10.領主と会う少女たち
お父様、つまり領主様がお戻りになった。
いたね、そういえば。忘れてたけど。
「話はいいけど、灰色狼はどうするの。フレイラは急いでいると言っていたけど、この屋敷で解体できるの?」
ファリナが割って入ってくる。たぶん、わたしが嫌そうな顔しちゃったのだろう。
「そうだな。解体はギルドに頼まねばならないから、まず、それを終わらそう。」
奥から男の声。髪の金色がフレイラより濃い、40歳前後の男性がやってくる。
「初めまして、私はロイド・パーソンズ。この地方の領主でリーアとフレイラの父だ。」
「あ、どーも。」
わたしは軽く会釈する。ファリナがため息をつき頭を押さえる。なんで?あ、偉い人だったね。
「かまわんよ。今回は本当に世話になった。あらためて礼を言う。まさか、王都ですら手に入らないとは思わなかった。なんでも、隣のガルムザフト王国まで行けばなんとかなるらしいが、時間がかかるので困っていたところだ。本当に助かったよ。」
ロイドさんが軽く頭を下げる。この親子っていい人なのか、平民にも簡単に頭下げるよね。対応に困るんだけど。
「ギルドにはこちらからファリナと・・・パーソンズ家からは誰が?」
面倒事はファリナに押し付ける。
「あんたも来るの。あんたの<ポケット>に入っているんだからね。」
ファリナが睨む。留守番かできれば帰りたい。
「すまないが、灰色狼は4匹あるそうだね。さすがにそれだけの量を乗せることができる荷馬車はうちにはないんだ。すまないが、一緒に来てもらえるかな。」
「ヒメ様が行くならミヤも行く。」
「わ、わたしも行きたいです。わたしも手伝ったんです。最後まで見届けたいです。」
フレイラが手を挙げてアピールする。
「では、そちらのお嬢さん3人、私とフレイラと・・・」
「護衛はわたしが参ります。」
エミリアが奥から現れる。
「えー、マリシアがいい。」
「わたしではご不満ですか?」
わたしの失礼なセリフにも、エミリアは笑みを崩さない。
そういうところが嫌なのよ。
(安心して。わたしもあなたが嫌いです。)
わざわざ近づいてきて、耳元で囁いていくエミリア。燃やしてやりたい。
「急ごう。日が暮れる前にギルドに行きたい。」
ロイドさんは、わたしたちが街はずれから乗ってきて、まだ玄関前に停まったままになっていた馬車の乗り口に手をかけながらわたしたちを呼ぶ。
「行くわよ。あと、燃やしちゃだめよ。」
ファリナ、さすがにやらないよ。今はね。
ハンターギルド裏にある、ギルドの解体兼買い取り場に着く。
中に入り、灰色狼4匹を受付カウンターに置こうとしたら、職員の人にこのスペースに4匹一度は無理だからと、奥の作業場に案内される。
<ポケット>から灰色狼を出したら、そう言ってあったにもかかわらず、『本当に4匹だよ』『なんで、こんなに入るんだよ。』などと作業員がざわめき出す。
解体を頼んで、わたしたちは受付カウンターへ戻る。
「牙、毛皮などの素材はギルドで買い取りを。肉は2匹分をこちらのお嬢さんたちに。あとは買い取りを頼む。」
フレイラ、ちゃんと伝えてくれたんだね。ミヤの目がいつもより輝いているよ。
「フレイラ、ありがとうね。」
大人たちの会話に入ることなく、後ろで見ていたフレイラにお礼を言う。
「このくらい、あたりまえです。みなさんのおかげなのですから。」
あぁ、フレイラはこんなにかわいいのに、さらにその後ろで氷の笑みを浮かべてこっち見てる女がウザい。
「なにか?」
「いえ、なんでも。」
わたしも微笑みながら答える。わたしもエミリアも笑っているのに、間で火花が散るのはなんでだろう。
「肝は薬に煎じたら、2匹分は私の家へ。残りはギルドに売るから、他の毛皮、肉などと共に商人へ卸してくれ。」
あれ、薬売りに出していいの?
「本当は全部欲しいところだが、町の住人にも薬が必要な者がいる。私は領主だからな。領民の生活を守らなければならない。妻もわかっている。もちろん、娘たちもな。」
それを聞いて、頷くフレイラ。
パーソンズ家の人っていい人ぞろいだなぁ。一部を除いて。
「なんでしょう?なにか言いたいことでも?」
一部が笑みを崩さずわたしに詰め寄ってくる。
「なにもないよ。そんな、わたしがケンカを売っているみたいに言わないでよ。売るわけないじゃん。今は。」
「そうですね。わたしも仕事中。よけいな争いは望みませんわ。今は。」
2人で笑ったままにらみ合う。ファリナは頭を抱えている。ミヤは肉が気になってそれどころじゃない。ロイドさんは職員との話が忙しそう。止める人間いないなこれと思ったところに。
「2人とも仲がいいんですね。」
フレイラの爆弾発言。
「「はぁ!?」」
わたしとエミリアの声がハモる。あまりの発言にエミリアの顔から笑みが消える。が、そこはプロ、慌てて表情を戻す。
「だって、2人ともニコニコ楽しそうにお話して。本当に仲がいいんですね。」
フレイラ、物事を見た目で正直に捉えすぎ。それともこの娘、まさか天然?
とは言え、素でこう言ってるこの娘を裏切れるはずもなく・・・
「そ、そうなの。わたしたち仲いいんだぁ。」
「はい。とっても仲良しなんですよ。」
半ば引きつった笑みを浮かべて、腕を組むわたしとエミリア。それを見てうれしそうにするフレイラ。
(今だけだからね。)
(わかっています。お嬢様のためなら、どんな屈辱だって・・・)
目頭に涙を浮かべるエミリア。そんなに嫌か。
「何やってる?あれ。」
ファリナに不思議そうに尋ねるミヤ。
「離れて関わらないようにしてればいいことを・・・」
わかってはいるんだよ、ファリナ。でもつい構っちゃうんだよ。
「用事は済んだ。今、肉を用意してもらっている。受け取ったら家に戻ろう。その前に、そちらの代表の方、表に行って、討伐報告をしてしまおう。」
そういえば、これギルドに頼んだ依頼だっけ。引き受けた依頼を成功させたことをギルドに報告しにいかないと。そうしないと報奨金はもらえない。
というか、先に報告だよね。討伐依頼なんだから。まず、現物確認してもらい、その上で報奨金もらってから獲物を売るなり、依頼人に渡すなりしなきゃいけないはず。
領主様がまっすぐ解体場に来ちゃうから、気がつかなかった。
「そうなのか?わたし自らギルドに来ることがないから知らなかった。いや、大丈夫。ちゃんと私が説明するから。」
けっこうぬけてるなぁ、この人。フレイラも『そうなんだ』とか言いながら感心している。血は争えないのだろうか。
ロイドさんとファリナが窓口に行く。リーダーはわたしだが、細かいことやお金が絡むことはファリナがやる。というか、わたしにはやらせてくれない。ごめんなさい。正直に言います。できません。
ミヤとフレイラが灰色狼の解体に夢中-ミヤはボーッと見てる。フレイラは目を輝かせて見てる。珍しいんだろうね-なので、必然的にわたしとエミリアが壁に寄りかかってそんな2人を眺めている。
「今回は助かりました。わたしやマリシアでは、お嬢様を護衛しながらの討伐は正直荷が重いと思っていました。マリシアは、お嬢様の希望を優先する癖があるので、今回のような身の丈を外れた無茶な願い事でも聞いてしまいます。彼女1人が死ぬのなら構いませんが、お嬢様が巻き込まれることがないか心配していました。実際、あなた方がいなければ2人とも盗賊に捕らわれてどんな目にあわされていたか。2人を、お嬢様を助けてくれて本当にありがとうございました。」
こちらを見ようともせずに一気に言い切る。
「・・・・・・急にどうした?」
いきなりのエミリアのお礼の言葉に身構えてしまうわたし。
「わたしはあなたと違って貴族に雇われている護衛ですから、礼儀はわきまえています。相手がどんな礼儀知らずでも、最低限の礼はつくします。それに、あなたのことが嫌いでも、お嬢様を守り、救ってくれたことは事実です。この点に関しては本当に感謝しているのですよ。」
なんか調子狂うなぁ。でも。
「わたしは、あんたが好きではないし、別に仲良くしたいとも思わない・・・」
「それはこちらのセリフ・・・」
「・・・でも、嫌いじゃないよ。」
固まるエミリア。真顔になってこちらを見る。頬が少し赤い。
「そ、そうですか。」
すぐにもとの感情のない笑みの表情に戻る。
「生きてれば、誰にだって言えないこと、言いたくないことくらいできちゃうよ。だから、自分と違う生き方をしてる人間が癇に障ることもあるしね。仕方ないよ、お互いを全部分かり合うことなんてできないんだから。なんにせよ、わたしとすれば、この一件が早く片付いて、2度とあんたと会わなくて済むようになってほしいというのが1番の望みかな。」
「そこは同意します。」
その時のエミリアの笑みは、いつものお飾りのものではない笑いに見えたけど、言ったら攻撃されそうなので黙っておく。
「終わったわよ。依頼完了。」
ファリナが、ギルドの依頼受付窓口からロイドさんと戻ってくる。
「お父様、それでお薬は?」
フレイラがピョンピョン跳ねながら近づいていく。よほど嬉しいのだろう。
「取りだした肝を乾燥させるのに時間がかかる。魔法を使っても薬に煎じて出来上がるのは三日後だ。」
「そうですか。三日。」
生から薬にするところまでは知らなかったようで、お店に行けば買えるものだと思っていたらしいフレイラは、驚き半分、残念半分といった顔をしている。
「じゃ、これでお別れだねフレイラ。あまり無茶なことはしちゃだめだよ。」
「え?」
急な別れの言葉に、驚くフレイラ。
依頼は果たした。必要な物は手に入れた。報酬も受け取った。仕事は終わったんだ。だからお別れ。
「まぁ待ってくれ。君たちには世話になった。ギルドの報酬だけでは申し訳ない。上乗せ分を出そうと思うから家に来てくれ。ついでに夕食も用意しよう。家のシェフに腕を振るわせよう。」
ロイドさんの申し出にわずかに眉をひそめる私とファリナ。
本心なのか裏があるのか。
基本、わたしたちは貴族を信じない。王族、貴族には使い走りのように使われてきたから。
ミヤもご馳走の話がでても興味なさげにしている。わたしたちが警戒しているのをわかっているから。
(どうする?)
(お金だけもらって断る方向に持っていくしかないわね。)
わたしはファリナに近づいて小声で相談。そこになぜかミヤではなくエミリアが近づいてくる。
(あなたがた、まさか旦那様のお誘いを断わる気じゃないでしょうね。)
(だったら?)
(もし、そんなことをするのであれば・・・)
(あれば?)
(わたしがあなた方の家に行きます。)
「わー、うれしいなぁ。ごちそうだって。さぁいこう。すぐにいこう。」
わたしの棒読みのセリフが部屋に虚しく響いた。




