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115.アリアンヌ 新しい剣を使ってみる


 ガルムザフト王国は、わたしたちの住むエルリオーラ王国の隣ということもあり、棲んでいる獣や野を行く魔獣に、それほど大きな違いはない。

 アリアンヌの新しい剣の試し切りということで、そこそこの獣が出る白の森の奥までやって来た。


 「猪いるのね。この辺り。」

 角ウサギや狼は、エルリオーラでもよくいるけど、猪はあまり見ない。

 今、アリアンヌは猪と戦っていた。猪は狼と違い、スピードはないけれど、重量が重く、その重量による突撃は、まともに受けたらわたしだって吹き飛ばされるだろう。

 ギリギリのところで躱しながら、剣で切り裂いて倒すのが基本だ。アリアンヌは、ヨロヨロと何とか猪の突進を躱すのだけど、剣での攻撃につながらない。

 一撃一撃の剣捌きはいいのだけれど、動く猪に対応しきれていないのだ。

 「オークとかなら逆に一撃で深手を負わせられそうでいいんじゃない?」

 「動く相手が苦手そうだね。動きに剣を合わせられないみたい。」

 冷静に評価を下すわたしとファリナの横で、ユイがアワアワとアリアンヌを見てる。

 「おい、大丈夫なのか?あたしがやった方が・・・」

 「アリアンヌが1人でやってみたいって言い出したんだから、やらせてあげなさい。何十匹もの獣に囲まれたらどうするの。ユイ1人で何とかする気?アリアンヌにも経験積ませないと、いざって時アリアンヌが何もできないまま神様の御許に行くことになるよ。」

 「そんなことは絶対にさせない!」

 「言うだけなら立派だけどね。あんた自分が万能だとでも思っているの?」

 わたしを厳しい目で睨むユイ。負けずに睨み返す。

 「お前の言う通りだ。あたしの力なんて・・・」

 急にうなだれるユイ。ユイとアリアンヌはいきなり態度が変わるからやりにくい。何だろう、わたしが悪役っぽいんですけど。

 「多少ならケガしても、アリアンヌが治癒魔法使えるんでしょ。心配しないで見守ってあげたら?」

 ファリナが戦況から目を離さずにユイに話しかける。何かあったらすぐに介入できる態勢だ。

 大ケガをして、アリアンヌに魔法を使う余裕がなくても、死にさえしなければ何とかできるのが控えてるから心配ないよ。

 ただ、その何とかできる2人は、わたしたちの後ろでトンボを追いかけるのに夢中なんだけど・・・

 「ミヤさん、そっち行きました!」

 「任せろ!」

 そして、それをボケっと見守るリルフィーナ。

 「すいません。さすがにトンボ追いかけるのは、この歳じゃ・・・」

 あんた、14歳だったよね。16歳で真剣に追いかけまわしてる、あなたのお姉様に申し訳ないと思わないの?

 「秋だからトンボしかいないもんね。これが春夏で、蝶々がいたらヒメも仲間に入っちゃうから大変よね。」

 誰がキャッキャウフフで蝶々を追いかけまわしますか。


 「エイッ!」

 アリアンヌの剣を何撃か受け、猪はようやく倒れた。

 「はぁぁ、動く獣はうまく当てられません。」

 アリアンヌがその場に疲れて、しりもちをつくように座り込む。

 「お嬢、ケガは?」

 ユイが慌てて駆けつける。

 「大丈夫です。ちょっと疲れただけです。今回は最後まで見守ってくれたのですね。ありがとう。」

 「い、いや・・・その・・・」

 こちらをチラチラ見る。

 やっぱり、いつもはすぐにユイがでしゃばっていたみたいだね。それじゃ、アリアンヌが強くなれないよ。

 「うちの新人と組ませたらいい練習になるんじゃないかしら。」

 「これ以上前衛増やしてもなぁ。それに、現場感覚はアリアンヌの方が上だと思うよ。」

 ユイとけっこう修羅場くぐってそうだもんね。実際に戦ったかはどうかとして。

 

 「ヒメさん、カブトムシ!」

 リリーサが捕まえたカブトムシをわたしに突き付ける。

 「ミギャヮァァ!!」

 大慌てで後ずさる。

 「り、リリーサ、近づけるんじゃない!向こうにやりなさい!」

 「カブトムシがダメですか?」

 「背中からはいいの!お、お腹はダメ!お腹に線がいっぱいなのと、足がワキワキしてるのはダメ!」

 手で顔を庇い、カブトムシを見ないようにする。

 「ヒメ様は虫のお腹が嫌い。背中からなら大丈夫。」

 「意外な弱点ですね。虫くらいバリバリ噛み砕いてそうなイメージですけど。」

 どんなイメージよ、リルフィーナ!それはユイの方が似合ってるから。

 「なんであたしなんだよ。」

 ユイが憮然とした顔でこちらを睨む。

 「まぁいいです。怯えるヒメさんなんてレアなものが見れました。カブトムシくんの役目は終わりです。森に帰りなさい。」

 リリーサがカブトムシを離す。飛び去るカブトムシくん。さようなら、カブトムシくん。もう捕まるんじゃないよ。特にリリーサには。


 「そういえば、アリアンヌ、新しい剣はどう?」

 「はい、軽くなって振りやすいです。当たらないけど。」

 水筒から水をチビチビ飲みながらアリアンヌが答える。

 「目が剣先を見てるのよ。剣先は感覚でわかるようにして、目は目標をしっかり見ないと。」

 ファリナがあいかわらずいい先生だ。

 「なるほど、そういえば攻撃の時、剣が当たるのかばかりが気になります。」

 「当てる相手がどこにいるのかを確認しないで、闇雲に剣を振っても当たらないから。」

 「気をつけます。」

 うんうんと首を振る。なんかかわいいな。

 「だろう、眼福だろ。」

 同意を求めないで、ユイ。同意したいけど、周囲の風当たりがきつくなるから。


 秋の青空、空が高い。気温も温かいし軽い毛布をかぶって昼寝したい。

 のどかだよね。毎日こうならいいのに・・・ってあれ、何かするべきことがあったような・・・

 「そうだ!」

 叫んだ瞬間、ファリナに口をふさがれる。

 「本当に忘れてたんですね・・・」

 呆れた顔のリリーサ。

 そうだよ、指輪を下見に行くって・・・

 (ここまで来てしまった以上、よけいな事言わないで。アリアンヌが恐縮しちゃうから。)

 ファリナが耳元で囁く。

 あ、そうか。わたしたちが、実は用事があったなんて知ったら、アリアンヌが平謝りするだろう。せっかく、みんな楽しい雰囲気なんだ。この空気を壊しちゃいけない。

 「でも、ユイの挑発に乗ったのってリリーサだよね。」

 「覚えていません。」

 「今更言っても詮無きこと。今は虫を捕まえることに集中すべき。」

 ミヤさん、虫はやめてください。

 「じゃ、わたしたちも猪狩って、お昼ご飯にしようか。」

 「いいですね。勝負です。」

 何でリリーサはすぐに勝負にしたがるんだろう。

 「言わないでください。ずっとボッチだったんで、誰かとワイワイやるのがお姉様の夢なんです。」

 「誰がボッチですか!ちゃんとリルフィーナがいました。」

 「いや、気持ちはわかるぞ。よし、あたしが相手をしてやるよ。」

 ユイも同族だったか。

 なんかムキになったリリーサとユイがあたりの猪と狼を狩り尽くす。もう少し自然に優しい狩りをしようよ。っていうか、目的だったアリアンヌが新しい剣に慣れるための練習はどうなったのよ。


 「ミヤ、お願い。」

 「任せろ。」

 ミヤに猪と狼の内臓処理をお願いして、わたしは土魔法で、いつものごとく石釜を作る。

 「猪3匹解体すればいいか?」

 「後、狼も2匹くらいお願い。」

 猪12匹、狼15匹が山と積まれた場所から、リリーサとリルフィーナが運んでくる。

 「狩りすぎたかな。」

 悪びれもせずに山を見るユイ。その横にため息交じりのアリアンヌ。

 「ここまでやるなら、わたしにも1匹くらい練習させてくれても・・・」

 「いやー、勝負って言うから、ついムキになってしまったぜ。」

 ジトッとアリアンヌに睨まれ慌てて目を逸らすユイ。

 「勝負は引き分けですね。」

 リリーサが苦笑いでユイを見る。

 「おう、いい勝負だった。」

 狩った獣が奇数匹なんだからどちらかが勝ったんじゃないの?

 「夢中になりすぎて何匹狩ったか覚えていません。」

 「いや、面目ない。」

 笑うリリーサとユイ。

 「リリーサの戦い方ならとどめをさしたのはリルフィーナでしょ。数えてないの?」

 「どうでもいいことなので、数えてません。」

 本当にどうでもよさそうなリルフィーナ。

 「だったら、わたしに1匹くらい・・・」

 まだブツブツ言ってるアリアンヌ。ただの虐殺だったか。


 最近ウルフを食べて、妙に舌が肥えてしまったけど、それでも猪はおいしかった。新しくやり直したばかりの時に食べた藍猪とは比べ物にならない。あれ、泥臭かったもんね。

 「わたしたちは収納にいろいろ入ってるから、残った猪と狼はユイ、持っていって。」

 「いいのか?すまない。」

 ユイが収納に猪と狼をしまう。

 「そういえば、収納は、その、あれだったけど、空間移動魔法の名前はつけたの?」

 「あぁ、収納は<ナンデモハイル>で空間移動は<トークヘイク>だ。お嬢の命名だ。いい名前だろう。」

 リリーサレベルがまた1人。もう、どうでもいいや。難癖つけるとアリアンヌが泣きそうになるし。アリアンヌが名付けたならいいか。

 「おかしいですか?わかりやすくていいと思うんですけど。」

 「ううん、いいと思うよ。」

 作り笑顔が辛い。

 リリーサも憮然としてるけど、面と向かってアリアンヌに文句を言う気はないようだ。

 「まぁ、収納が<なんでも・・・>なのはいい事です。」

 うん、同レベルなんだよね。


 肉を焼き終わり、リリーサが前とは違ういい茶葉を見つけたと、お茶の用意。

 「ユイは魔人族の領地に長くいたと言っていたな。」

 珍しくミヤから話しかける。

 「それが?」

 聞かれるのが嫌な話なんだろう。ユイが苦々し気にミヤを見る。

 「海の主というのを聞いた事はあるか?」

 またその話。なんなの、それ。

 「主?クラーケンのことか。海獣たちの頂点の生き物だってことくらいしか知らん。海獣は魔獣じゃない。専門外だ。」

 くらーけんって何?

 「巨大なイカの獣だ。それがどうかしたのか?」

 イカは海産物であって獣じゃないでしょう。

 「全長が20メートルくらいあるとか言われている。」

 「いや、もうそれイカじゃないでしょ。」

 「死ぬとどうなる?」

 わたしの意見を無視して、ミヤが話を続ける。

 「そこまでは知らない。いや、おとぎ話では、クラーケンは死ぬとき自分たちの墓場に行くのだけれど、その時天変地異が起こるというのを聞いた事はある。だから、なんなんだ?」

 てんぺんちい?

 「具体的には?」

 「知らない。あくまでおとぎ話だ。何が聞きたいのか説明しろ。質問の意味が全然わからない。」

 ユイがちょっとイライラしてきたみたい。

 「実はミヤもわからない。」

 「お茶でーす。」

 ユイが暴れ出すんじゃないかという寸前、リリーサの一言が場の空気をかえた。

 とはいえ、この様子だと本当にミヤも、自分が何の話をしているのかわからないみたい。

 「どこで聞いたの、その、海の主って。」

 「食堂の雑誌。」

 「ミヤ。」

 正面からミヤを見る。

 「・・・ログルスが、エアに話してた。海の主が死ぬ、と。」

 あの2人が?それはもう胡散臭さがマックスすぎて関わりあいたくないなぁ。

 「他には?」

 「何も。だから気をつけろ、と。」

 何を気をつけるんだよ。

 魔人族同士の話だからなぁ。正直わけわかりません。

 「まぁいいか。どうせ私たちには関係ない事だろうし。」

 「おいしいんでしょうか、そのおっきなイカさん。」

 リリーサ、そっちに行きますか?

 「イカは煮込むとおいしいですよね。」

 アリアンヌもそっちかい。

 だからね、海獣と戦うには船に武器が必要なんだよ。

 「一休みしたし、アリアンヌの練習再開しましょうか。いきなり猪じゃなくて、まず基本の角ウサギから始めましょう。」

 「はい。ファリナさん、よろしくお願いします。」

 いや、だからわたしが語ってるんだからね。

 「お嬢、あたしもいるんだから・・・」

 「ユイさんはわたしとどっちが多く角ウサギ狩るか勝負です。」

 「あん?いいぜ、受けて立つぜ。」

 「だから、全部狩らないでください。わたしの練習なんですからね。」


 もういいや。全部燃やしてやる。

 「よしよし。」

 ミヤが優しく頭を撫でてくれる。いや、ミヤの話が原因でこうなってるんだけど・・・まぁいいか。

 「あー!2人で何やってるのよ!」

 ファリナが大慌てでこちらに走ってくる。うん、まぁいいや。






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