456手目 構想の名手
※ここからは、太宰くん視点です。1回戦開始時点に戻ります。
さて、オーダーを出そうか。
僕が準備していると、又吉がひょっこり現れた。
「太宰殿、いかがでありますか?」
「ま、予定通りで」
上から7人ね。
蝦夷大も、そうくると思う。
当て馬を1枚挿しする意味もない。
わからないときは、エントロピー最大の法則だっけ。
あれは情報科学か。
又吉は、
「今年は志邨殿も入りましたし、優勝を狙えますぞ」
と言った。
うーん、どうだろう。
正直なところ、申命館との戦力差は、埋まってないと思う。
まあ、戦力差がそこまであるのか、ってあたりから、微妙といえば微妙。
10回やったら、4、5回は勝てるんじゃないかな、くらい。
と言っても、その1回が大きい。
5、6回勝てそう、とは言えないんだよね。
「こっちは志邨さんが入ったけど、あっちは吉良くんが入った」
「しかし、吉良殿は生河殿に負けておりますぞ」
「生河くんは、確変したら手がつけられないよ。あれは参考にしないほうがいい」
さて、オーダー完成。
提出して、その場で待機。
幹事のひとたちは、中身を確認して、コピー。
これがあとで証拠になるってわけ。
「オーダーを返却します。オーダー交換後、速やかに振り駒をしてください」
了解、と。
僕はオーダー表を受け取って、ハンチング帽をなおした。
指定のテーブル、前から2列目に移動。
七色のヘアカラーをした女子が、相手の席で待っていた。
大きなふたつのおさげで、アイラインと口紅がラベンダー色。
「乙部さん、おひさしぶり」
「おひさ~去年の王座戦以来だね」
「話すのは、高校の全国大会以来じゃない?」
乙部さんはケラケラ笑ったあと、いつもの値踏みする感じの目で、
「じゃ、オーダー交換しよ」
と言った。
僕も着席。
周囲にわらわらと、部員たちが集まってくる。
「乙部さんから、どうぞ」
「んじゃ、お言葉に甘えまして。蝦夷、1番席、副将、2年、乙部愛菜」
僕と乙部さんね。
「晩稲田、1番席、副将、2年、太宰治虫」
「おっと、よろしく。2番席、4将、3年、森大樹」
「2番席、4将、2年、又吉長介」
「3番席、4将、4年、岩内旭」
「3番席、6将、1年、浮宮慎二」
「4番席、6将、1年、上川琉生」
「4番席、8将、1年、志邨つばめ」
「5番席、8将、2年、仁木大地」
「5番席、10将、3年、朽木爽太」
「6番席、11将、2年、深川春斗」
「6番席、12将、3年、橘可憐」
「7番席、13将、4年、檜山明」
「7番席、13将、4年、筒井順子」
んー、悪くない。
どっちの陣営も、持ち場へ散らばった。
1番席は、振り駒。
「乙部さん、どうぞ」
「今回は譲り返すよ」
「じゃ、僕で」
結果は、歩が2枚。
「晩稲田、偶数先」
「蝦夷、奇数先」
あとは待つだけ。
だんだん静かになってくる。
「準備ができていないところは、挙手をお願いします」
だいじょうぶかな。
たまにトラブルがある。
「それでは、始めてください」
「よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
僕はチェスクロを押した。
7六歩、3四歩、2六歩、4四歩。
【先手:乙部愛菜(蝦夷) 後手:太宰治虫(晩稲田)】
乙部さんは、この手を見て、
「私の横歩、受けないんだ」
と言った。
「自信ないからね」
「正直でよろしい。高校のときも、G阜の関の横歩、受けてなかったよね」
「記憶力がいいようで」
「では、角道を止めた後手に、制裁開始」
7八銀、8四歩、4八銀、8五歩。
7八銀と立たれた時点で、居飛車を決め打たれてる。
もうちょっとくらい迷って欲しかったね。
4六歩、3二金、6八玉、5四歩、5八金右。
僕は雁木を目指す。
4二銀、4七銀、6二銀、9六歩、5三銀右、7九玉。
先手は右四間?
そこまで単純かな。
いずれにせよ、手に迷いがない。方針はもう決まってそうだ。
7四歩、5六銀、4三銀。
予定通り、雁木に組んでみた。
「4五歩」
この迷いのなさ。
指し慣れたかたちになっちゃったか、それとも即興なのか。
僕は少し考える。
飛車のプレッシャーはないから、即潰れもない。
2筋も突き越されていない。
これは先手のデメリット。
ただ、この手(4八飛や2五歩)を入れていないメリットもある。
僕の4一玉が、間に合っていないこと。
ここをバーターで突いてきた可能性が、高い。
となると、乙部さんの本命想定図は──
(※図は太宰くんの脳内イメージです。)
これ。角交換で壁金を強要。
「……4一玉」
「3六歩」
僕は4五歩と取った。
「そうするしかないよね。2二角成」
同金、3七桂、6四角、3八飛。
飛車の位置を固定させる。
僕はさらに3三桂と跳ねて、上部を支えた。
「目標変更、6五銀」
だよね。
角打ちには、これがある。
僕は5五角と出た。
乙部さんは7七銀で、受けつつ8筋を補強。
さて、ちょっと考えどころだ。
僕はペットボトルを開けて、お茶を飲んだ。
このかたち、先手にスキがなくはない。
というか、かたちとしては変だ。
銀がバラバラだし、左金も6九のまま。
そこへ後手の飛車角が利いている。バランスはきわどい。
第一感、7五歩。
(※図は太宰くんの脳内イメージです。)
同歩なら、8六歩、同歩、8八歩と即打ちして、同玉に8六飛。
(※図は太宰くんの脳内イメージです。)
これが取れない。
8七歩に4六飛とスライドして、どうか。
3六飛まで行ければ、後手も面白い。
ただ、7五歩は取らないだろうな。
5六歩が本命と見る。
(※図は太宰くんの脳内イメージです。)
これは、角を追いやってるだけじゃなく、さっきの8六飛を消している。
いっそ、7七角成と切るか。
僕は7五歩の成否に、もう1分使った。
微妙だけど、他の手はもっと微妙そうだった。
「7五歩」
乙部さんは、ここで雰囲気を変えた。
だんだん表情がなくなってくる。
左腕をまっすぐに伸ばし、テーブルへ乗せて、やや傾くように考え込んだ。
読みのリズムができてきたっぽい。
僕も続きを読む。
乙部さんが動いたのは、1分ほど経ってからだった。
パシリ
本命じゃない手だった。
なんとなく、意図はわかる。
僕が4四角と下がると、案の定、7八金と固めた。
綾を消してきたな。
飛車角で暴れるルートはなくなった。
とりあえず、押せるところまでは押しておく。
8六歩、同歩、5二金、7五歩、8六飛、8七歩、8二飛。
「7四歩」
こっちに手詰まり感。
乙部さんの構想力に、やられたかっこうだ。
横歩でそれを発揮されたら厄介だから、外したけど、意味なかったかも。
反省タイムは後回しにして、ひとまず受けに回る。
3一玉、3九飛、9四歩。
ここで乙部さんは、3五歩と攻めてきた。
一瞬ヒヤっとしたものの、そこまで続かないと判断。
同角、8八玉、2一玉、1六歩、4六歩、2五歩。
先手も、決め手に欠ける流れ。
とはいえ、こっちがぐずぐずするのは危険──だけど、後手からの攻めは、やっぱりなさそうだ。
先手のミス待ちになる。
ちょっとキツい。
「4四角」
2九飛、3二銀、2四歩、同歩、4五歩、3五角、1五歩。
乙部さんは、念入りに工作をしてきた。
予想として、このまま6六角までいくと、アウト。
例えば、後手だけ金銀をうろうろして、先手が7五銀~7六銀~6六角~5六歩と組まれたら、身動きがとれなくなる。
(※図は太宰くんの脳内イメージです。)
これは避けたい。
この状態になると、5五歩、同歩、同角で、7三の地点も目標になる。
乙部さんの実力的に、これを見落とすとは思えない。
つまり、裏技が必要──この作戦でいくか。
「2三金」
7五銀、2二玉、7六銀。
やっぱりね。
このひとに組ませちゃダメってこと。
というわけで、組ませない。
こうする。




