395手目 戦力外通告
大会2日目の前日、私と松平と大谷さんは、夕方の部室に集合していた。
他のメンバーには帰宅してもらって、最後のオーダー会議。
役員の3人だけで決めることになった。気が重い。
松平は、さっそく状況を整理した。
「うちは電電理科に負けてる。これはかなりのハンデだ……が、現時点ではまだ希望がある。京浜と立志が、聖ソに負けた」
そう、聖ソは初日で前A級を連続撃破。現在首位。
もう1枠は決まり、みたいな雰囲気だった。
都ノはまだ負けてない。
もし聖ソに勝てれば、電電理科戦の負けは帳消しになる。
京浜vs立志が残ってるから、どちらかが2敗は確定。
あとは都ノがここに連勝すれば、トップ昇級までありえた。
けど、これは机上の空論。
大谷さんは、
「聖ソフィアは、ほぼほぼ仕上がっていると思います」
と諭した。
「……」
「……」
私と松平は、視線を合わせた。
ここのふたりのあいだでも、意見はまだ一致していない。
大谷さんは、私にゆっくりと尋ねた。
「裏見さんの案は、裏見さんが抜けて穂積さんを入れる、ですね?」
私はうなずいた。
青葉、大谷、風切、穂積、愛智、松平、星野あるいは南。
これが私の案。
大谷さんは、松平にも質問した。
「松平さんのお考えでは、青葉、大谷、三宅、風切、穂積、愛智で、南さんか星野さんが7番席で、よろしかったでしょうか?」
「ああ」
正直なところ、話し合いは行き詰まっている。
決定打が欲しい。決定的な理由が。
だけど、そんなものはないように思われた。
好不調、これまでの成績、聖ソフィアのオーダー。
どれを考慮しても、ひとつに決まらない。
重苦しい雰囲気のなかで、大谷さんが動いた。
「主将権限を行使させていただきたく存じます」
! 私は驚いた──と同時に、どこかで予見していたような気もした。
大谷さんは、強烈に押しが強くなるときがある。
理由はわからない。でも、そのときがきたようだ。
私は、
「議論で決まらないときは、主将に一任するわ」
と答えた。
松平も同意した。
大谷さんは、意見を述べ始めた。
「今回のオーダーの原点に戻ります。もともとは、京浜戦で、中央に主戦力を固めるためのオーダーでした。予定通り、6回戦の京浜戦を、そのように配置します……が、当初の青葉、裏見、大谷、風切、愛智、松平、南にするかどうかは、当日の調子で決めます。そして、4回戦と5回戦で、そのオーダーを隠すという、当初の案も実行いたします。よって、4回戦のオーダーは……」
裏見 大谷 三宅 風切 穂積 愛智 平賀
「これで参ります。明石さんが1番席か2番席なので、拙僧か裏見さんで討ち取ります。もし裏見さんが負けた場合、東方戦から外れていただきます。その場合、京浜戦は青葉、大谷、風切、愛智、平賀、松平、南で、上にシフトさせます。松平さんは東方戦に出ていただいたうえ、負けた場合は、京浜戦を裏見、大谷、風切、穂積、愛智、平賀、南とします。もしおふたりとも負けた場合は、青葉、大谷、風切、穂積、愛智、平賀、南で、1年生に期待致します。よろしいでしょうか?」
○
。
.
2日目当日、都ノのブースは、若干ぴりぴりしていた。
初戦の相手は、B級で独走状態の聖ソフィア。
こちらの出場メンバーには、すでに内定が伝えられていた。
スマホを見ているひと、飲み物を買いに行ったひと、いろいろ。
私は初日に集めたデータの整理をしていた。
すると、ノートに影がさした。
顔を上げると、愛智くんが立っていた。
「あ、お邪魔してすみません」
「どうしたの?」
「次の対戦候補のデータ、ちょっと確認してもいいですか?」
どうぞどうぞ。
私はノートを渡した。
愛智くんは、ぺらぺらとめくりながら、
「京浜が本命なんじゃないか、っていう僕の意見は、まちがってましたね」
と言った。
「え……ああ、べつにいいのよ。結果論だし」
「結果は結果で返すしかないですね……ありがとうございました」
愛智くんはノートを返して、教室から出て行った。
私は愛智くんの闘志より、今の言葉のほうに思考が寄った。
結果は結果で返すしかない。
大谷さんの昨日の決断は、私たちに対する事実上の最終通告。
このままだと戦力外だ。私はひとりうなずいて、ペンをくるりと回した。
そのうち時間が訪れて、会場へ移動。
明石くんは先に来ていた。
松平は座ったあと、順番を聖ソにゆずった。
けど、明石くんがゆずり返したから、読み上げを始めた。
「1番席、副将、2年、裏見香子」
「1番席、副将、2年、明石嘉門」
「2番席、四将、2年、大谷雛」
「2番席、三将、2年、2年、有馬勇一」
「3番席、五将、3年、三宅純」
「3番席、五将、2年、カミーユ・ホムラ」
「4番席、六将、3年、風切隼人」
「4番席、六将、1年、高山結翔」
「5番席、七将、2年、穂積八花」
「5番席、七将、2年、大友義明」
「6番席、八将、1年、愛智覚」
「6番席、八将、2年、細川多一郎」
「7番席、九将、1年、平賀真理」
「7番席、九将、1年、ノイマン・ミラーカ」
オーダー交換が終わった。
私たちは、顔を見合わせる。
……………………
……………………
…………………
………………微妙だと思う。
うまくいった、という感触はなかった。
風切vs火村は実現しなかったし、愛智くんもうまくずらされた感がある。
松平は記入を終えて、席を立った。
「悪くはない。俺は抜け番だが、みんながんばってくれ」
私もうなずいて、松平と席を交代した。
明石くんはオーダー表を脇において、道具の準備。
盤駒を並べて、チェスクロをセットした。
私の振り駒──表が5枚。
「都ノ、奇数先」
「聖ソフィア、偶数先」
先手を引いた。
明石くんは居飛車党。
あとは開始を待つだけ。
幹事のひとは、腕時計を確認した。
「準備はよろしいでしょうか? あと1分です」
特に返事はなし。
「……では、始めてください」
「よろしくお願いします」
明石くんは、チェスクロを押した。
私は7六歩と開ける。
8四歩、2六歩、8五歩、7七角、3四歩。
【先手:裏見香子(都ノ) 後手:明石嘉門(聖ソ)】
角換わりだ。了解。
6八銀、7七角成、同銀、4二銀、3六歩、6二銀。
おたがいに手が速い。
7八金、1四歩、4八銀、3二金、1六歩、9四歩、9六歩、6四歩。
なんとなくだけど、オーソドックスになりそう。
後手から急戦の気配は感じない。
4六歩、6三銀、6八玉、7四歩、3七桂、3三銀。
腰掛け銀へ進む。
4七銀、6二金、5六銀、7三桂、4八金、5四銀。
んー、まったく奇をてらってこない。
あるとしたら、ここからいきなり右玉。だけど、どうだろう。
明石くんは、淡々と指している印象。
とりあえず6六歩。
次になにもしてこなかったら、さっさと4五歩が成立しそう。
そうなったら先手有利。かえって不気味なところがある。
8一飛、2九飛、4四歩、7九玉、4二玉、2五歩。
パシリ
んッ!? ……あ、そう変な手でもないか。
4五歩を牽制してきた。
4五歩なら5二玉、4四歩、同飛と飛び出せる。
「……8八玉」
3一玉、3九飛、8一飛、6九飛、4一飛。
こ、これは。
2九飛、2二玉、6九飛、8一飛、7九玉、4一飛。
私は8八玉と入りなおした。
手、手が変えられない。
明石くんは打開する気がまったくないらしく、ほぼノータイム。
8一飛、7九玉、4一飛、2九飛、3一玉、8八玉、2二玉。
微妙に複雑な千日手だ。
ちょっとずつ駒の配置がちがうから、すぐには同一局面4回にならない。
どこかで4五歩と突けるのでは、という思考が、私に時間を使わせてしまった。
6九飛、8一飛、7九玉、4一飛、2九飛。
もうあきらめる。千日手だ。
3一玉、8八玉、2二玉、6九飛。
私は飛車を寄ったあとで、
「千日手ですか?」
と確認した。
「そうですね」
明石くんは、すぐに駒をもどし始めた。
残り時間は、先手が23分、後手が25分。
指し直しの加算はない。
2分差があるのは、4五歩の打開を考えた分だ。
ミスったかな──いや、今はそんなことを悔やんでる場合じゃない。
呼吸を整える。意識を次の対局へ。
「よろしくお願いします」
今度は私がチェスクロを押した。
7六歩、8四歩、2六歩、3二金、7八金、8五歩、7七角。
【先手:明石嘉門(聖ソ) 後手:裏見香子(都ノ)】
結局、角換わり。
先後入れ替えのメリットを、最大限に活かしてきた。
3四歩、6八銀、4二銀、2二角成、同金。
とりあえず、後手番としてどうするのか、それを決めないといけない。
流れに乗るのか、それとも積極的に動くのか。
7七銀、3三銀、3八銀、7二銀、4六歩、1四歩、3六歩。
先手の方針が、よくわからない。
さっきの対局がさくさくだったのは、初めから千日手狙いだったぽい。
だとすれば、先手ではなにか策がありそう。
3二金、3七桂、4二玉、1六歩。
うむむ、私も千日手狙いにする?
2回目の千日手なら、引き分けになる。
明石くんからムリヤリ打開してこないかしら?
いや、そういう準備をしてこなかったから、厳しいか。
どういう風に千日手に進めるのかも、まったくわからない。
私は浮足立たないように、すこし手を止めた。
勢いで指すと、マズい気がする。
方針を立てる。明石くんがされて一番イヤなことは、なにか。
……………………
……………………
…………………
………………よし、決まった。
「7四歩」
場所:2017年度 秋季団体戦2日目 4回戦
先手:裏見 香子
後手:明石 嘉門
戦型:角換わり腰掛け銀
▲7六歩 △8四歩 ▲2六歩 △8五歩 ▲7七角 △3四歩
▲6八銀 △7七角成 ▲同 銀 △4二銀 ▲3六歩 △6二銀
▲7八金 △1四歩 ▲4八銀 △3二金 ▲1六歩 △9四歩
▲9六歩 △6四歩 ▲4六歩 △6三銀 ▲6八玉 △7四歩
▲3七桂 △3三銀 ▲4七銀 △6二金 ▲5六銀 △7三桂
▲4八金 △5四銀 ▲6六歩 △8一飛 ▲2九飛 △4四歩
▲7九玉 △4二玉 ▲2五歩 △4一飛 ▲8八玉 △3一玉
▲3九飛 △8一飛 ▲6九飛 △4一飛 ▲2九飛 △2二玉
▲6九飛 △8一飛 ▲7九玉 △4一飛 ▲8八玉 △8一飛
▲7九玉 △4一飛 ▲2九飛 △3一玉 ▲8八玉 △2二玉
▲6九飛 △8一飛 ▲7九玉 △4一飛 ▲2九飛 △3一玉
▲8八玉 △2二玉 ▲6九飛
まで69手で千日手




