399手目 必殺の不成
昭島さんは、すぐに7七歩……じゃなかった。
ここにきて、いきなり手が止まった。
椅子に両手をそえて、自重を支えるかっこうで、長考。
ん? 考えるタイミングが、妙じゃない?
もしかして、罠だと思ってる?
この予想は、たぶん当たっていた。昭島さんの態度が、悩まし気なのだ。
疑っているようにみえる。桂馬を跳ねさせてくれたうえに、7七歩と打てるのでは、話がうますぎる、と思ってるわけか。
このかたちはですね、歩打ち→桂交換→桂打ちおかわりをされても、金を逃げて回避できるんですよ。部分的に研究したことがある。つまり、7七歩、同桂、同桂成、同金寄、8五桂、6七金寄、7七歩、6八金寄。
(※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)
これで攻めが止まる。
そこで5九角のような手なら、8六歩で桂馬を殺しにいける。
だから、8五桂は手拍子。
私はホクホク顔で、お茶を飲んだ。読みを続ける。
……………………
……………………
…………………
………………ん、ちょっと待って。
もうひとくち飲みかけていた手を、私はとめた。
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…………………
………………9五歩だと?
(※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)
同歩だと……9八歩の即打ちがある。
以下、同香、9七歩、同香、同桂成、同玉は、7九角で即死してしまう。
9五歩を取らずに、8六歩は……これで止まってるかな。9六歩に9八歩と謝れば、後手は手持ちの駒が、角と歩しかない。
私はそこまで考えて、ホッとした──のも束の間、桂馬が落ちていることに気づいた。3三桂と跳ねられたら、交換になる。
いや、でも、後手が桂馬を持ったくらいじゃ、なにもなくない?
私はさらに深堀りした。
結論、桂馬の交換自体は、致命傷にならない。
だけど、金の位置が問題なことに気づいた。
(※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)
2四飛と走れなくなっている。
8五歩は同飛、8六金、同飛、同銀に、6四角が飛車銀両取り。
実質的に2枚換えだ。
は、端攻めからの、妙なルートが残っていた。見落とし。
一方、昭島さんは昭島さんで、険しい顔をしている。
読み切れていないっぽい。お願い、気づかないでください。
持ち時間が、12分で並んだ。昭島さんは動いた。
7七歩。
気づかれた?
同桂、同桂成、同金寄、8五桂、6七金寄、7七歩。
私は6八金と寄った。
緊張が走る。
パシリ
ハズれたッ!
私は前傾姿勢で読みなおす。
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……………………
…………………
………………よし、後手はミスったはず。
「2四飛」
飛車を走る。
「2三歩」
「4二歩」
「!」
飛車は逃げません。
同玉に3四飛とスライドする。
4五の桂馬、大活躍。
昭島さんは、4三金と支えた。
これにはもちろん3二金。
5一玉、4四飛と切って、同金、4二角と追い込む。
昭島さんは、6一玉と逃げた。
うっかり6二玉はなかったか。それは7三歩成~6五桂で終わった。
「5三桂成」
じっくりと寄せていく。
昭島さんは1分使って、4一歩。
苦心の手だ。
5二成桂、同玉、5三銀は、4三玉のすり抜けが生じる。
左へ追いましょう。
3一角成、7八歩成、同金寄、7六歩。
んー、そうきたか。バックの歩。
7八になにも打ち込めないから、7七歩成に切り替えてきた。
さすがにB級ともなれば、そのまま潰れてはくれない。
「6五桂」
厳しく攻める。
4三銀、7三歩成、同銀、6三成桂。
昭島さんは、3二銀と引いた。
7七金の筋を狙っている。
寄せ合いにしないと、勝負にならないからだ。
先手優勢だとは思う。でも、楽勝という雰囲気じゃない。
8二の飛車と3七の角が、うまく守りに利いているし、先手の攻め駒も、不足気味。
腰を落として考える。
「……」
「……」
7三桂成が本命。
7六金で、拠点を払う手もある。
「……」
「……」
ん? 7三桂成って、ほんとに本命?
先手が詰まない? 7七金とかで……あ、詰みそう。
私は、残り時間を確認した。先手は5分を切っている。
いかん、詰むとは思うんだけど、ぜんぶのパターンをチェックできない。
ただ、かなり危ないという予感がある。
私は7六金を本命に切り替えた──ぐッ、こっちも簡単じゃない。
7六金、7七歩、6八金寄は、先手がかなりあやしくなる。
となれば、金を逃げずに、7三桂成……あれ? これも詰むっぽい?
え? 形勢判断をまちがえた? じつは敗勢?
残り2分を切った。
とりあえず落ち着く。
このかたちが必至というのは、考えられない。回避手段は、あるはず。
問題は、その手がなにか、ということ。
……………………
……………………
…………………
………………これだ。
私は6五桂の桂馬で、7三の銀を取った。
一回王手。不成。
昭島さんは、この手を読んでいなかったらしい。
きょとんとして、すぐには応手しなかった。
とはいえ、後手はまだ5分ある。時間差が大きい。
そこから1分使って、5一玉と寄った。
「6二銀」
さらに王手する。
同飛、同成桂、同玉、8二飛。
根元の桂馬を抜く。
昭島さんは、この手で態度が変わった。
アッと背筋を伸ばして、後頭部に手をあてた。
時間を使う。明らかに読みなおしている。
後手に予定変更を強いるアイデアは、功を奏した。
昭島さんは2分残して、7二桂と受けた。
8五飛成、8四歩、7四龍、7三角成、5三馬、同玉、7三龍。
ピッ
昭島さん、ここで1分将棋に。
6三合駒の受けは効かない。6二角がある。
ただ、私のほうは攻めが細い。
4二玉と逃げられたら、5三角で詰む点はさいわい。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
昭島さんは5二玉と引いた。
私も残り時間を全部消費して、6二角と、腹に打った。
これが4四の金を狙っている。止める手もないと思う。
昭島さんは、自玉が本格的に危なくなって、あせった。
思考がまとまらないような顔をしている。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
あわてて7七金と打ち込んできた。
後手は持ち駒が多いから、ヘタしたら詰む。
私はノータイムで9七玉と上がった。
時間攻め。
単に8五桂は、8六玉が安全地帯になる。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
7九角。
一番イヤなのがきた。
私はノータイムで同金。
8五桂、8六玉、8七金。
8六の地点を、むりやり攻撃してきた。
私は7六玉と寄る。
7七桂成、同金、同金、同玉、7六歩。
私はここで、ノータイム指しをやめた──正しく受ければ、詰まない。
その確信が生じたからだ。
同玉が第一感、それがダメなら6八玉。
「……」
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
私は同玉とした。
昭島さんは、小さく息をついて、4二玉。
下駄を預けた。
5三角成、3三玉、2五桂、2四玉、3五金。
昭島さんは、頭をさげた。
「負けました」
「ありがとうございました」
ふぅ、勝った。
なんか思ったよりも苦戦した。
昭島さんは、しばらく盤面を見つめていた。
「……最後、先手に詰みはなかったですか?」
なかったんじゃないかな、と私は答えた。
「そうですか……適当な受けがなかったので、攻めたんですが、詰まないならどのみち負けですね。どこがおかしかったですか?」
難しい質問。
「私もよくわからないところが、多かったかな。8二飛と打てたところで、気分的にだいぶ楽になった。それまでは、負けにしたかも、と思ってた」
「7三桂不成が読み抜けで、8五の桂馬を抜かれる筋が、頭に入ってなかったです。これがあるなら、3二銀じゃなくて、7七歩成でした」
【検討図】
あ~、たしかに、先に決められたほうが、困ったかも。
私は、
「同金寄、同桂成、同玉、7六歩、同玉、8五金は、厳しいわね」
と答えた。
「あるいは、7六歩、同玉に4八飛かな、と」
なるほど、それもあるか。
私たちは、その筋を検討した。
すると、最初の印象とは、けっこう違うことに気づいた。
昭島さんは、
「あんまりよくなりませんね……」
とつぶやいた。
ですね。
7七歩成、同金寄、同桂成、同玉、7六歩、同玉、8五金、7七玉、4八飛まで決めるだけ決めても、7三桂不成があるっぽかった。
【検討図】
この手が、わりと必殺みたい。
だとすると、悲観するほどでも、なかったのかな。
そのあとは、序中盤も調べて、解散になった。
チームの結果は、4-3。
最後に平賀さんが勝って、薄氷の勝利。
こうして私たちは、A級昇級へむけて、望みを繋いだ。
場所:2017年度 秋季団体戦2日目 6回戦
先手:裏見 香子
後手:昭島 桃花
戦型:相雁木
▲7六歩 △8四歩 ▲2六歩 △8五歩 ▲7七角 △3四歩
▲6八銀 △4四歩 ▲7八金 △4二銀 ▲4八銀 △3二金
▲9六歩 △9四歩 ▲1六歩 △1四歩 ▲4六歩 △6二銀
▲4七銀 △5四歩 ▲2五歩 △3三角 ▲6九玉 △4三銀
▲3六歩 △7四歩 ▲5八金 △5二金 ▲7九玉 △7三銀
▲3七桂 △6四銀 ▲6六歩 △7五歩 ▲6七銀 △4一玉
▲6八角 △4二角 ▲5六歩 △7六歩 ▲同 銀 △7五銀
▲同 銀 △同 角 ▲6七金右 △8六歩 ▲同 歩 △同 角
▲同 角 △同 飛 ▲8七歩 △8三飛 ▲4五歩 △同 歩
▲7二角 △8四飛 ▲2四歩 △同 歩 ▲7五銀 △8二飛
▲6一角成 △4四角 ▲7三歩 △同 桂 ▲4五桂 △7二銀
▲5二馬 △同 銀 ▲7四歩 △8五桂 ▲8八玉 △7七歩
▲同 桂 △同桂成 ▲同金寄 △8五桂 ▲6七金寄 △7七歩
▲6八金寄 △3七角 ▲2四飛 △2三歩 ▲4二歩 △同 玉
▲3四飛 △4三金 ▲3二金 △5一玉 ▲4四飛 △同 金
▲4二角 △6一玉 ▲5三桂成 △4一歩 ▲3一角成 △7八歩成
▲同 金 △7六歩 ▲6五桂 △4三銀 ▲7三歩成 △同 銀
▲6三成桂 △3二銀 ▲7三桂不成△5一玉 ▲6二銀 △同 飛
▲同成桂 △同 玉 ▲8二飛 △7二桂 ▲8五飛成 △8四歩
▲7四龍 △7三角成 ▲5三馬 △同 玉 ▲7三龍 △5二玉
▲6二角 △7七金 ▲9七玉 △7九角 ▲同 金 △8五桂
▲8六玉 △8七金 ▲7六玉 △7七桂成 ▲同 金 △同 金
▲同 玉 △7六歩 ▲同 玉 △4二玉 ▲5三角成 △3三玉
▲2五桂 △2四玉 ▲3五金
まで141手で裏見の勝ち




