117.ミヤ 指輪が気になる
「まぁ、用途はともかく防御の魔法が使えるのっていいよね。物理でも魔法でも。」
マイムの町の商店街にあった、謎のアイテムショップに入ってみたら、目の前に謎の指輪がある。
「んー、なんか雰囲気的にどうなんだろう。ロマンチック分が大量に不足してるんだけど。」
ファリナがジト目で指輪を見る。
「ちなみにこれいくらなの?」
「1つ金貨2枚っす。で、魔法付与に金貨1枚っす。」
つまり魔法付与してもらったら金貨3枚か。
「色はここにあるだけ?」
金属っぽく見えない。石のようにも見える指輪は下地の銀色に薄く色がついていて、赤、青、黄、緑、白、黒とあった。
「それだけっすね。たぶん。金属と鉱石を合成して作るんで、あまり色を出せないって店長が言ってたっす。」
たぶんって・・・金属と鉱石を合成?天人族の技術みたいだね。ズールスさんが打つ剣は鋼とピューリー鉱の合成だもんね。
「さっき天人族の職人に弟子入りしたと言っていた。」
あぁ、言っていたね。胡散臭さが大爆発な事を。
「サイズ合わせたり、魔法の付与ってすぐにできるの?」
「無理っす。先ほども言ったけど、今、店長いないっす。そういうのは全部店長がやるんで、今日は無理っす。」
雑なお店だな。まさか、ここも店長がリリーサなんじゃないでしょうね。
「店長っていついるの?」
店員さんが腕を組み首をひねり始める。あ、これ、ダメなお店だ。
「あ、明日の午後からなら、たぶん、おそらく、ひょっとしたら、いるんじゃないかと思うっす。」
やめてしまえこんな店。
「よくやっていけるわね。」
ファリナが呆れてる。そしてミヤは指輪以外に何の興味も示していない。ひたすらジッと見つめ続けてる。
「まぁ、ほら、そこはこの値段ですっし、実はお客さんで商品が売れたの3個目なんすよ。」
3個?今までに3個しかうれてないの。
「この店いつからやってるの?」
「開店して1週間ってとこっすかね。それでも、1週間で金貨うん十枚の売り上げっすよ。すごいっすよね。」
それは確かにすごいな。それならやっていけるんだろうけど。最近はこんなお店流行ってるんだろうか。悪い意味での成功例が近くにいるから否定もできない。
「まぁいいや。他のお店見てから考えましょう。」
などと社交辞令を述べておくけど、ここで買う気はない。
「これがいい。」
ミヤが指輪を指さす。
「他のお店に行ったら、もっといいのがあるかもしれないよ。いろいろ見てからの方がいいんじゃないかな。」
「意外に失礼っすね。」
真っ当な商品並べてから言ってください。
「これがいい。」
わたしをジッと見る。
言い聞かせようとミヤを見るけど、ミヤの真剣な目に何も言えなくなる。
「ハー、仕方ないな。でも、明日からリリーサの手伝いで忙しくなるし、ここの店長さんもいついるかわかったもんじゃないからね。なんにせよ、リリーサのお店が片付いたらまた来てみよう。それでミヤの気が変わってないなら決めよう。ファリナはどう?」
「わたしは、お揃いなら何でもいいから、ミヤが気に入ったのならこれでいいわよ。」
ミヤが破顔の笑みを浮かべる。うぅ、ミヤがこんなに喜んでくれるならいいか。
「じゃ、また来るから、4、5日後くらいにはお店にいるように店長さんに伝えておいて。」
「わかったっす。あ、あっし、店員筆頭のリーラーっていうっす。よろしくっす。」
「何人もいるの?店員さん。」
「あっし1人っすよ。」
それで筆頭って何?
失敗したかもしれないという心に引っかかりを感じつつも、わたしたちは家に帰る。
「遅い!」
家の前では腰に手を当てリリーサが立っていた。
「遅くなるなら、せめて空間魔法か分解魔法を使えるようにしておいてください。」
帰りが遅くなったくらいで、家のドアを壊されたり、勝手に入られたりするのはご免です。
「ドアはちゃんと直します。」
いや、人通りがそんなに多くはないとはいえ、日中の通りで、ドアを壊して家に入られたら、近所の人が警吏呼ぶからね。
「毎回言ってますけど、痴情のもつれと言い切ります。ヒメさん相手ですから警吏も納得です。」
毎回それで脅すのやめて。しかも、警吏も納得しそうだから本当にやめて。と言うか、なぜここで問題をおこされたうえに、わたしの評判を落とされなければいけないのか。
ミヤに鍵を解除してもらい、家の中へ。
もう夕方だから、ロイドさんからの連絡は今日はないみたい。まぁ、まだ国王に手紙を出して4日目くらいだから、王都に届いたくらいかな。
「指輪を見ていた?なぜ、わたしを呼びませんか?」
「まだ下見だったし、今日は店長がいなくて買えないみたいだったから、後でもいいかなって思ったんだよ。」
忘れてたなんて言えない。
「店長がいないと買えないって何ですか?そんないい加減なお店がありますか。」
リリーサがプンプン。
「なんか、店長が出歩いていていつお店にいるかわからなくて、店員さんしかいないんだよ。売ってる商品は暴利だから、週に何個か売れればやっていけるとかわけわからないこと言ってるし。」
「なんか胸に刺さるものがあるので、ちょっと待ってください。」
胸を押さえながらリリーサがしゃがみこむ。
「聞いた事あるようなお店ですけど、気のせいです。そう、気のせい、気のせい。」
ブツブツ言うリリーサ。気のせいじゃないと思うけど。
「わたしのお店は毎日開けてますし、常識的な値段の物しか売ってません。やはり気のせいです。」
「あのね・・・」
「過去は忘れました!」
ムキにならないでよ。
「お姉様みたいな思考の持ち主がいるなんて、世界はやっぱり広いです。」
「そうか?ヒメ様の周囲にはそんなのばかりで、世界は狭すぎる気がする。」
リルフィーナとミヤが世界の広さについて語っている。決してわたしの悪口じゃあない。
「魔法効果を付与できる指輪?」
「それ以前にこれ見てよ。」
ファリナの腰のポシェットを見せる。
「空間魔法の魔法陣が付与してあるの。入る大きさ限定で、使用期間も限定だけど、これで小瓶なら10本入るんだって。」
「そんなことができるんですか?」
ポシェットを手にしていろいろやってるリリーサ。
「っていうか、そんな技術があるって貴族や王族に知られたら、独占しようと捕まって監禁されたりするんじゃないですか?その店長さん。」
リルフィーナの言うことももっともだ。
「ギャラルーナ帝国謹製のタグがついてますよ。帝国御用達ということですね。迂闊に手を出せば国際問題ですね。」
リリーサが指さした先には確かにどこかの国の紋章がついていた。確かにどこかの国の御用達なんだろう。
「ですから、ギャラルーナ帝国です。国旗知らないんですか?」
「むしろなんでわたしが知っていると思うのかが知りたいよ。知ってるわけないじゃない。」
「なぜ無知な事を逆ギレされなければいけないんでしょうか。」
悪かったわね。
「なぜギャラルーナ帝国のお店がこの国にあるのでしょう。」
リルフィーナがちょっと不安げになる。
「スパイにしても、こんな目立つ商品を売っていたらすぐばれますよね。目立ちたい理由があるんでしょうか。」
どこの国の商人でも、他の国でものを売ることはできる。でもそれは、許可をとって、馬車に荷を積んでどこかの広場で行商させてもらう程度のもので、お店を開くなんてことはめったにない。お店を開くならスパイとしてだろうから、他の国から来たことをごまかしてやるのが普通。
今回は自分の国の国旗付きの商品で、なおかつ貴族などの階級に目をつけられやすい、とても珍しい商品を売っている。目立ちすぎて、とてもスパイが目的とは思えない。
「この領地でお店を開いてるのならロイドさんが何か知っているでしょう。」
ファリナの意見はもっともで、ここパーソンズ領でお店が開けるということは、ロイドさんが許可を出しているはずで、当然国王にも報告は行っているはず。
「許可されているんだから、わたしたちには関係ない話ですね。あるとしたら、本当にそこで指輪を買うのかどうかだけです。」
リリーサが自分の収納からカップなどを取り出す。悪かったわよ。今お茶出します。
「まぁ堂々と国旗掲げて商売やっているのですから、お客として正規品を買う限りは、わたしたちに不利益があるとは思えません。後は国同士、勝手にやってくださいということですね。」
「どうする?あそこの指輪がいいの?」
コクンと首を縦に振るミヤ。
「じゃ、毛皮さっさと売って、お金をつくって指輪をさっさと買っちゃいましょう。後は知った事じゃない。というか、1つ金貨3枚なら今買いに行ってもいいくらいだよね。」
「そうなんだろうけど、問題は店長さんがいてくれるかなのよね。」
ファリナ、そうでした。真面目に商売やってない商人って、ほんとめんどくさいわ。
「なぜ、こっち見ますか?」
「みてないよー。」
ジトッとこちらを見ながら、収納からさらにケトルやランプを出す。
「わかった、お茶出すから。部屋の中で火をつけるのやめて!」
横には万年床と化した布団があるのに、こんなところで火を焚かれたら大変だよ。
慌ててファリナがお湯を沸かしにキッチンに走る。
「今日はこの茶葉にしましょう。」
幸せそうにお茶の葉が入った瓶を眺めるリリーサ。
「貴族の商品を扱う問屋で、王室御用達と渋っていたものを、お金にものを言わせて買ってきました。これはいいものです。」
そこまで茶葉にこだわって凄いというべきか、成金まるだしと言うべきか、判断に迷うところではあるよね。
「必要経費で落とします。来季の税金対策です。」
お店は大変だね。黙ってハンターやっていればいいのに。
お店は売り上げで、領地に税金を払わなければならない。ハンターは、領民の安全を守ると言う役割を持っているためと、誰が何を狩ったかなんてわからないから個人の収入額がはっきりしないので、税金はない。儲けたお金は全部ハンターのものだ。
ある程度上級になると、武器、防具等で嫌っていうほどお金がかかるのだ。そのくらいは大目に見てほしい。
「うちは何も買ってないけどね。」
ファリナがお湯を沸かしたケトルを、キッチンから持ってくる。
そう、わたしたちのパーティーにおいて、剣を使うのはファリナ1人。わたしは、魔法か使うとしても魔人族の剣。あんなものが売っているはずもない。ミヤは自前の鉤爪。あれがどこから出てくるのか実は知らない。ミヤの手甲に収納されてるはずなんだけどね。
ファリナはその剣技で、剣を傷つけることはほとんどない。この前のように、無理な体制で無理やり攻撃を受けるようなことは今までなかったんだ。
だから、わたしたちがハンターの仕事に必要として買う物は、ポーションとキャンプ中の食事くらい。ポーションだって、ミヤがいるからめったに使わない。
後は日々の食費くらいしかかからないから、それなりの蓄えはある・・・はずだ。気にしたことないからいくら貯めこんでるのか全然知らない。
「気にしなくていいからね。」
ファリナが絶対答える気のない笑顔でわたしに微笑むから、これは聞いちゃダメなやつだ。
「とにかく、1つずつこなしていこう。まずは明日、ゴルグさんのところに行ってボアの解体。」
と語るわたしを無視して、リリーサはお茶を淹れるのに忙しそうだ。
いや、まぁいいんだけどね・・・




