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凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第61章 2017年度秋季団体戦2日目(2017年10月1日日曜)
408/496

395手目 戦力外通告

 大会2日目の前日、私と松平まつだいら大谷おおたにさんは、夕方の部室に集合していた。

 他のメンバーには帰宅してもらって、最後のオーダー会議。

 役員の3人だけで決めることになった。気が重い。

 松平は、さっそく状況を整理した。

「うちは電電理科に負けてる。これはかなりのハンデだ……が、現時点ではまだ希望がある。京浜けいひん立志りっしが、聖ソに負けた」

 そう、聖ソは初日で前A級を連続撃破。現在首位。

 もう1枠は決まり、みたいな雰囲気だった。

 都ノみやこのはまだ負けてない。

 もし聖ソに勝てれば、電電理科戦の負けは帳消しになる。

 京浜vs立志が残ってるから、どちらかが2敗は確定。

 あとは都ノがここに連勝すれば、トップ昇級までありえた。

 けど、これは机上の空論。

 大谷さんは、

「聖ソフィアは、ほぼほぼ仕上がっていると思います」

 と諭した。

「……」

「……」

 私と松平は、視線を合わせた。

 ここのふたりのあいだでも、意見はまだ一致していない。

 大谷さんは、私にゆっくりと尋ねた。

裏見うらみさんの案は、裏見さんが抜けて穂積ほづみさんを入れる、ですね?」

 私はうなずいた。

 青葉あおば、大谷、風切かざぎり、穂積、愛智あいち、松平、星野ほしのあるいはみなみ

 これが私の案。 

 大谷さんは、松平にも質問した。

「松平さんのお考えでは、青葉、大谷、三宅みやけ、風切、穂積、愛智で、南さんか星野さんが7番席で、よろしかったでしょうか?」

「ああ」

 正直なところ、話し合いは行き詰まっている。

 決定打が欲しい。決定的な理由が。

 だけど、そんなものはないように思われた。

 好不調、これまでの成績、聖ソフィアのオーダー。

 どれを考慮しても、ひとつに決まらない。

 重苦しい雰囲気のなかで、大谷さんが動いた。

「主将権限を行使させていただきたく存じます」

 ! 私は驚いた──と同時に、どこかで予見していたような気もした。

 大谷さんは、強烈に押しが強くなるときがある。

 理由はわからない。でも、そのときがきたようだ。

 私は、

「議論で決まらないときは、主将に一任するわ」

 と答えた。

 松平も同意した。

 大谷さんは、意見を述べ始めた。

「今回のオーダーの原点に戻ります。もともとは、京浜戦で、中央に主戦力を固めるためのオーダーでした。予定通り、6回戦の京浜戦を、そのように配置します……が、当初の青葉、裏見、大谷、風切、愛智、松平、南にするかどうかは、当日の調子で決めます。そして、4回戦と5回戦で、そのオーダーを隠すという、当初の案も実行いたします。よって、4回戦のオーダーは……」


 裏見 大谷 三宅 風切 穂積 愛智 平賀


「これで参ります。明石さんが1番席か2番席なので、拙僧か裏見さんで討ち取ります。もし裏見さんが負けた場合、東方とうほう戦から外れていただきます。その場合、京浜戦は青葉、大谷、風切、愛智、平賀、松平、南で、上にシフトさせます。松平さんは東方戦に出ていただいたうえ、負けた場合は、京浜戦を裏見、大谷、風切、穂積、愛智、平賀、南とします。もしおふたりとも負けた場合は、青葉、大谷、風切、穂積、愛智、平賀、南で、1年生に期待致します。よろしいでしょうか?」


  ○

   。

    .


 2日目当日、都ノのブースは、若干ぴりぴりしていた。

 初戦の相手は、B級で独走状態の聖ソフィア。

 こちらの出場メンバーには、すでに内定が伝えられていた。

 スマホを見ているひと、飲み物を買いに行ったひと、いろいろ。

 私は初日に集めたデータの整理をしていた。

 すると、ノートに影がさした。

 顔を上げると、愛智くんが立っていた。

「あ、お邪魔してすみません」

「どうしたの?」

「次の対戦候補のデータ、ちょっと確認してもいいですか?」

 どうぞどうぞ。

 私はノートを渡した。

 愛智くんは、ぺらぺらとめくりながら、

「京浜が本命なんじゃないか、っていう僕の意見は、まちがってましたね」

 と言った。

「え……ああ、べつにいいのよ。結果論だし」

「結果は結果で返すしかないですね……ありがとうございました」

 愛智くんはノートを返して、教室から出て行った。

 私は愛智くんの闘志より、今の言葉のほうに思考が寄った。

 結果は結果で返すしかない。

 大谷さんの昨日の決断は、私たちに対する事実上の最終通告。

 このままだと戦力外だ。私はひとりうなずいて、ペンをくるりと回した。

 そのうち時間が訪れて、会場へ移動。

 明石くんは先に来ていた。

 松平は座ったあと、順番を聖ソにゆずった。

 けど、明石くんがゆずり返したから、読み上げを始めた。

「1番席、副将、2年、裏見うらみ香子きょうこ

「1番席、副将、2年、明石あかし嘉門かもん

「2番席、四将、2年、大谷おおたにひよこ

「2番席、三将、2年、2年、有馬ありま勇一ゆういち

「3番席、五将、3年、三宅みやけじゅん

「3番席、五将、2年、カミーユ・ホムラ」

「4番席、六将、3年、風切かざぎり隼人はやと

「4番席、六将、1年、高山たかやま結翔ゆうと

「5番席、七将、2年、穂積ほづみ八花やつか

「5番席、七将、2年、大友おおとも義明よしあき

「6番席、八将、1年、愛智あいちさとる

「6番席、八将、2年、細川ほそかわ多一郎たいちろう

「7番席、九将、1年、平賀ひらが真理まり

「7番席、九将、1年、ノイマン・ミラーカ」

 オーダー交換が終わった。

 私たちは、顔を見合わせる。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………微妙だと思う。

 うまくいった、という感触はなかった。

 風切vs火村は実現しなかったし、愛智くんもうまくずらされた感がある。

 松平は記入を終えて、席を立った。

「悪くはない。俺は抜け番だが、みんながんばってくれ」

 私もうなずいて、松平と席を交代した。

 明石くんはオーダー表を脇において、道具の準備。

 盤駒を並べて、チェスクロをセットした。

 私の振り駒──表が5枚。

「都ノ、奇数先」

「聖ソフィア、偶数先」

 先手を引いた。

 明石くんは居飛車党。

 あとは開始を待つだけ。

 幹事のひとは、腕時計を確認した。

「準備はよろしいでしょうか? あと1分です」

 特に返事はなし。

「……では、始めてください」

「よろしくお願いします」

 明石くんは、チェスクロを押した。

 私は7六歩と開ける。

 8四歩、2六歩、8五歩、7七角、3四歩。


【先手:裏見香子(都ノ) 後手:明石嘉門(聖ソ)】

挿絵(By みてみん)


 角換わりだ。了解。

 6八銀、7七角成、同銀、4二銀、3六歩、6二銀。

 おたがいに手が速い。

 7八金、1四歩、4八銀、3二金、1六歩、9四歩、9六歩、6四歩。


挿絵(By みてみん)


 なんとなくだけど、オーソドックスになりそう。

 後手から急戦の気配は感じない。

 4六歩、6三銀、6八玉、7四歩、3七桂、3三銀。

 腰掛け銀へ進む。

 4七銀、6二金、5六銀、7三桂、4八金、5四銀。


挿絵(By みてみん)


 んー、まったく奇をてらってこない。

 あるとしたら、ここからいきなり右玉。だけど、どうだろう。

 明石くんは、淡々と指している印象。

 とりあえず6六歩。

 次になにもしてこなかったら、さっさと4五歩が成立しそう。

 そうなったら先手有利。かえって不気味なところがある。

 8一飛、2九飛、4四歩、7九玉、4二玉、2五歩。


 パシリ


挿絵(By みてみん)


 んッ!? ……あ、そう変な手でもないか。

 4五歩を牽制してきた。

 4五歩なら5二玉、4四歩、同飛と飛び出せる。

「……8八玉」

 3一玉、3九飛、8一飛、6九飛、4一飛。

 こ、これは。

 2九飛、2二玉、6九飛、8一飛、7九玉、4一飛。

 私は8八玉と入りなおした。

 手、手が変えられない。

 明石くんは打開する気がまったくないらしく、ほぼノータイム。

 8一飛、7九玉、4一飛、2九飛、3一玉、8八玉、2二玉。


挿絵(By みてみん)


 微妙に複雑な千日手だ。

 ちょっとずつ駒の配置がちがうから、すぐには同一局面4回にならない。

 どこかで4五歩と突けるのでは、という思考が、私に時間を使わせてしまった。

 6九飛、8一飛、7九玉、4一飛、2九飛。

 もうあきらめる。千日手だ。

 3一玉、8八玉、2二玉、6九飛。


挿絵(By みてみん)


 私は飛車を寄ったあとで、

「千日手ですか?」

 と確認した。

「そうですね」

 明石くんは、すぐに駒をもどし始めた。

 残り時間は、先手が23分、後手が25分。

 指し直しの加算はない。

 2分差があるのは、4五歩の打開を考えた分だ。

 ミスったかな──いや、今はそんなことを悔やんでる場合じゃない。

 呼吸を整える。意識を次の対局へ。

「よろしくお願いします」

 今度は私がチェスクロを押した。

 7六歩、8四歩、2六歩、3二金、7八金、8五歩、7七角。


【先手:明石嘉門(聖ソ) 後手:裏見香子(都ノ)】

挿絵(By みてみん)


 結局、角換わり。

 先後入れ替えのメリットを、最大限に活かしてきた。

 3四歩、6八銀、4二銀、2二角成、同金。

 とりあえず、後手番としてどうするのか、それを決めないといけない。

 流れに乗るのか、それとも積極的に動くのか。

 7七銀、3三銀、3八銀、7二銀、4六歩、1四歩、3六歩。

 先手の方針が、よくわからない。

 さっきの対局がさくさくだったのは、初めから千日手狙いだったぽい。

 だとすれば、先手ではなにか策がありそう。

 3二金、3七桂、4二玉、1六歩。


挿絵(By みてみん)


 うむむ、私も千日手狙いにする?

 2回目の千日手なら、引き分けになる。

 明石くんからムリヤリ打開してこないかしら?

 いや、そういう準備をしてこなかったから、厳しいか。

 どういう風に千日手に進めるのかも、まったくわからない。

 私は浮足立たないように、すこし手を止めた。

 勢いで指すと、マズい気がする。

 方針を立てる。明石くんがされて一番イヤなことは、なにか。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………よし、決まった。

「7四歩」


挿絵(By みてみん)

場所:2017年度 秋季団体戦2日目 4回戦

先手:裏見 香子

後手:明石 嘉門

戦型:角換わり腰掛け銀


▲7六歩 △8四歩 ▲2六歩 △8五歩 ▲7七角 △3四歩

▲6八銀 △7七角成 ▲同 銀 △4二銀 ▲3六歩 △6二銀

▲7八金 △1四歩 ▲4八銀 △3二金 ▲1六歩 △9四歩

▲9六歩 △6四歩 ▲4六歩 △6三銀 ▲6八玉 △7四歩

▲3七桂 △3三銀 ▲4七銀 △6二金 ▲5六銀 △7三桂

▲4八金 △5四銀 ▲6六歩 △8一飛 ▲2九飛 △4四歩

▲7九玉 △4二玉 ▲2五歩 △4一飛 ▲8八玉 △3一玉

▲3九飛 △8一飛 ▲6九飛 △4一飛 ▲2九飛 △2二玉

▲6九飛 △8一飛 ▲7九玉 △4一飛 ▲8八玉 △8一飛

▲7九玉 △4一飛 ▲2九飛 △3一玉 ▲8八玉 △2二玉

▲6九飛 △8一飛 ▲7九玉 △4一飛 ▲2九飛 △3一玉

▲8八玉 △2二玉 ▲6九飛


まで69手で千日手

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