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113.ヒメ 皮算用する


 「日程の確認をします。」

 わたしたちの家に着くなり、万年床と化した居間の布団の上に横になったリリーサが何かを言い始めたけど、聞こえない。なにせまだ夕方前。昼寝くらいならできるんだ。寝ないという選択肢があるだろうか、いや、ない。

 「今眠ったら、もう夜中まで起きないでしょう。晩ご飯いらないならかまわないけど。」

 「それは不許可だ。ヒメ様起きろ。眠ったら空中からのエルボーによる爆散攻撃を行う。」

待って、何が爆散するのよ?

 「主にヒメ様のお腹。」

 「散ったら少しは減るんじゃないの?」

 何が散って何が減るのよ。怖いんだけど。


 「スーパーグレート販売日まで後4日です。」

 「ごめん、何その販売日?」

 「特別な目玉商品の販売日のことです。今は毎日お店を開けてます。普通の販売日では意味が通じなくなってきました。」

 あ、そうですか。そういえば、今までは販売日といえば、月に一度だけお店を開けて、目玉商品を売る日のことだったんだよね。今は毎日開いてるからなぁ。

 「真面目にやらないと、ヒメさんのウルフとボアの毛皮を売ってあげませんよ。売らないと指輪買えませんよ。」

 「ヒメ様真面目に聞く。」

 「一言一句聞き逃したら拷問部屋だからね。」

 だからどこにあるのよ、その部屋。


 「当初の予定だった、レッドウルフの肉の切り分けは1日で終わらすはずでしたが、ここに来てブラウンヘアーボアの解体が必要になりました。なので、ゴルグさんのところでの解体には2日が必要です。」

 そこまでは了解です。

 「何が言いたいかというと、あさってからゴルグさんのところに行かなければなりません。つまり、草狩りにはあと1日しか使えません。」

 「そういえば、今日で予約分の・・・草、確保できたの?」

 魔法名といい商品名といい、リリーサがらみはまともに口にできない名前が多すぎる。

 「禁止用語みたいに言わないでください。普通に言えばいいんです。」

 「言いたくないの」。

 「ヒメ様話がそれてる。ちゃんと聞く。」

 ミヤが地味に厳しい。

 「リリーサも、横にそれないで。結局・・・草は確保できたの?」

 ほら、ファリナも言えないよ。

 「確保できました。」

 「じゃ、明日草狩りいらないじゃん!」

 「そろそろ草を『狩る』って言い方どうかと思うんですけど。」

 リルフィーナ、細かい!わかればいいんだよ。

 「将来、子供に教えられないお母さんになりますよ。」

 それは、まずいかな。うん、リルフィーナの言う通りかも。

 「有り得ない未来の仮定など想像するだけ無駄。」

 ミヤが辛辣なことを言う。けど。

 「ミヤ、黙りなさい。」

 ファリナが助けてくれる。

 「そんな当たり前のことを論じてる、この会話自体が無駄です。リリーサ、先に進みなさい。」

 助けてくれなかった・・・

 「色々横やりは入りましたが、必要分は確保できました。ですが、商店の経営にはあらゆる危険性を予想しておく必要があるのです。」

 「で?どうするの?」

 「明日1日予備の・・・草を採取に行こうと思います。」

 「あんたも言えないんじゃない!」

 「ひ、ヒメさんがなんか卑猥な言葉みたいに言うから、言いづらくなりました。責任とってください。」

 卑猥な言葉なんていってないけど。

 「言いづらい言葉って言っていたじゃないですか。」

 「いや、それは・・・」

 そう言われるとなんか恥ずかしくなってきた。


 晩ご飯は、肉派と魚派の壮絶な争いの結果魚に決まる。というかリリーサ、今日も泊まっていく気かい。

 マイムの町では手に入らないので、ロクローサの町まで行く。ここも、半分以上が干し魚なんだけどね。

 ここ、パーソンズ領は、王国の中では中規模の領地だ。貧しくはないけど、さほど裕福でもない。ここでは、農業と鉱業が産業の中心だ。漁業は、船を持てるだけの経済力を持った領民が多くないという事と、港を整備できるお金が領地にないため将来の夢になっている。ロイドさんはやりたそうだ。

 つまり、魚は他の領地から売ってもらったものなのだ。ちなみに、前に住んでいたサムザス領では漁業は盛んだった。


 漁業は大変なんだよ。なにせ沖には海獣がいるんだ。船には、それと戦う武器が必要なんだよ。

 「はいはい、そこまで。何がいい?」

 なぜ、海獣の話になると茶々が入るのだろう・・・

 仕方ないから並んでる魚を見る。どれがいいかな。

 「海の主ってなんだ?」

 ミヤが突然訳のわからないことを言い始める。

 「主、主か・・・カニかな?」

 わたしの意見。おいしいよね、カニ。

 「マグロですよ。生は高いですけど。」

 リリーサが目を輝かせる。

 よくわからないけど、魚を生で食べるのは危険らしく、魔法で洗浄しなければならなくて、その手数料分高い。まあ、あまり生で食べる事なんてないから気にしたことないけど。さらに、マグロはそれなりに沖に行かなきゃいけないので、海獣と出会う確率が高くなり、必然的に値段がさらに上がる。

 「クジラでしょ。あれこそ主って感じじゃない。」

 ファリナがなぜかウットリしてる。うーん、見たことなくて、話しか聞いた事ないから実感がわかないな。ファリナは昔、両親と海に行って見た事があるらしい。ちなみにクジラは大きすぎて、漁師さんの船では捕ることができないため、食用にはなっていない。

 「で、それがどうかしたのですか?」

 リルフィーナがミヤに尋ねる。

 「何でもない。」

 言い切らないなんてミヤらしくないな。


 魚を焼いて、米を炊く。昨日買いすぎた野菜を、昨夜とは味付けを変えたスープにしてもらって晩ご飯の完成。

 パンもいいけど、魚には米かな、やっぱり。

 横になってばかりいると、世間の目がうるさいので食器を洗うのを手伝う。その間にリリーサたちはお風呂を沸かして、先に入ってもらう。


 「今日も1日終わる―。」

 お風呂にも入って、後は寝るだけ。布団の上に大の字になる。

 「明日、どこ行くの?今日の場所はなんかめんどくさい事が起こりそうだからパスしたいんだけど。」

 「そうなんですよね。でも、あの場所ならまたボアが手に入るかもしれないし・・・」

 リリーサが頭を抱えてジタバタ。

 「あまりいっぱいあると買いたたかれない?ウルフと違ってレア度下がるんでしょ。」

 「4匹分しかないです。十分レアです。もう5,6匹分は欲しいところです。あまり少なすぎると、ウルフみたいに希少価値が高くなりすぎて毛皮1枚が金貨1.500枚みたいな値段になります。あまり高すぎると、一部の商人しか買えません。ごく一部の人しか買えないような夢の商品はいらないのです。手を伸ばせば買える商品でないとすぐに買い手がつかなくなります。」

 物を売るのってめんどくさいな。

 「今回もオークションにするの?」

 「前回で大体の相場がわかりました。今回は定価売りです。パープルウルフの毛皮は、前回の落札価格の金貨1.500枚、レッドウルフもそれに合わせます。ボアが900枚でいきます。肉は両方のウルフが1人前金貨250枚、ボアが140枚の予定です。レビウルフは2割落ちの毛皮が1.200枚。肉が200枚というところですか。」

 ごめん、金額が大きすぎてわけわからないや。

 「前回と同じにするんだ。」

 「金額がもう少し常識的だったら再度オークションだったのですが、桁が違いすぎます。前回より高くても安くても、絶対もめ事になります。安かったなんてことになったら、前回買った人は、それを買わされた貴族を含めて大激怒でしょう。そして高くなってしまったら、今後値段が青天井になってつけられなくなります。ならば、相場はわたしが決めます。」

 まだウルフ持ってるもんね。私もリリーサも。

 「で、それ全部売れたらいくらになるのよ。」

 ファリナが半ばあきれたように言う。そうなんだよね。金額が大きすぎて計算する気にもならない。

 「ボアは、ウルフより1まわり小さいですから、肉が1匹から10人分と少なく見積もって、えーと、千の位が1あがって、うーんと・・・ザックリで金貨30.000枚前後ですね。」

 「え、さんまんまいって何枚?」

 頭がついて行かない。

 「ウルフの肉、1匹で前回金貨6.000枚でしたからね。今回レッドウルフが2匹で12.000枚が大きいですね。ちなみに、ヒメさんの分だけだと、金貨7.000枚くらいになります。」

 あ、なんか常識的な金額に聞こえる。

 「全然常識的じゃありません。世の中の平均年収の170年分くらいだからね。」

 だからファリナ、ひゃくななじゅうねんって何年よ。もう少し現実味のある数字で言って。

 「あれ、手数料で3割払えって言ってなかった?」

 「今回はボアを狩るのを手伝ってもらいました。サービスです。」

 それはありがとう。

 「で、残りが・・・あれ、じゃわたしの分で金貨20.000枚越えますね。まずいですね。来年の税金が大変になりますね。3割持っていかれたら6.000枚ですか?わたし1人で村の半分以上分くらい取られませんか?」

 「いきなり税金が5割増収なんて、領主は万歳だね。」

 というか、小さいとはいえ村の税金に匹敵する金額の売り上げって何?しかも1日で。

 「あの領主を喜ばせるくらいならどこかに寄付しましょうか。」

 頭を捻るリリーサ。

 「わたしたちは寝ましょ。頭痛くなってきた。」

 ファリナが布団とわたしの腕を引っ張る。

 「7.000あれば指輪は買えるのか?」

 ミヤがどこか心配そう。世間の市場価格に興味のない娘だから金貨7.000枚でどれだけの物が買えるのかわからないのだろう。

 「大丈夫。10個でも買えるよ。」

 10個どころか100個でも買えそうだよね。

 「そんなにいらない。でも買えるのか。」

 ファリナに引きずられ横になったわたしに抱きつく。

 「うきうき。」

 嬉しそう。

 「それぞれがお金出すって言ってたけどいいのかな。」

 そういえば、最初は、ファリナとミヤの分はわたしが、わたしの分はファリナとミヤが出すって言ってたっけ。

 「お金は売り上げから出すけど、会計する時は別にしてもらおう。ファリナとミヤの分はわたしが払うよ。」

 「で、わたしとミヤは同じ財布から、ヒメの分を払うのね。なんか意味ないような気もするけど、いいわ。気分の問題ですものね。」

 「プレゼント。」

 こんなに笑うミヤも珍しいな。なら、いいか。


 「で、わたしの分はどうなるのですか?」

 頭の上の方から声がする。

 「自分でどうぞ。」

 「消しますよ。」

 うーん、国王問題も片付いてないから、リリーサとはあまりケンカはしたくないな。

 「買う時は声かけるから、色違いなら同じデザインの物を買ってもいい事にします。ただし、お金は自分で出しなさい。あと、リルフィーナの分も買うこと。ここまでなら妥協します。」

 「えーーーー。」

 うるさい。

 「妥協しすぎじゃないの。」

 ファリナが不服そう。

 「まぁ、ハンター仲間ということで。」

 何か反論があるかと思って待っていたら、頭の方から寝息。見ると、リリーサとリルフィーナは、向かい合ってくっつくように眠っていた。

 「寝てるのかい!」

 「ヒメ、うるさい。」

 「ご、ごめん・・・」

 ファリナとミヤも目を閉じていた。なんか理不尽だ・・・







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