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凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第72章 レディースデー(2018年1月13日土曜)
479/496

462手目 定跡の裏目

 休憩も終わって、またレクリエーションタイム。

 白いテーブルを組み合わせて、正方形にした。

 ホワイトボードの前に、主催者の宗像むなかたさん。

 それ以外は、めいめい好きなところに座った。

 私はスタッフということもあって、末席へ。

 お茶とお菓子。

 会話も弾んで、リラックス。

 私はときどき、大久保おおくぼさんをチラ見した。

 愛想笑いは、しないタイプみたい。受け答えはしっかりしていた。

 単に、そういう性格のひとなんじゃないかなあ。

 南原なんばらさんの勘繰り過ぎというか、なんというか。

 休憩時間も終わって、次の指導対局。

 私は……南原さんと。

「じゃ、よろしく」

 うむむ、もしかしてさっきの、フェイントだったんじゃないでしょうね。

 私を混乱させるための。

「手合いは、どうしますか?」

「平手で」

 指導対局なんだけどなあ。

「では、南原さんが先手で」

「振り駒しましょ」

 あくまで対等に、か。

 振り駒の結果、私が先手になった。

「それでは、よろしくお願いします」

「よろしくお願いします」

 チェスクロはなし。

 私は初手で、ちょっと考える──普通に指せば、いっか。

 7六歩、8四歩、7八金、8五歩、7七角、3四歩。


挿絵(By みてみん)


 角換わり。

 といっても、定跡形とは限らない。

 南原さんとの対局は、いつも変則的な将棋だったと記憶している。

「6八銀」

「6二銀」

 んー、角交換しないのか。

 4二銀型なのか、それとも本当に力戦なのか。

 私はちょっと考えて、イニシアチブを取ることにした。

「3六歩」


挿絵(By みてみん)


 こっちから変えていく。

 南原さんはこれを見て、少し考えた。

「なるほど……そうこなくっちゃ。3二金」

 3八銀、6四歩、2六歩、7七角成、同銀、4二銀、6八玉。

 どっちも怯まない。

 9四歩、9六歩、3三銀、1六歩、1四歩、4六歩、6三銀。


挿絵(By みてみん)


 このひと、上達は速そうなのよね。

 たぶん、今日来てる参加者のなかでは、最強。

 大久保さんのときみたいに、漫然と指したら勝てました、は、なさげ。

 私は3七桂と跳ねて、4二玉、6六歩、7四歩、4七銀。

 普通のかたちに近づいていく。

 4四歩とか、してくれないかしら。

 それは4八飛と回って、かなり指しやすくなる。

 なーんて期待とはうらはらに、7三桂。

 うーん……これはこれで、いっか。

 5六銀、5四銀、4五歩。


挿絵(By みてみん)


 南原さんは、ここで小考。

 やっぱり、穴はあるのよね、指し方に。

 この4五歩を、あんまり考えてなかったっぽいところとか。

 高段者なら、ここはかなり警戒したはず。

 めちゃくちゃ強くなってる、という心配はなくなったので、ここからは邪道指し。

 6二金に4八金。

 これには6五歩がイヤだけど、指してこないか、指しても的確に指し続けられない、と予想。

 案の定、8一飛で様子を見てきた。

 2九飛、3一玉、2五桂。


挿絵(By みてみん)


 攻勢に出る。

 南原さんは、

「舐めプっぽい気配を感じるのよね」

 と口走った。

 そういうところで勘を働かせないでください。

「ま、舐めプは基本よね。2二銀」

 き、基本ではないと思う。

 とりま、4六角と打つ。


挿絵(By みてみん)


 難解な局面になったんじゃない。

 南原さんは30秒ほど考えて、6三銀。

 歩を守った。

 私は3九飛と回る。

「誘われてる気もするけど、2四角」

 私はスーッと2八角。

 南原さんは4二角で、桂馬を殺す準備。

「3五歩」


挿絵(By みてみん)


 再度攻勢。

 同歩、1五歩。

 南原さんは、ここで時間を使った。

 結論、2四歩。勢いできた。

 私は1四歩と取り込んで、2五歩に4六角と出直した。

 2六歩、3五角、2七歩成。


挿絵(By みてみん)


 一直線。

 まだ後手が悪いわけじゃないけど、こっちの攻撃も順調。

 私は1三歩成で、本陣に手をつけた。

 同香、2三歩。

 この歩を、南原さんは最初、同銀としかけた。

 でも、戻した。

 1三が薄くなるのを嫌ったかな?

 とはいえ、同銀しかな……ん? 金にさわった?

 私は、ラッキー、と思った──のもつかの間、金も戻した。

 ぐぬぬ、同金なら5三角成で終了だったんだけど。


挿絵(By みてみん)


 (※図は香子きょうこちゃんの脳内イメージです。)


 けっきょく、南原さんは同銀とした。

 1三香成に、3四銀。

 ここも正解。

 ちょっと舐めプ過ぎたかなあ。

 2二歩に3五銀で、角銀交換。

 これもなあ、悪い手じゃないのよね。

 乱戦に強い、ということを忘れていた。反省。

 私は2一歩成、4一玉とさせてから、3五飛で2枚換え。

 南原さんは、ピンと中指を伸ばして、角を手にした。


 パシリ


挿絵(By みてみん)


 ふむ……なるほど、この両取りがあるから、突っ込んできたわけか。

 じっさい、成立している。

 私は2二とで、飛車を見捨てた。

 南原さんは、表情こそ変えなかったものの、手が止まった。

 けど、お茶を飲む仕草──いや、誤魔化した?

 スムーズ過ぎて、判断がつきかねた。

 私のほうが、なにか見落としてる?

 南原さんは湯呑みを置くと、3三金と上がった。

「……」

「……」

 先手、そんなに良くなってないのかな。

 私は予定通り、5五桂と打ってみた。

 南原さんは、少しずつ時間を使う。

 3五角、6三桂成、同金、7二銀、8二飛。


挿絵(By みてみん)


 飛車を逃げてくれた。

 私は6三銀成で、金をもらった。

 仕返しとばかりに、1三角で香車を回収された。

 7三成銀、1八飛、4九香、9二飛。


挿絵(By みてみん)


 結果は……よしッ。

 急に崩れてくれた。先手優勢。

 私は2三金と打った。

 3七と、3二銀、5一玉、1三金、4八と、6三桂。

 一気に収束。

 5二玉、7一桂成、5九と、7九玉、5四歩、4一角。


挿絵(By みてみん)


 寄った。

 南原さんは5一玉、7四角成、3二金、同とのあと、6九金、8八玉、7八飛成で王手ラッシュしてきた。全部かわして、終局。

「負けました」

「ありがとうございました」

 南原さんは、ひと息ついた。

「過去一酷かったわね」

 うーん、どうだろう。

 角換わりでは、ありがちな崩壊のような気も。

「率直にいって、どう?」

「そうですね……受けたほうがよかったときと、攻めたほうがよかったときがあるかな、と……」

 私は2ヶ所指摘した。

 ひとつは、端攻め。


【検討図】

挿絵(By みてみん)


「単に同歩でよかったと思います」

 私のコメントに、南原さんは、

「3五飛、2四歩は、3三歩が間に合わない?」

 と訊いてきた。

「2四歩としないで、4一玉と戻りたいです。先手から3三歩は、同桂、同桂成、同銀で、簡単に止まります」

 もうひとつは、7二銀に8二飛。


【検討図】

挿絵(By みてみん)


「ここは逃げないで、1三角~2二角だったと思います」

「8一銀不成で?」

「駒の損得より、自玉の安全を優先する局面だと思います。これなら飛車を打たれても、上が広いので、すぐには捕まりません。最悪、入玉模様でいいので。ですから、先手は8一銀不成とはせずに、6三銀成で金のほうを取るか、あるいは4四歩で上部に味をつけるか、どちらかを考えていました」

 南原さんは、

「6三銀成は意味がわかるけど、4四歩は狙いが見えないわね。もうちょっと詳しく教えてもらえる?」

 と頼んだ。

「金と角は、連結が崩れるカタチがあります。この局面もそうで、6三銀成、2二角、3五香、3四歩、同香、同金なら、2三銀と打てますよね」


【検討図】

挿絵(By みてみん)


 南原さんは、そうね、と答えた。

「これを4三でやりたいんです」

「つまり、4四歩、同歩、6三銀成、2二角、3五香、3四歩、同香、同金ってこと?」

「そうです」

 南原さんは、じゃあ4四は取れないわけか、と言った。

 そのあたりも、難しいかなあ。

 正直なところ、アマチュアの指摘に過ぎない。

 本当かと訊かれると、もにょるわけで。

 まあこれは、しょうがないということで。

 南原さんは、

「定跡をちょっと勉強してみたけど、あんまり伸びないのよねえ」

 とひとりごちた。

 あー、うーん、ありがちな悩み。

 我流のひとが定跡を勉強すると、かえって弱くなるの法則。

 こういうのって、どうアドバイスすればいいのかしら。

 私が悩んでいると、パンと手拍子が鳴った。

 宗像さんだった。

「それでは最後に、意見交換の時間を取ります。お手洗いへ行きたいかたは、先にどうぞ」

場所:駒の音レディースセミナー

先手:裏見 香子

後手:南原 悦子

戦型:角換わり力戦形


▲7六歩 △8四歩 ▲7八金 △8五歩 ▲7七角 △3四歩

▲6八銀 △6二銀 ▲3六歩 △3二金 ▲3八銀 △6四歩

▲2六歩 △7七角成 ▲同 銀 △4二銀 ▲6八玉 △9四歩

▲9六歩 △3三銀 ▲1六歩 △1四歩 ▲4六歩 △6三銀

▲3七桂 △4二玉 ▲6六歩 △7四歩 ▲4七銀 △7三桂

▲5六銀 △5四銀 ▲4五歩 △6二金 ▲4八金 △8一飛

▲2九飛 △3一玉 ▲2五桂 △2二銀 ▲4六角 △6三銀

▲3九飛 △2四角 ▲2八角 △4二角 ▲3五歩 △同 歩

▲1五歩 △2四歩 ▲1四歩 △2五歩 ▲4六角 △2六歩

▲3五角 △2七歩成 ▲1三歩成 △同 香 ▲2三歩 △同 銀

▲1三香成 △3四銀 ▲2二歩 △3五銀 ▲2一歩成 △4一玉

▲3五飛 △2六角 ▲2二と △3三金 ▲5五桂 △3五角

▲6三桂成 △同 金 ▲7二銀 △8二飛 ▲6三銀成 △1三角

▲7三成銀 △1八飛 ▲4九香 △9二飛 ▲2三金 △3七と

▲3二銀 △5一玉 ▲1三金 △4八と ▲6三桂 △5二玉

▲7一桂成 △5九と ▲7九玉 △5四歩 ▲4一角 △5一玉

▲7四角成 △3二金 ▲同 と △6九金 ▲8八玉 △7八飛成

▲同 玉 △8六桂 ▲8八玉 △7九銀 ▲9七玉


まで107手で裏見の勝ち

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