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凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第65章 2017年度秋季個人戦2日目(2017年10月22日日曜)
431/496

417手目 飛車厨

挿絵(By みてみん)


 火村ほむらさんは腕組みをして、うーんとうなった。

 前傾姿勢になる。視線を盤の端からさらに落として、首をがっくしと曲げた。

 もちろん、がっかりしているわけじゃない。

 むずかしいと読んでいる証拠だ。

 同歩なら9二歩、同香、9三歩、同香、9二銀で先手持ち。

 8六の香車が直接活きるから、これはしたくないはず。

 となれば、手抜いてなにを指すか。

 ここで4二金なら、大した度胸だ。でも、ありえなくはない。

 火村さんは2分考えて、4七馬。

 チェスクロが押される。

 私は姿勢を変えた──そっちか。

 5五馬、9四歩が本線だった。

 もっともそれは、後手の次の手が、むずかしかった気はする。

 直線的な展開を好んだっぽい。

 私は黙って9四歩と取り込んだ。

「7一金」


挿絵(By みてみん)


 消極策? ……やって来い、という手だ。

 火村さんにしては、珍しい。

 なにか罠があるのでは、と勘繰ってしまった。

 でも、なさそう。

 お言葉に甘えて、攻めまくります。

 5三歩と、まずは挟撃する。

 4二金、4四歩、5三金、4三歩成。

 火村さんは、

「あ~、めんどくさいわね」

 と言いながら、同金。

 私は7六角とすえた。


挿絵(By みてみん)


 さあさあ、直撃ですよ。

 火村さんは4二歩で、愚直な防御。

 4二金のほうが軽そうだったけど、4三歩の追撃を嫌ったかな。

 ここで反対側に手をもどす。

「9三歩成」

 同桂、9四歩。

 このままだとジリ貧になると思ったのか、火村さんは6四桂とすえた。

 長考タイム。チャンス到来の感触。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………後手の端は崩壊する。

 8三香成から入って、同馬と引きつけてから、9三歩成。


挿絵(By みてみん)


 (※図は香子きょうこちゃんの脳内イメージです。)


 おそらく、これが最善。

 先に9三歩成は王手じゃないから、7六桂とされてしまう。

 8三香成、同馬、9三歩成なら、7六桂に8三と。これが成立する。

 問題は、崩壊させたあとに手が続くかどうか、だ。

 一例として、9三歩成以下、同香、同香成、同馬、9四歩。


挿絵(By みてみん)


 (※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)


 これは7六桂からの、攻め合いになる。

 9三歩成と踏み込んで、9八飛。

 この飛車打ちをいなせれば、先手が優勢に。

 8八香と打って……9三飛成、7六銀、8二香。

 この局面は、先手にもいろいろ手がありそう。

 懸念は、8八香に6八桂成の場合。


挿絵(By みてみん)


 (※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)


 この攻め合い。

 同飛に5八金はできない、というのがポイント。

 8三角で詰むから。

 だから一回9三飛成として、詰めろを解除。

 その瞬間、私がなにをするか。

 7五桂くらいかなあ。

 これで先手が取れれば、まあよし、と。

 チェスクロを確認する。

 残り時間は、先手が9分、後手が8分。

 私は香車を成り込んだ。

 同馬、9三歩成、同香、同香成、同馬。

「9四歩」


挿絵(By みてみん)


 どんどん進める。

 火村さんは、予想通りの7六桂。

 私は9三歩成で馬を取って、9八飛の反撃に8八香と受ける。

 6八桂成、同飛、9三飛成。

 私は追加で1分使って、7五桂。

 火村さんは、席を立ちかけた。

 けど、我慢。スカートだけととのえて、座りなおした。

 後手の選択肢は曖昧だ。

 8筋に香車を打つか、8三歩と蓋をするか、今度こそ5八金か。

 火村さんの棋風からして、5八金じゃないかなあ、と予想。

「……」

 えらく考えるわね。

 なんだか苦吟しているようにも思える。

 後手が相当悪い?

 好手があるのかもしれない。私は念入りに局面を観察した。

 そのあいだに水分補給も済ませる。お茶。

「……」

「……」

 火村さんは大きく息を吸って、顔をあげた。

「慣れないことしても、しょうがないか。5八金」


挿絵(By みてみん)


 予想通り。

 だけど、台詞の意味はわからなかった。

 なにかと比較してたっぽいけど──深く考えても、意味はない。

 私は8三角で、思いっ切り押し込む。

 同龍、同桂成、同玉、7五桂、7二玉。

「5二銀ッ!」


挿絵(By みてみん)


 挟撃。

「甘いッ! 4七角ッ!」

 攻防か。

 だけど、5二銀はそんなに甘くないわよ。

 5三金はしばらくできない。

 私は残り5分の持ち時間を投入。

 継続手を考える。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………ん? 意外とない?

 私は背筋が伸びた。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………いや、飛車を切ればいいのか。

 残り3分を割ったところで、5八飛と切った。

 火村さん、最後の長考。


 ピッ


 1分将棋に。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 同歩成。

 これは当然の一手。

 私のほうは、9七桂と8三金の二択に。

 9七桂は、いったん王様の逃げ場を作る手。

 8三金は攻めながら角を消す手。

 前者は受け、後者は攻め。

 攻めは続かないと思う。

 というのも、8三金、同角成、同桂成、同玉のあと、手がないからだ。

 4七角の王手と金取りは、7四香の攻防が激痛。


挿絵(By みてみん)


 (※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)


 これが詰めろ。6八金の一手詰め。

 だから5八角と取るしかなくて、5六桂が再度詰めろ。

 ジリ貧になる。却下。

 だから9七桂──あれ?

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………9七桂でも寄るのでは?

 5九飛の詰めろが、思ったよりしつこい。

 いや、でも、なにか──


 ピッ


 1分将棋になった。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


「8三金ッ!」


挿絵(By みてみん)


 う、打ってしまった。

 火村さんは30秒考えて、同角成。

 以下、同桂成、同玉、4七角、7四香、8六飛、8四歩。

 く、苦しい。だけど、まだ詰まない。

 8六飛の効果で、5六桂は防げている。

 私は5八角と取った。

 火村さんは、5七角と置く。

「6八金」


挿絵(By みてみん)


 必死の抵抗。

 先手、詰む可能性も。

 火村さんも、詰ませに来そうな雰囲気だった。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 パシリ


挿絵(By みてみん)


 ???

 めちゃくちゃヒヨってくれた。

 火村さん自身納得していないのか、あ~ッという感じでチェスクロを押した。

 私は姿勢を正して、それから両手を椅子にそえた。

 まだ大劣勢。でも、わずかに助かる余地ができた。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 7五歩。

 香車の圧を緩和する。

 同香、7六歩で殺しきった。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 火村さんは滑り込ませるように、5九飛と打った。

 4七角が王手……あッ、7四桂が飛車取りになっちゃう。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


「6九角ッ!」

 火村さんはウンとうなずいて、5六桂と打った。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………ダメだったか。

 私は7五歩で、首を差し出した。

 6八桂成、同銀、同馬、同玉、5七金、7七玉、6八銀。


挿絵(By みてみん)


 あとは引いて行って終わり。

 私はお茶を飲んだ。

 持ち駒をそろえる。

「負けました」

「ありがとうございました」

 う~ん、なんというか、終盤力。

 私は感想戦を、

「全然足りてなかった?」

 という質問で始めた。

「雰囲気、ダメよね」

「どこかで6六角と打つ筋もあるかな、と思ったんだけど」


【検討図】

挿絵(By みてみん)


 火村さんは、んー、とつぶやいたあと、

「これも足りてなさそう」

 と答えた。

 やっぱりそうか。

 具体例として、8四歩、9一飛、5三金。

 ここで5八飛と切っても、同歩成が詰めろだから、かえって忙しくなる。

 というか、先手の詰めろは、もうほとんどほどけない。

 7六銀と上がっても詰むし、9七桂と跳ねても詰むからだ。

 本譜のほうがいい、という結論になった。

 そのあと中盤を調べていると、火村さんは、

「今日、全体的に攻めじゃなかった?」

 とたずねてきた。

「え……まあ、5八金は攻めだな、と感じたけど」

「香子のほうよ」

 私? ……攻めてたかしら?

「……たしかに、攻め将棋だったかな」

 私は、でも、と言いかけた。

 火村さんはそれを先回りした。

「香子はもとから攻め将棋だけど、今日のはなんか前のめりじゃなかった? 序盤から中央で激しかったし、終盤も寄せ一辺倒だったわよね?」

 あ、うーん。

 いつもの私なら、勘違いじゃない?、と返しそうな問いだった。

 けど、今回は心当たりがあった。

「ちょっと積極的にいこうかな、と思って」

「もしかして王座戦を意識してる?」

 図星だった。

「よくわかったわね」

「あたしも、いろいろ考えてるから。格上相手にどうするか、っていう」

 ようやく合点がいった。

 私が積極策を取ったのは、王座戦対策の影響だと思う。

 本局では自覚してやったわけじゃないけど、無意識に出ていたのだろう。

 私の対策の方針は、迷ったら攻め、だ。

 格上から守り切るよりも、攻め倒すほうがすこしだけ簡単。

 火村さんは、飛車をパシパシしながら、

「あたしも、ちょっとはムリ攻め控えたほうがいいのかなあ、って感じてる。速水はやみとの決勝は、攻めが完全に切らされちゃったし*。だけど、1ヶ月そこらで棋風改造なんて、できないでしょ。だから、そのままのほうがいいのかも。本譜の7一金とか2四角成は、なんからしくなかった」

 と、自分語りをした。

「ひょっとして、5八金のところでも受けを考えてた?」

「そそ、8一香のほうが安全っぽくない?」


【検討図】

挿絵(By みてみん)


 たしかに、こっちのほうが安全に見える。

 火村さんは飛車を置いて、大きくのけぞった。

「ただ、飛車を詰ませられるのに詰まさないのは、ねえ……あ、これってただの飛車厨か」

*43手目 女王の貫禄

https://book1.adouzi.eu.org/n0474dq/44


場所:2017年度 秋季個人戦2日目 女子1回戦

先手:裏見 香子

後手:火村 カミーユ

戦型:後手ゴキゲン中飛車


▲7六歩 △3四歩 ▲2六歩 △5四歩 ▲2五歩 △5五歩

▲4八銀 △5二飛 ▲6八玉 △3三角 ▲5八金右 △6二玉

▲7八玉 △7二玉 ▲6八銀 △4二銀 ▲3六歩 △9四歩

▲9六歩 △6二銀 ▲4六歩 △5三銀左 ▲3七桂 △5四銀

▲5六歩 △5一飛 ▲5五歩 △同 銀 ▲4七銀 △5六銀

▲3三角成 △同 桂 ▲5六銀 △同 飛 ▲2四歩 △1五角

▲4八銀 △7六飛 ▲7七銀 △4六飛 ▲5五角 △5七歩

▲4六角 △5八歩成 ▲同 金 △5六金 ▲1六歩 △4六金

▲1五歩 △6四角 ▲2一飛 △5七歩 ▲6八金 △3一金

▲1一飛成 △3七金 ▲同 銀 △2二銀 ▲1二龍 △3七角成

▲1八飛 △2一銀 ▲同 龍 △同 金 ▲8六香 △3二金

▲9五歩 △4七馬 ▲9四歩 △7一金 ▲5三歩 △4二金

▲4四歩 △5三金 ▲4三歩成 △同 金 ▲7六角 △4二歩

▲9三歩成 △同 桂 ▲9四歩 △6四桂 ▲8三香成 △同 馬

▲9三歩成 △同 香 ▲同香成 △同 馬 ▲9四歩 △7六桂

▲9三歩成 △9八飛 ▲8八香 △6八桂成 ▲同 飛 △9三飛成

▲7五桂 △5八金 ▲8三角 △同 龍 ▲同桂成 △同 玉

▲7五桂 △7二玉 ▲5二銀 △4七角 ▲5八飛 △同歩成

▲8三金 △同角成 ▲同桂成 △同 玉 ▲4七角 △7四香

▲8六飛 △8四歩 ▲5八角 △5七角 ▲6八金 △2四角成

▲7五歩 △同 香 ▲7六歩 △5九飛 ▲6九角 △5六桂

▲7五歩 △6八桂成 ▲同 銀 △同 馬 ▲同 玉 △5七金

▲7七玉 △6八銀


まで134手で火村の勝ち

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