442手目 A級校、激突
※ここからは、新田くん視点です。
いっちにー、さんしー。
今日も気合十分。
俺が準備体操をしていると、中禅寺が、
「先輩、気合い入ってますね」
と、椅子に座ったまま言ってきた。
頬杖をついてる場合じゃないぞ。
「王座戦のチャンスだからな。ひそかもラジオ体操しろ」
「いや、ラジオ体操はちょっと……」
体を鍛えなくて、どうする。将棋は体力だ。
いっちにー、さんしー。
っと、幹事が来た。
「大和と慶長の選手は、対局会場へ集合してください」
いざ、出陣。
ぞろぞろと移動する。
対局会場は、がらんとした教室だった。
帝大は重役出勤か。偵察のメンバーしかいない。
うしろのほうで待機していると、慶長の日高が、
「よう、ゲン」
とあいさつしてきた。
俺は、
「おう、日高、調子はどうだ?」
と返した。
「まあまあ」
「ラジオ体操はしてるか?」
「ら、ラジオ体操?」
日高は首をかしげつつ、会場を見回した。
「2校だけだと、さすがに寂しいな」
全員が集まったところで、幹事は教壇に立った。
「オーダー表を返却します。オーダー交換をしてください」
俺と日高が受け取って、1番席に座る。
「よし、日高からでいいぞ」
「ゲンからでいい」
「わかった。大和、1番席、副将、2年、俺」
「慶長、1番席、副将、2年、俺」
日高とだな。腕が鳴る。
「2番席、四将、1年、中禅寺ひそか」
「2番席、四将、3年、児玉一朗」
「3番席、六将、2年、杉下稔」
「3番席、五将、4年、三和遍」
「4番席、八将、3年、高山勇大」
「4番席、六将、1年、生河ノア」
「5番席、十将、3年、三島淳太」
「5番席、八将、1年、武藤佳樹」
「6番席、十二将、3年、山田孝典」
「6番席、十将、2年、若林信」
「7番席、十三将、1年、大塒進」
「7番席、十二将、3年、藤原智雄」
よーし、全員席につけ。俺はこのまま。
駒を並べて、振り駒。
「俺でいいか?」
日高は、どうぞ、と了承した。
それッ……表が3枚。
「大和、奇数先ッ!」
「慶長、偶数先」
幹事は、準備が終わったことを確認した。
「よろしいですね? ……それでは、始めてください」
俺は、右手のこぶしを左手のひらにパンと当てた。
「よろしくお願いしますッ!」
「よろしくお願いします」
日高がチェスクロを押して、対局開始。
7六歩、3四歩、6六歩、8四歩、6八飛。
【先手:新田元(大和) 後手:日高虔(慶長)】
対抗形だ。
奇はてらわない。正面からいく。
1四歩、1六歩、4二玉、7七角、6二銀、7八銀。
日高も、特には用意してないだろう。
だれと当たるかなんて、予測できん。
5四歩、3八銀、5二金右、6七銀、7四歩、4八玉。
後手はなんだ? 急戦か? 持久戦か?
日高らしいといえば、日高らしい態度保留だ。
5三銀、3九玉、3二玉、5八金左、3三角。
ここで三間に振りなおす。7八飛。
いつまでも動かないなら、こちらからいく。
2二玉、2八玉。
日高は、
「受けなきゃ開戦か……7二飛」
と言って、受けた……のか?
7五歩はできなくなった。
が、受けられた感じはしない。
日高は日高で、スキを狙ってる。
5六歩、4四歩、2六歩、4三金。
うーむ、穴熊っぽいぞ。
ならば銀冠。
3六歩、3二金、6八角、1二香。
案の定だ。
2七銀、1一玉、3八金、2二銀、4六歩、4二銀、4七金左。
日高は3一銀右と、執拗に固めた。
ここはチャンスだ。
「8六歩ッ!」
穴熊に時間がかかって、8筋がまったく進展していない。
ここを狙う。
日高は、
「ふーん、うまいな」
と感心していた。
そうだろう。
と、調子に乗ってる場合じゃない。
後手4枚穴熊なのは、変わらん。
日高は6四歩で牽制した。
5七角、2四歩、9六歩、9四歩。
飽和してきた。
8八飛、8二飛、3七桂、2三銀。
千日手にするか? ……ムリだな。
こっちがうろうろしてるあいだに、後手はもっと固くできる。
そのあと、日高からポンとしてくるのは確実だ。
攻めるか? 攻めるしかないように思う。
「……2五歩」
日高は口笛を吹きかけて、おっとっと、という感じでやめた。
「過激だなあ」
日高は後頭部を掻いた。
長考。
タイミング的には、悪くない。
この段階なら、桂馬を跳ねている分、俺のほうが上部は厚い。
「……」
「……」
日高は、ひと息ついた。
ペットボトルのお茶を飲む。
ギャップを閉めて、右のこめかみの髪をさわった。
「組んだ以上は、固さに賭けるか」
2五同歩。
以下、1五歩、同歩、2五桂、2四角の瞬間、7五歩。
全体的なバランスが活きてきた。
これぞプロポーションの極み。
同歩に7八飛と回って、揺さぶりをかける。
7二飛。
「9五歩だ」
さらに突く。
同歩、8五歩。
日高は、
「これは付き合えない。7四飛」
と浮いた。
よしよし、思ったよりも流れがいい。
俺は続きを読んだ。
候補手は6五歩か、1三歩。
まず1三歩から読む。
(※図は新田くんの脳内イメージです。)
同桂、同桂成、同香、2五桂、1四香のあとだな、問題は。
もう駒がない。
ここで6五歩か?
4五歩もありかもな。角交換を強要すれば、まだ攻めは続く。
そうなると、1三歩と打たないで4五歩もアリか?
うーむ、さすがにそれはないかもしれん。
俺は腕組みをした。
……………………
……………………
…………………
………………
基本にもどろう。
攻めが止まったら負けだ。
後手が穴熊を再構築したら、どうにもならない。
となれば、角交換はアリだ。
じゃあ、1三歩じゃなくて、6五歩、同歩、7五角は、どうだ?
(※図は新田くんの脳内イメージです。)
攻めという意味では、これも続きそうだ。
俺はそこまで考えて、悩んだ。
石膏に最初の一撃を加えるときのような、そういう迷いだ。
7五角のあと、後手の対応次第では、1三歩と打てる。
しかし、7五角、2二銀なら、1三歩に同銀という、別ルートが発生する。
こいつが厄介だ。
「……1三歩」
こっちだ。
6五歩、同歩、7五角は、飛車筋が通る。
だが、後手に反撃のチャンスも与えてしまう。
日高は戦線拡大したいはず。
俺の予想は当たったのか、日高も悩まし気になった。
1分ほど考えて、同桂。
同桂成、同香、2五桂、1四香。
「4五歩だ」
押し込む。
「交換するしかないか。5七角成」
同金……2四角。
攻防に打ってきた。
4七金寄は、4五歩と手を戻されて続かん。
「4四歩ッ!」
同金に1三角と打つ。
この消しが効くはず。
日高もさすがに読んでいるから、ノータイムで2二銀。
2四角成、同銀に4一角と打つ。
どうだ、飛車金両取り。
日高は、
「しくったな。7二飛」
と引いた。
1三歩、2三銀、6三角成、4二飛。
俺は7五飛と飛び出す。
日高は7四歩、同飛、7三歩の連打で止めてきた。
8四飛と寄る。
「8三歩」
歩が豊富だな。
同飛成……待て待て。
同飛成、8二歩、8四龍は遅い。
6四飛と寄る。
日高は小康とばかりに、7九角と打った。
くッ、正念場か。




