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凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第69章 2017年度王座戦関東選抜トーナメント2日目(2017年11月5日日曜)
458/496

443手目 本調子

※ここからは、日高ひだかくん視点です。

 打ってはみたものの……よくわからない。

 さすがに後手がいいとは思う。先手の攻めは細い。

 他の対局も確認したいが、さすがにこの状況じゃ無理だ。

 むしろ俺のところが決勝席まである。

 俺は真剣に読んだ。

 ゲンも真剣に読んでいる。

 

 パシリ


挿絵(By みてみん)


 金寄り。

 5八銀なら自信があった。こっちは、そんなにない。

 2五銀、2六歩が本命。それ以外あるか?

 なさそうなんだよな。

 俺はもう一度念入りに読みたかったが、時間はあまりなかった。

 先手が6分、後手が8分。

 とりあえず、2五銀は確定だ。

 これは指す。

 2五銀、2六歩。

 ここだ。ここが分岐点。

 真っ先に思いつくのは、1六銀。


挿絵(By みてみん)


 (※図は日高くんの脳内イメージです。)


 リスクはある──が、攻め潰せるなら、これで問題ない。

 逆に言えば、攻め潰せるかどうかが焦点。

 読んでる限り、微妙に止まる可能性があった。

 例えば1六銀、5三馬、2七銀成、同金に1六銀は遅い。

 そこで1三角成と手を戻すか、って感じなんだが、だったら端攻めなんかしないほうがいいだろ、と考えることもできた。

 しかし、端攻めをしないとなると……4六歩なんだよな。


挿絵(By みてみん)


 (※図は日高くんの脳内イメージです。)


 厳しい……のか?

 このあと、どうする?

 俺はチェスクロを見た。

 まだ時間差はある。俺のほうが残している。

 固さ勝負に出て、この差で突っ切るか?

 そこまで考えて、俺は首を振った。

 待て待て、これはもう将棋と関係ない思考になってるだろ。

 危ない。

 将棋をするんだ、将棋を。

 俺は続きを読んだ──4八金引に3五桂?


挿絵(By みてみん)


 (※図は日高くんの脳内イメージです。)


 同歩……なわけないから、5三馬。

 2七桂成、同金……思ったより微妙だな。

 1六桂との組み合わせも考えたが、これも微妙だった。

 グルグル回った挙句、1六銀+1三角成の組み合わせに決めた。

「1六銀」

 ゲンは、うーむ、とうなって30秒ほど考えた。

 5三馬。

 俺は1三角成と手を戻す。

 6一飛成、2一歩、8一龍。

「4六歩」


挿絵(By みてみん)


 思ったより早く攻めに転じられた。

 方針が定まらない現状だと、いいのか悪いのかわからない。

 ゲンの4八金引に、俺は考え込む。

 残り時間は5分。2分使って、2七銀成と交換した。

 同金に1六桂と打つ。

 もうちょっと時間を使いたかったものの、終盤が不安になった。

 ゲンは10秒ほどで、3九玉と下がった。

「4七銀」

「4九銀だッ!」


挿絵(By みてみん)


 ここで受けかよ。こりゃ千日手狙いだな。

 俺は頭をかいた。

 2五桂とでもしといてくれればなあ。

 まあ、そんなこと考えてもしょうがない。

 3五金で飛車先を通すか?

 アリだが危な過ぎる。

 俺は1分残して、4三飛と上がった。

 もう交換してくれ。

 ゲンは、ここで悩んだ。時間がないぜ。


 ピッ


 1分将棋に。

 マズい、という表情。

「むむッ」


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


「同馬ッ!」

 同金引で、角を入手。

 ゲンは予想通り、6一飛で詰めろをかけてきた。

 2二金、2五桂。

 ここで2四馬が、飛車当たりじゃないんだよな。

 5一に打ってくれりゃよかったんだが。

 1三桂不成は詰めろ。つまり2手スキ。

 こっちは詰めろをかけるか、受ける必要がある。


 ピッ


 俺も1分将棋に。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 4八銀成、同銀。

 決め手がないか? 1三桂不成は王手じゃないから、余裕がある。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! あ、これだ。


「4七歩成ッ!」

 同銀に5七馬と入る。


挿絵(By みてみん)


 王手銀取りで、馬取り回避。

 これは好感触。

 4八銀、5七……違う、こっちだ。

「2八金」

 追い込む。

 同金、同桂成、同玉、4八馬で、詰めろがかかった。


挿絵(By みてみん)


 ゲンは肩を落とした。

「しまった、受けなしか……俺の負けだ」

「ありがとうございました」

 ふぅ、勝った。最後は、あっさりだった。

 俺は軽く息をついて、お茶を飲んだ。

 ゲンは、うーむ、と首をかしげながら、

「最後は俺の速度計算が甘かったとして、どこがおかしかった? 2五桂か?」

 と訊いた。

 俺は、

「2五桂は、打つならこれって感じだったが」

 と返した。

「千日手にするなら、5八銀引と徹底するんだった」


【検討図】

挿絵(By みてみん)


 俺は少し考えて、

「どうだろうな……これはこれで、後手指しやすくないか?」

 と言った。

 ゲンは、

「自分で言っておいてなんだが、そうだな……飛車馬交換をあせったか」

 と別の案を出した。

 俺はそっちのほうに乗った。

 というのも、交換して欲しくて、4三飛としたからだ。

 それを伝えると、ゲンは、

「たしかに、飛んで火にいる夏の虫だったなあ。5二馬で粘ればよかった」

 と反省した。


【検討図】

挿絵(By みてみん)


 俺は、

「4八銀成、同銀、5七馬と飛び出して、4八歩、6七馬」

 と読んだ。

 ゲンは、

「こっちのほうがはっきりマシだ」

 と断言した。

 とはいえ、後手良しかな、とは思う。

 俺はもうひとくちお茶を飲んで、キャップを締めた。

 周囲を見回す──若林わかばやしが遠くで、オッケーサインを出していた。

 チーム勝ちだな。

「わりぃ、休憩取りたいから、おひらきでもいいか?」

 ゲンは、チーム負けを悟っていたらしく、

「おう、いいぞ、がんばれよ」

 と気軽に返してくれた。

 ありがとうございました、と。

 席を立つと、若林がちょこちょこっと駆け寄ってきた。

 余ったそでをぷらぷらさせて、

「いやー、快勝快勝」

 と言った。

「5-2?」

「6-1」

 そりゃ快勝だな。

 俺は、

わかのオーダーがハマったのもある」

 と褒めた。

「たまたまだけどね。これで僕たちの並びは、帝大ていだいにバレた」

 そうなんだよな。

 帝大は1局目を指してない。だから、オーダーは開示されていない。

 不公平じゃないか、とも思う。

 まあ、帝大も後出しオーダー作成はできなくて、今朝提出している。

 ここから並び替えることはできない。

 でも、あっちはこっちの並びを知っていて、こっちはあっちの並びを知らない。

 これはハンデだ。

 俺は、

「どうする? いっそのこと、このままいくか?」

 と冗談を言った。

「シーッ、シーッ」

「そうあせるなって。戦力はこっちのほうが厚いんだ」

 現七将ふたり、新人王がひとり。

 じゃあなんで秋の団体戦で3位なんだよ、って話だが、三和みわ先輩が来れなかったときがあったのと、生河いがわの調子が悪かったのが大きい。

けんちゃん、急に強気だねえ」

 ここでビビってもしょうがないからな。

 俺は手洗いに行くと言って、いったん教室を出た。

 トイレを済ませたところで、生河と出くわした。

「あ、先輩、おつかれさまです」

「おつかれさん……どうした、やけに嬉しそうだな?」

 生河は笑顔で、

都ノみやこのがAに上がったから、来年は愛智あいちくんと指せるかな、と思って」

 と答えた。

 ドSか? ドSなのか?

「そ、そうか、団体戦だから、必ず当たるわけじゃないけどな」

 生河はしょんぼりした。

 俺のバカ。

 対局前だからテンション上げていけ。

「とりあえず、次は氷室ひむろと当たる可能性がある。注意してくれ」

「注意? ……氷室先輩に、なにかありました?」

「あ、いや……深く考えなくていい。がんばってくれ」

 生河はトイレに消えた。

 俺は嘆息する。

 どうもやりにくいな。悪いやつではないんだが。

 コンビニへ行くかどうか迷っていると、廊下で大勢の声がした。

 っと、帝大レギュラー陣のお出ましだ。

場所:2017年度王座戦関東選抜トーナメント 準決勝

先手:新田 元

後手:日高 虔

戦型:先手四間飛車vs後手居飛車穴熊


▲7六歩 △3四歩 ▲6六歩 △8四歩 ▲6八飛 △1四歩

▲1六歩 △4二玉 ▲7七角 △6二銀 ▲7八銀 △5四歩

▲3八銀 △5二金右 ▲6七銀 △7四歩 ▲4八玉 △5三銀

▲3九玉 △3二玉 ▲5八金左 △3三角 ▲7八飛 △2二玉

▲2八玉 △7二飛 ▲5六歩 △4四歩 ▲2六歩 △4三金

▲3六歩 △3二金 ▲6八角 △1二香 ▲2七銀 △1一玉

▲3八金 △2二銀 ▲4六歩 △4二銀 ▲4七金左 △3一銀右

▲8六歩 △6四歩 ▲5七角 △2四歩 ▲9六歩 △9四歩

▲8八飛 △8二飛 ▲3七桂 △2三銀 ▲2五歩 △同 歩

▲1五歩 △同 歩 ▲2五桂 △2四角 ▲7五歩 △同 歩

▲7八飛 △7二飛 ▲9五歩 △同 歩 ▲8五歩 △7四飛

▲1三歩 △同 桂 ▲同桂成 △同 香 ▲2五桂 △1四香

▲4五歩 △5七角成 ▲同 金 △2四角 ▲4四歩 △同 金

▲1三角 △2二銀 ▲2四角成 △同 銀 ▲4一角 △7二飛

▲1三歩 △2三銀 ▲6三角成 △4二飛 ▲7五飛 △7四歩

▲同 飛 △7三歩 ▲8四飛 △8三歩 ▲6四飛 △7九角

▲4七金寄 △2五銀 ▲2六歩 △1六銀 ▲5三馬 △1三角成

▲6一飛成 △2一歩 ▲8一龍 △4六歩 ▲4八金引 △2七銀成

▲同 金 △1六桂 ▲3九玉 △4七銀 ▲4九銀 △4三飛

▲同 馬 △同金引 ▲6一飛 △2二金 ▲2五桂 △4八銀成

▲同 銀 △4七歩成 ▲同 銀 △5七馬 ▲4八銀 △2八金

▲同 金 △同桂成 ▲同 玉 △4八馬


まで130手で日高の勝ち

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