444手目 かわいい
※ここからは、来栖さん視点です。
やはり慶長が残りましたか。
団体戦のときは、あからさまに調子が悪かったですからね。
私たちは控え室に陣取って、準備。
参加校が少ないので、こそこそやらなくていいです。
私が鞄を開けていると、古舘主将が、
「あ、来栖さん、それ……」
とこちらを見ました。
おわかりいただけましたか?
はしっこぐらしの、タヌキちゃんです。
かわいいでしょう。
「その盤駒、対局用にするから、そこに置いといて」
そ、そっち。
むぅ、これは頬ぷっくり案件。
だれか、このかわいさについて、語りませんか?
どうですか? どうですか?
私が期待していると、ひょっこり人影があらわれました。
慶長の若林さんでした。
「あ、はしっこぐらしでしょ? かわい~」
「ですよね~」
「僕もちょっと集めててさ。よんきょうだいの黄色が見つからないんだ」
「おつきさまは、すぐ売り切れちゃいましたからね~」
って、おい。
「スパイは禁止ですよ、スパイは」
「え、だれがスパイなの?」
「ここは帝大ブースです」
いいじゃないの、と若林さんは知らん顔。
ダメですよ。
「主将、スパイがいますよ」
古舘主将は、
「あ、若ったら、また悪さしてるな」
と言って、えりくびを押さえました。
若林さんは、余ったそでをぷらぷらさせて、
「してないってば~」
と言いながら、どこかへ連行されていきました。
そのあと主将が戻って来て、作戦会議。
みんなで円陣もどきです。
「さて……慶長のオーダーはわかっている。このアドバンテージを活かして……と言いたいところだけど、じつは変更の余地があまりない」
あちゃ~、思ったより、有利じゃないみたいです。
「論点をひとつに絞りたい。氷室が生河と当たるか、当たらないかだ」
全員の視線が、氷室さんに集まりました。
氷室さんは、いつものクールな顔で、
「……どういうこと?」
と訊き返しました。
みんな横転。
主将は、
「ごめん、論点を変えよう。氷室、今日の調子は?」
と訊きなおしました。
「いつも通り」
主将は、
「オッケー、それならいい」
と言って、テキトウにその場を解散させました。
そして、私に小声で質問。
「氷室vs生河、作る? 作らない?」
「私に訊くんですか? 鴻ノ池部長に訊くほうが、よくないです?」
「次期主将の意見を聞きたい」
私が主将なんですか? あ、うーん、まあいいですけど。
上が一方的に決めるの、どうなんですかね。
「なにとなにのバーターなんですか?」
「氷室vs生河のエース対決で勝つか、それともきみが児玉に勝つか」
次期主将云々、関係ないじゃないですか。当事者案件。
もっと具体的に訊くと、主将と日高さんが1番席で、2番席に当て馬を入れるか、入れないか。入れたら、当て馬vs児玉、私vs三和、氷室vs生河、部長vs武藤、入れなかったら、私vs児玉、氷室vs三和、部長vs生河。
「お言葉ですが、そこ迷っても埒が明かなくないです?」
主将は、まあね、と言って、
「いずれにせよ、ベストコンディションの慶長には、分が悪い。勝って4-3だと思う。逆にそこを突く。慶長はベストメンバーを変えないはずだ」
と声を潜めました。
私は、ちょっと時間をください、と言って、30秒ほど考えました。
「……エース対決のほうが、すっきりしません?」
古舘主将は、そのヤル気のなさそうな顔に、少しだけ笑みを浮かべました。
「それもそうか……じゃ、決定で」
時間になって、会場へ集合。
慶長と帝大がテーブルを囲み、大和がうしろのほうで偵察、という格好に。
古舘主将と日高さんが、代表で着席しました。
ゆずりあったあと、帝大からの読み上げに。
「帝國、1番席、副将、2年、僕」
日高さんは、呆れ顔になりました。
「またこの流れかよ……慶長、1番席、副将、2年、俺」
「2番席、三将、2年、三井陽介」
「2番席、四将、3年、児玉一朗」
「3番席、四将、1年、来栖莉帆」
「3番席、五将、4年、三和遍」
「4番席、六将、2年、氷室京介」
「4番席、六将、1年、生河ノア」
「5番席、八将、2年、鴻ノ池求」
「5番席、八将、1年、武藤佳樹」
「6番席、十将、4年、橋本龍」
「6番席、十将、2年、若林信」
「7番席、十二将、3年、鹿島拓都」
「7番席、十二将、3年、藤原智雄」
ほんとにそのまま来ましたね。
まあ、それもそうですか。
ベストメンバーで勝てそうなのに崩したら、負けたときショックですし。
ようするに心理戦なんですよね、これ。
私は3番席に着席。
「三和さん、よろしくお願いします」
「よろしく」
なんだか元気がないですね。
では、このちびかわ人形をお見せしましょう。
テーブルのうえに乗せて、と。
「あ、それ……」
お気づきですか。
「『ハァ!?』って挑発してくるハムスター?」
そ、それは半分正しいです。
「かわいいと思いませんか?」
「社会的に下駄をはき、のうのうと暮らしている日本の男性にも、『ハァ!?』というお気持ちがある」
機嫌悪ッ!
なにかありましたか?
とはいえ、私にも思うところがあるので、乗ります。
「たしかに、大企業の役員をみても、同レベルの役員同士では、女性のほうが高い学歴やキャリアを持っている傾向にありますね。男性役員は学士卒からの年功序列なのに、女性役員は海外のMBAを持ってる、みたいな」
「その通り。医大で女性に不利な採点がおこなわれているのも、塾関係者のあいだでは既知だからね。模試の偏差値と合格率とのあいだに、統計的な齟齬がある。来年あたり発覚して、大問題になるんじゃないかな」
ん? なにかネタがあったんですかね?
2018年問題?
「帝大、奇数先」
「慶長、偶数先」
あ、始まります。
幹事のひとから、準備の確認がありました。
「よろしいですか? ……では、始めてください」
「よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
私はチェスクロを押しました。
7六歩、3四歩、2六歩、8四歩、2五歩、8五歩、7八金、3二金。
【先手:来栖莉帆(帝大) 後手:三和遍(慶長)】
横歩ですか。
予想順位としては下でした。
研究かもしれませんが、序盤はさくさくで。
2四歩、同歩、同飛、4二玉、5八玉。
かたちはすぐに決めます。
8六歩、同歩、同飛、3六歩、8四飛、2五飛。
高飛車に。
三和さんは2三歩。
淡々としてますねえ。
三和さんのこういう指し方、好きですよ。
大舞台なのに、肩の力が抜けている。
3七桂、7二銀、3八銀、6四歩、1六歩、7四歩。
ふむ、間合いが難しいです。
詰め合ってるように見えますが、どちらかから速攻とはいかない。
「8七歩」
いったん収めます。
1四歩と突き返されて……このタイミングで攻めましょう。
「2四歩」
同歩、同飛。
「7五歩」
あ、攻め返されちゃいました。
2五飛と受けて、2三歩、7五歩、7三桂、2六飛、6五歩。
後手、積極的。
2二角成としても、同銀で手順ですが……ひとつ、暴れてみます。
3五歩で飛車の横利きを通してから、同歩、2二角成、同銀、8六飛。
ぶつけます。
三和さんは、ここで少し考えました。
取るか、2四飛ですよね。
2四飛、8二飛成、2八飛成の成り合いは、さすがに先手がいいと思います。
ただ、2四飛、8二飛成に6六歩と、味付けされるのは気になります。
(※図は来栖さんの脳内イメージです。)
6七が開くと、なにかと不安定になりますから。
と、ここまで考えたところで、三和さんは同飛。
ストレートにきました。
同歩、6六歩。
けっきょく突かれました。
7四歩で、桂頭攻め。
「9四角」
しつこいこびん狙い。
順番が複雑です。
7三歩成が第一感。後手も6七歩成一択。
同金は6六歩で終わるので、4八玉。
ここまでは確定路線のセットです。
そこから後手の選択肢が広く、
①7三銀と手を戻す
②3六歩で桂頭を攻める
③7八とで金を取る
の三択。順番的に①>②>③。
ここまでは読んでありました。
そこを深めていく必要があるわけですが……かなり微妙です。
7八と、7二と、7九と、6一と、6八飛、5八金打、6一飛成と抜く順は、ちょっとだけ先手指しやすいかな、と。
(※図は来栖さんの脳内イメージです。)
だから、三和さんも選択しにくいのではないでしょうか、くらいの結論です。
7三銀と3六歩は、本当に微差。
7三銀は、3四桂に5二玉とできるのが大きいです。
(※図は来栖さんの脳内イメージです。)
7三にと金がいるままだと、こっちへ逃げにくいんですよね。
なので、3六歩は4五桂、7八と、3四桂、3一玉となります。
(※図は来栖さんの脳内イメージです。)
これは後手不気味にも見えますが、3六の拠点も大きい。
攻め将棋のひとなら、3六歩か7八と。
受け将棋のひとなら、7三銀。
こうでしょうか。
三和さんはバランス型というかなんというか、決め打ちタイプじゃないので、そこからは判断できません。
ひとまず7三歩成として……6七歩成、4八玉。
問題の局面に。
三和さんは、さらに1分追加。
残り時間は、先手が18分、後手が17分。
こういうときの腰の落とし方、参考になります──あ、動きますね。
パシリ




