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凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第61章 2017年度秋季団体戦2日目(2017年10月1日日曜)
409/496

396手目 習慣の欠如

挿絵(By みてみん)


 この手を見て、明石あかしくんは手をとめた。

 あごに軽く手をあてて、考え込む。

 考え込むと言っても、表情に変化はなかった。

 ポーカーフェイスがうまい。

 ここまでの進行に関する解釈は、ふたつ。

 ひとつは、この速攻が明石くんの予定通りで、私が攻めさせられているパターン。

 もうひとつは、準備してきた順を潰されたから、作戦変更を考えているパターン。

 私の予想では、後者。

 もちろん、楽観的な見方ではある。

 けど、攻めを誘導してきた感じは、しないのよね。

 あくまでも先手を引いて研究をぶつける、という雰囲気だった。

 1分ほどして、2九飛が指された。

 7三銀、4八金、6四銀、5八玉、7五歩。


挿絵(By みてみん)


 即開戦。

 主導権を取る。

 明石くんは10秒ほどで同歩。

 さっきの長考で、この局面を想定していたようだ。

 同銀、7六歩、8六歩、同歩、同銀、8五歩、7七銀成。


挿絵(By みてみん)


 一気に交換。

 おたがいに角を持っているから、8筋の攻防は神経戦になりそうだった。

 私の予定は、同桂に8六歩と垂らして、8九飛に8七銀と打ち込む流れ。

 明石くんは、これを避けてきた。

 同桂、8六歩に8四歩。

 8七銀なら6八金、7六銀成、8三角か──後手、面白くない。

「8七歩成」

 いったん捨てる。

 同金で形をくずして、8四飛と走った。

 8五歩、8二飛、4七銀、5二金、6八玉。

 自陣を整理。

 さらに7三桂と跳ねて、第二次攻撃。

 明石くんは1分ほど考えて、7四銀と置いた。


挿絵(By みてみん)


 だいぶ露骨。

 これは……8筋から盛り上がるつもり?

 7二歩、8九飛かな。

 玉飛接近になるから、狙いどころにはなりそうだけど……うむむ。

 バランスの取り方が、難しい将棋になった。

 どちらも囲いが中途半端なのに、攻めは始まっている。

 このまま殴り合いになりそう? ……そうでもない。

 だとすれば、囲う余裕がある。

 私は7二歩。

 8九飛、3一玉、9六歩、8一飛、5六銀、2二玉。

 入城できた。


 パシリ


挿絵(By みてみん)


 またイヤなところに置いてくる。

 これは王様のこびんを狙っていると見せかけて、真の狙いは8四歩だ。

 それを支えるための角。

 だから、4四角、同角、同歩と消しても、もう一回打ってくるはず。

 かと言って、打ち返さないという選択肢もなかった。

 私は堂々と4四角。

 同角、同歩、6六角。

 このままだと8筋を圧迫されてしまう。

「9二角ッ!」


挿絵(By みてみん)


 端角で支える。

 明石くんは、ここで長考。

 7五歩で支えないといけないようなら、先手失敗。

 おそらく銀を捨ててくる。

 捨てたあとにどうなりそうか、よね。

 一例として、7三銀成、同歩、2五桂が考えられる。


挿絵(By みてみん)


 (※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)


 2四歩、3三桂成、あるいは4三銀と強化して、3三桂成、同桂。

 後者は後手玉が固い。

 3三桂成とせずに、4五歩を絡めてくるかもしれない。

 例えば4五歩、同歩、3五歩、同歩と全部突き捨てて……突き捨てて?

 そのあとがないっぽい?

 いや、あるか、4五銀と出て、4四歩、3三桂成、同桂。


挿絵(By みてみん)


 (※図は香子きょうこちゃんの脳内イメージです。)


 この瞬間は、先手にいろいろありそう。

 4四銀と突っ込んでもいいし、3四桂、2一玉、4四角のごり押しもある。

 私は大きく息をついた。

 先手に手はある。しかも、豊富にありそう。

 反撃を考えないと。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………ん、なんか喉が渇いた。

 ペットボトルのお茶を買っていないことに、私は気づいた。

 そういえば、初日もまったく買ってなかったような。

 緊張しすぎてて、普段のルーチンすら守れていなかった。

 私は周囲を見る。星野ほしのくんが近くにいた。

 小声で話しかける。

「星野くーん」

「ん?」

「ごめん、お茶買ってきてくれない?」

「いいよ、銘柄は?」

 私はいつも買ってる商品を注文した。

 なかったら別のでいい、ということに。

 精算は後にしてもらう。

 姿勢をもどすと、明石くんと目が合った。

 明石くんは、わずかに──ほんのわずかに、イヤそうな顔をしていた。

「あ、ごめんなさい」

「いえ、だいじょうぶです」

 明石くんはそれから30秒ほど読んで、7三銀不成とした。

 同歩、2五桂。

 私は4三銀を選択した。

 4五歩、同歩、3五歩、同歩、1五歩。

 あ~、そこを絡めてきますか。

 同歩。

 明石くんはスッと8四歩。


挿絵(By みてみん)


 え、そこ?

 私は頭に手をやって、固まった。

 これは読んでなかった。

 2四歩で? ……3三桂成、同桂、8三銀か。

 筋悪だけど……成立しそう。

 私は読みの修正を迫られた。

 そこへ、星野くんが帰ってきた。注文通りのペットボトルが手渡される。

 私はお礼を言って、キャップを開けた。ひと口飲む。

 思考がうるおう。だんだんと手が見えてきた。

「……5六角」

 切る。8三銀は止められないから、打つ意味を消す。

 明石くんも、この応手は読んであったようだ。

 意外性もなかったらしく、すぐに同歩と取った。

 2四歩、3三桂成、同桂、4四桂。


挿絵(By みてみん)


 うーん、6六角が、いい味を出し続けている。

 私は飛車の活用を図った。

 同銀、同角に4一飛と回る。

「1五香」


挿絵(By みてみん)


 か、角捨て?

 この手は強い。4四飛に1一香成で潰せる、という読みだ。

 角を取らない手……はない。

 8八歩を入れるかどうかくらいしか、選択肢がなかった。

 歩はあんまり渡さないほうが、いいかも。

「4四飛」

 1一香成、8六歩、同金、6四桂。

 即座に反撃する。

 明石くんは5五銀──ん? それはヌルい。

 私は5六桂と跳ねた。


挿絵(By みてみん)


 飛車はこれで助かる。

 明石くん、見落とし?

 7八玉、8四飛、8五香。

 あ、こっちで殺すつもりなのか。たしかに、これは逃げられない。

 7四飛と寄るのは、6五角が三方に利いて助からない。

「9四桂ッ!」

 飛車を捨てる。

 8四香、8六桂、8七玉、4八桂成、8六玉。


挿絵(By みてみん)


 び、微妙に入玉されそうな気配。

 もしかして、これを狙ってた?

 ありうる。大駒は先手が3枚だから、このままだと点数負けしてしまう。

 どうする? とりあえず入りに行く? っていうか、入れる?


 ピッ


 もう1分将棋。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 私は1一玉で、縦の駒を補充した。

 8一飛、5一香、3四角、2一金、4四桂。

 寄せに来てる?

 さすがに金銀があるから、一直線には入れないと踏んだっぽい。

 8五歩、同桂で、入玉ルートを念入りに遮断しておく。

 2三銀と補強。


 ピッ


 明石くんも1分将棋に。

 ここで相手の時間がなくなったのは、助かる。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ


挿絵(By みてみん)


 ま、マズい。普通に寄るかも。

 飛車の横利きが通ってしまった。

 私の心境は、入玉と徹底抗戦のあいだで、揺れ動いていた。

 解体されたら入玉? でも、解体された時点で詰みそうじゃない?


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 同香。

 明石くんは1三金で、強く寄せにかかった。

 2二金打、1二歩、同銀、1四歩。

 そ、そもそも脱出できない。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ


挿絵(By みてみん)


 ここは、こうッ!

 なんかよくわかんないけど、穴熊戦をやるハメに。

 同金、同金、3二金打、2二金打、1三歩成、同金寄。

 交換過程での即死は、回避できた。

 2一金、同金、3二金、2二金打の千日手は、連続王手。明石くんの負け。

 これが選択できなかったのは大きい。

 明石くんは直接的な手をやめて、3四歩と打った。

 2三金寄、7三桂成。

 ん? 桂成り? ……入玉に切り替えた?

 だったら、さっきの角切りは間違いじゃない?

 ミスを認めたような展開で、私は急なシフトが必要になった。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


「4七角ッ!」

 入玉阻止に移行する。

 私のほうは王様回りがガチガチで、移動できない。

 9五歩、6五角成、3三歩成、同金寄、同金、同金、1四桂。

 後手も入玉阻止にきた。

 1三銀打、4二銀、2三金寄、3二金、1四銀、3一銀成。


挿絵(By みてみん)


 だ、ダメだ、自陣がほぐれない。

 今度は1四銀が邪魔になってしまった。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


 私はギリギリのタイミングで、2二金と上がった。

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