波光大輝の悪寒
※ここからは、波光くん視点です。
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………………なんだか、あやしげな気配がする。
立志のオーダー会議のさなか、僕は正体不明の不安をおぼえた。
部長の長嶋先輩──四角顔で、ひげの剃り跡が濃い3年生──は、オーダー表をみながら、これまでの議論をまとめた。
「棋力の上位7人で挑む、という意見が最多か……」
大きなメガネをかけた、垂れ目の田口主将は、
「俺は、それでいいと思う。都ノのオーダーは、もう読めない。奇をてらわずに、ベストメンバーで挑んだほうがいい」
と答えた。
他の部員の何人かも、うなずいた。
長嶋部長は、そうか、と言ったあと、僕のほうをみた。
「波光は、どうだ?」
「そうですね……」
本音を言うほうが、いいだろうか。
ベストメンバーで挑むのは、よくない気がする。
だけど、うまく説明ができない。
全体の議論が、細い道に進んでいると感じるだけだ。
僕は、
「相手のオーダーがわからないなら、しかたがないかな……と」
と答えた。
長嶋部長は、そうか、とまた言った。
迷っているようだ。
このあたりは、律儀なひとだと思う。
投票権のある役員の過半数が、上7人だと言っているのだ。
それを採用してしまえば、部長の責任なんて、宙に浮く。
僕のように、少数派がなにかを言うのとは、まったくちがうのだから。
部長は、さらに1分ほど考えた。
「……安西」
「はい」
「愛智と当たったとき、自信のほうは、どうだ?」
「対策は考えてあります」
「鈴木は、星野と南、どっちと当たりたい?」
「そのふたりは、差があまりないと感じますね。松平は格上かな、と思いますが、調子が悪いようなので、なんとかなります」
主将は、懸念材料を、もういちど勘案した。
「……わかった、上から7人出す。全員、準備してくれ」
オーダーを書いて、提出。
変更はできなくなった。
僕はトイレに行ってから、会場へ移動。
そのとちゅうで、太宰に会った。
A級は、さっきの対局で終わっている。
太宰はこっちに気をつかったのか、話しかけないように通り過ぎかけた。
僕は、
「Aはどうだった?」
とたずねた。
太宰は、ゆっくりふりむいた。
「晩稲田の優勝」
「そっか、おめでとう」
「Aの心配をしてくれるなんて、ずいぶんと余裕だね」
いや、そういうわけじゃないけど、と僕は返した。
「むしろ、オーダーが不安で……」
返す言葉のチョイスがむずかしくて、テキトウに答えたつもりだった。
ところが、太宰はこれに乗ってきて、
「立志と都ノのオーダー、当ててみよっか?」
と言った。
僕は、肩をすくめた。
「どうぞ」
「立志は、長嶋、押坂、田口、伊集院、安西、波光、鈴木」
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………………合ってる。
けど、棋力の高いメンバー7人だ。
単純に予想しても一致する。
「都ノの予想は?」
「裏見、大谷、三宅、風切、穂積、愛智、平賀。ちなみに力関係は……」
裏見>長嶋
大谷>押坂
三宅<田口
風切>伊集院
穂積≦安西
愛智=波光
平賀=鈴木
「こうだね。上4枚は、都ノのオーダー勝ち。下3枚次第か。1番席か2番席に当て馬を挟んでおけば、立志のオーダー勝ちだった」
僕は、
「都ノがほんとうにそのオーダーなら、ね」
と返した。
「立志のオーダーを読めれば、必然的にこれになる」
「それは論点が、読めてれば、になるだけだよ」
「読めてるさ。都ノは立志を誘導したんだからね」
僕は眉をひそめた。
「誘導した? ……スパイがいたって言いたいの?」
「ジャムの法則」
「じゃむ?」
太宰は右手を挙げて、ひとさしゆびを立てた。
「選択肢が増えすぎると、ひとは選べなくなる。商品の場合は、迷って買わないという結末になる。でも、オーダーは提出しないという選択肢がない。よって、上から強い順に出す、という逃げの方針になる。都ノが無理を通して全員出場させたのは、これ。立志に上から7人出させて、オーダーを一点読みするためだったのさ」
太宰は、もうそれで決まり、というような口ぶりだった。
僕はこの同学年の人物が、どうも苦手だ。
「ふたを開けてみないと、なんとも」
なるほどね、と太宰は言った。
近くの壁に背中をつけて、腕を組んだ。
「ちなみに、僕の予想が当たっていても、都ノは互角になっただけだ」
「こんどは安心させる作戦? 都ノから、賄賂でももらってるの?」
「いやいや、本音だよ。都ノは、まだA級経験校とはタメじゃない。京浜だって、もっと勝ちに貪欲になれば、勝てたはずだ」
僕は首をかしげた。
「応援と受け止めて、いいのかな」
「いや、そこまでは言ってない」
僕は笑った。
「太宰の言ってることは、毎回よくわかんないな」
「ニュアンスが難しくてね……もとA級の同族意識、ってわけでもないし……っと、あんまり引き留めないほうが、よかったな。それじゃ、僕は野次馬として、観戦させてもらうよ。勝ったほうが春に……いや、そのまえに、王座戦の可能性もあるか。それじゃ、またあとで」




