表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第62章 2017年度秋季団体戦3日目・前半(2017年10月8日日曜)
419/496

406手目 長考のタイミング

挿絵(By みてみん)


 うーん……わからない。

 分岐が多すぎる。

 もう5分近く考えてるけど、選択肢が狭まってこない。

 3五歩を入れるかどうかも、まだ迷っていた。

 入れたときの効果が、微妙というか……なんというか……。

 入れるメリットは、こっちの攻めが細くなってきたとき、3筋に歩を垂らせること。例えば、ここから単に4五同銀だと、同桂、5五角、6五歩、3七角成、5三銀、3八銀、5九飛。


挿絵(By みてみん)


 (※図は香子きょうこちゃんの脳内イメージです。)


 ここで5九馬は効かない。同金、3九飛が、痛くないからだ。4一角と打ち返されて、終了。4二金左、5二角成以下は、支え切れない。だから3六馬と引くわけだけど、6四銀成、4五馬のあと、後手は3筋や4筋に歩を垂らせない。

 これが、3五歩を入れたい理由。一方で、入れたくない理由もあった。それは、3筋に傷ができること。どこかで3四歩とされるリスクが、ゼロじゃない。

 私はチェスクロを見た。

 残り時間は、15分を切っている。池田いけださんは18分。

 今の私の長考で、持ち時間は逆転した。

「……」

「……」

 もっと単純に比較しよう。

 3五歩と突かないときのデメリットは、はっきりしている。

 具体的な手順を言える。

 突いたときのデメリットは、あいまい。

 となれば──


 スッ


挿絵(By みてみん)


 突く。

 池田さんは、大きく息を吸った。

 どっちを本命で読んでいたのかは、わからない。

 腕組みをして、右肩をやや前に出したかっこうで、盤に近づいた。

 そして上半身を引いて、姿勢を正す。

 わずか30秒で、同歩。

 本命で読まれていたほうかも。

 だけど、後悔はしていない。そのまま4五銀。

 同桂、5五角、6五歩、3七角成、5三銀。

 読み通りに進む。

 池田さんは、5三銀の打ち込みに、自信をみせていた。

 私も3八銀と打ち込む。

 5九飛──この飛車を取れないのがなあ。

 私は6五歩で、先手の攻めを緩和した。


 パシリ


挿絵(By みてみん)


 先手、攻勢に。

 でも、これは受け流せるはず。

 同玉、6四歩、6二玉。

 池田さんは、2三歩成、同金、4四歩と絡めてきた。

「3三桂」

 桂馬をぶつける。

 同桂成なら、手順に金を寄れる。

 池田さんは、この誘いに乗らなかった。

 4八金打と受けてきた。

 んー。

 今度は私が嘆息する番だった。

 ここでギアチェンジか……合理的ではある。

 4三歩成から崩していくのは、先手の駒が足りなさすぎる。

 せめて角を入手して、という構想は、棋理的にも納得。

 6四馬が幸便かな、と思う。これが第一感。

 でもなあ、3三桂成、同金、3八金、6六桂、2九飛──


挿絵(By みてみん)


 (※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)


 なーんかパッとしないのよね。

 2二飛成が王手金取りだから、7三玉の早逃げが必要。

 そのあとは、5六桂、4六馬で、馬を追い回される。

 成果は、6四歩の拠点を払っただけ……いや、拠点はおっきいか。

 残り時間は、10分を切った。

 長考できる回数は、おそらくあと1回。

 でも、ここは長考のポイントではないと、私の勘は言っていた。

 もうすこしあと、終盤の入り口に、時間を残したい。

「……4五桂」


挿絵(By みてみん)


 こっちを選択する。

 池田さんは、この手を意外に思ったらしい。

 ん、という感じだった。

 そういう表情攻めはNG。悪手じゃない自信はある。

 池田さん、小考。

 そんなに手が広いわけじゃ、ない。

 3七金か、4三歩成くらいじゃない?

 その先を読んでいそう。

 10分を切ったところで、3七同金。

 同桂成、4三歩成、5五桂。

 池田さんは、5六銀と上がった。


挿絵(By みてみん)


 次に5三とがある。

 同玉は7一角の王手飛車。

 ここは受けておく。

 7三銀打。

 4四角、7二玉、5三と、8三玉、6三と。

 一手一手に、すこしずつ時間を使っていく。

 右玉のなかでも、比較的安全なかたちに移行できた。

 とはいえ、そろそろ反撃しないと、マズい。

 私は、いよいよ長考のしどころだと判断した。

 残り7分のうち、5分まで使うことに決めた。

 手も絞る。4七桂成か、4六歩。

 前者は7一角成に4八金と、べったり張り付く。


挿絵(By みてみん)


 (※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)


 これがどれくらい厳しいか。

 私のほうもかなり危ないから、速度計算が重要になってくる。

 例えば、6八金左、5九金、同金、2九飛みたいなのは、ヌルい。7二金で後手が間に合わない。4八成桂、7三と、同桂、8二馬以下は詰む。7三同桂としなければ詰まないけど、7四と、同玉、6三銀、8四玉、8二馬で敗勢。

 となれば、6八金左に、5八成桂と入るしかない。以下、同金、4七銀成(5九金は、さっきと似たようなかたちで、後手が悪い)、同銀、同成桂、4八金、6七銀。


挿絵(By みてみん)


 (※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)


 一直線に進めるなら、こう。

 先手は寄らない……かな。後手も寄らない。

 これは形勢判断がむずかしい。

 私は4七桂成の順を切り上げて、4六歩に取り掛かった。

 4六歩は、7一角成、4七歩成、7三と、同桂、6三銀に、4二飛と回れる。


挿絵(By みてみん)


 (※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)


 金を渡さないから、飛車が移動しても、すぐには寄らないのだ。飛車が逃げてしまえば、7二銀成は空振りになる。

 この局面、先手は手に困っているのでは?

 さっきの読み筋より、だいぶ手ごたえがあった。

 でも、今の進行が、先手の最善とは思えない。

 7一角成じゃなくて、単に4八歩と受けられる手が、気になった。


挿絵(By みてみん)


 (※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)


 4七歩成、同歩、同桂成なら、最初からそうしろって話なのよね。

 4七歩成、同歩、4八金もイマイチ。攻撃力は、4七桂成+4八金のほうが高い。

 じゃあ、4六歩にメリットはないのでは、ってなりそうだけど、少なくともひとつある。それは、4六歩、4八歩のあと、4九金を打てるという点だ。


挿絵(By みてみん)


 (※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)


 4六歩の場合は、飛車を直接的に狙っていい。なぜかっていうと、5五に桂馬が残っているから。この桂馬が、6七の地点を封鎖している。飛車をもらったあとの攻めが、4七桂成のときと違う。

 シンプルに飛車を狙っていいなら、わかりやすい。

 ここまで考えて、私はチェスクロを確認した。

 ちょうど残り2分を切ろうとするところだった。

 予定の5分が終了。

 私は4六歩と垂らした。

 池田さんは、この手に軽く首をかしげた。

 でもすぐに、ああ、という独り言。

 先手の残り時間は、まだ6分ある。

 これを使ってくれるかどうか──あ、使わないっぽい。

 池田さんは、4八歩と打った。

 4九金。

 これにも10秒ほどしか考えなくて、7三とと入った。

 同桂、6三歩成、同銀、5三角成。

 7四銀と、いったん逃げる。


挿絵(By みてみん)


 池田さん、ここで長考。

 このタイミングで? ……あ、そういうことか。

 と金捨ては、まちがったときのダメージが小さいから、読みを省略したんだ。

 あの時点では、持ち駒もなかったし、合理的な行動だった。

 私は池田さんの時間を使って、読み進めた。

 候補としては、7一銀と打つか、4九飛と切るか、このあたり。

 7一銀が本筋なんじゃないかな、というわけで、そっちから読む。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………あれ、合流する?

 7一銀、8一飛で止まるから、どのみち飛車は切るしかないのか。

 じゃあ、4九飛でもいっしょ……じゃない。

 4九飛、同銀不成の次は、7一銀じゃない。5九金だ。

 そこで後手の手番。まだ7一銀は入らない。

 じゃあ……やっぱり7一銀が先では?

 決めるだけ決めてくるはず。

 私は、7一銀、8一飛、4九飛を本命で読んだ。

「……」

「……」

 3分が経過。

 池田さんは、微動だにせず、じっと盤を見つめている。

 4分が経過。

 池田さんは水を飲んで、調子をととのえた。

 右手のひとさしゆびを軽く動かして、リズムを取っている。

 読みがまとまってきたっぽい。

 ついに、時間が並んだ。


 パシリ


挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=891085658&size=88
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ