48手目 助っ人参上!?
「裏見、そっちはどうだ?」
「オッケー、足りてる」
私はチェスクロの確認を終えて、そう答えた。
松平のほうは、盤と駒をかぞえていた。
歩がそろっているかどうかまで、入念にチェックする。
「やっぱ自分たちで持ってくるのは、めんどくさいな」
松平はそう言って、薄い茶髪のあたまを掻いた。
「しょうがないじゃない。高校のときも持参だったし」
「大学の集まりのほうが、金はありそうだけどなあ」
「それは偏見。大学生になっても、私の生活は楽になってないわよ」
一理あると思ったのか、松平は「ふむ」とつぶやいた。
「そこは俺が将来稼いで……いてッ」
そういうネタを出すなと言うに。もう。
会場には、多くの学生が集まっていた。団体戦だけあって、各校とも総力戦でのぞんでいるようだ。個人戦のときには見かけなかった面子もいた。
「あら、あなたたちもここに陣取ったのね」
盤駒もならべ終えたところで、速水先輩に声をかけられた。
いつものように、ストライプのネクタイをしていた。
さっきまではいなかったのに、あいかわらずのステルス具合。
「先輩、おはようございます」
「おはよ……このまえは、おつかれさま」
「はい、個人戦ではお世話になりました」
「そっちもだけど、メインは今週のイベントよ」
いきなり聖ソフィアの話題が出て、私は警戒した。
「その節は……まあ、お世話に……」
「そこ空いてるじゃな〜い」
私は、とびあがりそうになるくらいおどろいた。
ふりかえると、小さな女の子――火村さんが立っていた。
「明石、ここがいいわ。ここに荷物を置いて」
細目の明石くんは、両手に持った荷物をテーブルのうえにおいた。
私たち都ノの、ちょうど真横だった。
せまい通路一本しかはさんでいない。
松平も動揺したのか、こちらをちらちらと盗み見た。
挨拶する? 無視する? 三宅先輩に通報する?
「もっと都心でやってくれればいいのにねぇ」
火村さんはそう言いながら、椅子を引いた。そのまま後ろにかたむける。
明石くんは荷物の整理をはじめた。
「ほかのメンバーは、すこし遅れるそうです」
「遅刻したら500円だからね。MINEでそう送っときなさい」
け、けっこう厳しい。
っていうかこれ、となりが都ノだって気付いてない?
揉める気配がないのは、いいことよ。
私は安心して、対局の準備をはじめた。まずはDクラスの名簿を――
「あんた、このまえの月曜日、うちの大学に来てたわよね?」
……………………
……………………
…………………
………………
ちらり。私は視線をあげた。
火村さんは、後頭部に両手をあてて、椅子をおもいっきりうしろに倒していた。
まっすぐ前のほうを向いていたけど、雰囲気で分かる。
こちらに話かけてきている。
「近くまで行ったから、ちょっと寄っただけで……」
「有馬と指したんでしょ?」
アリマ? だれ? ……あの黒髪の少年のこと?
ユウイチくんだったかしら?
私はうっかり、下の名前を確認しかけた。
危ない危ない。訊いたら白状しているようなものだ。
「構内で話しかけられたけど、だれがだれかは……」
火村さんは、ようやくこちらを向いた。
親ゆびとひと指しゆびで輪っかをつくり、右目に当てた。
「あたしは、な〜んでもお見通し」
なにそれ、こわい――なんて怖じ気づくと思ったの? どうせハッタリでしょ。
こういうマウンティングをしてくるタイプは、殴り返しておくに限る。
「私たちのこと、ストーキングでもしてたの?」
「千里眼って言って欲しいなぁ」
確定。この子、厨二病だわ。
不幸な生い立ちによって封印された、将棋の神に導かれし邪眼とか持ってそう。
「へぇ、だったら、私とそのアリマくんっていう子と、どっちが勝ったの?」
火村さんは、不敵に口の端をほころばせた。長い犬歯がのぞく。
「あんたと有馬じゃないんだなあ。もうひとり、生意気そうなやつがいるでしょ?」
ぎくり――穂積さんのこと知ってる?
え? どうやって? 個人戦には来てなかったのに、変。
私は混乱した。よくよく考えてみると、あのときのユウイチくんのナンパは、まったくの素だったと思う。穂積さんと指したことに、気付いている様子はなかった。
てっきりユウイチくんから告げ口されたのかと思ったけど……どういうこと?
「図星みたいね」
このままだとバレかねないので、私は強気に出た。
「『もうひとり』とかもったいぶらないで、名前を言ってみたら?」
「いいのかなぁ……その子の名前は……」
「お兄ちゃんッ! こっちだってばッ!」
廊下で大声が聞こえた。
私たちだけじゃなくて、ほかの将棋部員も一斉にふりむいた。
「八花、そんなに急ぐと危ないよ」
「お兄ちゃんが電車をまちがえるから、ギリギリになるんでしょッ!」
ケンカっぽい口調で、穂積さんが入ってきた。
そのうしろに、いかにも普通と言った感じの、平凡な男子がついていた。
手にはビニール袋を持っている。
穂積さんは教室内を見回して、私たちの存在に気付いた。
「よかった。会場はまちがえてなかったみたい」
穂積さんはそう言って、都ノのメンバーと合流した。
さっきの男子もついてくる。
「おはよ」
「おはよう……こちらのひとは?」
穂積さんは、やれやれと言った感じで、男子を紹介した。
「あたしのお兄ちゃん」
少年は髪に手をあてて、照れくさそうに笑った。
「こんにちは。八花の兄です。重信って言います」
「は、はじめまして……裏見香子です」
おたがいに挨拶するなか、穂積さんはドカリと正面の席に陣取った。
「お兄ちゃん、袋」
「はい」
穂積くん(穂積先輩かな?)は、ビニール袋を穂積さんに手渡した。
穂積さんはイチゴオレを取り出して、チューチューやり始めた。
「というわけで、7人そろえたわよ」
「『なんでも言うこと聞いてくれるひと』って、お兄さんのことだったの?」
あ、しまった。我ながら失礼な言い回しを……ちらり。
「いやぁ、八花の頼みだと断れなくて」
「このイチゴオレも、お兄ちゃんのおごりだもんね」
「そう言えば、このまえ貸した1万円、はやく返してね」
「次の仕送りが余ったら返すわ」
シスコンかい。
この兄にして、この妹あり。
とはいえ、私は一人っ子だから、うらやましくもあった。
「今回は、助っ人ありがとうございます」
「いえいえ、単なる人数合わせですけど、なにをすればいいんですか?」
……………………
……………………
…………………
………………
は?
「なにって……将棋です」
穂積先輩は、また照れ笑いした。
「将棋かぁ。小学生のとき以来ですね」
……………………
……………………
…………………
………………えぇ?
「あ、言い忘れてたけど、お兄ちゃんは将棋指せないよ」
「指せないって……それじゃ出場できないでしょッ!」
「大丈夫。駒の動かし方は知ってるから」
いやいやいや、そういう問題じゃない。
「ところで、八花、けっこう人が多いけど、おっきな大会なの?」
「んー、じつはあたしもよく分かってない」
「そっかぁ。八花はカワイイから、知らない男のひとについて行ったらダメだよ」
「あ、思い出した。お兄ちゃん聞いてってば。このまえ、ナンパ野郎が……」
だーッ! この兄妹、常識がなさすぎィ!
私が悶絶していると、三宅先輩がもどってきた。
「せ、先輩、ちょっと聞いてください」
「どうした? チェスクロでも忘れたか?」
私は、穂積兄妹の事情を説明した。
三宅先輩はタメ息をつきつつ、
「そんなことだろうと思った」
とだけ答えた。
「マズいですよ。どうするんですか?」
「安心しろ。穂積の性格からして、最悪連れて来ないパターンまで考えてある」
なんと、名采配。
最初はどうなるかと思ったけど、三宅部長で正解だった。
チャラチャラした見た目とは大違い。
「ってことは、もうオーダーは決定してますか?」
三宅先輩は、シッとあたりに目配せした。
私も慌てて口を閉じる。
聖ソフィアのほうを確認すると、火村さんは明石くんとなにやら話し込んでいた。
向こうも聞かれたくない会話らしく、ずいぶんと距離をとっている。
「で、オーダーは?」
私は小声でたずねた。
三宅先輩は、スッと胸ポケットから紙切れをとりだした。
「こんな感じで考えている」
穂積 松平 風切 穂積の助っ人 大谷 裏見 三宅
ふむ……人数ギリギリだから、そこはどうしようもないとして……。
「この並びで大丈夫ですか?」
三宅先輩は苦虫を噛み潰したような顔で、
「他校の昔のオーダーも調べてみたが、Dクラスの分は完全には再現できなかった」
と答えた。
「さすがに隠蔽されてます?」
「もっと単純な話だ。最下位のクラスを律儀にチェックするやつがいない」
うむむ、そういうことか。
「と言っても、傾向は見つかった。Dクラスは上位校とちがって、部員不足に悩んでいるところが多い。だから、動かせる幅も少なくて、のっぺりとしたオーダーになる。ただ、比較的中央を厚くする癖があるみたいだ」
「そこを風切先輩と大谷さんで撃破するわけですか」
三宅先輩は、こくりとうなずいた。
「その風切と大谷を避けてきたところで、裏見、おまえに取ってもらう」
むむむ、責任重大。
「分かりました。ベストを尽くします」
「頼んだぞ。正直、穂積は実力を出し切れないと思う。大会慣れしてないからな」
三宅先輩が本音をぶっちゃけたところで、幹事のひとが教室に顔を出した。
「組合わせの抽選をおこないますので、代表者は213号室に集まってください」




