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凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第70章 裏見香子、学業に励む(2017年11月8日水曜)
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451手目 逮捕者

 次の週末、いつものメンバーが、有縁坂うえんざかに集まった。

 私と大谷おおたにさん、ララさんと火村ほむらさんで、4人席。

 大谷さんと火村さんが窓際。

 火村さんは、定番のトマトジュースをひとくち飲んだあと、

「さあ、今年も王座戦へ行くわよ、香子きょうこ

 と、笑顔で誘ってきた。

 いや、行かないって言ったばかりなんだけど。

「今年はムリ」

「え、どうして?」

「むしろなんで毎年行くの?」

 火村さんは、テーブルに頬杖ほおづえをついて、

「王座戦を目指す大学が、そんなことでいいのかしら」

 と嘆息した。

 あのさぁ。

「そもそも、A級の参考にならないでしょ。ルールもメンバーも違うんだから」

「じゃあ、なんで去年は観に行ったの?」

「あれは下見と、気合を入れるためよ」

 私の回答に、火村さんは文句たらたらかと思いきや、急に背筋を伸ばして、

「じゃ、他のところにしましょ。どこがいい?」

 と訊いてきた。

 旅行したいだけですか。

 私は、いつの話なの、と、時期を確認した。

「クリスマスシーズン」

 さすがにそれはきついでしょ、と言いかけたところで、大谷さんが、

「拙僧、しぃちゃんと遊ぶ約束があります」

 と、先にことわってくれた。

 ララさんも、

「今ピとデートしてそう」

 と返した。

 火村さんは、全身をわなわなと震わせて、

「ぐぬぬぬ、あたしたちの友情も、ここまでか」

 と言った。

 私は、

「スケジュール的にきゅうすぎるでしょ。もう11月なのに」

 と返した。

 すると、ララさんは、

「え? それは関係なくない?」

 と、今度は私のほうを疑ってきた。

「1ヶ月前よ?」

「いやいや、香子、日本のことわざにもあるじゃん。思い立ったが、えーと……」

「吉日」

「そう、それ」

 庶民派大学生が、いきなり旅行資金を作れるわけないでしょ。

 っていうか、私にも彼氏いるし、クリスマスデートするし。

 火村さんは、ソファーにのけぞって、

「えーッ、せっかくだから、日本のどこかへ行きたい~行きたい~」

 と駄々をこねた。

 さすがに見かねたのか、大谷さんは、

「では、春休みに拙僧は帰省しますゆえ、T島へお越しください」

 と誘った。

「T島か……阿波踊りは8月だから、シーズンオフね」

「本堂で座禅を組めますよ」

「んー、マインドフルネス」

正念しょうねんを横文字にするのは、おやめください」

 話題が危険な方向へむかっている。

 私は、

「ねえ、3年生も近づいてるけど、インターンとか考えてる?」

 と訊いた。

「拙僧、実家を継ぐ予定です」

「ニッポンの就活、チョーめんどい。ブラジルで就職しよっかなあ」

「あたしみたいなセレブは、就職なんていたしませんことよ、オホホホ」

 えーい、庶民はいないのか、庶民は。

 そのあとはなんとか収めて、楽しく解散した。

 火村さんは、ノイマンさんと用事があるとかで、離脱。

 渋谷のスクランブル交差点に出たところで、私は、

「あ、ごめん、買い物して行きたいんだけど、いい?」

 とたずねた。

 ララさんは、

「あ、バイトの時間、ちょいヤバいんだよね。Foi mal!」

 と言って、離脱。

 大谷さんとふたりきりになったところで、家具量販店に寄った。

 北欧のブランドだからか、全体的にシンプルな感じがする。

 んー、棚の収納ボックスを買いたいんだけど……色が微妙。

 白とグレーしかなかった。

 大谷さんは、

「こちらはピンクがありますよ」

 と、別の商品を指した。

「そのシリーズ、小さいのよね。奥行きが20センチくらいあればいいかな」

 あれこれ探してみたけど、ダメだった。

 ふぅむ、別の量販店も、見てみるか。

 あんまり連れ回しても悪いから、いったん帰ることに。

 スクランブル交差点にもどると、大型ヴィジョンでニュースをやっていた。

 女性アナウンサーが、カメラ目線で原稿を読み上げた。

《次のニュースです。本日、午前10時頃、東京都港区で、50代の女性が、貸金庫から宝石類を盗んだ疑いで、逮捕されました》

 ん? 私は足をとめた。

 映像は、パトカーで連行される、容疑者の映像に変わった。

 ジャンパーで隠されていて、顔は見えなかった。

《警察の発表によりますと、女性は大円だいまる銀行の元行員で、2010年に顧客の貸金庫から、宝石類を盗んだ疑いがあるとのことです。銀行側はマスコミの取材に対し、「現在、事実関係について調査中のため、コメントは差し控えます」と答えました》

 信号が青に変わった。

 私と大谷さんは、しばらくモニタを見上げたあと──顔を見合わせた。

「今の、大円銀行って言ったわよね?」

「はい、字幕でも、そうなっていました」

 大円銀行で、貸金庫から、宝石が盗まれた?

 私はなんだか、不穏な気分になった。

「……例の件と、関係あると思う?」

 大谷さんは、やや複雑な表情で、

「なんとも申し上げられません」

 と返した。

 それも、そうか──そうよね。

 だって、銀行の名前と、【貸金庫】っていうワードが出てきただけだし。

 ただ、時期がリーマンショック周辺なのは……偶然で説明がつくか。

「とりあえず、いったん帰りましょ」

 私は大谷さんといっしょに、電車へ乗った。

 乗り継いで降りて歩いて、都ノみやこのに到着したときには、5時を過ぎていた。

 部室に入ると、松平まつだいら星野ほしのくんが待っていた。

「ごめん、遅くなっちゃった」

「俺たちも、さっき来たばかりだ」

 というわけで、テーブルを囲んでの円卓会議(?)

 まずは、主将の大谷さんから。

「本日はお集まりいただき、ありがとうございます。まずは、情報を寄せ合いましょう。拙僧から参ります。四国の強豪では、石鉄いしづちさんが古都こと、近畿では、安孫子あびこさんが申命館しんめいかんという噂です」

 次に、私から。

「私はあんまり情報網がないんだけど、H海道のトップ層は、蝦夷えぞ大エトセトラ、東北は陸奥むつ大エトセトラで、関東へは出て来ないみたい。ただし、何人かは関東の大学も受ける予定で、地元の第一志望に落ちたら、そのまま上京してくるかも」

 これは、八千代やちよ先輩情報。

 情報源は秘しておいた。

 次に松平。

「俺は関東の男子について、ちょくちょく探ってみた。八ツ橋やつはし第一志望の強豪が、ふたりいるらしい。美作みまさか佐木さき。美作は中学生のとき、H庫の県代表、佐木は小学生のとき、F岡で県大会優勝経験がある。そのあと東京に転校してて、個人戦ベスト8の常連。あと、C葉の白須しらす、S玉の入間いるま、K奈川の三浦みうらは、それぞれ県代表経験あり。関東の国立か、晩慶ばんけいあたりに流れる可能性がある。受かれば、の話だが。T木、G馬、I城は、今の高3に県代表経験者がいない。以上だ」

 大谷さんは、

平賀ひらがさんは、なにかおっしゃっていませんでしたか?」

 と訊いた。

「美作と佐木は、平賀の知り合いらしい。ただ、進学先は知らなかったみたいだな」

「ありがとうございます。星野さんは、いかがですか?」

「僕が幹事会で集めた情報だと、女子は志邨しむらさん世代が厚かった代わりに、次の世代が薄いみたい。東京は志邨さんが3連覇、I城は来栖くるすさんが3連覇しちゃってて、他の順位が曖昧になってるって聞いた。S玉の持統じとうさんっていう女子は強いけど、あんまりヤル気がないから、大学で将棋を指すかどうかは不明だって。僕は県大会に出るようなタイプじゃなかったから、持統さんがどういうひとかは知らない。ごめんね」

 大谷さんは、やや視線を落として、

「持統さん……なるほど、あのかたですか。たしかに、熱心なかたでは、ありませんでした」

 とつぶやいた。

 そして、こう繋げた。

「情報収集、ありがとうございました。大学入試の結果次第なので、流動的なところはありますが、参考にいたしましょう。して、次の議題ですが……」

 大谷さんは、間を置いた。

 よからぬ気配がする。

「残念ながら、都ノが第一志望というかたは、聞き及びませんでした」

 ですよねぇ。

 自分の大学をけなすわけじゃないけど、立ち位置が中途半端だと思う。

 松平は、

「大学将棋をガチでやりたいメンツは、伝統校に流れるもんな。新規に立ち上げた部へ、わざわざ来る理由がない」

 と言った。

 その通り。

 大学将棋で活躍したいひとは、A級の常連校を選ぶわよね。

 もちろん、帝大、晩慶あたりは受験的にキツイ、というひともいるだろう。

 だけど、A級には大和がいるわけで、大和なら頑張れば行けるでしょう、多分。

 逆に、勉強もめちゃくちゃできます、というひとは、都ノを第一志望にしなくなる可能性が高かった。

 星野くんは、

愛智あいちくんや平賀さんみたいな例もあるし、大学受験として都ノを第一志望にしてくれるひとを、待つしかないんじゃないかな。王座戦に出たいから、いっしょに頑張ろう、っていう熱血勧誘は、ムリがあると思う」

 と指摘した。

 雰囲気がトーンダウンする。

 大谷さんは場をまとめるように、合掌した。

「来年度も、新入生の底上げをサポートできるよう、努力いたしましょう。では、拙僧たちも、鍛錬をば」

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