112.ヒメ ボアと戦う
「すまんが、今日は何も持っていないうえに忙しい。特にこの集まりに俺が心配するような理由がないのなら、俺は戻らせてもらう。」
ログルスが立ち上がる。律儀にわたしたちの輪に混じって座っていたんだよね。
「行け、行け。後の面倒は私が見る。」
足蹴にする格好でログルスを追いやるエア。
憎々しげにエアを見ていたログルスが、ふと思いついたようにエアを手招きする。
「何だ?詫びるのなら聞いてやらんこともないぞ。」
「話がある。こっちに来い。」
わたしたちから離れた木の下に向かう。
「何?伝説の木なの?告白なの?」
違うと思います、ファリナ。
「何だ?」
「お前があいつらのそばにいるのなら、話しておきたいことがある。」
「フー、で?どの娘が好みだ?ヒメはやらんぞ。」
「何の話をしている?」
「俺の好みの女に手を出すな、といいたいのだろう?で、どれだ?」
ログルスが呆れた顔でエアを見る。
「まだはっきりしないが、近々 ”海の主“ が亡くなる。お前も魔人族の領地で育ったのなら話くらいは聞いた事あるだろう。」
「それで?」
「時間は、数か月あるかないかだと思われる。」
「で、私に倒してほしいと?」
「そんな無理なことは言わん!だが、その言い方だと俺の話が理解できているようだな。その時、あいつらがこの近くに来るようなら遠ざけてほしい。万が一の時は守ってやってほしい。」
エアが驚きの表情。
「あきれたな。本当にあいつらを守っていたのか。」
「義理がある。それ以上は言えん。」
エアとは目をあわそうとしない。
「よかろう。私がそばにいる限りは何とかしよう。だが、絶対とは言えないぞ。あいつら、とにかく落ち着きがなさすぎる。どこに現れるか予想もできん。」
「確かに。」
2人揃って軽くため息を吐く。
「また会えたなら、詳しい情報を知らせる。とにかく忙しい。俺は行くぞ。」
空間移動の門を開け、その中に消えるログルス。
「それで、お前はなぜここにいるんだ?何をする気だ?まさか・・・」
怪訝な表情で考え込むエア。
「まぁいいさ。人族が何人死のうが、魔人族が何人死のうが関係ない。私は私のなすべきことをするだけ。言いつけは守りますよ・・・」
エアは、空を見上げて呟いた。
「何だったの?」
「告白?告白なの?」
ファリナが両手をブンブンさせて嬉しそうにエアに尋ねる。
「フフーン、アダルトな大人の話だ。小童には聞かせられん。」
こわっぱ、って何?
「ここは胡散臭すぎる。今日は帰ろう。」
エアが至極真っ当な事を言うものだから、みんなビックリ。
「なんだ?」
「いや、どんどん暴れようぜ、くらい言いそうだから。」
「私をどういう目で見ているんだ?」
わたしのセリフにジトっとわたしを見るエア。
うん、そういう目です。
ン?と、ミヤがあらぬ方向に目をやる。
「何かいるの?」
「ボア。これは・・・ブラウンヘアーボア。」
「猪さんですか!?」
「だから、さんはつけないで。」
ファリナ、細かい。
「食べられるの?」
「肉はおいしいらしいわ。ウルフほどじゃないらしいけど。さすがにボアは食べたことないけど、そう聞いた覚えがある。さらに、それほど頻繁には狩れないから毛皮は高く売れるはずよ。これもウルフほどじゃないけどね。」
「つまり、激レアではないけどレアな魔獣なわけね。」
「ブラウンだと魔石は土だからいまいちですが、肉と毛皮はそれなりに高く売れます。指輪買えますよ、ヒメさん。」
よし、狩ろう。
「私は見てるからな。危なくなったら言え。手を貸してやる。」
走り出したわたしたちの後を、ゆっくりと歩いてついてくるエア。
「何匹いる?」
「4匹。」
「に、2ー2で分けられ・・・ます・・・ヒメさん、そろそろ、あ、歩きません、か。こ、こんなに距離があるなんて・・・き、聞いてません・・・」
リリーサが息も絶え絶えだ。
「ストップ。このまま戦闘に入ったらリリーサが心不全で倒れそう。体調を整えるわよ。」
「だが、もう目の前にいる。」
え?
10メートルも離れていない草むらから、こちらを見ている丸い目。向こうも驚いているようだ。って、タイミングわる!
「ブヒヒー!」
吠えながら4匹のボアが、まっすぐこちらに突っこんでくる。
「躱して!」
正面から突っこんでくるボアを躱す。尻尾を除いた体長が2メートルを切るくらい、高さはわたしのお腹くらいだから、1メートルあるかないか。さすが魔獣、猪とは思えない大きさだよ。
さらに、スピードはともかく、足音がドタドタと重そう。まともにぶつかったら吹き飛ばされるよ、これ。
「燃やしても・・・」
「燃やしたら説教だからね!」
ファリナが怖い。ミヤまでがウンウンと頷いている。わたしにどうしろと。
「ええい、ぶっつけ本番!」
右手に分解の魔法陣を展開させる。目標はボアの右前脚。スピードがそれほどないなら・・・
「<ブレイカー>」
ボアの右足に分解魔法が発動、右足が塵になる。
いきなり前足が1本なくなったため、もんどりうって倒れるボア。
「リリーサ、ごめん!治して!」
「わかりました!リルフィーナ、戻します。シメちゃってください!<モトドーリ>」
倒れているボアの背中の方に駆け寄り、剣を構えるリルフィーナ。
足が戻って起き上がろうとするボアの首筋に剣を突き刺す。
「ブヒヒー!」
悲鳴を上げ暴れるけど、すぐに動かなくなる。
「よし、1匹。」
「ヒメさんはわたしがいないとダメダメですね。それに、今の魔法は<バラバラ>です。間違えないでください。」
教わった時、魔法陣少し描き替えたよね。なら、これはもうわたしのオリジナル魔法と言っても過言ではないよね。なら、命名権はわたしにあるはず。
「指輪♪指輪♪」
何やら歌らしきものを口ずさみながら、ミヤがボアの正面に立つ。
ボアとぶつかる寸前、足取り軽くジャンプすると、ミヤは、ボアの背中に飛び乗る。
ボアが焦って体を揺らすけど、ミヤは歌いながら鉤爪をボアの首に突き刺した。
「ギィー!」
悲鳴をあげながら数歩走ったボアは、バタリと倒れる。
「ゆ・び・わ♪」
ボアが倒れる寸前、ボアの背中からジャンプしたミヤは、空中で半身捻りを加えてきれいに着地する。なんか楽しそうだね。
「フフフ、いらっしゃい、指輪ちゃん。」
ファリナの目つきが少しおかしい。
走ってくるボアに、自分から走って近づくファリナ。
ぶつかるところで左側に躱す。
ファリナの横を走り抜けようとするボアの横っ腹に剣を突き立てる。ボアが走る勢いで、剣はボアの前足から後ろ足までのお腹を切り裂いていく。
はらわたをまき散らして、ボアは倒れる。
「うわ、グロ!」
振り向いたファリナが叫ぶ。誰のせいよ。
「これで3匹。あと1匹は?」
周りを見回す。ちょうどエアがやってくるところ。
(分解を使うのか・・・)
かすかにエアの唇が動いたようだけど、言った言葉までは聞こえない。
唇は笑いの形をしているのに、目は笑っていない。その目でわたしを見つめていた。
その目に気をとられて、集中を解いてしまった。
「エア!」
アッと思った時には残ったボアが、全速力でエアを目指して走っていた。
エアが立ち止まる。恐怖で動けなくなったのか?
燃やす?ダメ、間に合わない!
エアとボアの距離はあっという間になくなる。
スッとエアは握った拳をボアに向けた。恐怖のあまり手で避けようとしたのかもしれない。
そして、次の瞬間・・・
グシャ!
エアとボアは異様な音をあげて、まともにぶつかった。
わたしは目をそらしてしまう。知り合って間もないとはいえ、知ってる人が魔獣に吹き飛ばされるのは正視できない。
ボロボロになって地面に転がるエア・・・が頭に思い浮かぶ。
そっと顔をあげて見る。驚きのあまり声が出なかった。
エアはボアにぶつかる前とまったく姿勢が変わっていなかった。そして、突き出した拳がボアの頭蓋に埋まっていた。
ボアがドッと横向きに倒れる。
エアは、ボアを殴った拳を軽く振るだけで、ボアを見ようともしない。
「いやいやいやいや、おかしいでしょ!」
思わずツッコむ。
「何百キロあると思ってるの、この猪!全速力でぶつかってきたら吹き飛ぶでしょ、普通!舐めてるの?世の中の法則を舐めてるよね!」
みんな、わたしのツッコミに首をブンブン縦に振る。(ミヤ除く)
「エアがボアより重い可能性がある。それなら納得。」
「そうか、そうよね。」
いや、ファリナ、ないから。自分より体重重い人を見つけて安心しようとしないの。
「ミヤとやら。それは褒めているのか?馬鹿にしているのか?」
「物理法則上の現実的な解釈を述べている。」
現実的じゃないでしょ!いや、確かに色々大きいから重たいかもしれないけど、それにしたって・・・重いのか?あの、ボンッ!キュッ!ボンッ!のボンは重いのか?
「そうだな・・・そう!実は私は拳闘士なんだ。だから大丈夫なんだ。ちょっとしたコツさえつかめば誰でもできる。」
説得力が1ミリグラムもないよ。
「そんな事より、欲しいものは手に入れたのだろう。はやく収納して帰るぞ。」
「ヒッ!か、カエル?」
リリーサが慌てて周りをキョロキョロするけど、前ほど取り乱したりはしない。
「最近、他人との会話が増えましたので、お姉様も慣れてきたようです。なんか寂しいですけど。特にしがみついてくれなくなったところが。」
「わたしも精神的に成長したのです。褒めたたえていいですよ。」
冷や汗をかきながら胸を張るリリーサを少し寂し気に見るリルフィーナ。
「せめて冷や汗かかなくなってから言いなさい。」
「何か言いましたか?ヒメさん?」
いや別に。
ブラウンヘアーボアをわたしとリリーサの収納に2匹ずつ入れて、帰り支度をする。ファリナがお腹を切り裂いちゃったボアは、内臓だけミヤに焼いてもらう。
近くにはまたギャラルーナ帝国の兵隊がいるかもしれないし、ログルスがいたんだ、他の人魔だっているかもしれない。両者がバッタリなんてことになって、ドンパチ始まるかもしれない。巻き込まれるのはご免だ。
「指輪♪指輪♪ゆっびーわ♪」
ミヤが歌いながら、わたしの腰から離れない。いろんな意味で早まった気がしないでもないなぁ。
「とりあえず、ボアの解体も含めての相談もあります。うちに来ますか?それともヒメさんの家にしますか?」
「リリーサのお店が大丈夫ならわたしの家にしようかな。何もないとは思うけど、ロイドさんから呼び出しがあったら困るから。」
「まだないでしょう。」
そうは思うけど、念のためだよ、ファリナ。
「ロイドというのは誰だ?男の名ではないのか?」
エアが訝しげな顔。
「わたしの住む町の領主。」
「領主が呼び出す?よもや、立場を利用してお前たちにいかがわしい事を要求しているわけではあるまいな。潰すぞ。」
「いや、近々、国王様に会う用事ができてね。その取次ぎをしてくれているんだよ。」
「国王?そういう輩は嫌っていると思っていたが。」
「しがらみってやつがね。もう大変だよ。」
「国王がいなくなればいいのか?潰すか?潰すなら潰すぞ。」
エアがなんか物騒だ。
「わたしには不要だけど、世の中にはいた方がいいみたいだからね。もう少し我慢するよ。大丈夫、いざって時は自分で燃やすから。」
「そうか。ならいい。私は戻らせてもらおう。確認しなければならんこともできた。」
エアがスッと視線を空にやる。
(主が・・・)
何か呟いたようだけど聞こえない。まぁ、私には関係ない事だろうからいいか。
「じゃ、行くね。」
エアと別れ、わたしたちは、わたしたちの家に向かう。エルリオーラ王国パーソンズ領マイムの町へ。




