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凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第61章 2017年度秋季団体戦2日目(2017年10月1日日曜)
412/496

399手目 必殺の不成

 昭島あきしまさんは、すぐに7七歩……じゃなかった。

 ここにきて、いきなり手が止まった。

 椅子に両手をそえて、自重を支えるかっこうで、長考。

 ん? 考えるタイミングが、妙じゃない?

 もしかして、罠だと思ってる?

 この予想は、たぶん当たっていた。昭島さんの態度が、悩まし気なのだ。

 疑っているようにみえる。桂馬を跳ねさせてくれたうえに、7七歩と打てるのでは、話がうますぎる、と思ってるわけか。

 このかたちはですね、歩打ち→桂交換→桂打ちおかわりをされても、金を逃げて回避できるんですよ。部分的に研究したことがある。つまり、7七歩、同桂、同桂成、同金寄、8五桂、6七金寄、7七歩、6八金寄。


挿絵(By みてみん)


 (※図は香子きょうこちゃんの脳内イメージです。)


 これで攻めが止まる。

 そこで5九角のような手なら、8六歩で桂馬を殺しにいける。

 だから、8五桂は手拍子。

 私はホクホク顔で、お茶を飲んだ。読みを続ける。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………ん、ちょっと待って。

 もうひとくち飲みかけていた手を、私はとめた。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………9五歩だと?


挿絵(By みてみん)


 (※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)


 同歩だと……9八歩の即打ちがある。

 以下、同香、9七歩、同香、同桂成、同玉は、7九角で即死してしまう。

 9五歩を取らずに、8六歩は……これで止まってるかな。9六歩に9八歩と謝れば、後手は手持ちの駒が、角と歩しかない。

 私はそこまで考えて、ホッとした──のも束の間、桂馬が落ちていることに気づいた。3三桂と跳ねられたら、交換になる。

 いや、でも、後手が桂馬を持ったくらいじゃ、なにもなくない?

 私はさらに深堀りした。

 結論、桂馬の交換自体は、致命傷にならない。

 だけど、金の位置が問題なことに気づいた。


挿絵(By みてみん)


 (※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)


 2四飛と走れなくなっている。

 8五歩は同飛、8六金、同飛、同銀に、6四角が飛車銀両取り。

 実質的に2枚換えだ。

 は、端攻めからの、妙なルートが残っていた。見落とし。

 一方、昭島さんは昭島さんで、険しい顔をしている。

 読み切れていないっぽい。お願い、気づかないでください。

 持ち時間が、12分で並んだ。昭島さんは動いた。

 7七歩。

 気づかれた?

 同桂、同桂成、同金寄、8五桂、6七金寄、7七歩。

 私は6八金と寄った。

 緊張が走る。


 パシリ


挿絵(By みてみん)


 ハズれたッ!

 私は前傾姿勢で読みなおす。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………よし、後手はミスったはず。

「2四飛」

 飛車を走る。

「2三歩」

「4二歩」

「!」

 飛車は逃げません。

 同玉に3四飛とスライドする。


挿絵(By みてみん)


 4五の桂馬、大活躍。

 昭島さんは、4三金と支えた。

 これにはもちろん3二金。

 5一玉、4四飛と切って、同金、4二角と追い込む。

 昭島さんは、6一玉と逃げた。

 うっかり6二玉はなかったか。それは7三歩成~6五桂で終わった。

「5三桂成」

 じっくりと寄せていく。

 昭島さんは1分使って、4一歩。

 苦心の手だ。

 5二成桂、同玉、5三銀は、4三玉のすり抜けが生じる。

 左へ追いましょう。

 3一角成、7八歩成、同金寄、7六歩。


挿絵(By みてみん)


 んー、そうきたか。バックの歩。

 7八になにも打ち込めないから、7七歩成に切り替えてきた。

 さすがにB級ともなれば、そのまま潰れてはくれない。

「6五桂」

 厳しく攻める。

 4三銀、7三歩成、同銀、6三成桂。

 昭島さんは、3二銀と引いた。


挿絵(By みてみん)


 7七金の筋を狙っている。

 寄せ合いにしないと、勝負にならないからだ。

 先手優勢だとは思う。でも、楽勝という雰囲気じゃない。

 8二の飛車と3七の角が、うまく守りに利いているし、先手の攻め駒も、不足気味。

 腰を落として考える。

「……」

「……」

 7三桂成が本命。

 7六金で、拠点を払う手もある。

「……」

「……」

 ん? 7三桂成って、ほんとに本命?

 先手が詰まない? 7七金とかで……あ、詰みそう。

 私は、残り時間を確認した。先手は5分を切っている。

 いかん、詰むとは思うんだけど、ぜんぶのパターンをチェックできない。

 ただ、かなり危ないという予感がある。

 私は7六金を本命に切り替えた──ぐッ、こっちも簡単じゃない。

 7六金、7七歩、6八金寄は、先手がかなりあやしくなる。

 となれば、金を逃げずに、7三桂成……あれ? これも詰むっぽい?

 え? 形勢判断をまちがえた? じつは敗勢?

 残り2分を切った。

 とりあえず落ち着く。

 このかたちが必至というのは、考えられない。回避手段は、あるはず。

 問題は、その手がなにか、ということ。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………これだ。

 私は6五桂の桂馬で、7三の銀を取った。


挿絵(By みてみん)


 一回王手。不成ならず

 昭島さんは、この手を読んでいなかったらしい。

 きょとんとして、すぐには応手しなかった。

 とはいえ、後手はまだ5分ある。時間差が大きい。

 そこから1分使って、5一玉と寄った。

「6二銀」

 さらに王手する。

 同飛、同成桂、同玉、8二飛。


挿絵(By みてみん)


 根元の桂馬を抜く。

 昭島さんは、この手で態度が変わった。

 アッと背筋を伸ばして、後頭部に手をあてた。

 時間を使う。明らかに読みなおしている。

 後手に予定変更を強いるアイデアは、功を奏した。

 昭島さんは2分残して、7二桂と受けた。

 8五飛成、8四歩、7四龍、7三角成、5三馬、同玉、7三龍。


挿絵(By みてみん)


 ピッ


 昭島さん、ここで1分将棋に。

 6三合駒の受けは効かない。6二角がある。

 ただ、私のほうは攻めが細い。

 4二玉と逃げられたら、5三角で詰む点はさいわい。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 昭島さんは5二玉と引いた。

 私も残り時間を全部消費して、6二角と、腹に打った。

 これが4四の金を狙っている。止める手もないと思う。

 昭島さんは、自玉が本格的に危なくなって、あせった。

 思考がまとまらないような顔をしている。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 あわてて7七金と打ち込んできた。

 後手は持ち駒が多いから、ヘタしたら詰む。

 私はノータイムで9七玉と上がった。


挿絵(By みてみん)


 時間攻め。

 単に8五桂は、8六玉が安全地帯になる。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 7九角。

 一番イヤなのがきた。

 私はノータイムで同金。

 8五桂、8六玉、8七金。


挿絵(By みてみん)


 8六の地点を、むりやり攻撃してきた。

 私は7六玉と寄る。

 7七桂成、同金、同金、同玉、7六歩。

 私はここで、ノータイム指しをやめた──正しく受ければ、詰まない。

 その確信が生じたからだ。

 同玉が第一感、それがダメなら6八玉。

「……」


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 私は同玉とした。

 昭島さんは、小さく息をついて、4二玉。

 下駄を預けた。

 5三角成、3三玉、2五桂、2四玉、3五金。


挿絵(By みてみん)


 昭島さんは、頭をさげた。

「負けました」

「ありがとうございました」

 ふぅ、勝った。

 なんか思ったよりも苦戦した。

 昭島さんは、しばらく盤面を見つめていた。

「……最後、先手に詰みはなかったですか?」

 なかったんじゃないかな、と私は答えた。

「そうですか……適当な受けがなかったので、攻めたんですが、詰まないならどのみち負けですね。どこがおかしかったですか?」

 難しい質問。

「私もよくわからないところが、多かったかな。8二飛と打てたところで、気分的にだいぶ楽になった。それまでは、負けにしたかも、と思ってた」

「7三桂不成が読み抜けで、8五の桂馬を抜かれる筋が、頭に入ってなかったです。これがあるなら、3二銀じゃなくて、7七歩成でした」


【検討図】

挿絵(By みてみん)


 あ~、たしかに、先に決められたほうが、困ったかも。

 私は、

「同金寄、同桂成、同玉、7六歩、同玉、8五金は、厳しいわね」

 と答えた。

「あるいは、7六歩、同玉に4八飛かな、と」

 なるほど、それもあるか。

 私たちは、その筋を検討した。

 すると、最初の印象とは、けっこう違うことに気づいた。

 昭島さんは、

「あんまりよくなりませんね……」

 とつぶやいた。

 ですね。

 7七歩成、同金寄、同桂成、同玉、7六歩、同玉、8五金、7七玉、4八飛まで決めるだけ決めても、7三桂不成があるっぽかった。


【検討図】

挿絵(By みてみん)


 この手が、わりと必殺みたい。

 だとすると、悲観するほどでも、なかったのかな。

 そのあとは、序中盤も調べて、解散になった。

 チームの結果は、4-3。

 最後に平賀ひらがさんが勝って、薄氷の勝利。

 こうして私たちは、A級昇級へむけて、望みを繋いだ。

挿絵(By みてみん)


場所:2017年度 秋季団体戦2日目 6回戦

先手:裏見 香子

後手:昭島 桃花

戦型:相雁木


▲7六歩 △8四歩 ▲2六歩 △8五歩 ▲7七角 △3四歩

▲6八銀 △4四歩 ▲7八金 △4二銀 ▲4八銀 △3二金

▲9六歩 △9四歩 ▲1六歩 △1四歩 ▲4六歩 △6二銀

▲4七銀 △5四歩 ▲2五歩 △3三角 ▲6九玉 △4三銀

▲3六歩 △7四歩 ▲5八金 △5二金 ▲7九玉 △7三銀

▲3七桂 △6四銀 ▲6六歩 △7五歩 ▲6七銀 △4一玉

▲6八角 △4二角 ▲5六歩 △7六歩 ▲同 銀 △7五銀

▲同 銀 △同 角 ▲6七金右 △8六歩 ▲同 歩 △同 角

▲同 角 △同 飛 ▲8七歩 △8三飛 ▲4五歩 △同 歩

▲7二角 △8四飛 ▲2四歩 △同 歩 ▲7五銀 △8二飛

▲6一角成 △4四角 ▲7三歩 △同 桂 ▲4五桂 △7二銀

▲5二馬 △同 銀 ▲7四歩 △8五桂 ▲8八玉 △7七歩

▲同 桂 △同桂成 ▲同金寄 △8五桂 ▲6七金寄 △7七歩

▲6八金寄 △3七角 ▲2四飛 △2三歩 ▲4二歩 △同 玉

▲3四飛 △4三金 ▲3二金 △5一玉 ▲4四飛 △同 金

▲4二角 △6一玉 ▲5三桂成 △4一歩 ▲3一角成 △7八歩成

▲同 金 △7六歩 ▲6五桂 △4三銀 ▲7三歩成 △同 銀

▲6三成桂 △3二銀 ▲7三桂不成△5一玉 ▲6二銀 △同 飛

▲同成桂 △同 玉 ▲8二飛 △7二桂 ▲8五飛成 △8四歩

▲7四龍 △7三角成 ▲5三馬 △同 玉 ▲7三龍 △5二玉

▲6二角 △7七金 ▲9七玉 △7九角 ▲同 金 △8五桂

▲8六玉 △8七金 ▲7六玉 △7七桂成 ▲同 金 △同 金

▲同 玉 △7六歩 ▲同 玉 △4二玉 ▲5三角成 △3三玉

▲2五桂 △2四玉 ▲3五金


まで141手で裏見の勝ち

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