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凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第70章 裏見香子、学業に励む(2017年11月8日水曜)
464/496

449手目 インディペンデント

 【合格者名簿】

 ・・・・・・

 ・・・・・・

 1621012

 ・・・・・・


 ジャジャジャジャーン。

 はい、合格ぅ。

 私はスマホを片手に、

「楽勝だったわね」

 と、ほくそ笑んだ。

 すると、となりにいた粟田あわたさんは、

「すごい豹変っぷり」

 とあきれた。

 ひょ、豹変してないし。

「そういう粟田さんは?」

「合格してたよ~これで、ゼミの悩みは解消~」

 というわけで、お祝いランチ。

 学外のお洒落なところにしましょう。

 大学周辺で食べるか、都内へ繰り出すか、相談。

 どちらも採用されなくて、立川へ出ることになった。

 以前から気になってた、ピザ屋さんに決定。

 電車→モノレールで移動。

 粟田さんは、吊革につかまりながら、

「んー、なに食べようかなあ」

 とニコニコ顔。

 私もスマホで、メニューを見ていた。

 こういうお店は、グルメサイトに写真が上がってて、助かる。

 私は、

「このクアトロフォルマッジ、美味しそうじゃない?」

 とゆびさした。

「あー、美味しそう。ハチミツたっぷりかけたいね」

 わいわいしながら、立川に到着。

 お店へ──っと、並んでる。ぎりぎり許容範囲。

 私たちは、最後尾についた。

 お店はすごくシックな雰囲気で、黒柿くろがき色がベースになっていた。

 外には丸テーブルも置いてあって、飲食中のカップルも、ちらほら。

 粟田さんは、

「平日の空き時間に来られるから、大学生はお得だよね」

 と言った。

 たしかに。

 どんどん進んでいって、入店。

 一番奥の席へ案内された。

 予定通り、クアトロフォルマッジとマルゲリータのハーフサイズを注文。

 飲み物は、私がドライジンジャエール、粟田さんがレモンスカッシュ。

 しばらくして、熱々のピザが運ばれてきた。

 いただきまーす。

 はふはふ。

「んー、美味しぃ」

 チーズがとろける。

 マルゲリータのトマトは、酸味があった。

「ハチミツかけるわね」

「たっぷり~」

 これもめちゃくちゃ美味しい。

 チーズとハチミツの組み合わせは、相性抜群。

 歓談していたら、あっという間に1時間が過ぎた。

 粟田さんは、レモンスカッシュを飲み終えて、

「お腹いっぱーい」

 と満足顔。

 私も、お腹いっぱい。

 お店を出ると、秋の風が心地よかった。

 さて、そろそろ時間ですね。

 ここからは、別行動。

 粟田さんは、

「私は麻雀で、香子きょうこちゃんはピとデートかあ」

 と、ややさみしげ。

 松平まつだいらとの関係は、粟田さんには伝えてあった。

 あんまりこそこそしてもね、っていうだけじゃなくて、粟田さんと遊ぶ時間が、目に見えて減ったのもある。

 粟田さんは、

「女友達を彼氏に取られるの、毎回納得いかないなあ」

 と言った。

「ごめん、この埋め合わせは、またするから」

「いつか戻ってくると期待して、待ってるよ」

 それじゃ…………

 ……………………

 …………………

 ………………ん? 今の、どういう意味?


  ○

   。

    .


 30分後、私は立川の映画館で、松平と合流した。

 初デート会場*ですよ、初デート会場。

 私たちは建物に入って、松平は飲み物を買いに行った。

 じゃ、私はパンフレットの準備を──ん?

 背中をとんとんされた。

 すわ、変質者か、と思ってふりかえると、歩美あゆみ先輩が立っていた。

 黒のビスチェ風キャミドレに、茶色のカーディガンを羽織っていた。

「おひさしぶり」

「びっくりさせないでください」

 まったく、いつもステルスなんだから。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………え?

「なんでここにいるんですか?」

「いちゃいけないの?」

 いけないとかじゃなくて、なんで瞬間移動してるんですか、というですね。

 私が困惑していると、

「おーい、歩美、ポップコーン買ってきたぞ」

 という声が聞こえた。

 ふりむくと、宗像むなかたくんがポップコーンを両手に持って、固まっていた。

 そのまま回れ右。

 襟首を歩美先輩につかまれる。

 完全なデジャヴ**。

 そのうしろから、松平がジュースを持ってあらわれた。

「待たせたな……げげッ!」

 歩美先輩は、松平のひたいにチョップを食らわせた。

「げげッ、とか言わない」

「なんでここにいるんだ?」

「東京へ遊びに来たの」

 なんだ、観光か──って、ちょっと待って。

 私は、

申命館しんめいかんって、今休みなんですか?」

 とたずねた。

「全然」

「じゃあ、授業は?」

「大学生がそういうことを気にしちゃダメ」

 いかんでしょ。

 松平はあきれつつ、

「宗像は、それでいいのか?」

 と話しかけた。

「いや、俺だって、そんなに授業出たいわけじゃないし」

 んー、この彼女にして、この彼氏あり。

 歩美先輩は、

「それと、この時期に出てこなきゃ、間に合わないらしいから」

 とつけくわえた。

 私は、なにがですか、とたずねた。

「この映画、関西だとやってないのよ。しかも、短期公開みたい」

「え……全国上映だって聞きましたけど?」

 私は、パンフレットを見た。

 会場リストには、関西の地名もたくさんあった。

 すると、歩美先輩は、

「ちがうちがう、こっち」

 と言って、壁のポスターをゆびさした。

 女のひとが、悲し気な表情で立っている構図。

「『天使は白をまとう』……?」

恭二きょうじが、これ観たいんだって」

「なんの映画です?」

「知らない」

 デートを盛り下げていくスタイル。

 宗像くんは、

「中国のインディペンデント映画だよ」

 と言った。

 説明になってない。

 私は、あらすじをたずねた。

 宗像くんは、

「映画はあらすじで要約できるっていう偏見、やめて欲しいね。いてッ」

 と、歩美先輩からチョップを食らった。

「そういうキツイ言い方をしない」

「暴力でそれを示すな」

 正論。

 ようするに、簡単には説明できない小難しい映画、ってことか。

 上映場所は限られてそう。

 じっさい、この映画館で、一番狭いスクリーンが割り当てられていた。

 歩美先輩は、

「香子ちゃんたちは、なにを観るの?」

 と訊いてきた。

「『カメラを止めるな!』です」

「面白い?」

「観てみないと、なんとも……」

「それもそっか。あとでコーヒー飲まない? あしたはまどかちゃんと会う約束なんだけど、今日はこれで仕舞いなのよね」

 宗像くんは、

「他人のデートの邪魔をするなよ」

 といさめた。

 けど、私と松平も、喫茶店に寄る予定だった。

 というわけで、OKした。

「じゃ、またあとで」

 私たちは、それぞれのスクリーンにわかれた。

 えーと、Gの11と12……あった。

 ふたりで並んで座る。

 前寄り中央で、なかなかいいんじゃない。

 長い長いCMのあとで、ようやく本編が始まった。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………ん? なにこれ?

 あ、そうきますか……って、ホラーなの、もしかして?

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………え、なに……そ、そういう映画?


  ○

   。

    .


 喫茶店の窓際で、松平が最初に発した感想は、

「ドッキリ系かと思ったら、意外性があって面白かった」

 だった。

 私も同意。

 歩美先輩は、

「面白かったの? 恭二は以前、つまんないって言ってたけど」

 と言った。

 宗像くんは即座に、

「つまんないとは言ってない。娯楽映画としては、よくできてる」

 と訂正を入れた。

 私は、

「歩美先輩たちが観た映画、どうでした?」

 と訊いた。

 先輩は、

「んー……女に生まれたくなかった、っていう気持ちを、どう考えるか、みたいな?」

 と返した。

 松平は、なんだそれ、という顔をしていた。

 一方、歩美先輩は、私のほうを向いて、

「ま、女性なら一度は考える話よね」

 とつけくわえた。

 松平は、

裏見うらみは、あるのか?」

 と訊いてきた。

 私は、

「え……まあ、あるけど」

 と答えた。

 松平は驚いて、

「そうなのか? 気分が落ち込んでたとか、そういうんじゃなくて? って、いてッ!」

 と、歩美先輩から、思いっ切りチョップを食らった。

「いたたた、暴力反対」

「あなたが言葉で言ってもわかんないからでしょ。香子ちゃんが『ある』って言ってるのに、なんでいちいち疑うわけ?」

 松平はハッとなって、

「……すまん」

 と私に謝った。

 私は、

「いいわよ。ただ、疲れることは多いから……ところで、宗像くんは、なんでその映画を、わざわざ東京で観たの?」

 と、話題を変えた。

 宗像くんは、コーヒーカップを片手に、

「理由はない」

 と答えた。

 これは、半分ウソっぽく聴こえた。

 けど、残りの半分は、本心のように思えた。

 歩美先輩は、

「で、恭二の感想は?」

 と訊いた。

 宗像くんは、コーヒーをひとくち飲んで──スッと芯が入った。

「東アジア的作品だな」

 歩美先輩は、なにそれ、と突っ込んだ。

「あの映画は、フェミニズムが基礎にある。それは簡単にわかるし、そこだけ取り出したら、世界的には見慣れた作品だ。でも、シナリオに明確な差が出てる。女性差別を描きたいとき、どうストーリーを作る?」

 歩美先輩は、

「映画を作らないから、わかんない」

 と流した。

 宗像くんは、私のほうを見た。

 私はちょっと考えて、

「差別されてる女性を主人公にする、かな」

 と答えた。

「それが、ひとつの手だよな。東アジアだと、その系統の作品が多い。家庭で差別されてる女性、職場で差別されてる女性、いろいろ。アメリカは、逆の視点が目立つ。自立した、理想的な女性を主人公にするんだよ。最近のディズニーは典型的だ。『アナ雪』は観たか?」

 私は、観たと答えた。

 松平と歩美先輩は、観てないと言った。

 宗像くんは続けた。

「『モアナ』もそうだろ。ディズニーは、そこにプライドを持ってる。こどもが見る作品には、人生のモデルケースがないといけない、ってね。もちろん、アメリカ映画の全部が全部、そうってわけじゃない。『ラ・ラ・ランド』みたいなのもある。が、ああいうのを出すと、すぐに批判される。東アジア的な作品は、さっきも言ったが、別方向だ。どちらかというと、現に困ってるひとに対する、共感の提供がメイン。差別されてる女性が登場する。観客は、これはじぶんだ、と共感する。だけど、どうすればいいのかは、あまり描かれない」

 宗像くんは、漫画の『大奥』を知ってるか、と訊いてきた。

 私と松平は、内容はなんとなく知っている、と答えた。

「あれだって、日本的だよ。江戸時代で、権力者のジェンダーバランスが逆転する。問題が起こる。その問題は、現実の女性差別のうらがえしだ。ひとりの人間が、大勢の異性を囲うことの暴力性とかな。だけど、じゃあどうすればいいのかは、作品では明確になってない。あの作品が完結するとしても、最後に現実の日本と合流して終わり、だと予想するね」

 宗像くんはそこまでまくしたてて、コーヒーを飲んだ。

 それからふいに、

「……ん? どうした?」

 と、周囲に目配せしてきた。

 いや、なんと言いますか……まるで別人。

 でも、そういうところを茶化す気にもならなかった。

 ひとり歩美先輩だけは、フォークでケーキを切ったあと、黙って宗像くんのほうへ突き出した。

「なんだよ?」

「はい、あーん」

 宗像くんは真っ赤になって、

「そういう恥ずかしいことをするな」

 と怒った。

 歩美先輩は冷静に、

「それって、ジェンダーへのこだわりじゃないの?」

 と、真顔で言った。

 宗像くんは、私たちのほうをちらっと見たあと、目をつむって、

「ちげえよ」

 と言ってから、ぱくりと食べた。

 いやあ、ほほえましい。ニヤニヤ──ん?

 視線を感じる。

 となりを見ると、松平が、俺も、みたいなオーラを出していた。

 あなたは自分で食べなさいッ!

*173手目 初デートの夜空は

https://book1.adouzi.eu.org/n0474dq/173

**331手目 驚愕のダブルデート

https://book1.adouzi.eu.org/n0474dq/341

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