98手目 2つめの暗号
「でないと、拙者に騙されることになるからな」
穂積お兄さんは、顔の皮膚をべりっと剥がした。
「お、お兄ちゃんの顔が破れた。うーん……」
穂積さん卒倒。私たちはあわてて介抱する。
「なんだ? 貧血か?」
穂積お兄さんの顔のしたから、凛々しい美女があらわれた――神崎さんだった。
高校時代の友人で、忍者の末裔とかいう変わった女の子*だ。
「か、神崎さん、なんでここに?」
「やはりしぃちゃんでしたか」
おどろく私をよそに、大谷さんは平然と神崎さんに歩み寄った。
「ふむ、ひぃちゃんにはバレていたようだな」
大谷さんと神崎さん、がっつり抱き合う。あいかわらずあやすぃ。
「さて……女の友情を確かめ合ったところで、今のはなんの勝負だったのだ?」
知らずに参戦してたんかい。まあ、助かった。
私が事情を説明すると、神崎さんは肩をすくめてみせた。
「将棋部の勧誘にしては、物騒だな。将棋で決着をつければいいであろうに」
そうなのよね。なんでバスケ勝負にしたのかしら。
私たちは首をかしげた。
「ところで、神崎さん、高校卒業後は就職したって聞いてたけど、今日はオフなの?」
「いや、たまたま仕事中に寄っただけだ」
え……社会人としてダメなやつでは。
「というわけで、そろそろ退散しよう。さらばだ」
神崎さんは大きく跳躍して、体育館の2階にのぼった。そのまま窓から飛び降りる。
一部始終を傍観していた風切先輩は、ポカーンと口をあけて、
「おまえたち、ずいぶんと変……変わった知り合いがいるんだな」
と怪訝そうな顔。
そう言われると、反論ができない。
とりあえず穂積さんを介抱する。三宅先輩とララさんももどってきた。
「よし、これで1名ゲットだ」
三宅先輩のガッツポーズ。ララさんは両手をあげて、大げさに呆れてみせた。
「ポ○モンみたいに言わない……で、なにをすればいいの?」
「さっきも言ったが、基本は例会と大会に……ちょっと待て」
三宅先輩は、急に考え込んだ。風切先輩に耳打ちする。
なにやらごにょごにょしたあとで、風切先輩は眉をひそめた。
「それはマズくないか?」
「聖生の正体が守屋だったら、どうする?」
「……確認する価値は、あるな」
「だろ」
三宅先輩は、ララさんのほうへむきなおった。
「ララ、ちょっと会って欲しいやつがいるんだが、時間はあるか?」
「ちょっとだけなら、ね。このあと授業があるから」
なるほど、守屋くんとララさんを会わせるつもりだ。
バスケ勝負を提案させた聖生の正体、暴かずにはいられない。
「裏見たちは、先に部室へもどってくれ。俺と風切が連れて行く」
○
。
.
うーん、ああして、こうして――将棋が中盤にさしかかったところで、ドアが開いた。
風切先輩と三宅先輩が、びみょうな面持ちで入室した。
ララさんの姿はなかった。授業に行ったようだ。
「どうでしたか?」
私たちはチェスクロをとめた。成果をたずねる。
風切先輩は頬をかきながら、
「ダメだ。別人らしい」
と答えた。守屋≠聖生と判断したようだ。
私は、証拠があるかどうか確認した。
「これっていう証拠はないんだが……まず声がちがうらしい。それに、守屋の態度からして、ほんとうに意味がわからないみたいだった。あと、大事なこととして……」
風切先輩は、ポケットから一枚の紙切れをとりだした。
「新しいヒントをもらってきた。2人目の情報だ」
メモ用紙は風切先輩の手をはなれて、宙に舞った。そのままテーブルに着地する。
私たちは、いそいそと覗き込んだ。
JTEYTIEX ※将棋が鍵
うわ……前回よりむずかしい気がする。
ほかのメンバーも目を白黒させていた。
「これは時間がかかりそうですね」
私のコメントに、風切先輩はフッと笑った。
「俺はもう解けたぜ」
……………………
……………………
…………………
………………なんで答えを言わないの?
「風切先輩、答えはなんですか?」
「おいおい、すこしは自分で考えないとダメだぞ」
いやいやいや、これ早解きクイズじゃないから。共同作業だから。
私のとなりに立っていた松平も、小声で、
「風切先輩、数学関連だとちょっとおかしくなるな」
とつぶやいた。同意。普段はもっとクールで無関心な感じなんだけど。
「ヒントください、ヒント」
穂積さんが食いついた。あいかわらず元気ね。さっき失神していたとは思えない。
「ヒントはもう出てるだろ。『将棋が鍵』だ」
将棋が鍵って言われましても。パターンが多すぎる。
将棋の駒? 符号? 格言?
それとも【将棋】それ自体がなにかのヒントになってるとか?
これはけっこう可能性が高い。一番目の暗号は、【かんじ】がそのままヒントだった。
「松平、なにかアイデアない?」
「そうだな……学籍番号に直せないか?」
なるほど、その線で考えてみますか。
「うちの学籍番号は、入学年度の下2桁+学部番号+学科番号+学生番号の7桁ね」
「ああ、そうなると、JTEYTIEXは1桁多い」
「2文字でひとつの数字になってる箇所があるんじゃない? 0とか」
私の推測に、松平もうなずきかえした。
「ありえるな。うちの大学で0がつくのは、00年代に入学してない限り、下3桁の学生番号だけだ。対象は1年生だから、00年代に入学ってことは、さすがにないだろう」
ここで、穂積さんが口を挟んだ。
「っていうか、2016年度入学で頭の16は確定してるんでしょ? だったら、Jが1でTが6にならない?」
「あ、そっか、穂積さん賢い」
穂積さん、めっちゃドヤ顏。
「だから、16??6??になって……あれ?」
穂積さんは、ここでハッとなった。
「600人以上いる学科……ってどこかな?」
ないんじゃないかしら。私大のマンモス校レベルだ。
でも、穂積さんの案は、まだ死んでいない。私はアイデアを出す。
「TIの組み合わせが0なら、16??0??で、学籍番号っぽくなるわよ」
ところが、これには松平が否定的だった。
「Tは6で使ってる。6とIを足したら0になるのはおかしい」
このようすを端から見ていた風切先輩は、笑い始めた。
むッ、見当はずれってこと?
「風切先輩、笑ってないでヒントを出してください」
「よし、将棋をアルファベットで書くと?」
「……syogiかshogiです」
「日本将棋連盟のサイトのURLは?」
私はスマホで検索した――shogiか。
「YじゃなくてHですね」
「もう分かっただろ?」
……………………
……………………
…………………
………………あのさぁ。
「先輩、クイズごっこしてる場合じゃ……」
コンコン
ん? 来客? ……ララさんかしら。私たちは「どうぞ」と返事をした。
がらりとドアが開き、穂積お兄さんが顔をのぞかせた。
「おーい、八花、いる?」
「うわッ! お兄ちゃんッ!」
穂積さんはお兄さんに駆け寄って、ほっぺたをつねった。
「いたたた、なにするの」
「うーん、これは本物か」
穂積お兄さんは頬をさすりながら、
「本物もなにも、八花の兄は僕しかいないだろ」
と涙目。まあ、さっきの出来事もあるし、疑心暗鬼になるのは分かる。
「ところで、みんななにしてるの? 今日って例会だっけ?」
私たちは、暗号を解いているところだと答えた。
「へぇ、僕にも見せてもらえる?」
松平はメモ用紙を穂積お兄さんにみせた。
「ふむふむ……将棋って、アルファベットの2文字目はH? Y?」
私はHだと答えた。
「Hだと……うん、解けたかな」
はっや。私たちは答えをたずねた。
「Baseball」
……なんで? 私はもういちど暗号をみなおした。
「最後がEXなのにエルエルと重なるのは変じゃないですか?」
「んー、そこがポイントなんだけど、これってヴィジュネル暗号なんだよ」
穂積お兄さんは、スマホで暗号表を検索してくれた。
「アルファベットが交差してますけど……変換表ですか?」
私の質問に、穂積お兄さんはそうだと答えた。
「これとさっきのshogiっていう鍵を組み合わせるんだ。やり方は簡単だよ」
縦 shogishogi
横 JTEYTIEX
交 BASEBALL
「こうやって、鍵をくりかえしならべて、1文字目はs行、J列、2文字目はh行、T列というふうに、交わっていくところをピックアップしていくんだ」
えーと、s行、J列はB、h行、T列はA……あ、BASEBALLになる。
三宅先輩はサークル紹介のパンフレットをめくった。
「日本語に訳すと野球……野球部か?」
風切先輩も、うしろ髪くるくるをやめて、真顔にもどった。
「ララを見ても分かるように、インドア系とはかぎらない。野球部を調べよう」
風切先輩はそう言って、椅子から立ち上がった。
そして、ポンと穂積お兄さんの肩をたたいた。
「俺より早く解くとは、なかなかやるな」
「情報通信工学だからね。暗号化は必修だよ」
ふぅむ、理系同士ならではの会話。
いずれにせよ、次なるターゲットは野球部員。都ノ将棋部、いざ出陣ッ!
*神崎忍さん登場回
忍ばない少女
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