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凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第17章 フレッシュ大学将棋:1日目(2016年5月28日土曜)
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85手目 編集の実力

挿絵(By みてみん)


 同桂と取ってきた。

 3六歩は4五桂で空振りになる。

「4七歩成」

 いったんは歩の成り捨て。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


「同銀」

 索間さくまさんは銀のほうで取った。3六歩は怖くない、と。

 どうも実力を感じるわね。最低でも初段はありそう。

 私は29秒ぎりぎりまで考えて、3九飛と下ろした。

 索間さんは腕を組み、こめかみにひとさしゆびを添えた。

「どうしましょうか。3八歩とするヒマはありませんしねぇ」

 ん? 3八歩?

 次に8八銀があるから、5筋を補強するしかないと思うんだけど。

 索間さん、8八銀を見落としてるっぽい?

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ


挿絵(By みてみん)

 

 索間さんは俊速で4一飛と下ろした。

 そこかぁ……すぐには8八銀と打てない。

 5二馬があって、そっちのほうが速いから。

 でも、5一金引、2一飛成に8八銀と打って……そこで5九桂?

 なるほど、これなら辻褄があう。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 私は5一金と引いた。そのままチェスクロを押す。

 索間さんはちょっと大げさに手を伸ばして、2一飛成。

「8八銀」

 この手に、索間さんはびっくりした。

「え? 打つんですか?」

 打ちますが? 接待将棋じゃないですよ?

 まさかこの手を読んでいなかったとか?

 索間さんは考え込んだ。

「一回受けてくるかと思ったんですが……」


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


「取ります。同玉」


挿絵(By みてみん)


 ふわッ!? これは私のほうが読んでなかった。動揺してしまう。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

「6九飛成ッ!」

 私は金を取った。これで悪いわけがない。

 居飛車急戦の典型的な瀕死局面だ。

 鼻息を荒くしていると、索間さんは持ち駒の銀を手にした。

「ここに打ちます」


 パシリ

 

挿絵(By みてみん)


 ……5一龍〜5九金打で龍を殺すつもり?

 でもそれって、5九同龍、同金で、飛車金を総とっかえしただけよね。

 なにが目標なのか分からない。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

「よ、4六歩」

 私は銀頭に歩を打った。取れば5八龍で、今度こそ終了。5一龍なら同金、5九金打、同龍、同金、4七歩成で銀得になる。先手が痺れているはずだ。

「6八金」


挿絵(By みてみん)


 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………ん? あッ……そ、そうかッ!

 し、しまった。好手だ。1九龍は4四馬、4七歩成に5一龍とされて、同金、7一銀、9二玉、8二金、9三玉、8五桂、8四玉、6六馬、8五玉、7五馬で詰んでしまう。だからと言って、5一龍を放置しても解決にもならない。4七のと金は遅い。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

「7九龍ッ!」


挿絵(By みてみん)


 私は龍を切った。逃げて寄せられてしまうなら、切るしかない。

 大誤算だ。

「捕まえました。同玉です」

 索間さんは、悠々と龍を回収した。

 私は必死になって考える。次に4七歩成とすれば、飛車と金銀の2枚換えだ。

 後手が敗勢になったわけじゃない。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

「4七歩成」

 索間さんは馬を持ち上げて、ひとつマスをずらした。4四馬。

 さっきと同じ寄せ筋に入っている。受けないといけない。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

「6二銀」

 この手に、索間さんはうんうんとうなずいた。

「そう受けるしかありませんよね。6二金左は同馬ですし。こちらの継続手は……」


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ

 

挿絵(By みてみん)


 端かぁ……私は椅子に深く座りなおした。お茶を口にふくむ。

 6二銀で壁になってしまったから、この端攻めは痛い。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

「4六角」

 この角打ちをみて、索間さんはちょっとマジメな顔つきになった。

「なるほど、7四歩の受けを見つつ、5九銀の攻めも見ているわけですか」

 この編集さん、何者? 初段とかいうレベルじゃない気がしてきた。

 言動に騙されたかも……反省……は対局終了後ッ! 今は勝つッ!

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

 索間さんは、静かに9四歩と取り込んだ。

 私は7四歩で角筋を通す。


挿絵(By みてみん)


「8五桂と打たざるをえませんね……先に味付けを」

 索間さんは9三歩成、同香、同香成とした。

 桂馬では取れない。しかたなく同玉。

「さらに王手を。9九香」

「9四歩」

「ここで桂馬ですかね……8五桂」

 8二玉、9四香、7一玉――厳しくなってきた。でも、まだ粘れる。

「9二香成」

 きた。これは詰めろじゃない。

 私は敵陣奥深く、5九銀と打ち込んだ。


挿絵(By みてみん)


「思ったより寄らないですねぇ」

 それは私も同感。もっと早めに寄せられるかと思っていた。

「とりあえず清算しますか。8二銀」

 同角、同成香、同玉。

 索間さんの持ち駒は飛車角のみ。さらに寄せにくくなった……はず。

「はてさて、寄らないとなると……」


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

「いったん受けます。6九金」


挿絵(By みてみん)


 粘ったかいがあった。

 私は8四銀と打って、桂馬の処置を打診する。

「8六歩は8七の空間ができますから……7七桂」

「6四香」

 反撃しつつ受ける。6七香成〜7七成香から桂馬を抜く狙いだ。

「んー、5九金は6七香成が詰めろですか……」

 索間さんは、こめかみにひとさしゆびを当てたまま、ちらりと私の陣を見た。

「……9二歩」


挿絵(By みてみん)


 これは? ……詰めろじゃないわよね。

「9三香」

 挟撃形に持ち込む。

「あ、それは悪手ですよ。5一龍」


挿絵(By みてみん)


 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………あッ!

「ま、負けました」

「ありがとうございました」

 はあぁあ……同金、9一角、7一玉、8二金、6一玉に4三馬があった。

 5二金でも5二金打でも7二金、同玉、8二飛以下の詰み。

「すみません、最後、うっかりです」

「こっちも一瞬怖いかたちになりましたね。裏見うらみさんは振り飛車党ですか?」

 ちょっとちょっと、西日本陣営のまえで、そういう質問しないでくださいな。

「ええ、まあ……索間さんは、居飛車党ですか?」

「私はどっちも指します」

「すごいですね。学生時代からずっとお指しなんですか?」

 この質問を発した途端、空気が変わった。

「あ、はい、小学生からやってました」

「索間さんのご出身はどちらですか?」

「H島です」

 ん……あぁ……んあぁあああ……やってしまった。同郷。

「す、すみません、存じあげなくて」

「いえいえ。高校は紫水館しすいかんなので、晩稲田おくてだ筒井つついさんと同窓なんですよ」

 紫水館かぁ。あそこの将棋部は名門らしいし、最初に聞いておけばなぁ。

 そこまで考えたとき、私はふと視線を感じた。

 山城やましろくんが、あいかわらずこっちの盤面を熱心に見ていた。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 手のうちを悟られなかったから、それでいっか。前向きに考えましょう。

香子きょうこ、そろそろ変わらないと時間なくない?」

 火村ほむらさんは、指したくてウズウズしているようだ。

 私は感想戦もそこそこに、席をゆずった。

 たちあがって背伸びをする。

 氷室ひむろくんがそばにいた。

「おつかれさま。最後、受けたほうがよかったね」

「9二歩のところで受けても、ダメっぽくない?」

「そうかな? 9二歩に4一香と打っておけば、先手有利ではあるけど、大優勢ってほどじゃないと思うよ。評価値だとPonanzaで4桁いくかいかないかじゃない?」

「体感的には、もうちょっとある気がするわ」

「6七香成とすれば、先手の寄り筋も近いよ」

 ふむ、氷室くんのアドバイスだし、マジメに受け止めておきますか。

 結論としては、9三香が大悪手ということになる。

「氷室くんも索間さんと指すの?」

「もちろん」

 私は火村さんと索間さんの対局をちら見した。

 後手の火村さんの中飛車vs先手の索間さんの超速になっている。

 パシパシと、チェスクロが交互に押されていく。

 しばらく観戦――ん? 肩を突つかれた?

 ふりかえると、釣り用のジャケットに帽子をかぶった少女が立っていた。

「よッ、裏見、ひさしぶりだな」

磯前いそざきさん、おひさしぶり」

 磯前さんは、近くにあった椅子に腰をおろした。足を組む。

「ま、座れよ」

 はいはい、遠慮なく。私も腰をおろす。

「まさか裏見が来てるとは思わなかったな」

「それは関東のレベルが低いってこと?」

「おっと、そういう意味じゃない。わりぃわりぃ」

 磯前さんは紙コップにコーラを注いで飲んだ。ごまかされた感。

 まあ、このメンツで若干浮いているのは分かる。

 あれこれの話を聞く限り、みんなどこかの高校県代表経験者だったからだ。

 そうじゃないのは、私と火村さんのふたりだけみたい。

 磯前さんも、高校ではK知の代表。

 私は県大会で優勝したことはあるけど、全国大会に出場したことはなかった。

「磯前さん、ちゃっかり将棋部に入ってたのね」

「意外だった?」

「合格した段階で、続けるかどうか分かんないって言ってなかった?」

「それは裏見からもおなじことを言われた気がするなぁ」

 むッ……言った気がする。

 受験仲間で「大学も将棋部に入る」と明言していたの、誰もいないような。

 磯前さんは唐突に笑った。

「いざ大学に入ってみると、サークルってなんか思ってたのとちがうし、釣り関係は団体行動したくないからスルーしたし、将棋に落ち着いちゃったね。裏見もそんな感じ?」

「そ、そんな感じ、かな」

 廃部寸前のごたごたがあったとは、さすがに言えない。

 っていうか、完全になりゆき任せだったような?

 磯前さんは、私のコップにお茶をそそいでくれた。乾杯してニヤリと笑う。

「じつは、裏見と当たりたかったんだけどなぁ」

「いやぁ、友だち同士は、気まずいような……」

「べつにこんなの勝とうが負けようが、数年後にはみんな忘れてるって」

 磯前さんは、あいかわらずあっけらかんとした性格だった。

「ところで、このあと女子会しようって話があるんだ。出ないか?」

「女子会? なにそれ?」

「関西の女子と関東の女子だけで、飯食いに行かないかって、姫野ひめの先輩が」

「え? マズくない? 男子はどうするの?」

藤堂とうどう先輩はOKしてるし、今回の組み合わせ、先鋒から副将までは男女ペアになってるから、女子だけ、男子だけで集まったほうがギスギスしないんだ」

 ふむ、それは一理ある。山城くんと同席は、おたがいに緊張するかもしれない。

「女子は全員出るの?」

「あと声掛けてないのは、そっちの速水はやみ先輩と、なんか名前が外人の……」

「あぁッ!?」

 室内に、火村さんの声が響き渡った。

「ちょ、ちょっと待ったッ!」

「待ったなしです」

「これは見事な王手飛車コースだね。そろそろ僕と代わろうか?」

「うっさいわね、帝大野郎。あんたはすっこんでなさい」

「火村さん、時間切れますよ」

「同飛ッ! 同飛ッ!」

「はい、王手飛車です」

「じゃあ、僕と代わろうか?」

「うるさいって言ってるでしょッ! 外野は静かにッ!」

 火村さん、あなたが一番うるさい。

 そんなマナーじゃ、女子会から追い出されちゃいますよ。

場所:デイナビ主催 東西対抗フレッシュ大学将棋 懇親会

先手:索間 蘭

後手:裏見 香子

戦型:先手左銀急戦


▲2六歩 △3四歩 ▲2五歩 △3三角 ▲7六歩 △4四歩

▲4八銀 △3二銀 ▲5六歩 △4二飛 ▲6八玉 △7二銀

▲7八玉 △9四歩 ▲9六歩 △6二玉 ▲5八金右 △7一玉

▲3六歩 △5二金左 ▲6八銀 △8二玉 ▲5七銀左 △4三銀

▲4六銀 △5四歩 ▲3五歩 △3二飛 ▲3四歩 △同 銀

▲2四歩 △同 歩 ▲3八飛 △4五歩 ▲3三角成 △同 飛

▲6六角 △4六歩 ▲3三角成 △3七歩 ▲同 飛 △3六歩

▲3四馬 △3七歩成 ▲同 桂 △4七歩成 ▲同 銀 △3九飛

▲4一飛 △5一金引 ▲2一飛成 △8八銀 ▲同 玉 △6九飛成

▲7九銀 △4六歩 ▲6八金 △7九龍 ▲同 玉 △4七歩成

▲4四馬 △6二銀 ▲9五歩 △4六角 ▲9四歩 △7四歩

▲9三歩成 △同 香 ▲同香成 △同 玉 ▲9九香 △9四歩

▲8五桂 △8二玉 ▲9四香 △7一玉 ▲9二香成 △5九銀

▲8二銀 △同 角 ▲同成香 △同 玉 ▲6九金 △8四銀

▲7七桂 △6四香 ▲9二歩 △9三香 ▲5一龍


まで89手で索間の勝ち

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