表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第66章 聖生復活(2017年10月23日月曜)
442/496

428手目 異常

 感想戦は、2九飛から始まった。


【検討図】

挿絵(By みてみん)


 この局面を指摘したのは、氷室ひむろくんだった。

 だけど、風切かざぎり先輩も、ああ、そこな、みたいな反応。

 急所だったっぽい。

 氷室くんは、

「手拍子でしたね。打ってもしょうがなかったです」

 と、あくまでも冷静に、ただし、自嘲気味に言った。

 風切先輩は、

「とはいえ、他に手もないしな。2六歩と垂らすくらいか?」

 と、代案を出した。

「2二歩と叩きますよね?」

「ああ、叩く」

 ふたりは黙って進めた。

 同玉、6八銀、6二龍、2五歩。


【検討図】

挿絵(By みてみん)


 穴熊も崩れたし、後手、勝てなさそう。

 氷室くんは、

「もっと前の段階で、変える必要がありますね」

 と認めた。

 その瞬間、となりの火村ほむらvsたちばなも終わった。

 橘先輩の勝ち。

 終局時の先輩は、怖いくらいに鬼気迫っていた。

 今回の大会に向けて、仕上げてきたのだろうか。

 火村さんは、大きくタメ息をついて、

「全然ダメだったわ」

 と姿勢を崩した。

 中盤以降、いいところがなかったらしい。

 氷室くんは、となりも終わったことを確認して、

「決勝もありますし、このくらいにしますか」

 と提案した。

「べつに、もうちょっとやってもいいが……」

「調べたい点は多いので、またの機会にしましょう」

 ふたりとも一礼して、終わった。

 休憩時間になって、ギャラリーは洋室から流れ出た。

 私も出たところで、松平まつだいらが待っていた。

「そっちは?」

太宰だざいはまだいない」

「将棋将棋」

 志邨しむらさんと朽木くちき先輩の勝ち。松平はそう答えた。

 そっかぁ、大谷おおたにさんは負けたか。残念。

 内容的にも、志邨さんが終始優勢だったみたい。

「そういえば、大谷さんは?」

「手洗いじゃないか?」

 どうしたものかな、と思っていると、志邨さんに話しかけられた。

裏見うらみさん、松平さん、すこしいいですか?」

 え、なんですか。

 思い当たる節がないから、びっくりしてしまった。

 志邨さんは、

「太宰先輩から連絡があって、1階に来てくれませんか、だそうです」

 と言った。

 二重にびっくりする。

 私は、

「太宰くんから? なんで?」

 とたずね返した。

「そこはわかんないです。訊いたんですが、既読がつかないので」

 松平も、なにかたずねかけた。

 でも、幹事のひとが、

「あと5分で決勝です。選手は全員、洋室へ集合してください」

 と宣言した。

 志邨さんは、それじゃ、と言って、そのまま去った。

 私たちは、顔を見合わせる。

 松平は肩をすくめて、

「いたずらに付き合うかどうか、だな」

 と返した。

「単なるいたずらだと思う?」

「でなきゃ異常だぜ」

 異常──その言葉を使っていいのかどうか、私には判断がつきかねた。

 そのときちょうど、大谷さんがトイレから出てきた。

 私は、今のできごとを説明した。

 大谷さんの第一声は、

「見過ごすのも、ひとつの手かと思いますが……」

 だった。

 たぶん、本心だろう。

 私は、

「そうね、もう解散したんだし、今さら……」

 と言い終えるまえに、口を閉ざした。

 聞きなれたタイヤの音がしたからだ。

 ばんくんだった。

「おーい」

 磐くんは、私たちの回りを一周して、ブレーキをかけた。

 松平は、

「危ないだろ」

 と注意した。

「太宰から、連絡がなかったか?」

 三重のおどろき。

 松平は、あった、と答えた。

 磐くんは、

「俺のMINEにも連絡してきたんだが、そのあと既読がつかない」

 さっきの志邨さんと、似たようなセリフだった。

 私たちは視線をかわす。

 最初に口をひらいたのは、松平だった。

「……氷室と火村も、もらってるんじゃないか?」

 私も、その可能性に気づいていた。

 待合スペースには、ふたりの姿がない。

 洋室をサッと覗いてみたけど、やっぱりいなかった。

 大谷さんは、

「拙僧がいないあいだ、エレベータに乗りこんだひとは?」

 とたずねた。

 うーん、見張ってたわけじゃ、ないからなあ。

 ふたたび視線が交錯した。

 松平は、

「とりあえず、ここで議論するのは、マズいと思うんだが……」

 と小声で言った。

 たしかに、さっきからひとがうろうろしている。

 特に磐くんは目立つから、ちらちら見られていた。

 こういうときは、もう判断役に任せるしかない。

「大谷さんは、どう?」

 私の問いかけに、大谷さんはしばらくのあいだ、黙考した。

「……1階へ参りましょう」

 私たちは、エレベータに乗りこんだ。

 ドアが閉まったところで、私は大谷さんに、

「こっちを選んだ理由は?」

 とたずねた。

「さしたる理由はありません。ただ……」

「ただ?」

「火村さんの勘を、信じてみたくあります。彼女が1階へ向かったのならば、なにかを嗅ぎつけた、ということでしょう」

 1階へ到着して、ドアがひらいた。

 目のまえには、公民館とは思えない、キラキラした空間があらわれた。

 前提知識がなければ、ショッピングモールの1階に見えただろう。

 氷室くんと火村さんは、すぐに見つかった。

 中央ホールの真ん中、噴水の近くに立っていた。

 私たちは急いで近づいた。

 火村さんは、とちゅうでこちらに気づいて、

「やっぱり来たわね」

 と言った。

 大谷さんは、

「おふたりは、どのようなご用件で?」

 と、聞き出すかたちで切り出した。

 火村さんは、

「あたしは、氷室に呼び出されたのよ。そっちは?」

 と答えた。

「拙僧たちは、志邨さんからの伝言で知りました」

「つばめちゃんから?」

「正確には、志邨さんに連絡した太宰さんから、です」

 なるほどね、と火村さんは言った。

「氷室、あんたと太宰で、つるんでたわね」

 氷室くんは、悪びれたようすもなく、

「すまない、ちょっと今回は、おたがいに疑心暗鬼でね。それも……」

 と、ポケットから紙切れを取り出した。

「この怪文書のせいさ」

 !?

 吃驚する私をよそに、磐くんは、

「なんだ、おまえももらったのか」

 と言って、似たような紙を取り出した。

 火村さんも持っていることが判明して、この場の全員が名宛人になった。

 それぞれ見比べてみる。

 新聞や雑誌の切り抜きを使っていて、文字は不均一だった。

 けど、文面は同一で、この公民館に来い、というものだった。

 磐くんは、

「で、これを送りつけたのが、太宰ってわけだ」

 と、私たちと同じ結論に至った。

 ところが、氷室くんの返答は、意外なものだった。

「いや、そこまでは知らない」

 磐くんは、眉間にしわを寄せた。

「知らない?」

「準決勝の開始前、太宰から連絡があったんだよ。このメンツで、集まるタイミングを作って欲しいってね。どういう了見なのかたずねたけど、返信はなかった」

 なにそれ。

 火村さんは両手を腰に当てて、

「ハァ~、はた迷惑ね」

 と嘆息した。

 一方、磐くんは、

「ん? おい、ちょっと待て、氷室、まさかわざと負けたんじゃないだろうな?」

 と言い出した。

 氷室くんは、

「なんのこと?」

 ととぼけた。

「おまえ、対局中にトイレへ立ったよな? あのとき、火村と大谷が負けそうかどうか確認して、じぶんも負けたんじゃないか?」

 あッ……言われてみると、あやしい。

 感想戦も、やけに早く切り上げていた。

 だけど、氷室くんは、

「いや、さすがにそんな失礼なことはしないよ。2九飛が手拍子だっただけさ」

 と弁明した。

「ほんとかぁ?」

 磐くんは、うさんくさいものを見るような目つきで、氷室くんの顔を観察した。

 でも、氷室くんは、まったく動じていなかった。

「とりあえず、太宰はすぐ来るはずだ。それまで待とう」

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………まだですか?

 火村さんは、

「もう10分も待ってるわよ」

 と、おかんむりだった。

 氷室くんも気になったのか、スマホで時間を確認した。

「たしかに、遅いな……っと」

 スマホが振動した。

 氷室くんが出たところで、磐くんは、

「スピーカーにしてくれ。ひそひそ話は禁止だ」

 と釘を刺した。

 氷室くんは、スピーカーに切り替えた。

 スマホの画面には、太宰、という名前が出ていた。

《はじめまして、諸君》

 数秒、沈黙が続いた。

 最初に声を発したのは、磐くんだった。

「おい……だれだ?」

 軽い笑いが、スピーカーから聞こえた。

《わからないかね? ……きみたちが聖生のえると呼んでいる者だ》

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=891085658&size=88
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ