表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第73章 東京案内(2018年2月8日木曜)
485/496

468手目 おもてなし

 さて、そろそろ帰省の準備をしようかな、と思っていた矢先、部室で風切かざぎり先輩から、唐突な質問を受けた。

「なあ、東京観光って、どういうところに行った?」

 なんですか、急に。

 無視するのも変だし、私はいくつか答えた。

「浅草、原宿、渋谷か……まあ、そのへんだよな」

「なにかあるんですか?」

「今度、S台で七将戦があるだろ。小牧こまきがついでに東京へ寄るから、接待してくれって言われた」

 悪友みたいな関係になってますね。

 風切先輩は、穂積ほづみ先輩のほうを向いて、

重信しげのぶは、どうだ? なにか案はあるか?」

 と訊いた。

 本を読んでいた穂積先輩は、顔をあげた。

「んー、なんとも」

「そうか……平賀ひらが愛智あいちにも訊いたんだが、微妙なんだよなあ」

 ま、そんなものよね。

 出身地を観光するって、あんまりないし。

 風切先輩は、

みなみは、どうだ?」

 と、ララさんにも訊いた。

「御手が来るんだよね?」

「そうだ」

「だったら、皇居だよ、皇居。インペリアル・パレス。K都人への最大のマウント」

 それ以上いけない。

 私が止めに入ろうとしたところで、大谷おおたにさんが入室した。

「大谷、いいところに来た。東京観光なら、どこがおすすめだ?」

 風切先輩は、事情も説明した。

 すると、大谷さんは両手を合わせて。

「拙僧、大変良いところを知っております」

 と返した。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 イヤな予感しかない。


  ○

   。

    .


 爽やかな水音、はじける飛沫しぶき焚火たきびの暖かさ。

 そして、東海大学将棋連合、前会長、小牧さんの悲鳴。

滝行たきぎょうがおもてなしって、アリなのかよッ!?」

 小牧さんは、半裸で冬の滝に打たれながら、絶叫した。

 その右どなりには、九州から来たイくんと、近畿の御手おてくんが並んでいた。

 イくんはけっこう耐えてて、御手くんはギブアップ寸前。

 ちなみに、風切先輩はもうギブアップしていた。

 毛布にくるまれて、焚火にあたっている。

 そして、堂々と滝に打たれながら読経している、大谷さん。

 みんながんばれぇ。

 私と松平まつだいらは、焚火のそばで、ぬくぬくと観戦していた。

 御手くんは、

「あと何秒ッ!?」

 と叫んだ。

 あと10秒です。


 9、8、7、6、5、4、3、2、1


 はい、そこまで。

 御手くんと小牧さんは、猛ダッシュで池を飛び出して、焚火にあたった。

 小牧さんは、

「俺たちの心臓が止まったら、どうする気なんだ」

 と、ガタガタ震えていた。

 まあ、そんなときのために、神崎かんざきさんも呼んである。

 隠れて出てきてないけど。

 イくんは、ゆっくりとこっちに歩いてきて、

「楽しかった」

 と笑った。

 小牧さんは、

「だいたい、ここは東京なのか?」

 と、両腕をさすりながら尋ねた。

 奥多摩も立派な東京ですよ。

 イくんは、

「小牧さん、A知県だって、イコールN古屋じゃないでしょ」

 と、笑顔で突っ込みを入れた。

「くッ、たしかに」

 御手くんは、暖かい飲み物をすすりながら、

「そういえば、なんでせきじゃなくて、小牧さんが来てるんですか? 会長は関ですよね?」

 と質問した。

「関は、S台に直行した」

「あいつにも滝行させたかったなあ」

 というわけで、次は座禅。

 これには、私と松平も参加。

 単に座るだけかと思ったら、リラックス指導から始まった。

 こうやって座って──あとは、パシリとされないようにする。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………ん、だれもされなかった。

 ま、当たり前か。体験会で、そんなに厳しくするわけないもんね。

 そのあとは、なぜかおかゆが出てきて、食べた。

 お寺を出ると、駅まで森林浴。

 真冬だから、緑は少ない。

 動物たちもあんまりいなくて、静まり返っていた、

 けど、それがなんだか新鮮でもあった。

 イくんは、

「このあとは、登山?」

 と訊いた。

 いえ、さすがにそれはないです。

 このまま駅まで下って、青梅線で移動。

 とりあえず、立川まで1時間。遠い。

 電車に揺られながら、あれこれと雑談した。

 この中では、御手くんの顔が一番広いらしく、私と松平も含めて全員知ってるから、会話を取り持ってくれた。気配り上手。

 立川についたところで、都内へ直行するか、ここで食事をするかを相談した。御手くんは、

「高級レストランで食べるわけでもないですし、ランチはどこでもよくないですかね。メインは飲みにしましょ」

 と提案した。

 特に異論なし。

 デパートのレストラン街へ、という流れになるかと思いきや、駅近のラーメン屋にしよう、ということに。

 イくんは、ネット検索をして、

「ラーメン専門のビルがあるんですか?」

 と訊いた。

 ああ、あれか。

 ワンフロアに、ラーメン店が何軒か入ってるところ。

 風切先輩は、

「あそこも悪くないが、店がころころ変わるから、どこが美味しいか決めにくいぜ」

 と言った。

 というわけで、もうちょっと穴場を探すことに。

 うろうろして入ったお店は、すごくお洒落で、味は大丈夫かな、と、かえって心配になるレベルだった。けど、鶏白湯とりぱいたんで、美味しかった。

 しかも、食べてる最中の会話が、ちょっと気になった。どの高校の強豪がどこへ進学しそうなのか、という話題になったからだ。

 それぞれの地域の役員だけあって、けっこうな情報を持っていた。

 御手くんは、

石鉄いしづちは、古都ことだろうな。彼女いるし、入試ミスんなきゃ決まりだろ。関東はC葉の白須しらすがどこに行くのかが気になる。晩稲田おくてだなら晩稲田一強が加速するし、他ならバランスが少し戻る」

 と予想したあと、

「ただ、白須は将棋続けないかもな」

 と付け加えた。

 イくんは、

申命館しんめいかんは、どうなの? ここ数年は藤堂とうどう於保おぼ→御手・宗像むなかた吉良きらで、いい引きしてるよね」

 と尋ねた。

「んー、企業秘密」

「秘密にする意味ないじゃん。4月まで、公式大会はない」

「ま、それもそうだな。安孫子あびこは来るみたいなこと言ってた。W歌山の音無おとなしも来て欲しかったんだが、関東に取られたくさいんだよなあ」

 御手くんはそう言いながら、ラーメンを食べる手が止まった。

 どうやら、引き抜かれたのを相当痛いと思っているようだった。

 そのあとも耳を澄ませていたけど、都ノみやこのに関する情報はなし。

 残念。

 食べ終わってお会計を済ませたら、すぐに駅へ戻った。

 中央線で、新宿へ移動。

 だけど、新宿は夜の飲み会に使うらしく、そのまま原宿へ移動。

 降り立った御手くんは、

「ここが原宿か。クレープ食おう」

 と提案した。

 もういつもの流れすぎて、このへんは省略。

 クレープを食べたあとは、飲み物を片手に、代々木公園までぶらぶらすることになった。

 そういえば、こっちは来たことなかったかも。

 駅の反対側に出ると、すぐに大きな公園があった。

 小牧さんは、

「東京にもデカい公園があるんだな」

 と、妙に感心していた。

 とはいえ、冬だからちょっと寂しい。

 入り口から奥へ伸びている道は、花の小道っていう名前みたいだけど、花はあんまりなかった。賑わっていたのはドッグランで、わんちゃんがいっぱい。ナルもこういう場所で遊ばせたかったなあ、と、田舎民ながらに思う。

 さらに反時計回りにぐるっとして、大きな広場へ出た。

 散歩している老人、マラソンしているカップル。

 いろいろいる。

 すると、ひとつのグループが目にとまった。

 色とりどりのキャップ帽、防寒よりも動きやすさを重視した、おそろいの黒いジャンパー。だぶだぶのズボンを、おそらく腰と合っていない位置で履いている。靴はブランドもののスポーツシューズ。

 ストリートダンサーたちだった。

 ざっと見、10人ほどで、スマホから流れる音楽に乗って踊っていた。

 見物客もけっこういて、推し活っぽい子も。

 そのセンターに、ひときわ目につく少年がいた。

 中背で、袖口から伸びた手は、ほっそり。でも、関節の可動域がすごくて、腰の動きや、背中に回す腕の角度が、他のメンバーよりもキレッキレだった。顔は、クール系で、ちょっと突き放した印象を受ける。切れ長の目で、眉もばっちり整っている。あきらかにスキンケアしてるタイプ。

 音楽は……ヒップホップっていうのかな、明るめの曲。

 いよいよ終わりに近づいたのか、メンバーの動きに、緊張感が漂ってきた。さっきの少年を除いて──その少年だけは、淡々と踊っている。あるいは、最初からベストで踊っている。

 アクロバットな動きが起こったあと、メンバーはバラバラに散って──と、そう見せかけて、綺麗な扇型にそろった。

 観客から、拍手が起こる。

 私も思わず拍手した。

 センターの少年は、観客に興味がないのか、ありがとうともなんとも言わなかった。スマホを拾おうとして、なぜかこちらを見た。

 御手くんと目が合う。

 御手くんは、ジュースのストローから、くちびるを離した。

「白須、なんでここにいるんだ?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=891085658&size=88
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ