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凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第65章 2017年度秋季個人戦2日目(2017年10月22日日曜)
437/496

423手目 猛攻

 風切かざぎり先輩は残り12分まで考えて、3一飛と引いた。


挿絵(By みてみん)


 攻めを控えた。タイミングを見計らっているようにも見える。

 愛智あいちくんもすぐに見抜いて、

「後手から仕掛けなおすっぽいですね。手待ちじゃないと思います」

 と指摘した。

 多分、そう。

 生河いがわくんは5八飛と、いったん回った。

 攻めてこい、という手だ。

 風切先輩は、それに乗った。

 3六歩。おそらくは予定通りの開戦。

 3八飛、4一飛。


挿絵(By みてみん)


 これは? ……4筋を突破するつもり?

 間に合う? 2四歩があるんじゃない?

 私は読みを入れた──2四歩よりも、後手の攻めが速そう。

 2四歩、5三角、2三歩成、5六銀。


【参考図】

挿絵(By みてみん)


 この手が成立する。同金に4八歩成だ。

 ただし、後手が銀桂損の展開。形勢はよくわからない。

 風切先輩が選択したなら、成立してるんでしょうけど……これも信用か。

 生河くんは、なかなか指さなかった。

 長考に入った。

 愛智くんは、

「いよいよ7四歩の検討だと思います」

 と予想した。

「ムリじゃない? 7四歩、同歩のあとがないから」

「風切先輩が動いたので、さっきと状況が違うんですよね。今はバランスが崩れてます。7四同歩に2四歩、同歩、2八飛と揺さぶって、さばけたところで7筋にもう一回手をつける、という感じじゃないでしょうか」

 私は、指摘された順を読んだ──なるほど、ありそう。

 よく見たら、歩は3筋にも落ちている。

 ギャラリーたちは、固唾を飲んで見守った。

 3分経過後、生河くんは動いた。


 パシリ


挿絵(By みてみん)


 行った。

 風切先輩も覚悟していたらしく、ノータイムで同歩。

 2四歩、同歩、2八飛、3三角、8六桂。

 愛智くんは、

「ここで打つのか……」

 と、独り言をつぶやいた。

 8四歩。

 風切先輩は、先手を急かす方針へシフトした。

 技の掛け合いになっている。

 相手の狙いを見抜いて、それを潰すように手を変えているのだ。

 生河くんは7筋の攻防をキャンセルして、3六銀と出た。

 同銀、2四角、同角、同飛、4八歩成、3六歩。

 風切先輩は4七飛成、生河くんは2一飛成で、一気に成り込んだ。


挿絵(By みてみん)


 なるべく第三者の立場で見ようと、私は努めた。

 正直にいうと……後手が若干悪いと思う。

 ここにきて、7四歩の突き捨てが効いていた。

 私は風切先輩の表情をチェック。

 いつも通り真剣な、だけど内面で緊張しているような表情だった。

 一方、生河くんも、いつにない気迫を帯びていた。

 ギャラリーの形勢判断は、互角か、やや先手持ち。

 後手を持ちたいという声は聞こえなかった。

 風切先輩もそれを認めるように、4一歩と一回受けた。

 生河くんは3二龍で、横利きの筋を変えた。

 風切先輩、ここで小考。

 愛智くんは、

「5二龍と切られたら、かなり厳しいのでは……」

 とぼそり。

 私もその筋を考えていた。

 一例として、5二龍、同金、7四桂、8三玉、8二金。


【参考図】

挿絵(By みてみん)


 後手、すでに寄りそう。7四玉と上に逃げても、7五歩、同玉、7六歩、7四玉、7二金で、上下挟み撃ちになる。これはもう敗勢に近い。


 パシリ


挿絵(By みてみん)


 あ、うーん……受けざるをえないか。

 生河くんの手は早かった。7五歩。

 愛智くんは、

「7筋の攻め、通りましたか。これは後手が忙しくなりました」

 と断じた。

 5八と、7四歩、6二銀、2八角。


挿絵(By みてみん)


 て、典型的なこびん狙い。

 さすがにこれは許容できないから、風切先輩は消しにかかった。

 3七歩、同角、同龍、同桂。

 残り時間は、先手が10分、後手が5分。

 風切先輩はそのうち1分使って、6九と。アヤを求めた。

 生河くんも1分使って、銀を打ち込んだ。


挿絵(By みてみん)


 厳しい。

 先手の攻めは、当分続く。

 ここからは、風切先輩も早かった。

 同桂、同歩成、同銀左、7四歩、6二銀。

 生河くん、躊躇なく龍切り。5二龍。

 同金、7三金、同銀左、同歩成、同玉、7四歩。


挿絵(By みてみん)


 際限のない、7四歩のおかわり。

 後手陣は崩壊した。

 私は、

「先手優勢で、ほぼ間違いなさそうだけど……」

 とつぶやいた。

 愛智くんは、

「ですね。問題は、評価値がどれくらい振れているか、です」

 と返した。

 個人的には、500から1000のあいだ……いや、そうでもない?

 7九との余地はあるし、左はそこそこ広いかもしれない。

 けどなあ、飛車があるから、捕まらないという保証がなかった。

 風切先輩は、6二玉で脱出。

 生河くんは7三銀、5一玉、7二銀成で、7筋を完全突破した。

「7九とッ!」


挿絵(By みてみん)


 反撃。

 同金に4八飛で、風切先輩は入玉をサポート。

 6八桂、4二玉。

 この手を見たギャラリーのあいだでは、

「思ったより先手遅いか?」

「いや、後手は駒を渡さずに迫る手がない」

「そもそも入玉狙いだろ」

 と憶測が飛び交った。

 私だったら、この局面で一番懸念するのは──


 パシリ


挿絵(By みてみん)


 ぐッ、これだ。

 後手の攻めを消しつつ、桂馬を跳ねる。

 右桂まで活用されると、先手の攻めは厚くなる。

 風切先輩は30秒ほど考えて、同飛成。

 取らざるをえないか。

 同桂、4四銀。

 生河くん、ここで長考。

 私たちも、寄せを相談した。

 私の案は、

「2一飛と打ちたいわね。4五の桂馬は放置でいいと思う」

 だった。

 愛智くんは、

「僕も同感です。2二飛の直接王手は、3二金のあとが続かないですね。4三歩、3一玉と下げて、一見好調に見えますが、2四飛成に1四飛と消されて、めんどうになります」

 と答えた。


【参考図】

挿絵(By みてみん)


 その通り。だから2一飛としたい。

 4五銀には2二飛成。ここで王手する。飛車が龍になっているだけでなく、3三に後手の利きがないから、3二金に3三銀と打ち返せる。というわけで、2一飛と打たれた時点で、3二銀だと思う。2二飛成と引いて、そこで後手がなにを指すか。

 愛智くんは、

「そのルートでも、4五銀はできません……となると、桂馬はしぶとく残りそうです」

 と指摘した。

 私は、

「2三金で、龍を退かすんじゃない?」

 と返した。

「1一龍ですか?」

 どうだろう……なんとも言えない。

 第一感、1一龍はヌルい。

 もしかして、思ったよりむずかしい?

 じつは後手、そんなに悪くないのでは?

 重々しい空気が、微妙に揺れる。

 生河くんは3分だけ残して、2一飛と打った。


挿絵(By みてみん)


 風切先輩は思案──かと思いきや、すぐに対応した。

 3二銀。

 この一手だった感はある。それに、時間もなかった。

 生河くんも、次は早かった。

 2二飛成、2三金。

 私たちが結論を出せなかった局面になった。

 生河くんなら答えを出せるのか、それとも──


 パシリ


挿絵(By みてみん)


 打ち込んだ? ……あ、そっかッ!

 同銀、2三龍、同銀、3三金があるんだ。


【参考図】

挿絵(By みてみん)


 こ、これはもう助からない。

 手持ちに金がないからだ。

 他のギャラリーのなかにも、何人か気づいたらしいひとがいた。


 ピッ、


 風切先輩、1分将棋に。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ


 同銀。

 生河くんは2三龍と切った。

 風切先輩、腕まくりをして、口もとに手を当てた。

 眉間にしわをよせて、盤面を凝視する。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 パシリ


挿絵(By みてみん)


 ッ! 角で受けたッ!

 生河くんは、やや目を見開いた──ように見えた。

 だけどそれは、錯覚だったかもしれない。

 次の瞬間には、もとの顔に──いや、無表情になっていた。

 私は愛智くんに、

「今の、意表を突いた感じ?」

 とたずねた。

「……ノアは気持ちを隠しましたね」

「隠した?」

「ノアの考えが、僕でもまったく読めなくなることがあります。今がそれです」

 生河くんの表情は、正体をなくしていた。

 能面のように、見る側の感情を映している。

 さっき驚いたように見えたのは、私がそういう心境だったからかもしれない。

 それとも?


 ピッ


 生河くんも1分将棋に。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 5三桂成。

 ここからは両者1分将棋に。

 同金、4三歩、同金、5一銀。

 これは取れない。

 3一玉、2一金、同銀、4三龍。


挿絵(By みてみん)


 王様を下段に落とされた。

 後手は瀕死に見える。でも──


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 4九飛。

 風切先輩は角を救出。

 4一龍、2二玉、2三歩。

 この歩の叩きを見た児玉こだま先輩は、

「取れないね。取ったら4三龍から寄る」

 と言った。

 こ、これが取れないのか。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 風切先輩は1二玉と、端に逃げた。

 生河くんは3二金と、静かに置いた。


挿絵(By みてみん)


 児玉先輩は、

「2二歩と合わせるのは? 同歩成、同銀、2二金、同玉なら、まだ粘れる」

 と分析した。

 土御門つちみかど先輩は、

「いや、そこで4四龍と切られて困る。2二歩と合わせずに、そのまま2三玉じゃ」

 と、別の案を出した。

 強豪のあいだで、意見が分かれた。

 あと5秒。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

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