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凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第60章 2017年度秋季団体戦1日目(2017年9月24日日曜)
403/496

390手目 奇手

 7六歩、8四歩、6八銀。


【先手:裏見うらみ香子きょうこ都ノみやこの) 後手:梅田うめだゆう(電電理科)】

挿絵(By みてみん)


 梅田さんの手が止まった。

 振り飛車も視野に入れてたっぽいかな。

 第1局は、さすがに偵察されていたと思う。

 それとも、私が角換わりを多用しているから、7六歩、8四歩、2六歩と読んだか。

 梅田さんはペットボトルのお茶を飲んで、ひと息ついた。

 だいぶ大会慣れしている感じがする。


 パシリ


 3四歩。

 ここからはスピードアップ。

 7七銀、4二銀、2六歩、3二金、2五歩。

 私は、早めに飛車先を決めた。

 3三銀、7八金、8五歩。


挿絵(By みてみん)


 後手も早めに決めてきた。

 普通の矢倉には、ならなさそう。

 4八銀、7四歩、3六歩、6二銀、6九玉、5二金、5八金右。

 後手の対応を見ていく。

 4一玉、5六歩、3一角。


挿絵(By みてみん)


 そう来ましたか……私はさすがに小考。

 お茶を飲んで、腰をすえる。

 後手の方針は、角を早期に展開して、先手を牽制、だと思う。

 5四歩は次に突いてくるとして、そのあと6二の銀を動かさないんじゃないかしら。

 4四歩~4三金右まで保留してくるかどうか。

 私はあれこれ考えた上で、7九角~4六角を目指すことにした。

 脇システムっぽくすれば、一方的には暴れられなくなる。

「6六歩」

 5四歩、9六歩、9四歩、1六歩、1四歩、7九角。

 梅田さんは、なるほど、とつぶやいた。

 手筋の4四歩。

 3七銀、6四角、4六角、7三銀で、予定通りの局面へ。


挿絵(By みてみん)


 すぐに6四角、同銀はお手伝いになっちゃうから、7九玉と入る。

 梅田さんも3一玉かな。

 そう思った瞬間、8四銀と上がられた。

 んー……6四角とでき……なくはないか。

 6四角、同歩、2四歩、同歩、3五歩、同歩……次がなさそう?

 そこで4六銀と上がっても、7五歩が間に合っちゃう。


挿絵(By みてみん)


 (※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)


 あ、でも、5五歩を絡めたら……難しいか。

 悩ましい局面だ。

 ただなあ、失礼かもしれないけど、梅田さん、深く考えて8四銀を選択した感じが、しないのよね。研究済みの雰囲気でもなかった。というのも、その前の数手で、微妙な考慮時間があったからだ。

 梅田さんが演技派だったら、というのは考えないでおく。

「……6四角」

 梅田さんは同歩。

 私は2四歩も省略して、3五歩と突っかけた。

「うーん」

 梅田さん、後頭部をかく。

 ちょっと困ったような感じで、3五同歩。

 一方的に7五歩を読んでた?

 それとも、角切りはされないと楽観してた?

 どっちもありそう。

 私は5五歩と突っかけた。

 同歩、4六銀、5六歩、6八金右。


挿絵(By みてみん)


「そこで受けるのか……」

 いいえ、これは溜めです。

 7五歩と仕掛けられたら、2四歩からの攻めに転じる。

 そのための予備動作。

 人によっては、罠と感じるかな──あ、指した。

 7五歩。

 そっか、なるほどね。

 梅田さんは、深く考えて悩む、ということをしないっぽい。

 6四角を憂慮してなかったのも、今の6八金右に長考しなかったのも、そう。

 いいか悪いかは置いといて、そういう性格だとみました。

 同歩、同銀。

 すかさず2四歩を入れる。

 同歩、3四歩、同銀。

 私は7一角と下ろした。


挿絵(By みてみん)


 さあ、どうですか。

 わりと技が決まってますよ。

 と、ドヤる暇もなく、梅田さんは7二飛。

 うーん、悩まない分、精神的ダメージも少ないタイプか。

 いずれにせよ、先手は指しやすくなった。

 私は4四角成で馬を作る。

 4三金右、1一馬で、香車を拾えた。

「7六歩ね」

 梅田さんも反撃してくる。

 残り時間は、先手が16分、後手が17分。

 2一の桂馬まで取りたいけど……無理か。

 いったん8八銀と撤退。

 3三桂、2四飛、2三銀、2八飛。


挿絵(By みてみん)


 梅田さんは、んー、とうなったあと、4二玉と立った。

 そこ? なにかあった? ……あ、5三歩を嫌ったのか。

 5三歩に同金、3四歩は崩壊する。

 ただ、この筋が完全に消えたわけじゃない。

「5四歩」

 ひとマス引いて垂らす。

 後手玉は狭くなった。

 梅田さんは、ほとんどノータイムで3九角。

 なんだか不気味な早指しだった。

 なーんとなくだけど、梅田さんは楽観してる感じがするのよね。

 私の形勢判断が間違っていなければ、先手有利のはず。

 なにかある? 私は慎重になった。

 とりあえず、3八飛と寄る。

 6六角成、6七金左、7一飛。


挿絵(By みてみん)


 あ~、なるほど、わかった。

 馬を殺せるからいい、と考えてるのか。

 梅田さんの手つきは、これで後手よし、と語っていた。

 そうはさせない。

 私は2四歩と打った。

 1一飛、2三歩成、同金、6六金、同銀、5三銀。


挿絵(By みてみん)


 うらうらうらあッ! 圧倒的攻撃力ッ!

 梅田さんも、ようすがおかしいことに気づいたみたい。手が止まった。

 腕組みをして、考え込む。誤算があったのは確実。

 3二玉なら4四香で、追撃が利く。逃げ回れないはず。

「……」

 梅田さんは、5三同金と取った。

 同歩成、同玉、5五香、6三玉、5二角。


挿絵(By みてみん)


 入玉される心配はゼロに。

 気になるのは、私のほうも若干、圧殺形になっていることだ。

 注意しないと、駒を放り込まれて崩壊してしまう。

 7三玉、7四金、8二玉、6三角成。

 追いつめられるだけ追いつめる。

 梅田さんは6一飛で、飛車を守りに参加させた。

 私は5三香成で補強。

 いやあ、という声が聞こえる。

 タイミング的には、反撃するしかない局面──あ、角を持った。


 パシリ


挿絵(By みてみん)


 ん……あくまでも受け、か。

 微妙に攻防だけど、受けに重点のある手だ。

 私は少し迷った。指し手の候補が多い。

 6四馬でもいいし、6二成香でもいいし、9五歩と端を攻めてもいい。

 一番安全なのは、6二成香かな。

 飛車を逃げたらそれまでだし、同飛、同馬なら駒得だ。

 7四角には7二馬がある。これが王手飛車。

 9五歩も手堅いけど、ちょっとひねり過ぎな気がした。

 私は2分ほど考えて、6二成香と入った。

 同飛(さすがに切った)、同馬、7四角、7二飛、8三玉。


挿絵(By みてみん)


 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………思ったほど優勢にならない。

 ミスった? いや、でも、これ以外になかったような。

 私は自陣を見て、いったん受けようかとも思った。

 けど、適当な受けがなかった。

 だったら、7一飛成?

 まあこれが一番無難かな。

 そう指しかけた瞬間──ある閃きが訪れた。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ……………7七銀は、どう?


挿絵(By みてみん)


 (※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)


 これ、イケそうじゃない?

 奇手だけど、同歩成、同金、同銀成、同桂で、金を入手できる。

 そのまま8四に放り込めばいい。

 ただ、私のほうも危なくなるか。

 持ち時間を確認。残り8分。

 今の状況なら……使う価値はある。すでに寄せの段階だ。

 私はそこから3分を投入して、自陣と敵陣の安全度を比較した。

 だいたいの想定図として、こんな感じになった。


挿絵(By みてみん)


 (※図は香子ちゃんの脳内イメージです。)


 手順は、7七銀以下、同歩成、同金、同銀成、同桂、7三金、7一飛成、7二金打、同龍、同金、8四金。メインの分岐は、7三金に代えて7三銀。これには7五銀がある。6二銀なら7四飛成で終了だから、8四金、7四銀、同金、7一飛成、6二銀、8一龍。これも先手優勢だと思う、多分。いずれにせよ、先手玉は寄らないから、一方的に迫れる状況にはなる。

「……」

 さらに1分ほど使って、読み直す。

 イケそう。むしろ、7一飛成より確実っぽい。

 私はひとりうなずいて、7七銀と上がった。

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