109.ヒメ 会議する 2
「あの激闘の販売日から1ヶ月が経とうとしています。場所を『ヴァイス・ゼーゲン・ツヴァイ』に移し、本日より5日後。再び激闘の日々がやってきます。」
リリーサが拳を振り上げる。
今までサラッと流してきたけど、リリーサの店の名前は、移転後、語尾に『ツヴァイ』が増えた。
「2号店とかじゃないんだから、名前変える必要あったの?」
リリーサのことだから、どうせ意味なんかないんだろうな、とは思うけど一応聞いてみる。
「心機一転の決意です。本当は新しい名前にしようかと思ったのですが、常連さんにわからなかったら困るのでこうなりました。」
「まだ店の前に人が集まってるの?この前行った時はいなかったように見えたけど。」
「今はいません。お店の前に張り紙をしてあります。5日後に恒例の目玉商品発売、何が出るかはお楽しみ、と。なので、2,3日後くらいから集まってくるのではないでしょうか。」
「臨時の宿泊所はどうなったの?」
「今のお店の向かいに移りました。」
移ってきてるのか。
「ただ、今までのようにいつ開店するかわからない状態ではなく、毎日開店していて、目玉商品の発売日もはっきりしてるので、ずっと泊まってる人はいなくなりました。」
とは言え、今までのお客に、客層が変わった今の店が耐えられるのだろうか。具体的に言えば、ミロロミに。
「意外に受けがいいのです。」
リリーサが意気消沈。
それ、わたしたちがいない方がよくない?
「以前からのお客様の中で、『ミヤさんに捌かれ隊』という私設応援団ができているという噂もあります。」
「うん、やっぱり行かない方がいいよ、わたしたち。」
頭のおかしい奴しかいないのか、あの店の客は。見なさい。ミヤが露骨に嫌な顔してる。
「とは言え、こちらも客商売。あらゆるニーズにお答えしなくてはいけません。」
「いくらリリーサの頼みとは言え、ミヤを見世物にする気はないからね。」
ミヤを後ろから抱きしめる。
「すりすり。」
腕の中で体の向きを変え、わたしに抱きつくミヤ。
「もちろんです。わたしのお店は商店なのであって、見世物小屋でも大人のお店でもありません。問題があれば、ミヤさん捌いてください。」
「待って、それってお客の目的通りなんじゃ・・・」
ファリナが異議を挟む。そう言えばミヤに捌かれたい人の集まりもいるんだっけ。めまいしかしないんだけど・・・
「こうなったら『ミロロミを見守り隊』と『ミヤさんに捌かれ隊』は、特設ステージを作ってそこに集めて、後はステージごとヒメさんに燃やしてもらいましょうか。」
待って、ミロロミもやっぱりあるんだ、その怪しげな隊。もう大人のお店にするしかないんじゃないの。立ちくらみしてきた。
「今回はレビウルフとパープルウルフの毛皮を売ってもらわなければいけないので、やむなく手伝いはします。ですが、今回の状況を見て、あまりにも異常な場合は、出禁にします。わたしたちを。」
わたしからの最大限の譲歩。
「あ、出禁になるのわたしたちなんだ。」
当たり前だよ、ファリナ。こうしておけば、問題が起こった時は次回以降手伝わずに済むじゃない。お客の方を出禁にしたら、次回以降も手伝わされるかもしれない。正直、なんか問題起きないかな。
「ヒメ様悪辣。」
あれ、半分はミヤのためだったんだけど・・・
「褒めている。」
いや、褒めてないよ、それ。
「大丈夫です。領主様と警吏には正当防衛について、とくとくと説いておきます。何があろうと問題にはなりません。」
それは別の意味で問題なんじゃないかな、リリーサ。
「問題はこれからです。後5日あります。解体してもらったレッドウルフの肉を切り分けてもらうのに1日。これは販売日の前日でいいです。つまり、4日残っています。この間に、色々様々な草を取りに行こうと思います。」
もう毒草採取って言っちゃってもいいよ。めんどくさい。
「そこで最大の懸念事項が、また人魔が出てきた場合です。どうします?この世から消しますか?それともウルフ売ってもらいますか?」
「採取をあきらめるという選択はないのかな?」
「ありません。基本新しいお店では、非合法的商品の取り扱いはしないことに決めました。」
『的』ではごまかしきれてないからね。でもその流れだと、今言った様々な草は採取しないって話にならない?
「ところが、各方面からの販売を望む声が大きいのです。わたしとしては、ミロロミもいますし危ない事はしたくないのですが・・・」
それ以上に各方面からの圧力がすごいんだ。
「・・・試しに注文を聞いてみたところ、今後手に入らない恐れがあるため、ものすごい金額分の注文が入りました。たかだか草が、値上がり始めた頃の灰色狼並みの値段になるのです。これは売るしかありません。受注販売です。前もって予約された分しか売りません。逆に言えば、注文分の草を探しに行かなければなりません。これは注文を受けているので、今までのように手に入りませんでしたではすみません。一大事です。大変な事態です。」
ごめん、ちょっと呆れた。自業自得だよね。
「うん。がんばってね。家で帰りを待ってるよ。」
「冷たすぎませんか?そんな非人道的なことでいいんですか?」
売り物が非人道的すぎて対応しきれません。
「無理なお願い聞いてあげたのに、家に入れてもらえない、採取の協力も断る・・・何て極悪非道。」
「わかったわよ。行くよ、行きます。ただし、わたしたちは普通の薬草採取するからね。」
「普通のはギルドから仕入れているので、普通でないのがいいのですが。」
「知らないところで知らない人が天に召される手伝いをするのは、ちょっと勘弁してほしいんだけど。」
「知らない人なんだから気にしなければいいんですよ。」
見解の相違がはなはだしい。たまに思うんだけど、この天然箱入り娘は、人が死ぬってどういう事かわかってないんじゃないかな。
「まぁいいです。一緒に来てくれるなら、採取はわたしとリルフィーナでやります。ヒメさんたちは獣か魔獣でも狩っていてください。」
「魔獣っていっても、オークくらいしかいないんじゃないかな。」
「オークですか。ウサギや狼ならそのままで売れますけど、オークを1匹そのまま保冷庫には入れておけないですね。」
2メートル近い人型の魔獣がそのまま保冷庫の中にいるのはちょっと怖いよね。
「解体してもらったら?」
「ギルドならともかく、ゴルグさんに解体してもらうと、オークの場合は解体料が高いので、儲けがそこそこしかでません。かと言って、こんな時だけギルドに頼むのも気が引けますし。」
リリーサでも気を使うことあるんだ。
「消しますよ。この気遣いお姉さんと呼ばれたわたしを何だと思ってるんですか。」
「誰が呼んでるのよ。」
「主にわたしが。」
自称かい!そんなのでいいなら、わたしだって今日から、美人で優しい聡明お姉さんって呼ぶわよ。自分を。
「虚しくないのか?」
「ごめん、ミヤ。虚しいからツッコまないで・・・」
あ、涙出てきた・・・
「オチが弱かったわね。」
「自虐ネタはメンタルが弱いヒメ様には無理。」
なんかもういいや・・・
「今日はもう遅いので、明日から森に行こうと思います。で、ファリナさん、今日の晩ご飯は何ですか?このところ、脂っぽいものが多かったのであっさりしたものがいいんですが。」
あ、食べていく気満々ですか。
「ついでに泊まっていく気も満々ですよ。あの大きなベッドにみんなで雑魚寝ですね。」
「ばれてるんだっけ?」
「この間、わたしを起こしに来た時にね。」
「しまったー・・・」
頭を抱えるファリナ。まぁ、あのベッドに5人はちょっと狭いかな。
「居間に布団じゃだめかな。この前から直してないから、5人だと横に並んじゃうから話もしづらいし。」
「いいですよ。一緒ならどこでも。」
この前ウルフの肉食べた時泊めてもらったことや、国王との面会で迷惑かけてるし、さらにこの上拒否するのも気がひけるから、泊めるのはしかたない。
角ウサギを焼いて、野菜のスープ、それにパンが晩ご飯のメニューと決まる。
ファリナは布団を敷く居間の掃除。リリーサとリルフィーナはお風呂当番に立候補。まだ飽きてなかったんだ。
わたしとミヤは、<ポケット>に入っているウサギを解体してもらいにギルドに行き、帰りに野菜とパンを買ってくる役。
「ミヤ、言いくるめられちゃダメよ。ヒメのためなんだからブロッコリーは買ってくるのよ。」
「わかった。ヒメ様のためならあらゆる万難を排して買ってくる。」
わたしは万難か。くそー、ブロッコリーを排除するために買い物をかってでたのに。だが、今断ったらブロッコリーが嫌だと言うことがあからさまになってしまう。大丈夫、ミヤなら言いくるめられる・・・
「ブロッコリーを買わないのなら、人参オンリーのキャロットスープにするとファリナから言われている。人参30本買っていく。」
「ブロッコリーを買います。なるべく小さい奴にして・・・お願い・・・」
言いくるめられたよ・・・くそー、ファリナめ。先に手を打っていたなんて・・・
「葉物と芋を多めに買っていく。野菜たっぷりのスープ。ブロッコリーがそれほど多く皿に盛られることはなくなるように。」
「うぅ、ミヤ、ありがとう。」
感謝しつつも、これ完璧に言いくるめられてるなぁ。
「まぁこうなるとは思っていたけど、それにしても野菜多くない?」
「野菜たっぷりブロッコリーそこそこでお願いします。使い切れない分は<ポケット>に入れておくから。」
「仕方ないわね。」
ため息を吐きつつも顔は笑っているファリナ。言葉通り、これは予想の範囲内のようだ。
「見事に手の上で踊らされてますね。」
「参考になります。」
リリーサとリルフィーナがキッチンの入口から覗きこんでいる。
「追い出すわよ。」
ファリナ、腰の剣を抜こうとするのはやめなさい。と言うか、何で家の中まで帯剣してるのよ。
「いつでも斬れるようによ!」
怖くて、何を斬るのか聞けない。
食事が終わり、お風呂に入って、布団の上に横になる。
「明日はガルムザフトの黒の森に行きます。わたしのとっておきの場所です。特別にヒメさんにだけ教えます。山は近くないので人魔は出てこないと思います。」
いや、別に教えてもらわなくてもいいような気がする。
「2人だけの秘密ですよ。」
「いや、お姉様、わたしも知ってますから。」
「行けば、わたしもミヤもわかっちゃうんだけど。」
「盲点でした!大変です!邪魔者は消しちゃいましょうか・・・」
わたしたちが呆れた顔で見つめる中、リリーサはほんとに困っているようだった・・・おバカだわ・・・




