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103.ヒメ ズールスに会いに行く


 朝ご飯を食べて、ゴルグさんの住むバーグラーの町の向こう、ドンクの町に向かう。リリーサのお父さん、ズールスさんの住む町だ。

 朝そんなに早いわけではないけど、ズールスさんの鍛冶屋は、さすがにまだ開店前のようだ。

 ちなみに、リリーサのお店『ヴァイス・ゼーゲン・ツヴァイ』には、今日リリーサが顔を出さない旨、書置きを残してきた。けっこう、あちこちに出歩いているため。ミロロミにとってはいつものことらしい。

 「毎日注文してあるギルドからの商品が届いたら、あの娘たちがお店に並べて、ちゃんと売ってくれます。」

 「売り上げたお金はどうしてるの?昨日も出かけてるうちに閉店してたよね。」

 「お店の金庫に入れておくよう言ってあります。元々、週に1,2回くらいしかお店に顔出ししない予定なので、ミロロミにおまかせです。」

 「あの2人ごまかしたりしないの?」

 「仕入れの数と売れた数はきちんと精査させてます。万が一にもごまかしたら、警吏を通り越して領主に直接引き渡すと言ってあります。そうなったら、自分たちだけでなく一族郎党皆犯罪者です。そこまでバカではないでしょう。」

 うん、それはビビッてしまうね。

 「そもそも、あの娘たちを信じています。裏切ったらただじゃおきませんけどね。」

 うん、マジでビビってしまうね。


 「入るのか?用事があるのか?」

 店の正面入り口の前で大騒ぎしてたら、ズールスさんが入口から顔を出す。

 「あ、だって、裏からじゃなくお店の入口から入れって言ってたじゃない。でも、開店前じゃない。入っていいのかわからなかったんだよ。」

 「裏から入るな、などと偉そうなことを言ったのですか?」

 「いや、だから、あっちは勝手口だから。」

 「勝手に入っていいから勝手口ですよね。」

 違うと思うぞ、リリーサ。

 「やましいところがあるから、表からなんて言ってますね。聞きましたよ。なんか若い女が裏から出入りしてるそうじゃないですか。町の噂になっているとか。」

 「お前たちがな。」

 「は?」

 「お前たちが暇なし裏から出入りしてるから、陰で何やら言われてるようだ。最初はリリーサだけだったから、黙ってたんだが、ヒメたちまで入り始めてけっこう噂にされてるんだよ。だから、表から入ってくれと頼んだんだ。俺は別に何言われても構わないが、お前たちが変に言われるのは我慢できん。」

 「・・・ヒメさん、表から出入りしてください。」

 はいはい。わたしも変に勘繰られるのはご免です。

 「これって、リリーサがみんな見てる前で『パパ、お小遣いちょうだい』ってやれば済むんじゃないの?」

 「リリーサとズールスさんが親子だと知ってるのならいいでしょうけど、知らない人から見たら十分アウトな案件に見えるからね。」

 ファリナが困り顔。実の娘が親から小遣いももらえないなんて。嫌な時代だなぁ。え?親子だということを知らない人から見たら公序良俗に反して見えるって?なんで?

 「さらに言いますけど、パパどころかお父さんと呼んでもらおうなんて2世代は早いです。」

 「孫ができなきゃ呼んでもらえないのか。ズールスさん、早くお婿さん迎えないと。」

 「簡単には嫁にはやらん。」

 「何、親みたいなこと言ってますか。心配しなくても結婚できなかったらヒメさんと寄り添って暮らすから大丈夫です。」

 「それ、わたし結婚できない前提だよね。」

 「ヒメ様の老後はミヤが見る。」

 「お姉様はわたしが見ます。」

 「幸せ掴めそうなのはファリナさんだけですか。」

 「それ、わたし全然幸せじゃないんだけど。」

 みんながため息を吐く。


 「で、結婚の話をしにきたのか?」

 お店の中に入ると、ズールスさんが呆れたように言う。

 「老後の話だったよね。」

 「どっちでもいい。何か用事があったんじゃないのか・・・何かあったのか?ヒメ?」

 わたしを不安げに見る。

 「何もないよ。パープルウルフとレビウルフの肉が手に入ったからお裾分け。」

 それぞれ2人前を<ポケット>から出す。

 「ウルフ・・・ってことは、魔人族と会ったんじゃないのか?」

 「え?あ、うん・・・ちょっと・・・」

 「何か言われなかったか?」

 わたしの肩を掴んで揺さぶる。

 「セクハラよね。」

 「ですね。」

 「万死に値する。」

 ファリナとミヤが剣と鉤爪をズールスさんの首に、リリーサが顔の前で人差し指を構える。

 慌てて手を離すズールスさん。

 「で、何もなかったのか?」

 「人魔と・・・混血っぽいお姉さんが出てきて・・・」

 「お姉さん?なんだ?壺か絵でも買わされたか?」

 親娘揃ってそう来るか・・・

 「混血はこの世界じゃ住みづらいから、リリーサも含めてどこかの山の中で暮らせって。」

 「なるほどな。リリーサも、か。それ以外は?」

 「何も。またそのうち話をしに来るって。」

 ズールスさんが渋い顔。

 「誰なのか知ってるの?あの人魔。」

 「え?」

 ズールスさんの目が泳ぐ。何か知ってそう。

 「知ってるの?」

 「魔人族に知り合いはいない。名のったか?」

 「ログルスって言ってた。」

 「ログルス・・・か。」

 「お姉さんは仮名でエアって呼べって言われた。」

 「そっちは参考にならんな。ログルスの方は、今度知り合いに聞いてみよう。」

 あからさまに怪しい。なにせ目を合わせようとしない。

 「何を知っているの?」

 「何って?」

 「わたしの剣を見た時から何か隠してるよね。何?」

 「んー・・・」

 腕を組んで空を見上げるズールスさん。

 「言えない事なんですか?」

 リリーサがズールスさんを睨む。

 「はっきりしたことが何もない。だろうで話をするのは危険な話なんだ。」

 「それでも、何か知っているなら教えて。」

 「推測でできる話じゃないんだ。頼むから待ってくれ。」

 ズールスさんもなんか辛そう。

 「待つってどのくらい?」

 「ちょっと遠いが少しだけ詳しい知り合いがいる。そいつに現状を確認するまで、かな。」

 「どこにいるの?」

 「それは言えない。天人族の決まりなんだ。」

 うーん、めんどくさいな。

 「正直に言うが、魔人族に関することなんだ。扱いはデリケートにならざるを得ない。天人族の間でもホイホイできる話じゃないんだ。やつらとは取り決めもある。詳しくは言えないが。」

 「娘のわたしの頼みでもですか?」

 「112年前からの取り決めだ。お前のためでもできないことがある。だから、できる範囲で話を聞いてくる。それを聞いてはっきりするまで待ってくれ。もちろん、聞いた事の中には、お前たちには言えない事があるかもしれない。だが、それは俺たちの決まりなんだ。許してくれ。」

 100年以上前、か。その頃だっけ、天人族がこの世界からいなくなったのって。何か関係あるのかな。

 「そんな言い訳が通用すると・・・」

 リリーサが、さらに食ってかかろうとする。

 「リリーサ、やめて。ごめん、ズールスさん。元々天人族に関係ない話なのに無理なこと言っちゃってごめんなさい。わたしの問題、魔人族の問題だもんね。」

 「いや、ヒメ。そうじゃない。そうじゃないんだ・・・ほら、リリーサの事も言われていただろう。まるっきり関係ないわけじゃないんだ。とにかく、少し時間をくれ。」

 「予想でいいです。どのくらいかかりそうですか?」

 リリーサがバツが悪そうに尋ねる。わたしのために無理を言いたい気持ちと、父親の立場との板挟みなんだろう。娘なんだから、父親優先でいいんだよ。

 「暇を見て探さにゃならん。どこにいるかわからないんだ。あぁ、拠点としてる場所は何か所かは知ってるから、そこから辿れば見つかるはずだ。どこかは言えないけどな。」

 「歩いていくんですか?何年かかると思いますか。手分けした方が・・・」

 「お前が使える魔法は親である俺も使える。<瞬動>で行けばすぐだ。」

 「え?<あちこち扉>のことですか?名前にセンスがないですよ。」

 あんたには言われたくないと思うぞ。そうか、ズールスさんも<ゲート>使えるんだ。


 「なんか、わたしの事で面倒かけてごめんなさい。何かお返しができるといいんだけど。」

 「体で返せ、なんて言ったら、ファリナさんとミヤさん、さらにリルフィーナも込みで、4人で剣で刺しまくります。再生してる暇もないくらい刺しまくります。」

 「言うか。どの発想でそんな話になるんだ。」

 あなたの娘さんは言いましたよ。

 「いい肉をいっぱい貰ったしな。これで十分だ。それに言った通り、リリーサにも関わってくるかもしれない。他人事じゃないんだよ。」

 そうなんだよね。あの人魔、リリーサも一緒にって言ってたんだよね。

 「一緒にとは言ってない。リリーサもどこかに隠遁した方がいいと言っただけ。一緒とは言ってない。大事な事だから2回言う。」

 最近、表現が豊かになってきたね。冗談交じりの会話ができるなんて、成長したなぁ。

 「冗談ではない。マジ。」

 「うぅ、何かミヤさんに邪険にされてる。」

 リリーサが目頭を押さえる、けどあまりにもわざとらしすぎて誰もリリーサを見ようとしない。

 「無視されたら泣きますよ。」

 いや、今泣いてることになってるのに、それ言ったら台無しでしょ。

 「時間もない事だし行くね。何かわかったらリリーサ経由で教えて。」

 「え、わたし、こいつと連絡取りあわなきゃいけないんですか。」

 わざとらしい嫌な顔。

 「嫌ならリルフィーナをよこしてくれてもいい。」

 「リルフィーナに何かされたらと心配なのでわたしが来ます。」

 こちらも素直じゃないけど、ちょっとは心開いてきたかな。親子なんだから仲良くやってほしい。

 「年頃の娘ならこの程度の距離感が普通です。」

 わたしを睨む。

 「すぐには無理だからな。半月くらいしたら1度来てみてくれ。」

 「半月も後ですか?あ、や、わかりました。ほんとなら半年くらい後でも構わないのですが、ヒメさんのためです。なるべく暇を見て来ます。」

 会いに来る、いい言い訳ができてよかったね。

 「消しますよ。」

 顔を赤くして言っても説得力がないよ。


 「ごめんください。」

 「お客さんだ。邪魔になるから・・・アリアンヌ?」

 お店の入口から顔をのぞかせていたのはアリアンヌだった。

 「ヒメさん?なぜここに?」

 「ヒメ?ほんとだ。リリーサもいるじゃないか。」

 アリアンヌの後ろから、ユイが顔をのぞかせる。

 「ヒメさんたちも剣を頼みに来たのですか?ここ有名ですものね。町の人に聞いても、2つ向こうの村のエミールさんが知ってるほど有名だって言ってました。ヒメさんがこの間言ってた人ですよね。ところで誰なんでしょう,エミールさん。」

 あぁ、あまり関わらない方がいいよ、その話には。

 (おい、あの娘。)

 ズールスさんがわたしの耳元に顔を寄せ囁く。

 (何?可愛い娘だって?ロリコンなの?)

 わたしたちの様子に怪訝な顔で、顔を近づけてくるファリナ、ミヤ、リリーサ。

 (何ですか?)

 (ズールスさんがアリアンヌが可愛くて気になるって。)

 「あなたはまたそんなことを!」

 リリーサ激怒。

 「違う、違う!奥の娘は・・・その・・・」

 あぁ、そういうことか。

 (うん、魔人族の混血だよ。)

 (お前は本当に少しつきあう相手を選びなさい。)

 (今更、親面しないでください。友人は自分で選びます。)

 「え、と、お取込み中でしたか?」

 アリアンヌがただならぬ様子に、ちょっと気後れしたように言う。

 「ごめん。わたしたちの用事は終わったから、かまわないよ。何?アリアンヌの剣造りに来たの?」

 「わたしは今の剣で十分です。レビウルフを貴族御用達の問屋で高く買ってもらったので、ユイの剣を造ろうかと思いまして。」

 「あたしは今の剣でいいって。あれ、一応うちの家伝の一振りなんだからさ。それより、お嬢の剣造ろうぜ。なんか折れにくい剣造れるって話だし。」

 ユイの腰の剣を見る。2本のうち1本が柄の色や装飾から見ると、あれ魔人族の剣だよね。おおっぴらにして大丈夫なのかな。いらない心配をしてしまう。

 こちらの心配をよそに、ユイとアリアンヌは楽しそうだ。





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