449手目 インディペンデント
【合格者名簿】
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1621012
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ジャジャジャジャーン。
はい、合格ぅ。
私はスマホを片手に、
「楽勝だったわね」
と、ほくそ笑んだ。
すると、となりにいた粟田さんは、
「すごい豹変っぷり」
とあきれた。
ひょ、豹変してないし。
「そういう粟田さんは?」
「合格してたよ~これで、ゼミの悩みは解消~」
というわけで、お祝いランチ。
学外のお洒落なところにしましょう。
大学周辺で食べるか、都内へ繰り出すか、相談。
どちらも採用されなくて、立川へ出ることになった。
以前から気になってた、ピザ屋さんに決定。
電車→モノレールで移動。
粟田さんは、吊革につかまりながら、
「んー、なに食べようかなあ」
とニコニコ顔。
私もスマホで、メニューを見ていた。
こういうお店は、グルメサイトに写真が上がってて、助かる。
私は、
「このクアトロフォルマッジ、美味しそうじゃない?」
とゆびさした。
「あー、美味しそう。ハチミツたっぷりかけたいね」
わいわいしながら、立川に到着。
お店へ──っと、並んでる。ぎりぎり許容範囲。
私たちは、最後尾についた。
お店はすごくシックな雰囲気で、黒柿色がベースになっていた。
外には丸テーブルも置いてあって、飲食中のカップルも、ちらほら。
粟田さんは、
「平日の空き時間に来られるから、大学生はお得だよね」
と言った。
たしかに。
どんどん進んでいって、入店。
一番奥の席へ案内された。
予定通り、クアトロフォルマッジとマルゲリータのハーフサイズを注文。
飲み物は、私がドライジンジャエール、粟田さんがレモンスカッシュ。
しばらくして、熱々のピザが運ばれてきた。
いただきまーす。
はふはふ。
「んー、美味しぃ」
チーズがとろける。
マルゲリータのトマトは、酸味があった。
「ハチミツかけるわね」
「たっぷり~」
これもめちゃくちゃ美味しい。
チーズとハチミツの組み合わせは、相性抜群。
歓談していたら、あっという間に1時間が過ぎた。
粟田さんは、レモンスカッシュを飲み終えて、
「お腹いっぱーい」
と満足顔。
私も、お腹いっぱい。
お店を出ると、秋の風が心地よかった。
さて、そろそろ時間ですね。
ここからは、別行動。
粟田さんは、
「私は麻雀で、香子ちゃんはピとデートかあ」
と、ややさみしげ。
松平との関係は、粟田さんには伝えてあった。
あんまりこそこそしてもね、っていうだけじゃなくて、粟田さんと遊ぶ時間が、目に見えて減ったのもある。
粟田さんは、
「女友達を彼氏に取られるの、毎回納得いかないなあ」
と言った。
「ごめん、この埋め合わせは、またするから」
「いつか戻ってくると期待して、待ってるよ」
それじゃ…………
……………………
…………………
………………ん? 今の、どういう意味?
○
。
.
30分後、私は立川の映画館で、松平と合流した。
初デート会場*ですよ、初デート会場。
私たちは建物に入って、松平は飲み物を買いに行った。
じゃ、私はパンフレットの準備を──ん?
背中をとんとんされた。
すわ、変質者か、と思ってふりかえると、歩美先輩が立っていた。
黒のビスチェ風キャミドレに、茶色のカーディガンを羽織っていた。
「おひさしぶり」
「びっくりさせないでください」
まったく、いつもステルスなんだから。
……………………
……………………
…………………
………………え?
「なんでここにいるんですか?」
「いちゃいけないの?」
いけないとかじゃなくて、なんで瞬間移動してるんですか、というですね。
私が困惑していると、
「おーい、歩美、ポップコーン買ってきたぞ」
という声が聞こえた。
ふりむくと、宗像くんがポップコーンを両手に持って、固まっていた。
そのまま回れ右。
襟首を歩美先輩につかまれる。
完全なデジャヴ**。
そのうしろから、松平がジュースを持ってあらわれた。
「待たせたな……げげッ!」
歩美先輩は、松平のひたいにチョップを食らわせた。
「げげッ、とか言わない」
「なんでここにいるんだ?」
「東京へ遊びに来たの」
なんだ、観光か──って、ちょっと待って。
私は、
「申命館って、今休みなんですか?」
とたずねた。
「全然」
「じゃあ、授業は?」
「大学生がそういうことを気にしちゃダメ」
いかんでしょ。
松平はあきれつつ、
「宗像は、それでいいのか?」
と話しかけた。
「いや、俺だって、そんなに授業出たいわけじゃないし」
んー、この彼女にして、この彼氏あり。
歩美先輩は、
「それと、この時期に出てこなきゃ、間に合わないらしいから」
とつけくわえた。
私は、なにがですか、とたずねた。
「この映画、関西だとやってないのよ。しかも、短期公開みたい」
「え……全国上映だって聞きましたけど?」
私は、パンフレットを見た。
会場リストには、関西の地名もたくさんあった。
すると、歩美先輩は、
「ちがうちがう、こっち」
と言って、壁のポスターをゆびさした。
女のひとが、悲し気な表情で立っている構図。
「『天使は白をまとう』……?」
「恭二が、これ観たいんだって」
「なんの映画です?」
「知らない」
デートを盛り下げていくスタイル。
宗像くんは、
「中国のインディペンデント映画だよ」
と言った。
説明になってない。
私は、あらすじをたずねた。
宗像くんは、
「映画はあらすじで要約できるっていう偏見、やめて欲しいね。いてッ」
と、歩美先輩からチョップを食らった。
「そういうキツイ言い方をしない」
「暴力でそれを示すな」
正論。
ようするに、簡単には説明できない小難しい映画、ってことか。
上映場所は限られてそう。
じっさい、この映画館で、一番狭いスクリーンが割り当てられていた。
歩美先輩は、
「香子ちゃんたちは、なにを観るの?」
と訊いてきた。
「『カメラを止めるな!』です」
「面白い?」
「観てみないと、なんとも……」
「それもそっか。あとでコーヒー飲まない? あしたは円ちゃんと会う約束なんだけど、今日はこれで仕舞いなのよね」
宗像くんは、
「他人のデートの邪魔をするなよ」
といさめた。
けど、私と松平も、喫茶店に寄る予定だった。
というわけで、OKした。
「じゃ、またあとで」
私たちは、それぞれのスクリーンにわかれた。
えーと、Gの11と12……あった。
ふたりで並んで座る。
前寄り中央で、なかなかいいんじゃない。
長い長いCMのあとで、ようやく本編が始まった。
……………………
……………………
…………………
………………ん? なにこれ?
あ、そうきますか……って、ホラーなの、もしかして?
……………………
……………………
…………………
………………え、なに……そ、そういう映画?
○
。
.
喫茶店の窓際で、松平が最初に発した感想は、
「ドッキリ系かと思ったら、意外性があって面白かった」
だった。
私も同意。
歩美先輩は、
「面白かったの? 恭二は以前、つまんないって言ってたけど」
と言った。
宗像くんは即座に、
「つまんないとは言ってない。娯楽映画としては、よくできてる」
と訂正を入れた。
私は、
「歩美先輩たちが観た映画、どうでした?」
と訊いた。
先輩は、
「んー……女に生まれたくなかった、っていう気持ちを、どう考えるか、みたいな?」
と返した。
松平は、なんだそれ、という顔をしていた。
一方、歩美先輩は、私のほうを向いて、
「ま、女性なら一度は考える話よね」
とつけくわえた。
松平は、
「裏見は、あるのか?」
と訊いてきた。
私は、
「え……まあ、あるけど」
と答えた。
松平は驚いて、
「そうなのか? 気分が落ち込んでたとか、そういうんじゃなくて? って、いてッ!」
と、歩美先輩から、思いっ切りチョップを食らった。
「いたたた、暴力反対」
「あなたが言葉で言ってもわかんないからでしょ。香子ちゃんが『ある』って言ってるのに、なんでいちいち疑うわけ?」
松平はハッとなって、
「……すまん」
と私に謝った。
私は、
「いいわよ。ただ、疲れることは多いから……ところで、宗像くんは、なんでその映画を、わざわざ東京で観たの?」
と、話題を変えた。
宗像くんは、コーヒーカップを片手に、
「理由はない」
と答えた。
これは、半分ウソっぽく聴こえた。
けど、残りの半分は、本心のように思えた。
歩美先輩は、
「で、恭二の感想は?」
と訊いた。
宗像くんは、コーヒーをひとくち飲んで──スッと芯が入った。
「東アジア的作品だな」
歩美先輩は、なにそれ、と突っ込んだ。
「あの映画は、フェミニズムが基礎にある。それは簡単にわかるし、そこだけ取り出したら、世界的には見慣れた作品だ。でも、シナリオに明確な差が出てる。女性差別を描きたいとき、どうストーリーを作る?」
歩美先輩は、
「映画を作らないから、わかんない」
と流した。
宗像くんは、私のほうを見た。
私はちょっと考えて、
「差別されてる女性を主人公にする、かな」
と答えた。
「それが、ひとつの手だよな。東アジアだと、その系統の作品が多い。家庭で差別されてる女性、職場で差別されてる女性、いろいろ。アメリカは、逆の視点が目立つ。自立した、理想的な女性を主人公にするんだよ。最近のディズニーは典型的だ。『アナ雪』は観たか?」
私は、観たと答えた。
松平と歩美先輩は、観てないと言った。
宗像くんは続けた。
「『モアナ』もそうだろ。ディズニーは、そこにプライドを持ってる。こどもが見る作品には、人生のモデルケースがないといけない、ってね。もちろん、アメリカ映画の全部が全部、そうってわけじゃない。『ラ・ラ・ランド』みたいなのもある。が、ああいうのを出すと、すぐに批判される。東アジア的な作品は、さっきも言ったが、別方向だ。どちらかというと、現に困ってるひとに対する、共感の提供がメイン。差別されてる女性が登場する。観客は、これはじぶんだ、と共感する。だけど、どうすればいいのかは、あまり描かれない」
宗像くんは、漫画の『大奥』を知ってるか、と訊いてきた。
私と松平は、内容はなんとなく知っている、と答えた。
「あれだって、日本的だよ。江戸時代で、権力者のジェンダーバランスが逆転する。問題が起こる。その問題は、現実の女性差別のうらがえしだ。ひとりの人間が、大勢の異性を囲うことの暴力性とかな。だけど、じゃあどうすればいいのかは、作品では明確になってない。あの作品が完結するとしても、最後に現実の日本と合流して終わり、だと予想するね」
宗像くんはそこまでまくしたてて、コーヒーを飲んだ。
それからふいに、
「……ん? どうした?」
と、周囲に目配せしてきた。
いや、なんと言いますか……まるで別人。
でも、そういうところを茶化す気にもならなかった。
ひとり歩美先輩だけは、フォークでケーキを切ったあと、黙って宗像くんのほうへ突き出した。
「なんだよ?」
「はい、あーん」
宗像くんは真っ赤になって、
「そういう恥ずかしいことをするな」
と怒った。
歩美先輩は冷静に、
「それって、ジェンダーへのこだわりじゃないの?」
と、真顔で言った。
宗像くんは、私たちのほうをちらっと見たあと、目をつむって、
「ちげえよ」
と言ってから、ぱくりと食べた。
いやあ、ほほえましい。ニヤニヤ──ん?
視線を感じる。
となりを見ると、松平が、俺も、みたいなオーラを出していた。
あなたは自分で食べなさいッ!
*173手目 初デートの夜空は
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**331手目 驚愕のダブルデート
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