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凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第11章 すり替えられたオーダー表(2016年5月10日火曜)
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54手目 イタズラの連鎖

「オーダー表が書き換えられてる?」

 風切かざぎり先輩はそう言って、独特の鋭い目つきをますます鋭くした。

 キャスター付きの椅子から乗り出して、もういちど尋ねなおす。

「だれがそんなことを言ったんだ?」

「電話の相手です」

帝大ていだい千駄せんだってやつか?」

 私は、電話のいきさつを説明しなおした。

「……というわけで、声が変でしたし、千駄先輩じゃないと思います」

 風切先輩は納得しないような顔で、椅子にもたれかかった。

「ただのイタズラ電話だろう。なぁ、三宅みやけ?」

 部員のみんなが、三宅先輩のほうに顔をむけた。

 すると先輩は、異様にマジメな表情で、じっと考え込んでいた。

「どうした? 心当たりがあるんじゃないだろうな?」

「いや……ない」

「だったら心配することはない……それとも、別件か?」

 風切先輩の質問に、三宅先輩は10秒ほど間をおいた。

 そして、こう答えた。

「オーダーが書き換えられた心当たりはない……が、イタズラにしては変じゃないか?」

「どこが?」

「『大学将棋の団体戦でオーダー表が書き換えられた』なんて、将棋関係者でも思いつかないイタズラだ。それに、なんでこまの、しかも非番の裏見うらみに電話したんだ? 裏見があそこでバイトしていることは、一部の人間しか知らないはずだ」

公人きみひとはおしゃべりだからな。どうせあちこちで『今度、駒の音でアルバイトしとる娘を知っとるか? 裏見うらみ香子きょうこと言うんじゃぞ。わしが推薦したのじゃ。アッハッハ』なーんて吹聴して回ってるに決まってる」

 風切先輩、土御門先輩のモノマネが上手いわね。長い付き合いなのかしら。

 一方、三宅先輩は、あいかわらず厳しい表情で、

「イタズラの動機は?」

 と尋ねた。風切先輩は、なんでもないかのように、

「うちに対する嫌がらせだろう。あせって連合に確認したら赤っ恥、って罠だ」

 と推測した。

都ノみやこのに対する嫌がらせ……うちを煙たがってる大学は、たしかにあるだろうな」

「特例で復帰を認めてもらったんだ。Dの連中からしたら面白くはない」

「そうなると、昇級の可能性を減らされた大学……房総ぼうそう商科しょうか南稜なんりょうあたりが怪しいか」

 風切先輩は、肩をすくめてみせた。

「証拠はない。仮にも大学将棋の身内だ。疑うのはやめておこう。裏見も、傍目はためには確認をとってないんだろう?」

 うッ……私はしどろもどろになる。

「どうした、裏見?」

「あの……じつはですね……」

 私は、傍目先輩と連絡をとったことを白状した。

「す、すみません、あのときはかなり不安で……」

「いや、べつにいい……で、傍目はなんて言ってきたんだ?」

 私は、まだ返事をもらっていないことを伝えた。

 その瞬間、三宅先輩の顔色が変わった。

「返信がない……いつ送った?」

「電話があったあとすぐに送って、昨日も確認のメールを送りました」

 三宅先輩は、風切先輩のほうへ向きなおった。

「おい……書き換えられてる可能性が高いぞ、これは」

「便りがないのはいい便り、だろ?」

「風切は傍目の性格を知らないのかもしれないが、あいつは超のつくマジメ女だ。日曜日にもらったメールを、火曜日まで放置するなんてことはない」

 風切先輩は、「いや、まさか」と言ったが、すこし深刻になり始めた。

「連合内部の話だ。答えられないってだけじゃないのか?」

「自分の大学のオーダー表を確認したい、ってメールだろう? 拒否権はないはずだ」

「そりゃそうだが……ほかの幹事に訊くか?」

 三宅先輩は、絶対にダメだと答えた。

「オーダー表が書き換えられていた場合、俺たちは失格になるぞ」

 私は、その理由を尋ねた。書き換えられたのなら、こっちが被害者だからだ。

「偽造なんて証明しようがない。ほかの大学が『都ノはオーダー違反をしていた』と騒いだ時点で終わりだ。今度こそ永久追放になる」

「三宅、落ち着け。まだ書き換えられたと決まったわけじゃ……」


 ドンドンドン

 

 ノックの音。かなり強い調子だった。

 私たちは、会話の内容がアレなだけあって、びくりとした。

「ま、まさか大学将棋連合のひとじゃ……」

 私がそうつぶやくと、三宅先輩は小声で風切先輩と相談し始めた。

「どうする? 居留守を使うか?」

「いや、それはかえってマズい。余計に怪しまれる」


 ドンドンドン


「ちょっと! 開けなさいよ!」


 ふわッ!? こ、この声はッ!

明石あかしッ! ぶち破るわよッ!」

「落ち着いてください。留守かもしれませんよ。アポなしなんです」

「さっき話し声が聞こえたんだから、居留守よ、居留守」


 ドンドンドン

 

 さっきよりもノックの音が強くなる。

 私たちは、急遽円陣を組んで相談した。

「せ、聖ソフィアですよ。どうします?」

「誰が呼んだ? 三宅か?」

「そんなわけないだろ。なんでライバル校を呼ばなきゃならんのだ」

「もしやオーダー表のネタを掴んで、脅しに来たのでは?」

 大谷おおたにさんの指摘に、その場の全員が青ざめた。

「三宅、鍵を閉めろ」

 風切先輩の指示で、三宅先輩がドアに飛びついた。

 途端に、バタンとひらいた。

「やっぱりいるじゃないのッ! 返事しなさいよッ!」

 小柄な少女は、怒ったようにそう叫んだ。火村ほむらさんだ。

 火村さんは、風切先輩に歩み寄って、胸板を小突いた。

「あんたたちね、いくらうちに負けたからって、嫌がらせすることないでしょッ!」

 なに言ってんの、この子。

 私たちがポカンとしていると、火村さんは、テーブルに一枚の紙を打ちつけた。

 そこには、新聞紙の切り抜きで、こう書かれていた。


 オーダー 表 が 書 キ  換え られ テルゾ

 

「こんなもの送りつけて、恥ずかしいと思わないのッ!?」

 風切先輩は、ふらりと椅子から立ち上がった。

「そ、それが聖ソフィアの将棋部に送りつけられたのか?」

「そうよ……って、あんたたちが犯人でしょッ!」

 火村さんは、バンバンとテーブルをしばいた。

 風切先輩と三宅先輩はそれを無視して、すぐに相談を始めた。

「マズいぞ、風切、やっぱり書き換えられてるだろ、これ」

「待て待て、聖ソフィアとうちの両方にイタズラしただけかもしれない」

「うちと聖ソフィアの両方に? 理由は?」

「特例でDに復帰したという点では、どっちも似たようなもんだ」

「そりゃ、聖ソフィアは3連勝で昇級候補だが、しかし……」

 ふたりの会話を奇妙に感じたのか、火村さんは目をほそめた。

「あんたたち、なんの話してるの? ごめんなさいは?」

「火村、聞いてくれ、じつはな……」

 三宅先輩は、火村さんと明石くんに、これまでの事情を説明した。

「都ノにもおなじイヤがらせぇ? ほんとぉ?」

「ああ、本当だ。裏見のバイト先に電話がかかってきた」

 火村さんは、私のほうをじろじろとみつめた。

「うーん、こいつはウソ吐きそうなタイプじゃないのよね……で、いやがらせの内容も、うちと一緒だって言うの? オーダー表が書き換えられてるって?」

 三宅先輩は、かるくうなずいた。

「じゃあ、私たちと都ノの両方が被害者? 動機は?」

「そうだな……例えば、Dクラスの上位校が、ライバルを蹴落とすために……」

 そこで明石くんが、「ちょっとすみません」と干渉した。

「どうしたの、明石? ナイスアイデアでもあった?」

「ナイスかどうかは分かりませんが、Dクラスの上位校ではないと思います」

 三宅先輩は自分の推理が否定されたので、理由をたずねた。

「オーダー表の管理は、各校とも厳重にしているはずです。同じ教室にいても、書き換えるのは容易ではありません。都ノも、心当たりがないのでは?」

「たしかに、書き換えられるような時間を作った覚えはないが……ってことは、やっぱりただのイタズラか?」

「これは憶測になりますが……幹事には、書き換えるチャンスがありませんか?」

 明石くんの推理に、火村さんはパチリと指を鳴らした。

「それだわッ! 幹事はオーダーを管理してるわけだし、書き換えるのは簡単よッ!」

 三宅先輩は、あわてて火村さんをなだめた。

「おいおい、幹事の連中に、オーダーを書き換えるメリットはないだろ?」

 明石くんは、この推理も否定した。

「いえ、そうとも言い切れないと思います」

「どういうメリットがある?」

「都ノと聖ソフィアの復帰は、幹事会で決定されました。議論の中身は分かりませんが、全員が賛成したとも思えません。復帰に反対だった幹事もいるのでは?」

 私たちは、おたがいに顔を見合わせた。

 三宅先輩は、風切先輩に納得がいくかどうかをたずねた。

「俺的には、あんまり納得がいかないんだが……ありうるとは思う」

 明石くんは、納得がいかない理由を訊いた。

「俺たちがオーダー表の書き換えを主張したら、簡単なチェックくらいはするはずだ。そのとき、幹事の筆跡だとバレたら、たいへんなことになるだろう」

「なるほど……一理あります。オーダー表は手書きですからね。この脅迫状のように、新聞紙の切り抜きを使ったり、プリンタで打ち出したものは使えません。しかし、あらかじめ友人に書いてもらったものを用意するなど、いくらでも対策はあると思います」

 うーん、明石くん、かなり理路整然と話すタイプみたい。

 印象通り、という感じではあるけど。

 一方、火村さんは鼻息が荒くなってきた。

「そうよッ! やっぱり書き換えられてるんだわッ!」

「主将、落ち着いてください。仮に書き換えられているとしても、オーダー表がどこにあるのか、まったく分かりません。幹事がオーダー表を保管している場所は、公表されていませんし、担当者も不明です。それに、分かったとして、どうするんですか?」

 火村さんは、したり顔で指を振った。

「差し替えるのよ」

「差し替える? まさか、主将……」

「そうよ、ちゃんとしたオーダー表と差し替えるの」

 これには、明石くんだけでなく、その場にいた全員が異議をとなえた。

「ルール違反にルール違反で対抗して、どうするんだよ?」

 と風切先輩。

「だって、説得はできないんでしょ? 幹事の筆跡が出なかったら、それで終わり」

「いや、俺たちの筆跡じゃないことを証明するって手がある」

「お言葉ですが、それはダメだと思います。『将棋部以外の知り合いに書かせた』と主張されれば、私たちには反証のしようがありませんので」

「証明の責任がこっち側にあるのはおかしいだろ?」

「『オーダー表が書き換えられた』という主張自体が眉唾ですし、うちも都ノも前科持ちです。『オーダー表に違反した並びで選手を出した』とするほうが、よほど尤もらしいと思います。残念ながら、この点で私たちは圧倒的に不利です」

 沈黙――火村さんは、地団駄を踏んだ。

「手をこまねいてたら、日曜日にアウトになるでしょッ!」

 そうだ。日曜日にオーダーを開示されて、書き換えられていたらそれで終わりだ。

 1回戦の聖ソフィアとは口裏合わせができても、帝仁ていじん首都しゅと農業のうぎょうが気付く。

「もう、グズグズしてないで、さっさと行くわよッ!」

 火村さんは、急に部室を飛び出した。

 私と松平まつだいらはアイコンタクトをして、すぐにあとを追いかけた。

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