386手目 二次会
10分後、私たちはファミレスにいた。
私と大谷さんと速水先輩の3人だけ。
コーヒーを注文して、奥の4人席に腰を下ろしていた。
「あの……よかったんですか? 他の人たちは、二次会みたいですけど……」
主役がいないと、困るんじゃないかしら。
私の心配をよそに、速水先輩は、
「30分ほど知り合いと会う、って伝えてあるから、平気。どうせ三次会もあるし」
と答えた。
なるほど……ん? 全然なるほどじゃない。
大谷さんは、
「その言いかたですと、なにか特別なご用件があるかのようですが」
と言った。
そうよね、そんなウソをついてまで、私たちに声をかけるなんて。
速水先輩は、コーヒーを片手にうなずいた。
「聖生について、ちょっと言っておきたいことがあったの」
ストレートな物言い。
私は身構えた。
速水先輩は、くすりと笑った。
「大したことじゃないわ……これまでのあなたたちの努力を、ひっくり返しちゃうことにはなるけど……聖生はもう死んでるのよ」
私は言葉が出なかった。
失望したわけじゃない。むしろホッとしたくらいだ。
私が無言になったのは、なぜ速水先輩がそのことを知っているのか、そして、なぜ私たちに伝える気になったのか、この2点だった。
こちらから訊くまでもなく、速水先輩は先を続けた。
「あなたたちが聖生を追っかけてることは、知ってる。なぜ、と訊かれたら、困るんだけど、そこは部外秘ということで。あなたたち、けっこうなところまで、行き着いたみたいね……あ、答えなくてもいいから。情報を抜く気はないし」
大谷さんは、やや警戒しつつ、
「拙僧たちよりもずっと深くご存じだから、ですか?」
とたずねた。
速水先輩は、悪びれたそぶりもなく、そうだと答えた。
「私は中学生のときから、聖生について調べてるの」
「それはまた、意外なご発言ですが……」
「正確に言うと、興味があった、かしら。父のことは知ってるでしょう」
大谷さんは、首を縦に振った。
S台高検の検事長で、旧日円銀行の不祥事を調べていた人だ。
「こどもの頃、父は一度だけ、あの事件のことを語ったわ。酔ってたんでしょうね。私と違って、アルコールに強くなかったから……当時の父は、他殺だと読んでたのよ。だったら、未解決事件ね。こどもの頃の私は、ミステリ好きだったから、自分で解いてやろうと思ったの」
速水先輩は、どういう手順で調べたのか、それも教えてくれた。まず、新聞なんかの記事を集めて、情報収集。これには限界があったけど、私たちより、ずっと詳しく知っているっぽかった。古い事件だと、こういうことはよくある。紙媒体の情報が、ネットに全部転載されたわけじゃないからだ。
高校生になると、お父さんのツテで、何人かのヤメ検と知り合った。ヤメ検というのは、検事を退職したあと、弁護士や企業の顧問になる人。そのうちのひとりが、日円銀行の事件に関係していて、内部情報をちらほら教えてくれたらしい。
「でね、けっきょく自殺だったみたいなの」
大谷さんは、ややおどろいたようすで、
「確かなことですか?」
とたずねた。
「まるで他殺を期待してたみたいね」
「いえ……速水さんもご存知かと思いますが、不審死という報道があったはずです」
「週刊誌の、ね」
「デマという確信がおありですか?」
「現場のマンションは密室で、関係者が出入りした形跡はナシ。利益供与に関するデータも、寝室に残っていたの。さがせばすぐ見つかる場所にね」
大谷さんは、それ以上追及しなかった。
代わりに、私は尋ねたいことがあった。
「失礼な言いかたかもしれませんが……それを伝えるために、声をかけたんですか?」
「聖生は自殺した。この結論じゃ不満?」
「いえ、そういうわけじゃ……え? 聖生が自殺?」
聖生=日円銀行の秋庭専務ってこと?
速水先輩は、どうやらそう考えているらしかった。
「私の推理は、こうよ。聖生は日円銀行に就職して、違法な資金のロンダリングをしていた。自分が支店長から専務になるまで、コトはうまくいった。ところが、思わぬ方向から穴が開いた。総会屋事件が起きて、資金のやりとりを調べられることになってしまった。聖生は他のメンバーをかばうため、自殺した」
……………………
……………………
…………………
………………
私たちの情報と、なにも一致してなくない?
聖生はH海道出身で、海外にいたのでは?
「その顔だと、納得していないみたいね」
「いえ、そういうわけでは……」
ここで、大谷さんが割り込んだ。
「その場合、都ノに現れた聖生は、何者なのですか?」
「模倣犯でしょ。私はそれも追いかけてたけど、タイムアップね。司法試験の勉強で、忙しくなるし……あなたたちが代わりに解決するなら、邪魔しないわ」
速水先輩はそう言って、にこやかに笑った。
その笑みに、なぜか私は冷たいものを感じた。
どう答えるか迷う。そんな中、速水先輩のスマホが振動した。
「っと、そろそろ行かなきゃ。みんながお待ちかねみたい」
速水先輩は、伝票を拾い上げた。
アッとなって、私は腰を浮かせた。
「面談料」
「……ごちそうさまです」
速水先輩は、お会計を済ませると、すぐにファミレスを出て行った。
夜の闇に消えていく。窓ガラス越しに、私たちは見送った。
私はしばらく呆然としたあと、胸をなでおろした。
「いきなり聖生の話で、びっくりしちゃった」
「……」
大谷さんは、コーヒーカップを見つめたまま、沈黙していた。
「……裏見さんは、さきほどのお話について、どのように思われましたか?」
唐突な感想タイム。
私は考え込んだ。
「んー……なんだかあっけなかったな、って感じ」
「拙僧は、雑に感じました」
「雑?」
「推理の内容が、まるでその場の思いつきでした」
そう言われてみると、冴えがなかったような。
ロジックが飛躍してたし、根拠もあやふやだった。
「まあ……一番情報源に近そうだし……」
「速水さんは、敢えてウソの推理を述べられたのでは?」
ウソの推理? 意味がわからない。
私は率直にそう伝えた。
大谷さんは、なにか言いかけた。
けど、それよりも早く、別の女性の声が聞こえた。
「あんたたち、なにしてたの?」
うわぁ!
ふりかえると、火村さんが立っていた。
いったいいつ接近してきたのか、全然わからなかった。
悲鳴をあげかけたくらいだ。
私は、
「どうしたの?」
とたずねた。
「質問を質問で~、って状況でもないか。あんたたちが速水といなくなったから、ちょっと尾行したのよ」
そういうストーカーみたいなことをしない。
私はあきれてしまった。
「で、香子たちは、なにしてたの?」
私と大谷さんは、顔を見合わせた。
火村さんも聖生探偵団みたいなものだし、洗いざら話した。
火村さんは、向かいの席に座って、トマトジュースを飲みながら、ひとこと、
「またくだらない演技ね」
と言った。
私は、どういう意味かとたずねた。
「ひよこの意見が正しいわ。意図的なデマね」
「どこからどこまでが?」
「んー……それはわかんない」
ずっこける。
火村さんは、グラスを置いた。
「とりあえず、今はそんなことしてる場合じゃないでしょ」
「え? なにか優先事項があるの?」
「団体戦よ、団・体・戦」
あ、そっか。
忘れてたわけじゃない。
今の文脈から離れすぎてて、思い当たらなかったのだ。
火村さんは腕組みをして、
「昇級枠は1コしかないんだから、がんばんなさいよ」
と、発破をかけてきた。
「2コでしょ?」
「チッチッチッ、ひとつはうちで決まってるから」
はいはい、言うだけなら、だれでもできる。
とはいえ、火村さんのひとことで、もとの道にもどれた。
私たちの目標は、聖生を捜すことじゃない。
王座戦に出場すること。
そのためには、Aに上がるのが近道だ。
私たちは決意を新たにして、ファミレスを出た。
それでは、秋の団体戦に向けて、Let's go!




