468手目 おもてなし
さて、そろそろ帰省の準備をしようかな、と思っていた矢先、部室で風切先輩から、唐突な質問を受けた。
「なあ、東京観光って、どういうところに行った?」
なんですか、急に。
無視するのも変だし、私はいくつか答えた。
「浅草、原宿、渋谷か……まあ、そのへんだよな」
「なにかあるんですか?」
「今度、S台で七将戦があるだろ。小牧がついでに東京へ寄るから、接待してくれって言われた」
悪友みたいな関係になってますね。
風切先輩は、穂積先輩のほうを向いて、
「重信は、どうだ? なにか案はあるか?」
と訊いた。
本を読んでいた穂積先輩は、顔をあげた。
「んー、なんとも」
「そうか……平賀と愛智にも訊いたんだが、微妙なんだよなあ」
ま、そんなものよね。
出身地を観光するって、あんまりないし。
風切先輩は、
「南は、どうだ?」
と、ララさんにも訊いた。
「御手が来るんだよね?」
「そうだ」
「だったら、皇居だよ、皇居。インペリアル・パレス。K都人への最大のマウント」
それ以上いけない。
私が止めに入ろうとしたところで、大谷さんが入室した。
「大谷、いいところに来た。東京観光なら、どこがおすすめだ?」
風切先輩は、事情も説明した。
すると、大谷さんは両手を合わせて。
「拙僧、大変良いところを知っております」
と返した。
……………………
……………………
…………………
………………
イヤな予感しかない。
○
。
.
爽やかな水音、はじける飛沫、焚火の暖かさ。
そして、東海大学将棋連合、前会長、小牧さんの悲鳴。
「滝行がおもてなしって、アリなのかよッ!?」
小牧さんは、半裸で冬の滝に打たれながら、絶叫した。
その右どなりには、九州から来たイくんと、近畿の御手くんが並んでいた。
イくんはけっこう耐えてて、御手くんはギブアップ寸前。
ちなみに、風切先輩はもうギブアップしていた。
毛布にくるまれて、焚火にあたっている。
そして、堂々と滝に打たれながら読経している、大谷さん。
みんながんばれぇ。
私と松平は、焚火のそばで、ぬくぬくと観戦していた。
御手くんは、
「あと何秒ッ!?」
と叫んだ。
あと10秒です。
9、8、7、6、5、4、3、2、1
はい、そこまで。
御手くんと小牧さんは、猛ダッシュで池を飛び出して、焚火にあたった。
小牧さんは、
「俺たちの心臓が止まったら、どうする気なんだ」
と、ガタガタ震えていた。
まあ、そんなときのために、神崎さんも呼んである。
隠れて出てきてないけど。
イくんは、ゆっくりとこっちに歩いてきて、
「楽しかった」
と笑った。
小牧さんは、
「だいたい、ここは東京なのか?」
と、両腕をさすりながら尋ねた。
奥多摩も立派な東京ですよ。
イくんは、
「小牧さん、A知県だって、イコールN古屋じゃないでしょ」
と、笑顔で突っ込みを入れた。
「くッ、たしかに」
御手くんは、暖かい飲み物をすすりながら、
「そういえば、なんで関じゃなくて、小牧さんが来てるんですか? 会長は関ですよね?」
と質問した。
「関は、S台に直行した」
「あいつにも滝行させたかったなあ」
というわけで、次は座禅。
これには、私と松平も参加。
単に座るだけかと思ったら、リラックス指導から始まった。
こうやって座って──あとは、パシリとされないようにする。
……………………
……………………
…………………
………………ん、だれもされなかった。
ま、当たり前か。体験会で、そんなに厳しくするわけないもんね。
そのあとは、なぜかお粥が出てきて、食べた。
お寺を出ると、駅まで森林浴。
真冬だから、緑は少ない。
動物たちもあんまりいなくて、静まり返っていた、
けど、それがなんだか新鮮でもあった。
イくんは、
「このあとは、登山?」
と訊いた。
いえ、さすがにそれはないです。
このまま駅まで下って、青梅線で移動。
とりあえず、立川まで1時間。遠い。
電車に揺られながら、あれこれと雑談した。
この中では、御手くんの顔が一番広いらしく、私と松平も含めて全員知ってるから、会話を取り持ってくれた。気配り上手。
立川についたところで、都内へ直行するか、ここで食事をするかを相談した。御手くんは、
「高級レストランで食べるわけでもないですし、ランチはどこでもよくないですかね。メインは飲みにしましょ」
と提案した。
特に異論なし。
デパートのレストラン街へ、という流れになるかと思いきや、駅近のラーメン屋にしよう、ということに。
イくんは、ネット検索をして、
「ラーメン専門のビルがあるんですか?」
と訊いた。
ああ、あれか。
ワンフロアに、ラーメン店が何軒か入ってるところ。
風切先輩は、
「あそこも悪くないが、店がころころ変わるから、どこが美味しいか決めにくいぜ」
と言った。
というわけで、もうちょっと穴場を探すことに。
うろうろして入ったお店は、すごくお洒落で、味は大丈夫かな、と、かえって心配になるレベルだった。けど、鶏白湯で、美味しかった。
しかも、食べてる最中の会話が、ちょっと気になった。どの高校の強豪がどこへ進学しそうなのか、という話題になったからだ。
それぞれの地域の役員だけあって、けっこうな情報を持っていた。
御手くんは、
「石鉄は、古都だろうな。彼女いるし、入試ミスんなきゃ決まりだろ。関東はC葉の白須がどこに行くのかが気になる。晩稲田なら晩稲田一強が加速するし、他ならバランスが少し戻る」
と予想したあと、
「ただ、白須は将棋続けないかもな」
と付け加えた。
イくんは、
「申命館は、どうなの? ここ数年は藤堂→於保→御手・宗像→吉良で、いい引きしてるよね」
と尋ねた。
「んー、企業秘密」
「秘密にする意味ないじゃん。4月まで、公式大会はない」
「ま、それもそうだな。安孫子は来るみたいなこと言ってた。W歌山の音無も来て欲しかったんだが、関東に取られたくさいんだよなあ」
御手くんはそう言いながら、ラーメンを食べる手が止まった。
どうやら、引き抜かれたのを相当痛いと思っているようだった。
そのあとも耳を澄ませていたけど、都ノに関する情報はなし。
残念。
食べ終わってお会計を済ませたら、すぐに駅へ戻った。
中央線で、新宿へ移動。
だけど、新宿は夜の飲み会に使うらしく、そのまま原宿へ移動。
降り立った御手くんは、
「ここが原宿か。クレープ食おう」
と提案した。
もういつもの流れすぎて、このへんは省略。
クレープを食べたあとは、飲み物を片手に、代々木公園までぶらぶらすることになった。
そういえば、こっちは来たことなかったかも。
駅の反対側に出ると、すぐに大きな公園があった。
小牧さんは、
「東京にもデカい公園があるんだな」
と、妙に感心していた。
とはいえ、冬だからちょっと寂しい。
入り口から奥へ伸びている道は、花の小道っていう名前みたいだけど、花はあんまりなかった。賑わっていたのはドッグランで、わんちゃんがいっぱい。ナルもこういう場所で遊ばせたかったなあ、と、田舎民ながらに思う。
さらに反時計回りにぐるっとして、大きな広場へ出た。
散歩している老人、マラソンしているカップル。
いろいろいる。
すると、ひとつのグループが目にとまった。
色とりどりのキャップ帽、防寒よりも動きやすさを重視した、おそろいの黒いジャンパー。だぶだぶのズボンを、おそらく腰と合っていない位置で履いている。靴はブランドもののスポーツシューズ。
ストリートダンサーたちだった。
ざっと見、10人ほどで、スマホから流れる音楽に乗って踊っていた。
見物客もけっこういて、推し活っぽい子も。
そのセンターに、ひときわ目につく少年がいた。
中背で、袖口から伸びた手は、ほっそり。でも、関節の可動域がすごくて、腰の動きや、背中に回す腕の角度が、他のメンバーよりもキレッキレだった。顔は、クール系で、ちょっと突き放した印象を受ける。切れ長の目で、眉もばっちり整っている。あきらかにスキンケアしてるタイプ。
音楽は……ヒップホップっていうのかな、明るめの曲。
いよいよ終わりに近づいたのか、メンバーの動きに、緊張感が漂ってきた。さっきの少年を除いて──その少年だけは、淡々と踊っている。あるいは、最初からベストで踊っている。
アクロバットな動きが起こったあと、メンバーはバラバラに散って──と、そう見せかけて、綺麗な扇型にそろった。
観客から、拍手が起こる。
私も思わず拍手した。
センターの少年は、観客に興味がないのか、ありがとうともなんとも言わなかった。スマホを拾おうとして、なぜかこちらを見た。
御手くんと目が合う。
御手くんは、ジュースのストローから、くちびるを離した。
「白須、なんでここにいるんだ?」




