390手目 奇手
7六歩、8四歩、6八銀。
【先手:裏見香子(都ノ) 後手:梅田裕(電電理科)】
梅田さんの手が止まった。
振り飛車も視野に入れてたっぽいかな。
第1局は、さすがに偵察されていたと思う。
それとも、私が角換わりを多用しているから、7六歩、8四歩、2六歩と読んだか。
梅田さんはペットボトルのお茶を飲んで、ひと息ついた。
だいぶ大会慣れしている感じがする。
パシリ
3四歩。
ここからはスピードアップ。
7七銀、4二銀、2六歩、3二金、2五歩。
私は、早めに飛車先を決めた。
3三銀、7八金、8五歩。
後手も早めに決めてきた。
普通の矢倉には、ならなさそう。
4八銀、7四歩、3六歩、6二銀、6九玉、5二金、5八金右。
後手の対応を見ていく。
4一玉、5六歩、3一角。
そう来ましたか……私はさすがに小考。
お茶を飲んで、腰をすえる。
後手の方針は、角を早期に展開して、先手を牽制、だと思う。
5四歩は次に突いてくるとして、そのあと6二の銀を動かさないんじゃないかしら。
4四歩~4三金右まで保留してくるかどうか。
私はあれこれ考えた上で、7九角~4六角を目指すことにした。
脇システムっぽくすれば、一方的には暴れられなくなる。
「6六歩」
5四歩、9六歩、9四歩、1六歩、1四歩、7九角。
梅田さんは、なるほど、とつぶやいた。
手筋の4四歩。
3七銀、6四角、4六角、7三銀で、予定通りの局面へ。
すぐに6四角、同銀はお手伝いになっちゃうから、7九玉と入る。
梅田さんも3一玉かな。
そう思った瞬間、8四銀と上がられた。
んー……6四角とでき……なくはないか。
6四角、同歩、2四歩、同歩、3五歩、同歩……次がなさそう?
そこで4六銀と上がっても、7五歩が間に合っちゃう。
(※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)
あ、でも、5五歩を絡めたら……難しいか。
悩ましい局面だ。
ただなあ、失礼かもしれないけど、梅田さん、深く考えて8四銀を選択した感じが、しないのよね。研究済みの雰囲気でもなかった。というのも、その前の数手で、微妙な考慮時間があったからだ。
梅田さんが演技派だったら、というのは考えないでおく。
「……6四角」
梅田さんは同歩。
私は2四歩も省略して、3五歩と突っかけた。
「うーん」
梅田さん、後頭部をかく。
ちょっと困ったような感じで、3五同歩。
一方的に7五歩を読んでた?
それとも、角切りはされないと楽観してた?
どっちもありそう。
私は5五歩と突っかけた。
同歩、4六銀、5六歩、6八金右。
「そこで受けるのか……」
いいえ、これは溜めです。
7五歩と仕掛けられたら、2四歩からの攻めに転じる。
そのための予備動作。
人によっては、罠と感じるかな──あ、指した。
7五歩。
そっか、なるほどね。
梅田さんは、深く考えて悩む、ということをしないっぽい。
6四角を憂慮してなかったのも、今の6八金右に長考しなかったのも、そう。
いいか悪いかは置いといて、そういう性格だとみました。
同歩、同銀。
すかさず2四歩を入れる。
同歩、3四歩、同銀。
私は7一角と下ろした。
さあ、どうですか。
わりと技が決まってますよ。
と、ドヤる暇もなく、梅田さんは7二飛。
うーん、悩まない分、精神的ダメージも少ないタイプか。
いずれにせよ、先手は指しやすくなった。
私は4四角成で馬を作る。
4三金右、1一馬で、香車を拾えた。
「7六歩ね」
梅田さんも反撃してくる。
残り時間は、先手が16分、後手が17分。
2一の桂馬まで取りたいけど……無理か。
いったん8八銀と撤退。
3三桂、2四飛、2三銀、2八飛。
梅田さんは、んー、とうなったあと、4二玉と立った。
そこ? なにかあった? ……あ、5三歩を嫌ったのか。
5三歩に同金、3四歩は崩壊する。
ただ、この筋が完全に消えたわけじゃない。
「5四歩」
ひとマス引いて垂らす。
後手玉は狭くなった。
梅田さんは、ほとんどノータイムで3九角。
なんだか不気味な早指しだった。
なーんとなくだけど、梅田さんは楽観してる感じがするのよね。
私の形勢判断が間違っていなければ、先手有利のはず。
なにかある? 私は慎重になった。
とりあえず、3八飛と寄る。
6六角成、6七金左、7一飛。
あ~、なるほど、わかった。
馬を殺せるからいい、と考えてるのか。
梅田さんの手つきは、これで後手よし、と語っていた。
そうはさせない。
私は2四歩と打った。
1一飛、2三歩成、同金、6六金、同銀、5三銀。
うらうらうらあッ! 圧倒的攻撃力ッ!
梅田さんも、ようすがおかしいことに気づいたみたい。手が止まった。
腕組みをして、考え込む。誤算があったのは確実。
3二玉なら4四香で、追撃が利く。逃げ回れないはず。
「……」
梅田さんは、5三同金と取った。
同歩成、同玉、5五香、6三玉、5二角。
入玉される心配はゼロに。
気になるのは、私のほうも若干、圧殺形になっていることだ。
注意しないと、駒を放り込まれて崩壊してしまう。
7三玉、7四金、8二玉、6三角成。
追いつめられるだけ追いつめる。
梅田さんは6一飛で、飛車を守りに参加させた。
私は5三香成で補強。
いやあ、という声が聞こえる。
タイミング的には、反撃するしかない局面──あ、角を持った。
パシリ
ん……あくまでも受け、か。
微妙に攻防だけど、受けに重点のある手だ。
私は少し迷った。指し手の候補が多い。
6四馬でもいいし、6二成香でもいいし、9五歩と端を攻めてもいい。
一番安全なのは、6二成香かな。
飛車を逃げたらそれまでだし、同飛、同馬なら駒得だ。
7四角には7二馬がある。これが王手飛車。
9五歩も手堅いけど、ちょっとひねり過ぎな気がした。
私は2分ほど考えて、6二成香と入った。
同飛(さすがに切った)、同馬、7四角、7二飛、8三玉。
……………………
……………………
…………………
………………思ったほど優勢にならない。
ミスった? いや、でも、これ以外になかったような。
私は自陣を見て、いったん受けようかとも思った。
けど、適当な受けがなかった。
だったら、7一飛成?
まあこれが一番無難かな。
そう指しかけた瞬間──ある閃きが訪れた。
……………………
……………………
…………………
……………7七銀は、どう?
(※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)
これ、イケそうじゃない?
奇手だけど、同歩成、同金、同銀成、同桂で、金を入手できる。
そのまま8四に放り込めばいい。
ただ、私のほうも危なくなるか。
持ち時間を確認。残り8分。
今の状況なら……使う価値はある。すでに寄せの段階だ。
私はそこから3分を投入して、自陣と敵陣の安全度を比較した。
だいたいの想定図として、こんな感じになった。
(※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)
手順は、7七銀以下、同歩成、同金、同銀成、同桂、7三金、7一飛成、7二金打、同龍、同金、8四金。メインの分岐は、7三金に代えて7三銀。これには7五銀がある。6二銀なら7四飛成で終了だから、8四金、7四銀、同金、7一飛成、6二銀、8一龍。これも先手優勢だと思う、多分。いずれにせよ、先手玉は寄らないから、一方的に迫れる状況にはなる。
「……」
さらに1分ほど使って、読み直す。
イケそう。むしろ、7一飛成より確実っぽい。
私はひとりうなずいて、7七銀と上がった。




