455手目 プレッシャーのかけ得
※ここからは、日高くん視点です。
大谷の会長就任サポート、無事終了。
おかげで副会長になれたぜ。暗躍した甲斐があった。
なわけないんだよなあ。なんでこんなことになってしまったんだ。
俺の平穏な大学生活よ、さらば。
とりあえず王座戦へ行かないといけない。
というわけで、伊勢へ。
○
。
.
到着。
各ブロックの代表者が、ロビーでひしめきあっていた。
市内の公民館にしては、けっこう贅沢な作り。
2階へ上がる大階段があって、会場の入り口はそちらにあった。
俺は大谷のとなりで、待機。
「……」
「……」
なんかしゃべってくれ。
俺は、
「あいさつ、もう考えた?」
と、ありきたりなことを訊いた。
大谷は、
「単なる顔合わせです。とりたててひねらなくても、よろしいかと」
と答えた。
うーん、どうなんだ。
大谷は、それでいいと思う。顔が広い。
だけど、俺は全国区じゃない。
都代表になったことないもんな。
だから、日高ってだれだよ、ってなる可能性が、わりと大きい。
でもそうなら、かえって目立たないほうがいいか。
無難にやろう。
「……」
「……」
なんかしゃべってくれ。
「開場します。役員のかた、出場校のかたから、どうぞ」
ぞろぞろと入る。
長机が大量に並べられた、ちょっと豪華な空間。
参加校は、うしろのブーススペースへ、どんどん陣取り始めた。
役員は前で待機。
大谷といっしょに待っていると、ツンツン頭の青年が声をかけてきた。
「大谷、おひさしぶりぃ」
「御手さん、おひさしぶりです」
オテ……あ、申命館の主将か。
御手は、俺のほうを見て、
「お、慶長の日高?」
と訊いてきた。
「ああ、はじめまして」
「はじめまして。申命館の御手だ。来期は近畿の会長なんで、よろしく」
よろしく、と。
御手は、
「それにしても、大谷が関東の会長とはね。西日本出身同士で、やりやすいや」
と言った。
大谷は、
「拙僧は、関東の代表として来ております」
と答えた。
「おっと、悪い。今の発言はキャンセルで」
これを契機に、大谷と俺は、他のブロックの代表に、あいさつして回った。
俺は金魚のフンみたいに、くっついていく。
名刺交換(?)も終わって、いよいよ開幕。
近畿の現会長(まもなく前会長)が、代表として出た。
おお、これがあの有名なお嬢様。
実物をこんなに近くで見るのは、初めてかも。
「近畿大学将棋連合、会長、姫野咲耶です。これより、第51回、大学王座戦を開催いたします」
開幕宣言から、役員交代のあいさつ。
思ってたよりも、めちゃくちゃ簡素だった。
名前と所属と役職を言って、よろしくお願いします、程度。
ちょっとコメントを付け加えるひともいた。
俺はしなかった。
紹介が終わると、解散。
風切前会長が、俺に声をかけてきた。
「おう、日高、おつかれ」
「おつかれさまです」
「今日から、よろしく頼むぞ」
そこへ、ちょっとこわもての青年が割り込んだ。
東海の前会長、小牧さんだった。
「風切、ひさしぶり」
「小牧か。バーベキュー以来だなあ」
俺は、
「おふたりとも、どちらかでバーベキューをしたんですか?」
と尋ねた。
風切さんは、
「N野で合宿をやったとき、いっしょだった」
と答えた。
へぇ、N野で合宿してたのか。
小牧さんは腕組みをして、
「早く会長を辞めたい同盟だった」
と感慨深げ。
ダメなおとなの集まり。
ふたりはなんだか意気投合して、どこかへ行ってしまった。
今度こそ解放されて、うろうろする──暇だ。
慶長が出られてりゃなあ。
ノアが氷室に負けたから、しょうがないとはいえ。
俺が嘆息していると、晩稲田のブースにぶつかった。
太宰がいた。
太宰は俺を見て、
「あ、おつかれ」
と言った。
「おつかれさん。俺が言うのもなんだが、がんばれよ」
「関東の一体感、みたいな?」
そう言われると、返答に窮する。
ぶっちゃけ、関東代表っていうよりは、単なる関東枠なんだよね、これ。
同じブロックだから応援する、っていうのも、妙な話だ。
「関東が弱いと、そこで出られない俺たちの立場がないからな」
「ま、善処するよ……っと、そろそろオーダー出すから、一回抜けてもらえる?」
了解。
開始も近くなって、観戦者たちは、壁際に移動した。
各校の主将が、オーダーをどんどん提出。
幹事のひとりが、マイクを持った。
「オーダーを返却します。オーダー交換後、速やかに振り駒をしてください」
俺は、振り駒のようすを眺めていた。
しばらくはざわざわしていたが、だんだん静かになる。
独特の雰囲気。
咳払いだけが残った。
「準備ができていないところは、挙手をお願いします」
なし。
「それでは、始めてください」
よろしくお願いします、の大合唱のあと、チェスクロを押す音が響いた。
俺はそれを見届けたあと、会場を出た。
軽やかな空気。
無音に近い静寂。
ふぅ、と息をついて、俺は階段の下を見た。
すると、同じように何人かが、ロビーでくつろいでいた。
知り合いはいない……か。
俺が階段を降りかけたとき、うしろから声をかけられた。
風切さんだった。
「どうした? 買出しか?」
「いえ、ちょっと息抜きです」
「序盤からじっくり見ても、疲れるもんな」
風切さんはそう言って、欄干に肘を乗せた。
じゃあな、という感じでもなかったから、俺はそこに残った。
なにか言わないといけないな、と思って、
「会長交代のあいさつで、伊勢まで来るのは、大変でしたね」
とねぎらった。
俺の発言に、風切さんは、
「ん、まあ、多少はな……ここへ来るのは、イヤじゃない」
と答えて、急に真面目な顔になった。
なんかマズいこと言ったか?
俺がどきまぎしていると、風切さんは、
「気づいてるやつは気づいてるだろうし、日高にならいいか。じつはな、俺が入部する条件が、王座戦出場だったんだよ」
と言った。
俺は、驚いた──が、そこまでじゃなかった。
「気づいてたか?」
「いえ、そういう理由とは、思いませんでした……ただ、都ノが王座戦にやたら出たがってるのは、目に見えてましたからね。なんかあるんだろうな、とは……」
風切さんは、欄干に背を向けた。
両腕を広げ、そこに乗せた。
「ま、大した話じゃないけどな。今から思うと、絶対行きたかったわけじゃ、ないのかもしれない。将棋をやめる宣言をしてたから、なんか口実がないと、カッコ悪いと思ったのもある」
そこから、少し間が空いた。
俺は、
「2年でAまで来たのは、凄いですよ」
と言った。
お世辞じゃなかった。
よくやったと思う。
ところが、風切さんは軽く笑って、
「同時に、王座戦はかなりキツイってわかった」
と付け加えた。
「そんなことはないですよ」
「そう言われる時点で、キツイ。本当のライバル相手に、そういう言い方はしない」
いえいえ、そんなことは、なんて反論する前に、風切さんは先を続けた。
「悪い。困らせるつもりで言ったんじゃないんだ。だけど、前回の選抜トーナメントで、都ノがマークされてる感じはしなかった。慶長だって、そうだろ。ま、それはいい。ただ……」
風切さんは、天井を見上げた。
「ただ、出たいっていう気持ちは、今でもある」
だろうな、と思った。なぜかはわからないけれど。
風切さんは、下を向き直して、
「他の部員に、それは言ってない。プレッシャーになる」
と付け加えた。
今度は俺が笑う番だった。
「なんだ? なんかおかしかったか?」
「プレッシャーなんて、かけ得ですよ」
「そりゃ独りよがりだろ」
「もし俺が松平や星野の立場だったら、風切さんの本心がわからないほうが、ストレスですね。期待されてないんじゃないか、って思っちゃいますし」
風切さんは、しばらく真顔になって──それからほほえんだ。
「だな」
欄干から離れて、階段へ向かう。
軽い足取りで。
ちょうど俺とすれ違ったとき、その足取りはやんだ。
「とはいえ、やっぱり失言だったぜ、そいつは」
「え?」
「敵を本気にさせるやつがあるか」
俺はまた笑った。
「来年出るのは、慶長ですよ」
風切さんは、背中越しに右腕を高くあげて、親指を立てた。
「枠は2つ。おたがいに健闘しよう……アドバイス、ありがとな」




