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凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第75章 2018年度春季個人戦1日目(2018年4月15日日曜)
494/496

476手目 リズミカル

挿絵(By みてみん)


 このかたちは……想定していなかった。

 俺は考え込む。

 指されてみれば、なるほど、って感じだ。

 後手は3筋に争点を作っている。

 先手が別に争点を作れなければ、後手有利。

 けど、争点はありそうに見える。

 まだ後手が良くなったわけじゃない。

 俺は深く呼吸をして、攻める筋を読んだ──6筋だな。

 6八龍と回って、6五歩。

 この筋に気づいた時点で、残り時間は15分を切っていた。

 だいぶ余っている、とも言えないし、だいぶ足りない、とも言えない。

「6八龍」

 白須しらすは、軽快な音をさせて、5二金と上がった。

 飛車のスライドを見せている。

 俺はそのまま、6五歩と突っかけた。

 同歩、7五歩、同歩、同角、7四歩、5七角。


挿絵(By みてみん)


 傷をつけるのに成功。

 白須は、ここで長考。

 7二玉の時点で、考えていそうなもんだが。

 確認か?

 思い出してみると、白須は7二玉のところで、そんなに考えていなかった。時間を使ったのは、7五角のときだ。

 あの時点で、ここまで読んでいたのか、いなかったのか。

「……」

「……」

 白須が動いたのは、2分後だった。

 3七歩成。

 読みが噛み合っていた。俺も並行して読んでいた順だ。

「同桂」

 2六銀に、2四歩で反撃。

 白須は首を左右に一度ずつ、軽く揺らした。

 ちょっと笑ったように見えたが……気のせいか?

「同歩」

 3三歩、同飛、2三歩で、くさびを打ち込む。


挿絵(By みてみん)


 同飛なら、一手遅れる。そこで6五桂。

 これは後手が面白くないから、3一角、6五桂、3七飛成だろう。

 この予想通りに進んだ。

 3一角、6五桂、3七飛成、4四歩。


挿絵(By みてみん)


 2ヶ所に当たった。

 どちらかの銀は取れる。

 6四銀だとは思うが……王様のほうに近いし……ん? 違うのか?

 白須は4四同銀とした。

 4三歩成、同歩のほうが、痛いと読んだのだろうか。

 俺は7三桂成、同桂を決めて、4八龍とぶつけた。


挿絵(By みてみん)


 こっちの厚さを活かす。銀にも当たってる。

 白須は3四龍と引いた。

 問題は、このあと。

 3二歩で、角が半分死んでいる。

 同龍なら助かるが、4四龍で、銀をボロっと取られてしまう。

 これは後手不利。

 ようするに、角を見捨てるってことなんだよな、白須の方針は。

 3二歩、3七銀成、4九龍、6五桂あたり。


挿絵(By みてみん)


 (※図は松平まつだいらくんの脳内イメージです。)


 ……先手、そんなによくないかもしれない。

 悪くもないが……後手の薄さ次第だな。

「3二歩」

 白須はワンテンポ置いて、同龍。

 同龍?

 銀を見捨ててきた。

 ヤバい、というのが第一感。

 俺の読み落とし?

 ちょっと姿勢を変えて、読みなおす。

 4四龍、4三歩の瞬間、角が8六の桂馬に当たる。

 さすがにこれは読み落としていない。

 俺がだいじょうぶだと思った理由は、2二歩成があるからだ。


挿絵(By みてみん)


 (※図は松平くんの脳内イメージです。)


 同龍なら2四龍とぶつける。

 同角なら桂馬が助かる。

 白須のほうが、これを見落としているのか?

 俺は、ちらりと白須を見た。

 表情が読み取れない。

 2回会っただけだしな、無理か。

 とりあえず、盤上はオカルトで動かないんだから、まっすぐ指そう。

「4四龍」

 4三歩、2二歩成。

 白須はあっさり、同角と取った。

 俺は2四龍と回る。

 リズミカルに桂馬が打たれた。


挿絵(By みてみん)


 玉頭の反撃、か。

 受けて立つぞ。

 残り時間は5分を切っていた。

 そのなかから1分使って、俺は同角と切った。

 同歩、8四歩。

 これを同歩なら、7四銀が厳しくなる。

「8五桂」

 斬り合いかよ。上等だ。

 3三歩に同角。

 俺は8三歩成、6一玉を挟んで、3三龍と取った。

 同龍、7二銀、5一玉、6三銀成、同金、6四桂。


挿絵(By みてみん)


 どうだ、詰めろ、しかも、同金なら7三角。

 白須はちょっと体を動かして、また視線を逸らした。

 残り1分まで考えて、9七桂打と打ち込んだ。

 攻め合いかあ。

 押したり引いたりだな。

 俺は残り1分。

 最後の使いどころ。

「……」

「……」


 ピッ


 1分将棋に。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 同香。

「6四金」

 おい、ちょっと待て、それは読んでないぞ。

 同桂成の一手じゃないのか?

 俺は慌てた。

 読みが外れただけでなく、5三に隙を作ってきたからだ。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


「5三銀ッ!」

 その隙、乗ってやる。

 白須も1分将棋直前だったが、37秒という微妙な数字を残して、9七桂不成。

 俺は8八玉と立つ。

「4四角」


挿絵(By みてみん)


 ……いかん、白須の組み立てが、意味不明だ。

 銀をわざわざ打たせて、角をそこに当てる、だと?


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


「同銀成ッ!」

 ピッと、白須のタイマーが鳴った。

 白須も1分将棋に。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 8九飛。

 逃げ間違えると、死ぬが……7七玉は、詰む気がする。

 9八か、9七。

 9七は8五桂で困る。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


「9八玉」

 寄って耐える。

 8六飛成、7三角、6二歩で味をつけてから、8七金打。

 3三成銀が入れば、おそらく勝ちなんだが。

 そっちの面は薄い。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 8九銀、8八玉、7八銀成、同銀、7六桂。


挿絵(By みてみん)


 耐えたら勝ち、耐えられなかった負けの局面に。

 同金右に8九桂成。

 懸念してた状態になった。

 同玉で下段に落ちると、3九龍が王手になる。

 とはいえ、取らない手はない。

 同玉、3九龍、6九歩。

 白須は10秒ほど残して、同龍と切った。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 詰んだくさい。

 同銀、8七龍、7九玉、7八香、同銀、8八金。


挿絵(By みてみん)


 追い詰めだ。

 俺は駒をそろえた。

「負けました」

「ありがとうございました」

 1回戦負けかあ……キツイな。

「どこが悪かった? 終盤までは、わりと互角かと思ったんだが……」

「そうですね……7二銀は、王手は追う手かと思いましたが……そのあとも後手玉に迫れていたので、違うかもしれないです」

 白須の返答は、あいまいだった。

 とりあえず、そこまでもどした。


【検討図】

挿絵(By みてみん)


 白須は、

「8四角はあるかな、と思いました」

 と、候補を挙げた。

 俺は駒を動かさずに、

「6二歩、7三と?」

 と確認した。

「7四銀と控えて打つのも、ありそうです」

 俺たちは両方を比較した。

 結論として、7四に銀を打っておくと、攻めに利くというよりは、上部脱出の安全弁になるようだった。一例として、8四角、6二歩、7三と、9七桂不成、9八玉、8九角、8七玉、7八角成、同銀、8九桂成、6六角、3七龍と仮定する。


【検討図】

挿絵(By みてみん)


 このとき、7五角と引く必要がある。先手は詰めろだからだ。

 が、7五角引だと、7三金と取られてしまう。

 銀を打っておけば、ここを支えておける。

 他の局面も調べてみたが、全体的に俺が押されていたのかもしれない。

 俺がはっきりいい、という箇所はなかった。

「昼食休憩だし、これくらいでいいか。ありがとうございました」

「ありがとうございました」

 席を立つと、愛智あいちが待っていた。

「どうでしたか?」

「負けた」

 内容を説明すると、愛智は、

「振り飛車党なのに、腰が重いタイプですか。参考になります」

 と言った。

「まあ、一局指した感想だけどな……他は、どうなった?」

「僕、マルコくん、青葉あおばくん、星野ほしのさん、六連むつむらくん、穂積ほづみさんは勝ちました。古賀こがさんは負けみたいです」

 おーい、俺とゲストしか負けてないのかよ。

 俺は頭をかいて、

「参ったな。とりあえず、次は偵察に回ろう」

 と告げた。

「僕と青葉くんは、留守番をします。外食していただいてかまいません」

「了解」

 好きなものでも食べて、気持ちを切り替えよう。

 俺は背伸びをしながら、教室をあとにした。

場所:2018年度 春季個人戦1日目 1回戦

先手:松平 剣之介

後手:白須 葛

戦型:後手三間飛車


▲7六歩 △3四歩 ▲2六歩 △4四歩 ▲4八銀 △3二飛

▲2五歩 △3三角 ▲6八玉 △9四歩 ▲7八玉 △4二銀

▲9六歩 △6二玉 ▲5六歩 △4三銀 ▲7七角 △7二銀

▲8八玉 △7一玉 ▲5八金右 △5二金左 ▲5七銀 △8二玉

▲7八金 △3五歩 ▲1六歩 △4二角 ▲4六銀 △5四歩

▲2六飛 △4五歩 ▲同 銀 △3三角 ▲4六歩 △7七角成

▲同 桂 △3三桂 ▲2四歩 △同 歩 ▲同 飛 △4五桂

▲同 歩 △3三角 ▲2三飛成 △3四銀打 ▲2八龍 △2二飛

▲2五歩 △2一飛 ▲2四角 △2二角 ▲3六歩 △同 歩

▲4八龍 △3一飛 ▲3三歩 △2三歩 ▲5七角 △3三角

▲7五角 △4二歩 ▲8六歩 △3五銀 ▲8五歩 △7四歩

▲5七角 △6四歩 ▲8六桂 △6三金 ▲6六歩 △2二角

▲6七金右 △7三銀 ▲8九玉 △7二玉 ▲6八龍 △5二金

▲6五歩 △同 歩 ▲7五歩 △同 歩 ▲同 角 △7四歩

▲5七角 △3七歩成 ▲同 桂 △2六銀 ▲2四歩 △同 歩

▲3三歩 △同 飛 ▲2三歩 △3一角 ▲6五桂 △3七飛成

▲4四歩 △同 銀 ▲7三桂成 △同 桂 ▲4八龍 △3四龍

▲3二歩 △同 龍 ▲4四龍 △4三歩 ▲2二歩成 △同 角

▲2四龍 △7五桂 ▲同 角 △同 歩 ▲8四歩 △8五桂

▲3三歩 △同 角 ▲8三歩成 △6一玉 ▲3三龍 △同 龍

▲7二銀 △5一玉 ▲6三銀成 △同 金 ▲6四桂 △9七桂打

▲同 香 △6四金 ▲5三銀 △9七桂不成▲8八玉 △4四角

▲同銀成 △8九飛 ▲9八玉 △8六飛成 ▲7三角 △6二歩

▲8七金打 △8九銀 ▲8八玉 △7八銀成 ▲同 銀 △7六桂

▲同金右 △8九桂成 ▲同 玉 △3九龍 ▲6九歩 △同 龍

▲同 銀 △8七龍 ▲7九玉 △7八香 ▲同 銀 △8八金


まで156手で後手の勝ち

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