443手目 本調子
※ここからは、日高くん視点です。
打ってはみたものの……よくわからない。
さすがに後手がいいとは思う。先手の攻めは細い。
他の対局も確認したいが、さすがにこの状況じゃ無理だ。
むしろ俺のところが決勝席まである。
俺は真剣に読んだ。
ゲンも真剣に読んでいる。
パシリ
金寄り。
5八銀なら自信があった。こっちは、そんなにない。
2五銀、2六歩が本命。それ以外あるか?
なさそうなんだよな。
俺はもう一度念入りに読みたかったが、時間はあまりなかった。
先手が6分、後手が8分。
とりあえず、2五銀は確定だ。
これは指す。
2五銀、2六歩。
ここだ。ここが分岐点。
真っ先に思いつくのは、1六銀。
(※図は日高くんの脳内イメージです。)
リスクはある──が、攻め潰せるなら、これで問題ない。
逆に言えば、攻め潰せるかどうかが焦点。
読んでる限り、微妙に止まる可能性があった。
例えば1六銀、5三馬、2七銀成、同金に1六銀は遅い。
そこで1三角成と手を戻すか、って感じなんだが、だったら端攻めなんかしないほうがいいだろ、と考えることもできた。
しかし、端攻めをしないとなると……4六歩なんだよな。
(※図は日高くんの脳内イメージです。)
厳しい……のか?
このあと、どうする?
俺はチェスクロを見た。
まだ時間差はある。俺のほうが残している。
固さ勝負に出て、この差で突っ切るか?
そこまで考えて、俺は首を振った。
待て待て、これはもう将棋と関係ない思考になってるだろ。
危ない。
将棋をするんだ、将棋を。
俺は続きを読んだ──4八金引に3五桂?
(※図は日高くんの脳内イメージです。)
同歩……なわけないから、5三馬。
2七桂成、同金……思ったより微妙だな。
1六桂との組み合わせも考えたが、これも微妙だった。
グルグル回った挙句、1六銀+1三角成の組み合わせに決めた。
「1六銀」
ゲンは、うーむ、とうなって30秒ほど考えた。
5三馬。
俺は1三角成と手を戻す。
6一飛成、2一歩、8一龍。
「4六歩」
思ったより早く攻めに転じられた。
方針が定まらない現状だと、いいのか悪いのかわからない。
ゲンの4八金引に、俺は考え込む。
残り時間は5分。2分使って、2七銀成と交換した。
同金に1六桂と打つ。
もうちょっと時間を使いたかったものの、終盤が不安になった。
ゲンは10秒ほどで、3九玉と下がった。
「4七銀」
「4九銀だッ!」
ここで受けかよ。こりゃ千日手狙いだな。
俺は頭をかいた。
2五桂とでもしといてくれればなあ。
まあ、そんなこと考えてもしょうがない。
3五金で飛車先を通すか?
アリだが危な過ぎる。
俺は1分残して、4三飛と上がった。
もう交換してくれ。
ゲンは、ここで悩んだ。時間がないぜ。
ピッ
1分将棋に。
マズい、という表情。
「むむッ」
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「同馬ッ!」
同金引で、角を入手。
ゲンは予想通り、6一飛で詰めろをかけてきた。
2二金、2五桂。
ここで2四馬が、飛車当たりじゃないんだよな。
5一に打ってくれりゃよかったんだが。
1三桂不成は詰めろ。つまり2手スキ。
こっちは詰めろをかけるか、受ける必要がある。
ピッ
俺も1分将棋に。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
4八銀成、同銀。
決め手がないか? 1三桂不成は王手じゃないから、余裕がある。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! あ、これだ。
「4七歩成ッ!」
同銀に5七馬と入る。
王手銀取りで、馬取り回避。
これは好感触。
4八銀、5七……違う、こっちだ。
「2八金」
追い込む。
同金、同桂成、同玉、4八馬で、詰めろがかかった。
ゲンは肩を落とした。
「しまった、受けなしか……俺の負けだ」
「ありがとうございました」
ふぅ、勝った。最後は、あっさりだった。
俺は軽く息をついて、お茶を飲んだ。
ゲンは、うーむ、と首をかしげながら、
「最後は俺の速度計算が甘かったとして、どこがおかしかった? 2五桂か?」
と訊いた。
俺は、
「2五桂は、打つならこれって感じだったが」
と返した。
「千日手にするなら、5八銀引と徹底するんだった」
【検討図】
俺は少し考えて、
「どうだろうな……これはこれで、後手指しやすくないか?」
と言った。
ゲンは、
「自分で言っておいてなんだが、そうだな……飛車馬交換をあせったか」
と別の案を出した。
俺はそっちのほうに乗った。
というのも、交換して欲しくて、4三飛としたからだ。
それを伝えると、ゲンは、
「たしかに、飛んで火にいる夏の虫だったなあ。5二馬で粘ればよかった」
と反省した。
【検討図】
俺は、
「4八銀成、同銀、5七馬と飛び出して、4八歩、6七馬」
と読んだ。
ゲンは、
「こっちのほうがはっきりマシだ」
と断言した。
とはいえ、後手良しかな、とは思う。
俺はもうひとくちお茶を飲んで、キャップを締めた。
周囲を見回す──若林が遠くで、オッケーサインを出していた。
チーム勝ちだな。
「わりぃ、休憩取りたいから、おひらきでもいいか?」
ゲンは、チーム負けを悟っていたらしく、
「おう、いいぞ、がんばれよ」
と気軽に返してくれた。
ありがとうございました、と。
席を立つと、若林がちょこちょこっと駆け寄ってきた。
余った袖をぷらぷらさせて、
「いやー、快勝快勝」
と言った。
「5-2?」
「6-1」
そりゃ快勝だな。
俺は、
「若のオーダーがハマったのもある」
と褒めた。
「たまたまだけどね。これで僕たちの並びは、帝大にバレた」
そうなんだよな。
帝大は1局目を指してない。だから、オーダーは開示されていない。
不公平じゃないか、とも思う。
まあ、帝大も後出しオーダー作成はできなくて、今朝提出している。
ここから並び替えることはできない。
でも、あっちはこっちの並びを知っていて、こっちはあっちの並びを知らない。
これはハンデだ。
俺は、
「どうする? いっそのこと、このままいくか?」
と冗談を言った。
「シーッ、シーッ」
「そうあせるなって。戦力はこっちのほうが厚いんだ」
現七将ふたり、新人王がひとり。
じゃあなんで秋の団体戦で3位なんだよ、って話だが、三和先輩が来れなかったときがあったのと、生河の調子が悪かったのが大きい。
「虔ちゃん、急に強気だねえ」
ここでビビってもしょうがないからな。
俺は手洗いに行くと言って、いったん教室を出た。
トイレを済ませたところで、生河と出くわした。
「あ、先輩、おつかれさまです」
「おつかれさん……どうした、やけに嬉しそうだな?」
生河は笑顔で、
「都ノがAに上がったから、来年は愛智くんと指せるかな、と思って」
と答えた。
ドSか? ドSなのか?
「そ、そうか、団体戦だから、必ず当たるわけじゃないけどな」
生河はしょんぼりした。
俺のバカ。
対局前だからテンション上げていけ。
「とりあえず、次は氷室と当たる可能性がある。注意してくれ」
「注意? ……氷室先輩に、なにかありました?」
「あ、いや……深く考えなくていい。がんばってくれ」
生河はトイレに消えた。
俺は嘆息する。
どうもやりにくいな。悪いやつではないんだが。
コンビニへ行くかどうか迷っていると、廊下で大勢の声がした。
っと、帝大レギュラー陣のお出ましだ。
場所:2017年度王座戦関東選抜トーナメント 準決勝
先手:新田 元
後手:日高 虔
戦型:先手四間飛車vs後手居飛車穴熊
▲7六歩 △3四歩 ▲6六歩 △8四歩 ▲6八飛 △1四歩
▲1六歩 △4二玉 ▲7七角 △6二銀 ▲7八銀 △5四歩
▲3八銀 △5二金右 ▲6七銀 △7四歩 ▲4八玉 △5三銀
▲3九玉 △3二玉 ▲5八金左 △3三角 ▲7八飛 △2二玉
▲2八玉 △7二飛 ▲5六歩 △4四歩 ▲2六歩 △4三金
▲3六歩 △3二金 ▲6八角 △1二香 ▲2七銀 △1一玉
▲3八金 △2二銀 ▲4六歩 △4二銀 ▲4七金左 △3一銀右
▲8六歩 △6四歩 ▲5七角 △2四歩 ▲9六歩 △9四歩
▲8八飛 △8二飛 ▲3七桂 △2三銀 ▲2五歩 △同 歩
▲1五歩 △同 歩 ▲2五桂 △2四角 ▲7五歩 △同 歩
▲7八飛 △7二飛 ▲9五歩 △同 歩 ▲8五歩 △7四飛
▲1三歩 △同 桂 ▲同桂成 △同 香 ▲2五桂 △1四香
▲4五歩 △5七角成 ▲同 金 △2四角 ▲4四歩 △同 金
▲1三角 △2二銀 ▲2四角成 △同 銀 ▲4一角 △7二飛
▲1三歩 △2三銀 ▲6三角成 △4二飛 ▲7五飛 △7四歩
▲同 飛 △7三歩 ▲8四飛 △8三歩 ▲6四飛 △7九角
▲4七金寄 △2五銀 ▲2六歩 △1六銀 ▲5三馬 △1三角成
▲6一飛成 △2一歩 ▲8一龍 △4六歩 ▲4八金引 △2七銀成
▲同 金 △1六桂 ▲3九玉 △4七銀 ▲4九銀 △4三飛
▲同 馬 △同金引 ▲6一飛 △2二金 ▲2五桂 △4八銀成
▲同 銀 △4七歩成 ▲同 銀 △5七馬 ▲4八銀 △2八金
▲同 金 △同桂成 ▲同 玉 △4八馬
まで130手で日高の勝ち




