397手目 すれちがった終盤
1三歩、8八歩、同飛。
1三の歩は取れない。
とにかく後手の入玉を止める。
このまま一方的に入られると困る。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ
同歩なら8五歩、同玉、7六角だ。
好感触。
明石くんは、ふむ、と息をついた。
終盤で初めて見せた態度だった。
あいても好手だと感じている。
私は8筋の封鎖を読み進めた。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
8二香成、8三歩、同成香、8四歩。
同成香なら5九角で、バックさせられる。入玉は止まった。
明石くんがどうするか、分岐点。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
2二金と取ってきた。
また寄せに復帰? 寄る……いや、寄らない。
私は同金と取った。
2一金、同銀、同成銀、同金、1二銀、2二玉。
ん? 勝手にバラしてくれた。なんで?
脱出の可能性が出てきた。
2一に馬が利いてるのを、見落としてる?
2一銀成なら同馬としちゃうわよ?
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
明石くんは飛車を切った。
あ、そういうことかッ!
6五の馬が邪魔だから、消しにきたんだ。
つまり、先手は寄せをあきらめたってこと。
私も入玉しないといけない? だけど、入玉はまだ難しい。
寄せに行かないといけないってこと? ここから?
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
同馬、同銀成、2三玉、7五玉。
桂馬を取られた。
私は4七角で、もう一度馬を作りにかかった。
8四玉、7一飛。
やっぱり入玉を止める。1五銀としても、まだ入れない。
明石くんの7二金に、私は同飛と切った。
「!」
明石くんは、この切りを予想していなかったらしい。
一瞬だけ、ハッという表情になった。
同成香、8三銀。
同成桂のうっかりは、7四金の一手詰め。
王様はうしろに下がらざるをえない。
明石くんも7五玉と下がった。
7四金、8六玉、8五金打、7七玉。
完全に押し返した──けど、こんどは私の王様が、かなり怪しい。
ヘタしたら詰むかも。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
私は7六金と捨てた。
同玉、6五角成、7七玉、7六歩、8七玉、7七金。
王手飛車をかける。
9七玉、8七金打。
同飛なら詰みそうじゃない?
同金、同玉、7七歩成、同玉、5五馬とか。
(※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)
合駒問題になりそう。私は混乱してきた。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
明石くんは9六玉。同飛は詰むと読んだみたい。
私は2一馬で、自陣を安全にした。
いつの間にか、周囲にはひとだかり。
3-3? それとも他にやってる対局がある? わからない。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
4一角、3四玉、8七飛、同金、5二角成、4三銀、5三馬。
明石くんは、8六飛の一手詰めを受けた。
さすがに頓死は期待できないか。
8九飛と深く打つ。
7四成桂、8六金、同馬、同飛成、同玉、7七角、8五玉。
うっそッ!? 入玉が復活しそうッ!?
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「5五角成ッ!」
明石くんは8三成桂、
この入玉は……止まらない。
私も入玉するしかなくなった。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
4四銀で、桂馬を払う。
えーい、見せろ裏見の底力ッ! 絶対に入るッ!
8四玉、4六歩、7三成桂、7七歩成、8三玉、4五玉。
私のほうは、なかなか確定しない。2九金くらいでも困る。
右にトライするほうが、いいかも。
6六銀、5四馬、8二玉、3六玉、9一玉、6七と、2九金。
いやあ、先手に金4枚あるのはキツい。
左へ入るのは、やっぱりむずかしい。右しかない。
私は6六とで、ルートの確保を急いだ。
8一飛、4三馬上、5一飛打、5三銀打、1二歩成、4七玉。
明石くんは、持ち駒をそろえた。
「持将棋にしませんか?」
え? 私は一瞬、反応が遅れた。
「残り5秒まで待ちます。それまでに決めてください」
え? 先手から持将棋を持ちかけるの?
私のほうは、まだ入玉が確定して──あ、点数がおたがいに微妙なのか。
後手の入玉を止めるなら、8八飛成が有力。
でも、その龍を取られたら、先手は点数が足りなくなる。
明石くんの意図はわかった。
渡りに舟……だけど、引き分けていいの? 全体の情勢がわからない。
しかも、先手の飛車は、この時点でも殺せる可能性があった。
例えば4二銀打で、ごちゃごちゃやっていれば──
9、8、7、6
「持将棋にします」
私の宣言と同時に、どっと野次馬がざわついた。
「引き分けだ」
「マジかあ」
引き分け。ここが最後の対局で、3勝3敗1分になったようだ。
熱戦の余韻が残るなか、私は周囲のメンバーを見回した。
ホッとしているひと、ふーんという感じのひと、なにやら検討しているひと。
そんななかで、明らかに異なる反応をしているひとがいた。
風切先輩と火村さんだ。
ふたりとも険しい表情で、いろいろ納得できないような雰囲気だった。
なにかあった? ……感想戦が先か。
私は、
「終盤、なにかありました?」
と尋ねた。
すると、明石くんは、
「検討が必要な局面は、多いですね。もう昼休憩に入っています。感想戦は、また今度にしませんか?」
と提案した。
たしかに、2時間以上指していた。
そのことを自覚して、急に疲れが出た。
「わかりました。ありがとうございました」
「ありがとうございました」
おたがいに一礼して、解散。
松平は、
「助かった。これで完全自力だ」
と胸をなでおろした。
そっか……うちが残り全勝すれば、京浜と立志は2敗になる。
電電理科の負けは、帳消しに近くなった。
それにしても、風切先輩のさっきの表情、気になる。
廊下に出たところで、私は声をかけた。
「先輩、さっきの対局、なにかありましたか?」
「ん? ああ、よくやったな。大きい持将棋だった」
「なにか終盤であったんじゃないかな……と」
風切先輩は、ああ、そういうことか、と言って、
「どっちも詰んでたと思うぞ」
と答えた。
マ? 詰んでた? しかもおたがいに?
「どっちが先に詰んでました?」
「明石のほうだ。裏見が押し返したあと、7七金の王手飛車じゃなくて、8六歩と叩けば詰んでた」
【検討図】
えー……詰んでる?
「何手詰みですか?」
「正確には数えてないが、初手から数えると、20を超えてる」
そっかあ、長手数の詰みが発生してたのか。
押し戻したところで満足してしまった。
「じゃあ、私のほうの詰みは?」
「裏見が8七金で、飛車を取ったところがあるだろ? あの瞬間、3三金だ」
【検討図】
「これは7手だったからなあ。同玉、3二金、同馬、同桂成、2三玉、3三飛までだ。初手が金捨てだったのと、明石の意識が入玉へ向かっていたおかげで、助かった」
そ、そんなきわどい瞬間が。
風切先輩は、腕組みをして笑った。
「火村の表情が面白かったぞ。裏見が8七金と取った瞬間、めちゃくちゃニヤニヤしてたからな。明石が詰まさなかった瞬間、目を丸くしていた。今ごろ説教されてるんじゃないか」
明石くん、ご愁傷様。
「とりあえず、飯にしよう。疲れで東方に負けたら、シャレにならない」
ですね。
東方戦のオーダーは、もう決まっている。役員だけで集まる必要もない。
私たちは、ファミレスへ移動することになった。
場所:2017年度 秋季団体戦2日目 4回戦
先手:明石 嘉門
後手:裏見 香子
戦型:角換わり力戦形
▲7六歩 △8四歩 ▲2六歩 △3二金 ▲7八金 △8五歩
▲7七角 △3四歩 ▲6八銀 △4二銀 ▲2二角成 △同 金
▲7七銀 △3三銀 ▲3八銀 △7二銀 ▲4六歩 △1四歩
▲3六歩 △3二金 ▲3七桂 △4二玉 ▲1六歩 △7四歩
▲2九飛 △7三銀 ▲4八金 △6四銀 ▲5八玉 △7五歩
▲同 歩 △同 銀 ▲7六歩 △8六歩 ▲同 歩 △同 銀
▲8五歩 △7七銀成 ▲同 桂 △8六歩 ▲8四歩 △8七歩成
▲同 金 △8四飛 ▲8五歩 △8二飛 ▲4七銀 △5二金
▲6八玉 △7三桂 ▲7四銀 △7二歩 ▲8九飛 △3一玉
▲9六歩 △8一飛 ▲5六銀 △2二玉 ▲6六角 △4四角
▲同 角 △同 歩 ▲6六角 △9二角 ▲7三銀不成△同 歩
▲2五桂 △4三銀 ▲4五歩 △同 歩 ▲3五歩 △同 歩
▲1五歩 △同 歩 ▲8四歩 △5六角 ▲同 歩 △2四歩
▲3三桂成 △同 桂 ▲4四桂 △同 銀 ▲同 角 △4一飛
▲1五香 △4四飛 ▲1一香成 △8六歩 ▲同 金 △6四桂
▲5五銀 △5六桂 ▲7八玉 △8四飛 ▲8五香 △9四桂
▲8四香 △8六桂 ▲8七玉 △4八桂成 ▲8六玉 △1一玉
▲8一飛 △5一香 ▲3四角 △2一金 ▲4四桂 △8五歩
▲同 桂 △2三銀 ▲5二角成 △同 香 ▲1三金 △2二金打
▲1二歩 △同 銀 ▲1四歩 △2三金右 ▲同 金 △同 金
▲3二金 △2二金打 ▲1三歩成 △同金寄 ▲3四歩 △2三金寄
▲7三桂成 △4七角 ▲9五歩 △6五角成 ▲3三歩成 △同金寄
▲同 金 △同 金 ▲1四桂 △1三銀打 ▲4二銀 △2三金
▲3二金 △1四銀 ▲3一銀成 △2二金上 ▲1三歩 △8八歩
▲同 飛 △7五桂 ▲8二香成 △8三歩 ▲同成香 △8四歩
▲2二金 △同 金 ▲2一金 △同 銀 ▲同成銀 △同 金
▲1二銀 △2二玉 ▲2一飛成 △同 馬 ▲同銀成 △2三玉
▲7五玉 △4七角 ▲8四玉 △7一飛 ▲7二金 △同 飛
▲同成香 △8三銀 ▲7五玉 △7四金 ▲8六玉 △8五金打
▲7七玉 △7六金 ▲同 玉 △6五角成 ▲7七玉 △7六歩
▲8七玉 △7七金 ▲9七玉 △8七金打 ▲9六玉 △2一馬
▲4一角 △3四玉 ▲8七飛 △同 金 ▲5二角成 △4三銀
▲5三馬 △8九飛 ▲7四成桂 △8六金 ▲同 馬 △同飛成
▲同 玉 △7七角 ▲8五玉 △5五角成 ▲8三成桂 △4四銀
▲8四玉 △4六歩 ▲7三成桂 △7七歩成 ▲8三玉 △4五玉
▲6六銀 △5四馬引 ▲8二玉 △3六玉 ▲9一玉 △6七と
▲2九金 △6六と ▲8一飛 △4三馬上 ▲5一飛打 △5三銀打
▲1二歩成 △4七玉
まで224手で持将棋引き分け




