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凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第71章 来年度へ向けて(2017年11月15日水曜)
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455手目 プレッシャーのかけ得

※ここからは、日高ひだかくん視点です。

 大谷おおたにの会長就任サポート、無事終了。

 おかげで副会長になれたぜ。暗躍した甲斐があった。

 なわけないんだよなあ。なんでこんなことになってしまったんだ。

 俺の平穏な大学生活よ、さらば。

 とりあえず王座戦へ行かないといけない。

 というわけで、伊勢へ。


  ○

   。

    .


 到着。

 各ブロックの代表者が、ロビーでひしめきあっていた。

 市内の公民館にしては、けっこう贅沢な作り。

 2階へ上がる大階段があって、会場の入り口はそちらにあった。

 俺は大谷のとなりで、待機。

「……」

「……」

 なんかしゃべってくれ。

 俺は、

「あいさつ、もう考えた?」

 と、ありきたりなことを訊いた。

 大谷は、

「単なる顔合わせです。とりたててひねらなくても、よろしいかと」

 と答えた。

 うーん、どうなんだ。

 大谷は、それでいいと思う。顔が広い。

 だけど、俺は全国区じゃない。

 都代表になったことないもんな。

 だから、日高ってだれだよ、ってなる可能性が、わりと大きい。

 でもそうなら、かえって目立たないほうがいいか。

 無難にやろう。

「……」

「……」

 なんかしゃべってくれ。

「開場します。役員のかた、出場校のかたから、どうぞ」

 ぞろぞろと入る。

 長机が大量に並べられた、ちょっと豪華な空間。

 参加校は、うしろのブーススペースへ、どんどん陣取り始めた。

 役員は前で待機。

 大谷といっしょに待っていると、ツンツン頭の青年が声をかけてきた。

「大谷、おひさしぶりぃ」

御手おてさん、おひさしぶりです」

 オテ……あ、申命館しんめいかんの主将か。

 御手は、俺のほうを見て、

「お、慶長けいちょうの日高?」

 と訊いてきた。

「ああ、はじめまして」

「はじめまして。申命館の御手だ。来期は近畿の会長なんで、よろしく」

 よろしく、と。

 御手は、

「それにしても、大谷が関東の会長とはね。西日本出身同士で、やりやすいや」

 と言った。

 大谷は、

「拙僧は、関東の代表として来ております」

 と答えた。

「おっと、悪い。今の発言はキャンセルで」

 これを契機に、大谷と俺は、他のブロックの代表に、あいさつして回った。

 俺は金魚のフンみたいに、くっついていく。

 名刺交換(?)も終わって、いよいよ開幕。

 近畿の現会長(まもなく前会長)が、代表として出た。

 おお、これがあの有名なお嬢様。

 実物をこんなに近くで見るのは、初めてかも。

「近畿大学将棋連合、会長、姫野ひめの咲耶さくやです。これより、第51回、大学王座戦を開催いたします」

 開幕宣言から、役員交代のあいさつ。

 思ってたよりも、めちゃくちゃ簡素だった。

 名前と所属と役職を言って、よろしくお願いします、程度。

 ちょっとコメントを付け加えるひともいた。

 俺はしなかった。

 紹介が終わると、解散。

 風切かざぎり前会長が、俺に声をかけてきた。

「おう、日高、おつかれ」

「おつかれさまです」

「今日から、よろしく頼むぞ」

 そこへ、ちょっとこわもての青年が割り込んだ。

 東海の前会長、小牧こまきさんだった。

「風切、ひさしぶり」

「小牧か。バーベキュー以来だなあ」

 俺は、

「おふたりとも、どちらかでバーベキューをしたんですか?」

 と尋ねた。

 風切さんは、

「N野で合宿をやったとき、いっしょだった」

 と答えた。

 へぇ、N野で合宿してたのか。

 小牧さんは腕組みをして、

「早く会長を辞めたい同盟だった」

 と感慨深げ。

 ダメなおとなの集まり。

 ふたりはなんだか意気投合して、どこかへ行ってしまった。

 今度こそ解放されて、うろうろする──暇だ。

 慶長けいちょうが出られてりゃなあ。

 ノアが氷室ひむろに負けたから、しょうがないとはいえ。

 俺が嘆息していると、晩稲田おくてだのブースにぶつかった。

 太宰だざいがいた。

 太宰は俺を見て、

「あ、おつかれ」

 と言った。

「おつかれさん。俺が言うのもなんだが、がんばれよ」

「関東の一体感、みたいな?」

 そう言われると、返答に窮する。

 ぶっちゃけ、関東代表っていうよりは、単なる関東枠なんだよね、これ。

 同じブロックだから応援する、っていうのも、妙な話だ。

「関東が弱いと、そこで出られない俺たちの立場がないからな」

「ま、善処するよ……っと、そろそろオーダー出すから、一回抜けてもらえる?」

 了解。

 開始も近くなって、観戦者たちは、壁際に移動した。

 各校の主将が、オーダーをどんどん提出。

 幹事のひとりが、マイクを持った。

「オーダーを返却します。オーダー交換後、速やかに振り駒をしてください」

 俺は、振り駒のようすを眺めていた。

 しばらくはざわざわしていたが、だんだん静かになる。

 独特の雰囲気。

 咳払いだけが残った。

「準備ができていないところは、挙手をお願いします」

 なし。

「それでは、始めてください」

 よろしくお願いします、の大合唱のあと、チェスクロを押す音が響いた。

 俺はそれを見届けたあと、会場を出た。

 軽やかな空気。

 無音に近い静寂。

 ふぅ、と息をついて、俺は階段の下を見た。

 すると、同じように何人かが、ロビーでくつろいでいた。

 知り合いはいない……か。

 俺が階段を降りかけたとき、うしろから声をかけられた。

 風切さんだった。

「どうした? 買出しか?」

「いえ、ちょっと息抜きです」

「序盤からじっくり見ても、疲れるもんな」

 風切さんはそう言って、欄干らんかんひじを乗せた。

 じゃあな、という感じでもなかったから、俺はそこに残った。

 なにか言わないといけないな、と思って、

「会長交代のあいさつで、伊勢まで来るのは、大変でしたね」

 とねぎらった。

 俺の発言に、風切さんは、

「ん、まあ、多少はな……ここへ来るのは、イヤじゃない」

 と答えて、急に真面目な顔になった。

 なんかマズいこと言ったか?

 俺がどきまぎしていると、風切さんは、

「気づいてるやつは気づいてるだろうし、日高にならいいか。じつはな、俺が入部する条件が、王座戦出場だったんだよ」

 と言った。

 俺は、驚いた──が、そこまでじゃなかった。

「気づいてたか?」

「いえ、そういう理由とは、思いませんでした……ただ、都ノみやこのが王座戦にやたら出たがってるのは、目に見えてましたからね。なんかあるんだろうな、とは……」

 風切さんは、欄干に背を向けた。

 両腕を広げ、そこに乗せた。

「ま、大した話じゃないけどな。今から思うと、絶対行きたかったわけじゃ、ないのかもしれない。将棋をやめる宣言をしてたから、なんか口実がないと、カッコ悪いと思ったのもある」

 そこから、少し間が空いた。

 俺は、

「2年でAまで来たのは、凄いですよ」

 と言った。

 お世辞じゃなかった。

 よくやったと思う。

 ところが、風切さんは軽く笑って、

「同時に、王座戦はかなりキツイってわかった」

 と付け加えた。

「そんなことはないですよ」

「そう言われる時点で、キツイ。本当のライバル相手に、そういう言い方はしない」

 いえいえ、そんなことは、なんて反論する前に、風切さんは先を続けた。

「悪い。困らせるつもりで言ったんじゃないんだ。だけど、前回の選抜トーナメントで、都ノがマークされてる感じはしなかった。慶長だって、そうだろ。ま、それはいい。ただ……」

 風切さんは、天井を見上げた。

「ただ、出たいっていう気持ちは、今でもある」

 だろうな、と思った。なぜかはわからないけれど。

 風切さんは、下を向き直して、

「他の部員に、それは言ってない。プレッシャーになる」

 と付け加えた。

 今度は俺が笑う番だった。

「なんだ? なんかおかしかったか?」

「プレッシャーなんて、かけどくですよ」

「そりゃ独りよがりだろ」

「もし俺が松平まつだいら星野ほしのの立場だったら、風切さんの本心がわからないほうが、ストレスですね。期待されてないんじゃないか、って思っちゃいますし」

 風切さんは、しばらく真顔になって──それからほほえんだ。

「だな」

 欄干から離れて、階段へ向かう。

 軽い足取りで。

 ちょうど俺とすれ違ったとき、その足取りはやんだ。

「とはいえ、やっぱり失言だったぜ、そいつは」

「え?」

「敵を本気にさせるやつがあるか」

 俺はまた笑った。

「来年出るのは、慶長ですよ」

 風切さんは、背中越しに右腕を高くあげて、親指を立てた。

「枠は2つ。おたがいに健闘しよう……アドバイス、ありがとな」

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