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凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第69章 2017年度王座戦関東選抜トーナメント2日目(2017年11月5日日曜)
459/496

444手目 かわいい

※ここからは、来栖くるすさん視点です。

 やはり慶長けいちょうが残りましたか。

 団体戦のときは、あからさまに調子が悪かったですからね。

 私たちは控え室に陣取って、準備。

 参加校が少ないので、こそこそやらなくていいです。

 私が鞄を開けていると、古舘ふるだて主将が、

「あ、来栖さん、それ……」

 とこちらを見ました。

 おわかりいただけましたか?

 はしっこぐらしの、タヌキちゃんです。

 かわいいでしょう。

「その盤駒、対局用にするから、そこに置いといて」

 そ、そっち。

 むぅ、これは頬ぷっくり案件。

 だれか、このかわいさについて、語りませんか?

 どうですか? どうですか?

 私が期待していると、ひょっこり人影があらわれました。

 慶長の若林わかばやしさんでした。

「あ、はしっこぐらしでしょ? かわい~」

「ですよね~」

「僕もちょっと集めててさ。よんきょうだいの黄色が見つからないんだ」

「おつきさまは、すぐ売り切れちゃいましたからね~」

 って、おい。

「スパイは禁止ですよ、スパイは」

「え、だれがスパイなの?」

「ここは帝大ブースです」

 いいじゃないの、と若林さんは知らん顔。

 ダメですよ。

「主将、スパイがいますよ」

 古舘主将は、

「あ、わかったら、また悪さしてるな」

 と言って、えりくびを押さえました。

 若林さんは、余ったそでをぷらぷらさせて、

「してないってば~」

 と言いながら、どこかへ連行されていきました。

 そのあと主将が戻って来て、作戦会議。

 みんなで円陣もどきです。

「さて……慶長のオーダーはわかっている。このアドバンテージを活かして……と言いたいところだけど、じつは変更の余地があまりない」

 あちゃ~、思ったより、有利じゃないみたいです。

「論点をひとつに絞りたい。氷室ひむろ生河いがわと当たるか、当たらないかだ」

 全員の視線が、氷室さんに集まりました。

 氷室さんは、いつものクールな顔で、

「……どういうこと?」

 と訊き返しました。

 みんな横転。

 主将は、

「ごめん、論点を変えよう。氷室、今日の調子は?」

 と訊きなおしました。

「いつも通り」

 主将は、

「オッケー、それならいい」

 と言って、テキトウにその場を解散させました。

 そして、私に小声で質問。

「氷室vs生河、作る? 作らない?」

「私に訊くんですか? 鴻ノ池こうのいけ部長に訊くほうが、よくないです?」

「次期主将の意見を聞きたい」

 私が主将なんですか? あ、うーん、まあいいですけど。

 上が一方的に決めるの、どうなんですかね。

「なにとなにのバーターなんですか?」

「氷室vs生河のエース対決で勝つか、それともきみが児玉こだまに勝つか」

 次期主将云々、関係ないじゃないですか。当事者案件。

 もっと具体的に訊くと、主将と日高ひだかさんが1番席で、2番席に当て馬を入れるか、入れないか。入れたら、当て馬vs児玉、私vs三和みわ、氷室vs生河、部長vs武藤むとう、入れなかったら、私vs児玉、氷室vs三和、部長vs生河。

「お言葉ですが、そこ迷っても埒が明かなくないです?」

 主将は、まあね、と言って、

「いずれにせよ、ベストコンディションの慶長には、分が悪い。勝って4-3だと思う。逆にそこを突く。慶長はベストメンバーを変えないはずだ」

 と声を潜めました。

 私は、ちょっと時間をください、と言って、30秒ほど考えました。

「……エース対決のほうが、すっきりしません?」

 古舘主将は、そのヤル気のなさそうな顔に、少しだけ笑みを浮かべました。

「それもそうか……じゃ、決定で」

 時間になって、会場へ集合。

 慶長と帝大がテーブルを囲み、大和やまとがうしろのほうで偵察、という格好に。

 古舘主将と日高さんが、代表で着席しました。

 ゆずりあったあと、帝大からの読み上げに。

「帝國、1番席、副将、2年、僕」

 日高さんは、呆れ顔になりました。

「またこの流れかよ……慶長、1番席、副将、2年、俺」

「2番席、三将、2年、三井みつい陽介ようすけ

「2番席、四将、3年、児玉こだま一朗いちろう

「3番席、四将、1年、来栖くるす莉帆りほ

「3番席、五将、4年、三和みわあまね

「4番席、六将、2年、氷室ひむろ京介きょうすけ

「4番席、六将、1年、生河いがわノア」

「5番席、八将、2年、鴻ノ池こうのいけもとむ

「5番席、八将、1年、武藤むとう佳樹よしき

「6番席、十将、4年、橋本はしもとりゅう

「6番席、十将、2年、若林わかばやしのぼる

「7番席、十二将、3年、鹿島かしま拓都たくろう

「7番席、十二将、3年、藤原ふじわら智雄ともお

 ほんとにそのまま来ましたね。

 まあ、それもそうですか。

 ベストメンバーで勝てそうなのに崩したら、負けたときショックですし。

 ようするに心理戦なんですよね、これ。

 私は3番席に着席。

「三和さん、よろしくお願いします」

「よろしく」

 なんだか元気がないですね。

 では、このちびかわ人形をお見せしましょう。

 テーブルのうえに乗せて、と。

「あ、それ……」

 お気づきですか。

「『ハァ!?』って挑発してくるハムスター?」

 そ、それは半分正しいです。

「かわいいと思いませんか?」

「社会的に下駄をはき、のうのうと暮らしている日本の男性にも、『ハァ!?』というお気持ちがある」

 機嫌悪ッ!

 なにかありましたか?

 とはいえ、私にも思うところがあるので、乗ります。

「たしかに、大企業の役員をみても、同レベルの役員同士では、女性のほうが高い学歴やキャリアを持っている傾向にありますね。男性役員は学士卒からの年功序列なのに、女性役員は海外のMBAを持ってる、みたいな」

「その通り。医大で女性に不利な採点がおこなわれているのも、塾関係者のあいだでは既知だからね。模試の偏差値と合格率とのあいだに、統計的な齟齬がある。来年あたり発覚して、大問題になるんじゃないかな」

 ん? なにかネタがあったんですかね?

 2018年問題?

「帝大、奇数先」

「慶長、偶数先」

 あ、始まります。

 幹事のひとから、準備の確認がありました。

「よろしいですか? ……では、始めてください」

「よろしくお願いします」

「よろしくお願いします」

 私はチェスクロを押しました。

 7六歩、3四歩、2六歩、8四歩、2五歩、8五歩、7八金、3二金。


【先手:来栖莉帆(帝大) 後手:三和遍(慶長)】

挿絵(By みてみん)


 横歩ですか。

 予想順位としては下でした。

 研究かもしれませんが、序盤はさくさくで。

 2四歩、同歩、同飛、4二玉、5八玉。

 かたちはすぐに決めます。

 8六歩、同歩、同飛、3六歩、8四飛、2五飛。


挿絵(By みてみん)


 高飛車に。

 三和さんは2三歩。

 淡々としてますねえ。

 三和さんのこういう指し方、好きですよ。

 大舞台なのに、肩の力が抜けている。

 3七桂、7二銀、3八銀、6四歩、1六歩、7四歩。

 ふむ、間合いが難しいです。

 詰め合ってるように見えますが、どちらかから速攻とはいかない。

「8七歩」

 いったん収めます。

 1四歩と突き返されて……このタイミングで攻めましょう。

「2四歩」

 同歩、同飛。

「7五歩」


挿絵(By みてみん)


 あ、攻め返されちゃいました。

 2五飛と受けて、2三歩、7五歩、7三桂、2六飛、6五歩。

 後手、積極的。

 2二角成としても、同銀で手順ですが……ひとつ、暴れてみます。

 3五歩で飛車の横利きを通してから、同歩、2二角成、同銀、8六飛。


挿絵(By みてみん)


 ぶつけます。

 三和さんは、ここで少し考えました。

 取るか、2四飛ですよね。

 2四飛、8二飛成、2八飛成の成り合いは、さすがに先手がいいと思います。

 ただ、2四飛、8二飛成に6六歩と、味付けされるのは気になります。


挿絵(By みてみん)


 (※図は来栖さんの脳内イメージです。)


 6七が開くと、なにかと不安定になりますから。

 と、ここまで考えたところで、三和さんは同飛。

 ストレートにきました。

 同歩、6六歩。

 けっきょく突かれました。

 7四歩で、桂頭攻め。

「9四角」


挿絵(By みてみん)


 しつこいこびん狙い。

 順番が複雑です。

 7三歩成が第一感。後手も6七歩成一択。

 同金は6六歩で終わるので、4八玉。

 ここまでは確定路線のセットです。

 そこから後手の選択肢が広く、


 ①7三銀と手を戻す

 ②3六歩で桂頭を攻める

 ③7八とで金を取る


 の三択。順番的に①>②>③。

 ここまでは読んでありました。

 そこを深めていく必要があるわけですが……かなり微妙です。

 7八と、7二と、7九と、6一と、6八飛、5八金打、6一飛成と抜く順は、ちょっとだけ先手指しやすいかな、と。


挿絵(By みてみん)


 (※図は来栖さんの脳内イメージです。)


 だから、三和さんも選択しにくいのではないでしょうか、くらいの結論です。

 7三銀と3六歩は、本当に微差。

 7三銀は、3四桂に5二玉とできるのが大きいです。


挿絵(By みてみん)


 (※図は来栖さんの脳内イメージです。)


 7三にと金がいるままだと、こっちへ逃げにくいんですよね。

 なので、3六歩は4五桂、7八と、3四桂、3一玉となります。


挿絵(By みてみん)


 (※図は来栖さんの脳内イメージです。)


 これは後手不気味にも見えますが、3六の拠点も大きい。

 攻め将棋のひとなら、3六歩か7八と。

 受け将棋のひとなら、7三銀。

 こうでしょうか。

 三和さんはバランス型というかなんというか、決め打ちタイプじゃないので、そこからは判断できません。

 ひとまず7三歩成として……6七歩成、4八玉。

 問題の局面に。

 三和さんは、さらに1分追加。

 残り時間は、先手が18分、後手が17分。

 こういうときの腰の落とし方、参考になります──あ、動きますね。


 パシリ


挿絵(By みてみん)

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