462手目 定跡の裏目
休憩も終わって、またレクリエーションタイム。
白いテーブルを組み合わせて、正方形にした。
ホワイトボードの前に、主催者の宗像さん。
それ以外は、めいめい好きなところに座った。
私はスタッフということもあって、末席へ。
お茶とお菓子。
会話も弾んで、リラックス。
私はときどき、大久保さんをチラ見した。
愛想笑いは、しないタイプみたい。受け答えはしっかりしていた。
単に、そういう性格のひとなんじゃないかなあ。
南原さんの勘繰り過ぎというか、なんというか。
休憩時間も終わって、次の指導対局。
私は……南原さんと。
「じゃ、よろしく」
うむむ、もしかしてさっきの、フェイントだったんじゃないでしょうね。
私を混乱させるための。
「手合いは、どうしますか?」
「平手で」
指導対局なんだけどなあ。
「では、南原さんが先手で」
「振り駒しましょ」
あくまで対等に、か。
振り駒の結果、私が先手になった。
「それでは、よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
チェスクロはなし。
私は初手で、ちょっと考える──普通に指せば、いっか。
7六歩、8四歩、7八金、8五歩、7七角、3四歩。
角換わり。
といっても、定跡形とは限らない。
南原さんとの対局は、いつも変則的な将棋だったと記憶している。
「6八銀」
「6二銀」
んー、角交換しないのか。
4二銀型なのか、それとも本当に力戦なのか。
私はちょっと考えて、イニシアチブを取ることにした。
「3六歩」
こっちから変えていく。
南原さんはこれを見て、少し考えた。
「なるほど……そうこなくっちゃ。3二金」
3八銀、6四歩、2六歩、7七角成、同銀、4二銀、6八玉。
どっちも怯まない。
9四歩、9六歩、3三銀、1六歩、1四歩、4六歩、6三銀。
このひと、上達は速そうなのよね。
たぶん、今日来てる参加者のなかでは、最強。
大久保さんのときみたいに、漫然と指したら勝てました、は、なさげ。
私は3七桂と跳ねて、4二玉、6六歩、7四歩、4七銀。
普通のかたちに近づいていく。
4四歩とか、してくれないかしら。
それは4八飛と回って、かなり指しやすくなる。
なーんて期待とはうらはらに、7三桂。
うーん……これはこれで、いっか。
5六銀、5四銀、4五歩。
南原さんは、ここで小考。
やっぱり、穴はあるのよね、指し方に。
この4五歩を、あんまり考えてなかったっぽいところとか。
高段者なら、ここはかなり警戒したはず。
めちゃくちゃ強くなってる、という心配はなくなったので、ここからは邪道指し。
6二金に4八金。
これには6五歩がイヤだけど、指してこないか、指しても的確に指し続けられない、と予想。
案の定、8一飛で様子を見てきた。
2九飛、3一玉、2五桂。
攻勢に出る。
南原さんは、
「舐めプっぽい気配を感じるのよね」
と口走った。
そういうところで勘を働かせないでください。
「ま、舐めプは基本よね。2二銀」
き、基本ではないと思う。
とりま、4六角と打つ。
難解な局面になったんじゃない。
南原さんは30秒ほど考えて、6三銀。
歩を守った。
私は3九飛と回る。
「誘われてる気もするけど、2四角」
私はスーッと2八角。
南原さんは4二角で、桂馬を殺す準備。
「3五歩」
再度攻勢。
同歩、1五歩。
南原さんは、ここで時間を使った。
結論、2四歩。勢いできた。
私は1四歩と取り込んで、2五歩に4六角と出直した。
2六歩、3五角、2七歩成。
一直線。
まだ後手が悪いわけじゃないけど、こっちの攻撃も順調。
私は1三歩成で、本陣に手をつけた。
同香、2三歩。
この歩を、南原さんは最初、同銀としかけた。
でも、戻した。
1三が薄くなるのを嫌ったかな?
とはいえ、同銀しかな……ん? 金にさわった?
私は、ラッキー、と思った──のもつかの間、金も戻した。
ぐぬぬ、同金なら5三角成で終了だったんだけど。
(※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)
けっきょく、南原さんは同銀とした。
1三香成に、3四銀。
ここも正解。
ちょっと舐めプ過ぎたかなあ。
2二歩に3五銀で、角銀交換。
これもなあ、悪い手じゃないのよね。
乱戦に強い、ということを忘れていた。反省。
私は2一歩成、4一玉とさせてから、3五飛で2枚換え。
南原さんは、ピンと中指を伸ばして、角を手にした。
パシリ
ふむ……なるほど、この両取りがあるから、突っ込んできたわけか。
じっさい、成立している。
私は2二とで、飛車を見捨てた。
南原さんは、表情こそ変えなかったものの、手が止まった。
けど、お茶を飲む仕草──いや、誤魔化した?
スムーズ過ぎて、判断がつきかねた。
私のほうが、なにか見落としてる?
南原さんは湯呑みを置くと、3三金と上がった。
「……」
「……」
先手、そんなに良くなってないのかな。
私は予定通り、5五桂と打ってみた。
南原さんは、少しずつ時間を使う。
3五角、6三桂成、同金、7二銀、8二飛。
飛車を逃げてくれた。
私は6三銀成で、金をもらった。
仕返しとばかりに、1三角で香車を回収された。
7三成銀、1八飛、4九香、9二飛。
結果は……よしッ。
急に崩れてくれた。先手優勢。
私は2三金と打った。
3七と、3二銀、5一玉、1三金、4八と、6三桂。
一気に収束。
5二玉、7一桂成、5九と、7九玉、5四歩、4一角。
寄った。
南原さんは5一玉、7四角成、3二金、同とのあと、6九金、8八玉、7八飛成で王手ラッシュしてきた。全部かわして、終局。
「負けました」
「ありがとうございました」
南原さんは、ひと息ついた。
「過去一酷かったわね」
うーん、どうだろう。
角換わりでは、ありがちな崩壊のような気も。
「率直にいって、どう?」
「そうですね……受けたほうがよかったときと、攻めたほうがよかったときがあるかな、と……」
私は2ヶ所指摘した。
ひとつは、端攻め。
【検討図】
「単に同歩でよかったと思います」
私のコメントに、南原さんは、
「3五飛、2四歩は、3三歩が間に合わない?」
と訊いてきた。
「2四歩としないで、4一玉と戻りたいです。先手から3三歩は、同桂、同桂成、同銀で、簡単に止まります」
もうひとつは、7二銀に8二飛。
【検討図】
「ここは逃げないで、1三角~2二角だったと思います」
「8一銀不成で?」
「駒の損得より、自玉の安全を優先する局面だと思います。これなら飛車を打たれても、上が広いので、すぐには捕まりません。最悪、入玉模様でいいので。ですから、先手は8一銀不成とはせずに、6三銀成で金のほうを取るか、あるいは4四歩で上部に味をつけるか、どちらかを考えていました」
南原さんは、
「6三銀成は意味がわかるけど、4四歩は狙いが見えないわね。もうちょっと詳しく教えてもらえる?」
と頼んだ。
「金と角は、連結が崩れるカタチがあります。この局面もそうで、6三銀成、2二角、3五香、3四歩、同香、同金なら、2三銀と打てますよね」
【検討図】
南原さんは、そうね、と答えた。
「これを4三でやりたいんです」
「つまり、4四歩、同歩、6三銀成、2二角、3五香、3四歩、同香、同金ってこと?」
「そうです」
南原さんは、じゃあ4四は取れないわけか、と言った。
そのあたりも、難しいかなあ。
正直なところ、アマチュアの指摘に過ぎない。
本当かと訊かれると、もにょるわけで。
まあこれは、しょうがないということで。
南原さんは、
「定跡をちょっと勉強してみたけど、あんまり伸びないのよねえ」
とひとりごちた。
あー、うーん、ありがちな悩み。
我流のひとが定跡を勉強すると、かえって弱くなるの法則。
こういうのって、どうアドバイスすればいいのかしら。
私が悩んでいると、パンと手拍子が鳴った。
宗像さんだった。
「それでは最後に、意見交換の時間を取ります。お手洗いへ行きたいかたは、先にどうぞ」
場所:駒の音レディースセミナー
先手:裏見 香子
後手:南原 悦子
戦型:角換わり力戦形
▲7六歩 △8四歩 ▲7八金 △8五歩 ▲7七角 △3四歩
▲6八銀 △6二銀 ▲3六歩 △3二金 ▲3八銀 △6四歩
▲2六歩 △7七角成 ▲同 銀 △4二銀 ▲6八玉 △9四歩
▲9六歩 △3三銀 ▲1六歩 △1四歩 ▲4六歩 △6三銀
▲3七桂 △4二玉 ▲6六歩 △7四歩 ▲4七銀 △7三桂
▲5六銀 △5四銀 ▲4五歩 △6二金 ▲4八金 △8一飛
▲2九飛 △3一玉 ▲2五桂 △2二銀 ▲4六角 △6三銀
▲3九飛 △2四角 ▲2八角 △4二角 ▲3五歩 △同 歩
▲1五歩 △2四歩 ▲1四歩 △2五歩 ▲4六角 △2六歩
▲3五角 △2七歩成 ▲1三歩成 △同 香 ▲2三歩 △同 銀
▲1三香成 △3四銀 ▲2二歩 △3五銀 ▲2一歩成 △4一玉
▲3五飛 △2六角 ▲2二と △3三金 ▲5五桂 △3五角
▲6三桂成 △同 金 ▲7二銀 △8二飛 ▲6三銀成 △1三角
▲7三成銀 △1八飛 ▲4九香 △9二飛 ▲2三金 △3七と
▲3二銀 △5一玉 ▲1三金 △4八と ▲6三桂 △5二玉
▲7一桂成 △5九と ▲7九玉 △5四歩 ▲4一角 △5一玉
▲7四角成 △3二金 ▲同 と △6九金 ▲8八玉 △7八飛成
▲同 玉 △8六桂 ▲8八玉 △7九銀 ▲9七玉
まで107手で裏見の勝ち




