表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第71章 来年度へ向けて(2017年11月15日水曜)
474/496

458手目 役員会(飲み)

※ここからは、乙部おとべさん視点です。

 夜の居酒屋風レストラン。

 木のテーブル。メニューの貼り紙。

 もうちょっと、おしゃれなところにして欲しいなあ。イタリアンとか。

 それにしても、こういうときって、グループ分けが難しい。

 全国から集まったメンバーだ。

 あちこちの席が、身内で固まっていた。

 遅れてきた私は、同じく遅れてきた組のテーブル。

 それはないんじゃな~い、と言いたいところだけど、ま、いっか。

 ふだん話さないメンツといっしょになった。

 私、F岡のヨンフン、H島の月代つきしろ、それからO縄の仲本なかもと

 ヨンフンは、いつもファッショナブルだよね。

 M重の脇もそうだけど、方向性が違うというか、韓流アイドルっぽい。

 月代は、あいかわらずポニテがデカいなあ。

 仲本は、ちょっと小柄で、ひょうきんそうな青年。

 話題は、今日の結果から始まった。

 ヨンフンは、

筑紫つくしは2-3か。優勝争いは脱落だね」

 と言って、お酒を飲んだ。

 さっきから、だいぶ飲んでない?

 そのわりに、けろっとしている。

 私は、

「うちなんか1-4だよお」

 と愚痴った。

 ちなみに、H大も1-4。

 これはあれだね、地方の格差ってやつ。

 私は、

「そもそもね、道民500万人では、人材が不足しているのであります」

 と言った。

 月代は、

「中国地方は、5県合わせてそのくらいしかいないけど……あ、もうちょっといるのかな」

 と返した。

 私は、

「関東地方は、4000万人もいる。つまり、将棋のピラミッドが高い」

 と指摘した。

 すると、ヨンフンは、

「そうだねえ、人口が集まり過ぎると、問題が起きる」

 とうなずいた。

「あ、実感ある?」

「あるよ。ソウルの人口は900万人。韓国人の5人にひとりは、ソウル市民。しかも、ふたりにひとりは、首都圏に住んでるからね」

 そりゃすごい。

 私は腕組みをして、

「なぜ地方は消滅してしまうのか、経済、文化、エトセトラ」

 と嘆いた。

 月代は、

「やっぱり日本経済の低迷じゃない?」

 と予想した。

 ふむふむ、と納得していると、ヨンフンは、

「それは、ひとつの原因かもしれないけど、全部じゃない」

 と言った。そして、右手を斜め上から下へおろすように、左手を斜め下から上へあげるようにして、クロスさせながら、

「韓国のひとりあたりGDPは、もう何年かしたら、日本を追い抜くと予想されてる。2025年くらいには、追い抜いてるだろうね。だけど、首都への集中は、韓国のほうが高い。つまり、経済が下降していたら集中して、上昇していたら分散する、という関係にない」

 と説明した。

 ふーむ、なるほど。

 私は、

「じゃあ、韓国で人口のかたよりが起きるのは、なんでなの?」

 と訊いた。

「社会的圧力、かな。ソウルでないと、ステータスを上げるのは難しい」

「そこの理由が、よくわかんないんだよね。インターネット時代じゃん」

「大企業へ入るには、コネクションが必要なんだよ。財閥系以外で成功するのは、難しい。できなくはないけど、敢えてやるメリットがない」

 ここで、仲本が割り込んだ。

「日本で昔言われてた、いい大学、いい企業ってやつ?」

「まさにそれ。ソウルのいい大学に入って、いい企業に入る。あるいは、医者か弁護士になる」

 日本ではそのルートが壊れたから、集中がゆるやか?

 だとすれば、日本では出世ルートを外れても、挽回のチャンスが大きい?

 しかし、そうとは思えないところもありつつ。

 私がいろいろ分析するあいだ、仲本はグラスを挙げて、

「じゃあ、なんでヨンフンは、日本に来たの?」

 と尋ねた。

 ヨンフンは、両手でじぶんのグラスをにぎった。

 お酒を見つめる。

 その表情には、さっきとは違う、細かなニュアンスがあった。

「どうしてだろう。簡単には言えない。国のレースにのめり込めなかった、っていうのはあるかもしれない」

「ずいぶん、控えめに言うね。俺は高校を卒業したあと、1年だけ、東京で働いたことがある。すぐ辞めた。やまとの空気が合わなかった。オヤジの稼業を手伝ってるのが、性に合ってる」

「なるほどねえ。韓国の中小企業で働くのは、けっこうきつくて……」

 うんたらかんたら。

 そうこうしているうちに、席替えになった。

 それいる? 合コンじゃないんだからさ。

 私はもう、ここでいいや。

 ヨンフンは、

「僕は、風切かざぎりの数学レクチャーでも受けてくるか」

 と言って、席を立った。

 みると、すっかりできあがった風切さんは、ビールを片手に熱弁していた。

「えー、みなさん、よろしいですか、ある空間がコンパクトであるとは、閉集合であり、かつ、有界であることと同値なわけであります。例えば、0から1までの実数の集合は、0と1が極限点ですから、閉じているわけです。さらに、外へ発散していません。ですから、コンパクトなわけであります。では、コンパクトであると、なにがうれしいのか。例えば、極値定理。コンパクト空間上の連続関数において、最大値と最小値が……」

 うんたらかんたら。

 月代は、

「あ、私はそろそろ、ホテルへ戻らないと」

 と言って、会計を済ませた。

 今は電子決済があるから、楽でいいよね。

 仲本は、ちょっとカウンターのひとと話してくる、と言って、移動した。

 自由人。

 ひとりになってしまいましたが……おや。

 せき、登場。

「おつかれ、ここ、いい?」

「どうぞ」

 関は腰をおろすなり、

「今日の将棋、惜しかったね」

 と言った。

 あれなあ、途中は勝ってたと思う。

「どこが悪かった?」

「僕のレベルでは、なんとも」

「脇と議論してたじゃん」

太宰だざいの賭けが通ったんじゃない?」

 そうなのかなあ。

 私は迷いつつ、質問を変えた。

「そういえば、なんで太宰は役員じゃないの?」

 関は、わざとらしく肩をすくめた。

「さあ」

「副会長の日高ひだかくんって子、私はよく知らないんだよね」

「僕も知らないけど、全国大会経験者じゃなきゃ変、っていうのも変だと思うよ」

 そこじゃないんだよなあ。

 日高くん、なんというか、積極的に副会長をやりたかったタイプに、思えない。今日のあいさつでも、不承不承なりました、っていうオーラが出ていた。もちろん、知人じゃない

から、私の勘違いかもしれない。

 でも、勘違いじゃなかったとしたら?

 今回の人事は、関東でもハプニングだった可能性がある。

 私がそう考えていると、関は、

「そもそも、なんでそこが気になるの?」

 と訊いてきた。

「太宰、倒れたって聞いたんだよね」

「ああ、なんか僕も聞いたな。SNS経由で」

「その原因がさ、ノエル絡みらしいかも……って」

 関は、きょとんとした。

「の……?」

「ノエル」

「……ああ、あの都市伝説? それ絡みって、どういうこと?」

「あいつ、埋蔵金を調査してるらしい」

 ふーんと、関は関心がなさそうだった。

「お金に興味ない?」

「都市伝説に興味ない」

「そっか……じゃあ、ほんとうは都市伝説じゃない、って言ったら?」

「証拠は?」

「昔、蝦夷えぞ大で、ノエルを追っかけてたOBがいたんだよね」

 もうだいぶまえのひとで、80年代の終わり頃。

 ただし、追っかけの対象は、埋蔵金伝説じゃなかった。

 ゲーマーノエル*のほう。

 蝦夷大周辺にも現れたから、好奇心で調べたらしい。

 そして──

「そのひとは、ノエル本人に会ったんだって」

「正体を突き止めた、と?」

「蝦夷大の大学生で、そのあと上京した……って噂」

「そのOBに、確認は入れた?」

「もう亡くなってるらしい」

 関は、やれやれという表情で、

「典型的な都市伝説だね。伝聞、確認不能、経緯不明」

 と笑った。

 私は、すねなかった。

 コーラをひとくち飲んだあと、

「で、私もちょっと調べてみたんだよね、蝦夷大の卒業生を」

 と付け加えた。

「どうやって?」

「卒業論文を書いてる可能性があるじゃん」

「いや、それ自体が大量にあるでしょ」

「めずらしい名前だったら、特定できるかな、と思って」

「ノエルっていう名前の卒業生は、いた?」

「いなかった」

 関は、また肩をすくめてみせた。

 私はその肩越しに、店内を見た。

 風切さんは、あいかわらずレクチャーをしていた。

「コンパクト性がないと、微分ができないか? はい、お客さん、いい質問です。コンパクト性がなくても、局所的な微分は可能です。これは、右に発散する連続グラフを考えてみれば、わかります。しかし、ロルの定理は成り立ちません。ロルの定理とは、実数値関数fについて、fが閉区間[a,b]で連続であり、かつ、開区間(a,b)で微分可能であり、かつ、端点でf(a)=f(b)となるとき、f'(c)=0となるような、c∈(a,b)が少なくともひとつ存在する、というものです」

 そう、めずらしい名前なら、ね。

*382手目 伝説のゲーマー

https://book1.adouzi.eu.org/n0474dq/395

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=891085658&size=88
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ