分から出すから。」
皮算用では1匹から10人前って考えていたボアは、解体してみたら16人前の肉がとれた。だったら、少しぐらい味見してもいいよね。
「いいですね。この前の猪とどのくらい味が違うのか楽しみです。」
リリーサが乗り気。寝ることと食べることが楽しみなリリーサらしい。
「人の事言えますか。」
軽く睨まれる。はい、言えません。
リャリャさんに肉を焼く用意をしてもらっている間、正直することのないわたしたちは、リリーサが淹れてくれたお茶を飲んでいた。
「いい香りだな。高いのだろう。あいかわらずお茶にはうるさいな。」
ゴルグさんが苦笑いでリリーサを見る。
「いつもは普通のお茶です。今回は、たまたま収入があったからちょっと無理してみただけです。」
顔を赤くしてプイと横向くリリーサ。
「リリーサはほんと、お茶好きだよね。」
「お茶を飲むと落ち着きます。嫌な事も忘れてボーッとできます。お茶がなかったら、きっとガルムザフト王国の人口は今の3分の1くらいに減っていたでしょうね。わたしに消されて。」
嫌な事くらいで消しまくるんじゃない!
「大体、お茶飲んでなくてもボーッとしてるじゃない。」
「ヒメさん、それはお姉様をバカにしすぎです。お茶を飲んでないときのお姉様は、お昼ご飯のこととか晩ご飯のこととかいろいろ考えています。」
「リルフィーナ、それ褒めてませんよね。」
「え?そうですか?」
「天誅です!天誅です!」
2人がじゃれ合っていると、リャリャさんが卓上の石釜を持ってきてくれる。
「薪あります?あ、入ってるね。じゃ、火をつけるよ。」
威力に気をつけて着火魔法を放つ。集中してやらないと、テーブルの上で焚き火状態になる。威力の小さい魔法は苦手だ。
「便利なものだな。」
ゴルグさんが感心した様子で見てる。ちょっと照れるね。
「ほんとはリリーサがやってくれればよかったんだけど。わたしは、細かい魔法の制御が苦手だから。」
ファリナでもよかったのか。
「待ってください。今リルフィーナを制圧したらやります。えい、天誅です。」
もう終わってるから。肘鉄を入れ合ってる2人は無視して肉を天板に乗せる。
「野菜も食べなきゃだめよ。」
「は、はい。」
ファリナだったら右から左だけど、リャリャさんに言われては素直に従うしかない。
いつの間にか復活していたリリーサとリルフィーナも、リャリャさんには逆らえないらしく、肉より野菜多めの焼肉を文句も言わずに食べている。
「食べましたー。さぁ、食後のお茶です。」
またお茶が出るのかい。いや、いいけどね。このお茶、高いだけあっておいしいし。
「お茶飲んで一休みしたら、何か狩りにいきましょうか。」
「いや、帰ろうよ。」
「まだ昼過ぎですよ。夕方まで時間がそこそこあります。」
そこそこしかないんだよ。
「国境近くの私設農園に行って、もう少し内緒の草を確保したいんですよね。」
内緒の草って言い方なんとかしなさい。それ以前に、あの辺は別にリリーサの土地じゃないんだから私設の農園とか勝手な事言うんじゃない。
「誰も来ませんし、わたし専用みたいなものなんですから、これはもうわたしの土地と言ってもいいと思うんですけど。」
国王にそう言ってやりなさい。
「国境付近は、ギャラルーナ帝国のハンターが集まってきているという噂があるから、あまり近づかない方がいいぞ。」
ゴルグさんが会話に入ってくる。
「ハンター、って補完軍人とかいうやつ?」
「あぁ、帝国ではそう呼ぶんだったな。あくまで噂だ。国境近くに行ったやつが、いつもより多くその補完軍人を見たって商業ギルドに報告があった。ハンターギルドにも同じような報告が上がっていると聞く。」
「魔人族と戦争があるんでしょうか。」
リリーサが顔を曇らせる。やっぱり戦争は嫌だよね。
「それだと私設農園に行きづらくなります。もう少し向こうでやってくれませんかね。」
そっちの心配かい!
「帝国はその辺の情報をあまり発信しないから始まってみないと何とも言えないが、軍が本当に集まっているならそういうことだろうな。」
魔人族と戦争か。それでログルスがいたのかな。でも、あいつ、出現場所を見たらエルリオーラ王国近くの魔人族の領地の住人だと思うんだけど。
「しばらく北方向は行かない方がいいみたいだね。」
「わたしの農場・・・」
まだ言うか。
「というか、あまり気にしない様にしてたけど、わたしたちここしばらく密入国中だからね。狩りはあまりおおっぴらにしない方がいいと思うの。」
ここに来てのファリナの爆弾発言。
そういえば、入国の手続きしてなかったね、ずっと。
「大丈夫です。わたしもバイエルフェルン王国以来手続きしてませんから。共犯ですね。」
仲間認定された。もう燃やすしかない。
「空間移動できるのも考え物だな。」
ゴルグさんがお茶を飲みながら悠長に言う。
まぁその通りで、他の国に行っても町に入ることなく帰ってきちゃうから、手続きする暇がないんだよね。
「言い訳が苦しいですね。」
あんたが言うな、リリーサ。
「仕方ありません。今日のところは家で大人しくしていましょうか。どうします?そろそろわたしの家に来ますか?毎日ヒメさんの家じゃ心苦しいですし。」
リリーサがわたしの方を見る。心苦しいって感情あるんだ。
「消しますよ!」
「どっちでもいいよ。あぁ、でも例の一件で連絡あったら困るからわたしたちの家の方が都合いいのかな。」
「どうせ今日も来ませんよ。」
まぁそうなんだけどね。
「わたしとリルフィーナは、一度お店に行って、あさってのために明日のお昼から休業の張り紙をしてから行きます。今度は待たせないでくださいよ。」
「待たせたことあった?」
「昨日、ヒメさんに家の前で立ち尽くしました。ヒメさんの家には魔法が効きません。ですから、今日も待たされたら、隣近所を攻撃します。」
やめて!町から追い出されるからやめて!というか、なぜそういう発想になる?
大慌てで帰らなきゃ。もう面倒ばっかりだよ・・・




