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11.領主邸の少女たち


 来てしまった。

 ここは、パーソンズ領の領主の館である。

 貴族らしい立派な建物。貴族らしいお金に飽かした贅沢な造りの家具。さすが貴族だ。

 「ヒメ様何言ってるかわからない。」

 「貴族多すぎ。」

 ミヤとファリナだまれ。

 そして、ここパーソンズ邸の噂。幾人もの若く美しい少女が屋敷に連れ込まれたが、その後、彼女らの姿を見た者はいないという。

 「そんな噂はありません。おかしなことを言いまわるようなら刺しますよ。グザグザに刺しまくりますよ。」

 「あ、ヒメと同類だ。」

 「なんですって!」

 エミリアとファリナうるさい。

 「旦那様とお嬢様方がいらっしゃらないからといえ、嘘八百の言いたい放題。許しませんよ。ヒメさん。」

 応接室みたいな場所。前にリーアたちと話し合った部屋で、わたしたちはパーソンズ一家を待っていた。見張りとして残ったエミリアと4人がここにいる。

 そう、この女『何をしでかすかわからないので、わたしが見張ります』と堂々言い放ったのだ。

 無理やり連れてこられて、その上で暴徒扱い。正直、わたしは怒っています。このくらいの罵詈雑言は甘んじて受けてほしいものだ。


 「わたしたちみたいな美少女を家に連れ込むなんて、下心見え見えじゃん。」

 「まず第一に、あなたは美少女ではありません。次にこの招待は、旦那様の寛大なお心の証です。取るに足らない場末のハンターにすら礼を尽くす。あぁ、なんて慈悲深い旦那様。」

 「バカじゃないの。」

 「ぬぁんですってぇ!もう頭に来ました。刺します。ザクザクのズブズブにして犬の餌です。」

 「なんか、仲良くなりそうな雰囲気だったのに。ヒメ、あなたも15歳になったのだから、もう少し大人の対応というものを覚えてくれないかな。」

 「15?その胸で?12,3だと思っていましたわ。その胸ですもの。大事なことなので2回言いました。」

 「む、む、胸と年齢は関係ないんじゃないかな。」

 「ふふん。」

 こちらに向かい胸を張るエミリア。言うほどあんただって無いじゃん、と思うが、言い放てないくらいの差は確かにある。ファリナを全面に押し出そうと思ったが、わたしが惨めになるだけなのでやめる。

 「大体、そっちの娘はいくつなの?ハンターって13歳以上じゃなきゃなれないのよ。」

 なぜかミヤにかみつくエミリア。

 「ミヤは14歳。」

 「うそおっしゃい。どう見ても10歳くらいにしか見えないわよ。」

 「ミヤは14歳。相手の身体的欠点をあげつらうのは人間としていかがなものかとミヤは非難する。」

 ミヤがエミリアににじり寄って説教する。

 「ご、ご、ごめんなさい・・・」

 ミヤの圧力に耐えきれず謝るエミリア。


 「楽しそうなところ、ごめんなさい。食事の用意ができました。3人はこちらへ。」

 ドアがノックされ、リーアが入ってくる。

 いや、全然楽しくないから。むしろ殺伐としてるから。

 「わたしは同席できませんが、いつでも見ていることを忘れないように。」

 部屋を出るわたしにエミリアが警告してくる。なんか、天井裏に潜んでそうで怖いんだけど。


 リーアに案内されて食堂へ。

 中ではロイドさんとフレイラが席について待っていた。

 護衛であるエミリアとマリシアは同席するはずもなく、脇にメイドのライラさんがいる。

 リーアに勧められるまま席に着く。

 「この度はいろいろと世話になった。大したもてなしもできないが、ゆっくり楽しんでいってくれ。」

 ロイドさんの言葉で夕食が始まった。

 

 フレイラは、自分がいかに頑張って、火炎球を灰色狼に当てたかとか、わたしたちの剣技がすごかったかなどを身振り手振りで話した。

 ロイドさんとリーアは楽しそうに聞き、わたしたちにいろいろ尋ねてきたけど、その辺は、わたしとファリナが当たり障りのない程度にごまかす。

 ミヤは、質問に一切関心を示さず、答える気すら見せない。


 「これで、しばらくは妻も苦しまなくてすむ。」

 食事も終わり、お茶を飲みながら、しみじみとロイドさんが言う。

 「後は治ってくれれば・・・」

 「失礼ですが、なんの病気なんですか?あ、差支えなければで。」

 ファリナの疑問ももっともで、灰色狼の肝は病気や怪我による痛みの緩和のためのもので、治すためのものではない。つまり、他に治療薬を飲んでいるはずなんだけど、いままでその話を聞いてないんだよね。

 「・・・・・・・・・わからないんだ。」

 ややためらって、ロイドさんが答える。

 「はい?」

 思わず変な声が出る。え?なんの病気かわからない?そんなんで灰色狼の肝の煎じ薬を飲ませてるの?逆に体に悪かったらどうするの?

 「ここ領都の医者に見せたが、原因不明と診断された。王都の王立病院の医者ならわかるかもしれないが、妻の体が王都まで馬車での移動に耐えられるかわからない。王都の医者は地方までは来てくれん。」

 見ると、リーアとフレイラも俯いている。

 「時々、発作のように体中が痛むと。煎じ薬でなんとか痛みは抑えられるようだ。今は灰色狼の肝の煎じ薬に頼るしかない。」

 ロイドさんも俯いてしまう。一気に暗くなる食卓。

 「体が痛いだけか?」

 ミヤが話に入ってくる。珍しいこともあるものだ。

 「微熱だが、熱が下がらない。そのため体が怠くて起きているのがつらいようだ。それに、体のあちこちに黒い痣のようなものができている。」

 「痣?大きいの?」

 わたしの頭の隅になんか引っかかった。

 「いや、2,3センチくらいのものが10個以上できている。主に手足に多いのだが。なにか、知っているのか?」

 ロイドさんがすがるような目でこちらを見る。横を見ると、リーアもフレイラも。

 「ごめん、聞いただけじゃ、わたしは医者じゃないから確かなことは言えない。奥さんに会えませんか?」

 「会えばなにかわかるのか?」

 「言ったように、わたしは医者じゃないから。でも、その痣を見れば、何かわかるかもしれない。あくまでも可能性だから、無視してくれていいよ。」

 ロイドさんが考え込む。まぁ、会ったばかりの平民のハンター、しかも医者でもない者に奥さんの診察してもいいかと言われて、簡単にどうぞとはならないよね。

 「お父様。」

 フレイラが諭すように見つめる。

 「そうです。ヒメさんたちならなんとかしてくれるかもしれません。」

 リーアも加勢してくれる。

 「妻と話をさせてくれないか。」

 ロイドさんは席を立ち、部屋を出ていく。


 「失礼します。お茶のお代わりをお持ちしました。」

 入れ替わるように、なぜかメイドのライラさんではなくエミリアが入ってくる。

 (奥様におかしなことをしたら、ただではすみませんからね。)

 わたしのカップにお茶を注ぎながら、耳元で囁く。

 うわ、こいつ本当に聞いてやがった。ロイドさんもいるからと安心して周囲の監視緩めていたからわからなかったよ。

 殺気とかならどんな状態でも気がつくんだけど、気配を消されると探知魔法を使わないとわからないんだよね。

 エミリア恐るべし。


 ややあって、ロイドさんが戻ってくる。

 「お待たせした。妻が会うそうだ。」


 ロイドさんに連れられて、廊下を進む。玄関から一番奥まった部屋のドアをノックする。

 「どうぞ。」

 ちょっと枯れた声。ロイドさんがドアを開け、中に入り、わたしたちを招き入れる。

 わたしたち3人、それにロイドさん、リーアとフレイラもついて来ている。リーアとフレイラには待っていて欲しかったのだけど、2人がどうしてもと頼み込んだのだ。そして、エミリアも。ロイドさんは待っているよう言ったのだが、もしものことがあったらと頑として譲らなかった。もしもってなんだよ。信用無いな、わたし。


 ベッドの上に女性が寝ている。女性っていうか少女?20代にしか見えないんだけど。

 「リーアのお姉さん?」

 「いえ、母です。」

 リーアが何を言ってるのという風に答える。

 「お母さん?え?リーアって15歳って言ってたよね。まさか、1ケタの歳で子ども生んだの?ロイドさんってロリコン?ロリコンなの?でもってそれって犯罪よね?」

 ロイドさん渋い顔。奥さん苦笑い。ファリナ頭抱えてる。ミヤどうでもいい。リーアため息。エミリア怖い顔。そして、フレイラ『ロリコンてなに?』とロイドさんに聞いてロイドさんさらに渋い顔。

 「あんた、だから思いついたことそのまま口に出すの気をつけなさいと何度言ったらわかるの。」

 ファリナ、マジになって怒らないでよ。

 「もう許しません。殺します。今すぐ殺します。」

 エミリア、病人の前だからもう少し穏便に。殺すとか物騒な物言いはやめようよ。

 「妻は昔からあまり外見が変わらなくてな。エルフというあだ名があるくらいだ。ちなみに結婚した時もほぼこの容姿だったから、決してロリコンではない。」

 あまり必死にならないでください。言い訳に聞こえます。

 「初めまして。ロイドの妻のマリアです。あなたたちが娘を助けてくれたハンターさんね。」

 「あ、ヒメです。」

 「ファリナです。」

 「ミヤ。」

 「で、わたしはどうすればいいの?脱ぐの?脱いじゃうの?触るの?触られちゃうの?あぁ、夫以外の人にあんなことやこんなことされちゃうの?」

 「・・・・・・すいません。袖捲って腕を見せてもらえますか・・・」

 お淑やかなお嬢様風の口からとんでもなく斜め上のお言葉。なんだろう、このノリ。お茶目の一言ですませていいものなのか・・・わたしをこんなに困惑させるとは。やるな、マリア。

 わたしのジト目にロイドさんが視線を逸らす。エミリアでさえ横向いて聞こえてないふり。リーアとフレイラは気にもしてないようだから、これが地なんだろう。


 「なーんだ。残念。」

 言いながら、袖を捲るマリアさん。

 よく見ると手がわずかに震えてる。え?となってマリアさんの顔を見る。目の奥に不安が見え隠れする。あぁ、空元気なんだね。そりゃ、なんの病気かもわからないって怖いよね。

 マリアさんの手をとって、腕にできた痣を見る。これって。

 「ファリナ、見てくれる。」

 この手のものはわたしよりファリナの方が詳しい。

 ファリナが来て、マリアさんの腕を見る。

 「これって、でも・・・」

 ファリナが不思議そうにわたしを見る。うん、変だよね。仮にも貴族の奥様が。


 「変なこと聞くけどごめん。」

 「は?変な事って、奥様に何を聞く気ですか?あまりに失礼なことだったらただじゃすみませんよ。」

 なんで、あんたが反応する、エミリア。

 「えーと、先に確認。娘たちに聞かせられる事?そうでないなら、せめて娘たちは部屋の外に・・・」

 「あ、それは大丈夫です・・・多分・・・」

 言い淀んでしまったから、不安げな表情になるマリアさんとロイドさん。


 「今までに、魔獣、もっと言えばウルフ系の魔獣とケンカしたことある?」

 「はい?」





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