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凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第71章 来年度へ向けて(2017年11月15日水曜)
476/496

460手目 現代的

※ここからは、藤堂とうどうくん視点です。

 ギリギリ……だが……やや俺のほうがいい。

 志邨しむらの狙いは、わかっている。俺のミス待ちだ。

 どうしたものか。乗ってもいいが、じっくり指してもいい。

 俺はメガネをかけなおしつつ、周囲を見回した。

 人と人が向かい合って、盤を挟んでいる。

 敵と味方──いや、自分と他人。

 けっきょくのところ、将棋はそういうものだ。チーム戦でも、な。

 しかし、共有せざるをえないものもある。

 雰囲気だ。

 団体戦にチームワークの要素があるとすれば、そこしかない。

 俺の考えでは、だが。

 今日の申命館しんめいかんの雰囲気は、いまいち。

 状況が良すぎた。

 オーダーの並び、振り駒、残りの対戦校。

 良すぎると、負けられなくなる。緊張する。

 始まる前から、前のめりだったように感じた。


 パシリ


挿絵(By みてみん)


 まあいい。

 勝つこと以外、今は考える必要がない。

「同桂成」

 同銀、6五桂、2五歩。


挿絵(By みてみん)


 攻め合いか。

 俺は30秒ほど考えて、7七桂成とした。

 同角に7六歩と打ち、8六角と引きずり出す。

 ここで4六銀成……いや、ヌルい。

「7七銀」

 打ち込んで、清算する。

 同金、同歩成、同玉、6五銀。

 志邨は6八玉と引いた。


挿絵(By みてみん)


 6九桂を読んでいた。

 桂馬を節約する局面でも、なかったように思う。

 俺は4六銀成、4八金に、5六歩と迫った。

 同歩、7六金、7八銀。

 志邨も、このあたりは慎重になっている。

 一手一手、少しずつ考えた。

 5六成銀、6九桂、8六金、同歩で、予定通りの角金交換。


挿絵(By みてみん)


 さて、どうする。

 奇抜に指すなら、4七成銀、同金、3八角だが、俺の性に合わん。

 穏当に8七歩……違うな。

 8七歩だと、志邨のほうから5七歩で、催促してくる可能性がある。

 以下、4七成銀、同金、3八角で、さっきのルートだ。

 ならば垂らし得、というわけでもない。俺は歩が1枚しかない。

 攻め駒が少ない。綱渡りになってきた。

 残り時間は、10分を切っている。

 俺は、8七歩と垂らすかどうかを検討した。

 ……ん、待てよ。

 8七歩、5七歩、4七成銀、同金、3八角、2八飛、4七角成。

 ここまではいい。

 そこで志邨が8七銀と受けたら、どうなる?


挿絵(By みてみん)


 (※図は藤堂くんの脳内イメージです。)


 ……千日手コースか?

 8八金と置きたいが、7八金、同金、同玉、7六金、7七金、8七金、同金は、千日手だ。そこから7六銀打、8八銀、8七銀成以下、金銀の交換が続く。

 俺は、左右を確認した。

 吉良きらの表情は険しい。

 対戦相手の朽木くちきは、口元を手で覆って、黙々と考えている。

 5番席のほうは、浮宮うきみやがあからさまにニヤついていた。

 皆川みなかみの劣勢か。

 俺は、決めなければならなくなった。

「……8七歩」

 志邨は、けだるそうに前髪をさわった。

 そして5七歩。

 4七成銀、同金、3八角、2八飛、4七角成。

 志邨は、8七銀と取った。

 俺は8八金と置く。

 7八金、同金、同玉、7六金、7七金打。

 腹をくくろう。

「6九馬」


挿絵(By みてみん)


 志邨の表情が、わずかに変わ……らなかった。

 意外だった。

 てっきり、千日手へ誘導しているのかと思った。

 違ったのか? ……表情が読みにくいだけかもしれないな。

 こういうとき、3学年差は大きい。

 中高で見かけないからだ。

 ひとまず、対応を待つ。

 志邨は30秒ほどして、同玉と取った。

 7七金、7八銀打、8七金、同銀、4五桂。


挿絵(By みてみん)


 包囲したぞ。

 志邨は4九桂と受けた。

 俺の残り時間は、3分。

 正念場になった。

 攻めきれなかったら、後手は反動で崩壊する。

 7七金か、7七銀だとは思うんだが。

「……」

「……」

 志邨は前髪をさわりつつ、盤をぼんやりと眺めている。

 視線から狙いを読むのも、難しい。

 俺は迷った末、7七金と置いた。銀に当てる。

 7八金、7六銀打、同銀、同銀。

 志邨の腕がしなった。

「7四角」


挿絵(By みてみん)


 反撃された。

 ここで選択肢が多いのは困る。

 こちらの攻めのかたちが決まっているのは、不幸中の幸い。

 この角をどうするか、そこに集中しよう。


 ……ピッ


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

 6三銀。

 駒は投入したくなかったが、4二玉は寄りそうだった。

 志邨は同角成。

 同金、7二銀。

 止まらんな。攻め合いだ。

「7八金」

 志邨、最後の長考。

 同玉か、同飛の選択だろう。


 ピッ


 先手も1分将棋に。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 同飛。

 俺は大きく息をついた。

 ほんとうにギリギリだ。俺のほうが、やや足らんか。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 5七桂不成と突っ込む。

 同桂、4七角、5八金、7七歩、8八飛、5六角成。

 志邨は、受け切り勝ちを目指してきた。

 6八桂と打ち、7八金に5九玉とスライドした。


挿絵(By みてみん)


 飛車を見捨てたか──正しい判断だ。

 先手玉は、飛車一枚では寄らない。

 今度は、俺が受け切らないといけなくなった。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 6八金、同金で桂馬を入手して、5一桂。

 志邨は音を立てずに、8一銀不成と押し込んだ。

 俺は6七銀不成で、さらに受け駒を入手する。

 8二飛、6二銀、6七金、同馬。

「5三歩」


挿絵(By みてみん)


 痛打だ。

 思わず感心してしまう。

 同玉、5八銀、5六歩、4五桂打、同歩、同桂。

 入玉も困難か。

 5四玉、5五歩、4四玉、6七銀、5七歩成。

 志邨の腕が、ふたたびしなった。

「6二飛成」


挿絵(By みてみん)


 ……取れんな。同金は、5四金以下詰む。

 俺は会場全体を見渡した──潮時だ。

「負けました」

 俺の投了に、志邨は意表を突かれたらしかった。

 あいさつが遅れた。

「ありがとうございました」

 俺は駒をそろえた。

 志邨は、

「詰むのは、同金だけですよね」

 と、感想戦を俺よりも先に始めた。

「俺の仕事は終わりだ」

 そのひとことで、志邨は状況を察した。

 他の対局席へ視線を向けた。

 俺も、それを追った。

 1番席の近くで、於保おぼ御手おてが談笑していた。

 おそらく、上4枚の勝ち、下3枚の負け。

 志邨は軽く息をついて、目を閉じ、頭をかいた。

「……とりあえず、おめでとうございます、ですかね」

「まだ大会は終わっていない。さっきの質問だが、同金としなければ、詰まない。とはいえ、後手はもう敗勢で、引き伸ばしても負けだ」

 志邨は、

「そうですね……先手玉は安全なんで……途中、攻め潰せるっていう判断でした?」

 と尋ねた。

「自信があったわけじゃない……千日手にしなかった件か?」

「いえ、千日手にしなかったのは、まあ納得してます。後手が良く見えるところから、千日手にはしにくいですよね、人間心理として。具体的な構想があったんなら、教えていただきたいな、と」

 俺は、

「大雑把な方針しかなかった。それにしても、どこで悪くしたか」

 と、敗因を求めた。

「先手が良くなったと感じたのは、4七角と打たれたときなんですよね。8七角のほうがあるかな、と思いました」


【検討図】

挿絵(By みてみん)


 俺は、

「この順も考えたが、危険と判断した。6三銀成に同玉は、詰む。だから4一玉、5二角、3一玉、5三成銀に7八角成だろうが、5九玉、2九飛、4八玉、2八飛成、4七玉、2七龍、3七金は足らん」

 と答えた。


【検討図】

挿絵(By みてみん)


 志邨は、

「これでダメなら、上から押さえたほうが、頓死を見込める……ですか。一理あります」

 と返した。

 そうこうしているうちに、会場は雑談に包まれていた。

 もう1、2局しか残っていない。

 俺は、

「次もある。このあたりにするか」

 と言って、切り上げた。

 駒を戻すあいだ、志邨はいつもの志邨に戻っていた。

 いつもの、と言えるほど、知った仲ではないけれども。

「……そういえば、志邨さんは役員だったな」

「はい」

「来期は会長か」

「さあ、どうですかね……来栖くるすのほうが向いてると思います」

 帝大の来栖か。

 彼女もよくは知らないが、社交的な印象は受けた。

「彼女は現代的だな。ソツがないというか」

 そのとき、駒を拾う志邨の手が止まった。

 一瞬だけだったが、そう見えた。

 なにかマズいことを言ったか?

 俺が弁解を考えていると、志邨は駒を持ったまま、前髪をさわった。

「たしかに、現代的ですよね……私が投票するなら、やっぱり来栖かな。それが関東にとって、一番いい気がします」

場所:2017年度王座戦 2日目6回戦 申命館vs晩稲田

先手:志邨 つばめ

後手:藤堂司

戦型:角換わり力戦形


▲7六歩 △8四歩 ▲7八金 △3二金 ▲2六歩 △8五歩

▲7七角 △3四歩 ▲6八銀 △4四歩 ▲4六歩 △4二銀

▲6九玉 △6二銀 ▲3八銀 △4三銀 ▲4七銀 △7四歩

▲5六銀 △5四歩 ▲2五歩 △3三角 ▲7九玉 △5三銀

▲4八飛 △9四歩 ▲5九金 △7三桂 ▲3六歩 △6二金

▲3七桂 △1五角 ▲4七飛 △3三桂 ▲1六歩 △2六角

▲9六歩 △5二玉 ▲4九金 △5五歩 ▲同 銀 △7五歩

▲同 歩 △8六歩 ▲同 歩 △6五桂 ▲8八角 △8六飛

▲8七歩 △8一飛 ▲3八金 △5四銀左 ▲6六銀 △6四歩

▲4九飛 △3七角成 ▲同 金 △2五桂 ▲3八金 △7六桂

▲2九飛 △2四歩 ▲2六歩 △6八桂成 ▲同 玉 △3七銀

▲3九金 △7七歩 ▲同 桂 △同桂成 ▲同 銀 △6五桂

▲2五歩 △7七桂成 ▲同 角 △7六歩 ▲8六角 △7七銀

▲同 金 △同歩成 ▲同 玉 △6五銀 ▲6八玉 △4六銀成

▲4八金 △5六歩 ▲同 歩 △7六金 ▲7八銀 △5六成銀

▲6九桂 △8六金 ▲同 歩 △8七歩 ▲5七歩 △4七成銀

▲同 金 △3八角 ▲2八飛 △4七角成 ▲8七銀 △8八金

▲7八金 △同 金 ▲同 玉 △7六金 ▲7七金 △6九馬

▲同 玉 △7七金 ▲7八銀打 △8七金 ▲同 銀 △4五桂

▲4九桂 △7七金 ▲7八金 △7六銀打 ▲同 銀 △同 銀

▲7四角 △6三銀 ▲同角成 △同 金 ▲7二銀 △7八金

▲同 飛 △5七桂不成▲同 桂 △4七角 ▲5八金 △7七歩

▲8八飛 △5六角成 ▲6八桂 △7八金 ▲5九玉 △6八金

▲同 金 △5一桂 ▲8一銀不成△6七銀不成▲8二飛 △6二銀

▲6七金 △同 馬 ▲5三歩 △同 玉 ▲5八銀 △5六歩

▲4五桂打 △同 歩 ▲同 桂 △5四玉 ▲5五歩 △4四玉

▲6七銀 △5七歩成 ▲6二飛成


まで159手で志邨の勝ち

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