476手目 リズミカル
このかたちは……想定していなかった。
俺は考え込む。
指されてみれば、なるほど、って感じだ。
後手は3筋に争点を作っている。
先手が別に争点を作れなければ、後手有利。
けど、争点はありそうに見える。
まだ後手が良くなったわけじゃない。
俺は深く呼吸をして、攻める筋を読んだ──6筋だな。
6八龍と回って、6五歩。
この筋に気づいた時点で、残り時間は15分を切っていた。
だいぶ余っている、とも言えないし、だいぶ足りない、とも言えない。
「6八龍」
白須は、軽快な音をさせて、5二金と上がった。
飛車のスライドを見せている。
俺はそのまま、6五歩と突っかけた。
同歩、7五歩、同歩、同角、7四歩、5七角。
傷をつけるのに成功。
白須は、ここで長考。
7二玉の時点で、考えていそうなもんだが。
確認か?
思い出してみると、白須は7二玉のところで、そんなに考えていなかった。時間を使ったのは、7五角のときだ。
あの時点で、ここまで読んでいたのか、いなかったのか。
「……」
「……」
白須が動いたのは、2分後だった。
3七歩成。
読みが噛み合っていた。俺も並行して読んでいた順だ。
「同桂」
2六銀に、2四歩で反撃。
白須は首を左右に一度ずつ、軽く揺らした。
ちょっと笑ったように見えたが……気のせいか?
「同歩」
3三歩、同飛、2三歩で、楔を打ち込む。
同飛なら、一手遅れる。そこで6五桂。
これは後手が面白くないから、3一角、6五桂、3七飛成だろう。
この予想通りに進んだ。
3一角、6五桂、3七飛成、4四歩。
2ヶ所に当たった。
どちらかの銀は取れる。
6四銀だとは思うが……王様のほうに近いし……ん? 違うのか?
白須は4四同銀とした。
4三歩成、同歩のほうが、痛いと読んだのだろうか。
俺は7三桂成、同桂を決めて、4八龍とぶつけた。
こっちの厚さを活かす。銀にも当たってる。
白須は3四龍と引いた。
問題は、このあと。
3二歩で、角が半分死んでいる。
同龍なら助かるが、4四龍で、銀をボロっと取られてしまう。
これは後手不利。
ようするに、角を見捨てるってことなんだよな、白須の方針は。
3二歩、3七銀成、4九龍、6五桂あたり。
(※図は松平くんの脳内イメージです。)
……先手、そんなによくないかもしれない。
悪くもないが……後手の薄さ次第だな。
「3二歩」
白須はワンテンポ置いて、同龍。
同龍?
銀を見捨ててきた。
ヤバい、というのが第一感。
俺の読み落とし?
ちょっと姿勢を変えて、読みなおす。
4四龍、4三歩の瞬間、角が8六の桂馬に当たる。
さすがにこれは読み落としていない。
俺がだいじょうぶだと思った理由は、2二歩成があるからだ。
(※図は松平くんの脳内イメージです。)
同龍なら2四龍とぶつける。
同角なら桂馬が助かる。
白須のほうが、これを見落としているのか?
俺は、ちらりと白須を見た。
表情が読み取れない。
2回会っただけだしな、無理か。
とりあえず、盤上はオカルトで動かないんだから、まっすぐ指そう。
「4四龍」
4三歩、2二歩成。
白須はあっさり、同角と取った。
俺は2四龍と回る。
リズミカルに桂馬が打たれた。
玉頭の反撃、か。
受けて立つぞ。
残り時間は5分を切っていた。
そのなかから1分使って、俺は同角と切った。
同歩、8四歩。
これを同歩なら、7四銀が厳しくなる。
「8五桂」
斬り合いかよ。上等だ。
3三歩に同角。
俺は8三歩成、6一玉を挟んで、3三龍と取った。
同龍、7二銀、5一玉、6三銀成、同金、6四桂。
どうだ、詰めろ、しかも、同金なら7三角。
白須はちょっと体を動かして、また視線を逸らした。
残り1分まで考えて、9七桂打と打ち込んだ。
攻め合いかあ。
押したり引いたりだな。
俺は残り1分。
最後の使いどころ。
「……」
「……」
ピッ
1分将棋に。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
同香。
「6四金」
おい、ちょっと待て、それは読んでないぞ。
同桂成の一手じゃないのか?
俺は慌てた。
読みが外れただけでなく、5三に隙を作ってきたからだ。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「5三銀ッ!」
その隙、乗ってやる。
白須も1分将棋直前だったが、37秒という微妙な数字を残して、9七桂不成。
俺は8八玉と立つ。
「4四角」
……いかん、白須の組み立てが、意味不明だ。
銀をわざわざ打たせて、角をそこに当てる、だと?
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「同銀成ッ!」
ピッと、白須のタイマーが鳴った。
白須も1分将棋に。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
8九飛。
逃げ間違えると、死ぬが……7七玉は、詰む気がする。
9八か、9七。
9七は8五桂で困る。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「9八玉」
寄って耐える。
8六飛成、7三角、6二歩で味をつけてから、8七金打。
3三成銀が入れば、おそらく勝ちなんだが。
そっちの面は薄い。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
8九銀、8八玉、7八銀成、同銀、7六桂。
耐えたら勝ち、耐えられなかった負けの局面に。
同金右に8九桂成。
懸念してた状態になった。
同玉で下段に落ちると、3九龍が王手になる。
とはいえ、取らない手はない。
同玉、3九龍、6九歩。
白須は10秒ほど残して、同龍と切った。
……………………
……………………
…………………
………………
詰んだくさい。
同銀、8七龍、7九玉、7八香、同銀、8八金。
追い詰めだ。
俺は駒をそろえた。
「負けました」
「ありがとうございました」
1回戦負けかあ……キツイな。
「どこが悪かった? 終盤までは、わりと互角かと思ったんだが……」
「そうですね……7二銀は、王手は追う手かと思いましたが……そのあとも後手玉に迫れていたので、違うかもしれないです」
白須の返答は、あいまいだった。
とりあえず、そこまでもどした。
【検討図】
白須は、
「8四角はあるかな、と思いました」
と、候補を挙げた。
俺は駒を動かさずに、
「6二歩、7三と?」
と確認した。
「7四銀と控えて打つのも、ありそうです」
俺たちは両方を比較した。
結論として、7四に銀を打っておくと、攻めに利くというよりは、上部脱出の安全弁になるようだった。一例として、8四角、6二歩、7三と、9七桂不成、9八玉、8九角、8七玉、7八角成、同銀、8九桂成、6六角、3七龍と仮定する。
【検討図】
このとき、7五角と引く必要がある。先手は詰めろだからだ。
が、7五角引だと、7三金と取られてしまう。
銀を打っておけば、ここを支えておける。
他の局面も調べてみたが、全体的に俺が押されていたのかもしれない。
俺がはっきりいい、という箇所はなかった。
「昼食休憩だし、これくらいでいいか。ありがとうございました」
「ありがとうございました」
席を立つと、愛智が待っていた。
「どうでしたか?」
「負けた」
内容を説明すると、愛智は、
「振り飛車党なのに、腰が重いタイプですか。参考になります」
と言った。
「まあ、一局指した感想だけどな……他は、どうなった?」
「僕、マルコくん、青葉くん、星野さん、六連くん、穂積さんは勝ちました。古賀さんは負けみたいです」
おーい、俺とゲストしか負けてないのかよ。
俺は頭をかいて、
「参ったな。とりあえず、次は偵察に回ろう」
と告げた。
「僕と青葉くんは、留守番をします。外食していただいてかまいません」
「了解」
好きなものでも食べて、気持ちを切り替えよう。
俺は背伸びをしながら、教室をあとにした。
場所:2018年度 春季個人戦1日目 1回戦
先手:松平 剣之介
後手:白須 葛
戦型:後手三間飛車
▲7六歩 △3四歩 ▲2六歩 △4四歩 ▲4八銀 △3二飛
▲2五歩 △3三角 ▲6八玉 △9四歩 ▲7八玉 △4二銀
▲9六歩 △6二玉 ▲5六歩 △4三銀 ▲7七角 △7二銀
▲8八玉 △7一玉 ▲5八金右 △5二金左 ▲5七銀 △8二玉
▲7八金 △3五歩 ▲1六歩 △4二角 ▲4六銀 △5四歩
▲2六飛 △4五歩 ▲同 銀 △3三角 ▲4六歩 △7七角成
▲同 桂 △3三桂 ▲2四歩 △同 歩 ▲同 飛 △4五桂
▲同 歩 △3三角 ▲2三飛成 △3四銀打 ▲2八龍 △2二飛
▲2五歩 △2一飛 ▲2四角 △2二角 ▲3六歩 △同 歩
▲4八龍 △3一飛 ▲3三歩 △2三歩 ▲5七角 △3三角
▲7五角 △4二歩 ▲8六歩 △3五銀 ▲8五歩 △7四歩
▲5七角 △6四歩 ▲8六桂 △6三金 ▲6六歩 △2二角
▲6七金右 △7三銀 ▲8九玉 △7二玉 ▲6八龍 △5二金
▲6五歩 △同 歩 ▲7五歩 △同 歩 ▲同 角 △7四歩
▲5七角 △3七歩成 ▲同 桂 △2六銀 ▲2四歩 △同 歩
▲3三歩 △同 飛 ▲2三歩 △3一角 ▲6五桂 △3七飛成
▲4四歩 △同 銀 ▲7三桂成 △同 桂 ▲4八龍 △3四龍
▲3二歩 △同 龍 ▲4四龍 △4三歩 ▲2二歩成 △同 角
▲2四龍 △7五桂 ▲同 角 △同 歩 ▲8四歩 △8五桂
▲3三歩 △同 角 ▲8三歩成 △6一玉 ▲3三龍 △同 龍
▲7二銀 △5一玉 ▲6三銀成 △同 金 ▲6四桂 △9七桂打
▲同 香 △6四金 ▲5三銀 △9七桂不成▲8八玉 △4四角
▲同銀成 △8九飛 ▲9八玉 △8六飛成 ▲7三角 △6二歩
▲8七金打 △8九銀 ▲8八玉 △7八銀成 ▲同 銀 △7六桂
▲同金右 △8九桂成 ▲同 玉 △3九龍 ▲6九歩 △同 龍
▲同 銀 △8七龍 ▲7九玉 △7八香 ▲同 銀 △8八金
まで156手で後手の勝ち




